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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜First〜】



 黒蝙蝠スザクは困っていた。
(うう、失敗した〜…)
 時は夕刻。沈みゆく太陽が景色を橙に染めていくのを見ながら、スザクは自分の状況に溜息をついた。
 草間興信所に持ち込まれた依頼を受け、魔物と対決することになった、それ自体は珍しいことではなかった。スザクは特定の職業に就いているわけではないが、今までもそうやって得た報酬で生活を成り立たせていたのだから。
 魔物は中々に強かったものの、命の危険を感じるほどの相手ではなく――スザクはその魔物を祓った。
 そこまでは、良かったのだが。
 祓う間際、魔物が放った術式を防ぎきれず、喰らってしまったのだ。その術式はどうやら麻痺のような状態異常を起こすものだったらしく、スザクはあえなく道端に転がることとなってしまったのだった。
 傍から見たら『道端で寝そべる変な人』状態のスザクは、人が通らないのを祈りつつ、効力切れをじりじりと待っていた。
「……何してんの?」
 不思議そうな――そしてどこか面白がるような、そんな声がスザクの耳に届いた。
「なんていうか、気絶してるわけでもなく道端に転がってる人間ってのはそうそうお目にかかれない気がするんだけど、あんた、何か深遠な理由があって寝っ転がってんの? それともそういう趣味だとか?」
 いつの間に現れたのだろう。その人物は、スザクの正面に座り込んで、楽しげな瞳でスザクを見ていた。
 夕陽に透ける茶色の髪に、ダークブラウンの瞳。年の頃はスザクと同じくらいだろうか。整った顔には、声と同じく面白がるような笑みが浮かんでいる。
「深遠な理由があるわけでも、そういう趣味なわけでもないよっ。……それ以前に、そういう趣味ってなに?」
「そういう趣味はそういう趣味だって。道端に寝転がる趣味」
 ……そんな趣味を持っているように見えたのだろうか。ちょっとショックだ。そんな変人じゃない。
「まあ冗談は置いといて。よくわかんないけど、あんた動けないんだろ? 自分の意思じゃなくてさ。こうしてオレが通りがかったのも何かの縁だし、助けてやるよ」
 言うなり、その人物は無造作にスザクの額に手を翳し、――何事かを短く呟いた。
 パンッ、と軽い破裂音がしたかと思うと、ふっと身体が軽くなる。スザクを戒めていた術式が、解けたのだ。
「完了ー」
 軽い声でそう言って、少年は立ち上がった。その背には、今にも沈もうとしている夕陽が見える。
 スザクも、寝転がったせいでついた服の汚れを払いながら立ち上がる。
「あーあ、怒られちゃいそうだなー」
 夕陽を見ながら少年が呟いた言葉に、スザクは首を傾げる。なんだろう、門限でもあったのだろうか。
「まあでも、『人助け』してたワケだし。大目に見てくれるよな、うん」
 そう言って再びスザクの方へ顔を向けた少年の――笑みを浮かべるその顔の輪郭が、揺らぐ。色彩が褪せて、薄れる。空気に溶ける。
 そして極限まで薄れたそれは、陽が完全に沈むと同時、再構築される。
 揺らいだ輪郭は、先ほどよりもやや長身の人影を形作り。
 褪せて薄れた色彩は、色を変え、鮮やかに。
 そして先ほどまで少年が立っていたそこには――…見知らぬ男。
 日に当たったことがないような白い肌、うなじで括られた夜闇の如き黒髪。
 鋭い対の瞳は、髪色よりなお深い漆黒。
 夜を纏った青年は、スザクを見て溜息を吐いた。
「……えーっ?!」
 慌てて自分の眼をゴシゴシと擦ってみるスザク。けれど、やはり目の前には先程の少年とは顔立ちも色彩もまったく違う人物が立っていた。共通点といえば、性別と顔が整っているくらいしかない。
「まったくあいつは……面倒だからと押し付けたな。――驚かせたようだな。すまない」
 ぼそぼそと独り言めいたものを呟いた後、青年はスザクに向き直り、頭を下げた。未だ驚きに包まれているスザクは、どんな反応をすべきか判断できない。
(だってさっきまで、絶対別の人がいた、よね? なのになんで、ほんのちょっとの間に違う人が……?)
「一応説明しておこう。――私の名は静月。そして先程貴女にかけられていた術を解いたのが、珂月。私達は……何と言えばよいか、記憶と身体――存在、と言い換えても良いかもしれないが――とにかくそういったものを共有している。全くの別人であると同時、現在は同一であるとも言える。太陽が出ている間は珂月が、太陽が沈んでからは私が存在できる。……そうだな、外見変化を伴う二重人格のようなものだと考えればいい。厳密には違うが、理解の上ではそれでも間違いではない」
 淡々と告げられた内容を何とか自分なりに理解して、スザクはほっと胸を撫で下ろす。
「よかった〜、スザクの認識能力に問題があるのかと思った! どっちの人も、スザクを助けてくれた人ってことになるんだよね? ありがとう!」
「いや……貴女を助けようと行動したのは珂月だ。その礼を私が受け取るのは不適当だろう」
 至極真面目な顔でそんなことを言う静月。
(それはそうかもしれないけど……融通が利かないっていうか、まっすぐにもほどがあるっていうか…)
 落ち着いて物静かな感じで格好良いけれど、さっきからちらりとも笑わないし、とっつきづらい雰囲気を身に纏っている。
 なんとなく、自分に厳しそうな人だ、とスザクは思った。
 珂月という名らしい少年とは随分違う。元は別人だったらしいのだから、当然かもしれないが。
 珂月は所謂今時の男のコといった風で、顔つきも格好良いと言うより可愛いという系統だった気がする。どことなく飄々としていて、軽いノリでいながら憎めない感じ。誰とでも仲良くなれそうな――そして世慣れてしっかりしているんじゃないかと思わせる、そんな雰囲気だった。
 やはり、静月と重なる部分は無いに等しい。
(兄弟……とかじゃなさそうだし、どんな関係だったのかな?)
 少々気になるといえば気になる。だが、ほぼ初対面の相手に不躾に訊ねるような内容でもないだろう。ものすごく知りたいというわけでもないのだし。
「今日こうして関わったことで――元はといえば珂月の気まぐれだが――私達と貴女には縁が出来た。恐らく、貴女が再び珂月に会うこともあるだろう。礼を言いたいというのなら、その時に当人に言ってやってくれ。……では、」
 言って、彼は――静月は、消えた。文字通り、目の前から消えたのだ。
「……挨拶も、できなかった…」
 別れの言葉から、実際に居なくなるまでの間がなさすぎだ。きちんと挨拶できなかったことに関して、スザクに非は無いだろうが、やはりちょっと残念というかなんというか。
「まあ、いっか」
(二人のこと、覚えておこうっと。『縁が出来た』って静月さん言ってたし)
 こんな風に繋がる縁も面白いよね、と笑って、スザクは帰路へとついたのだった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7919/黒蝙蝠・スザク(くろこうもり・すざく)/女性/16歳/無職】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、黒蝙蝠様。ライターの遊月と申します。
 「D・A・N 〜First〜」にご参加くださりありがとうございました。お届けが大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした…!

 専用NPC・珂月と静月、如何でしたでしょうか。
 夜メインということだったので、静月と多めに会話を…と思っていたのですが、性格上なんというかそっけない感じに…。
 とっつきやすさは比べるまでも無く珂月だなぁ、というのがよくわかるんじゃないかと思います。
 黒蝙蝠様の話し方も、少々悩んだ結果こんな感じに。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。