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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


【王家のフェザーレイ】

 メッセージを再生します。

『【フェザーレイ】を知っているかい? 首にかけるレイだよ。有名なのは花のレイだね。貝でこしらえたのもあるな。
 でも、“コイツ”は羽毛(フェザー)で出来ている。千に届くかの鳥たちを捕まえて、殺さず、限られた箇所から、わずか数本の厳選した羽だけを抜き取り、気が遠くなるほど膨大な時間をかけて作っていくんだ。
 ハワイの王家で最も珍重されていたのが【黄色】……。大昔は、高貴な女性しか身につけることが許されなかった代物さ。

 さて、本題といこうじゃないか。
 実はこの【フェザーレイ】、持つものを“特別”な存在へ変える。……いや、持ち主が死んでも、次の日の出に黄泉がえらせる。つまり、“蘇生”させる、はずだった……。
 何が掛け違ったのか、今は正真正銘“不老不死”の効果があるんだから驚きだ。
 最後の持ち主が、死んでからだけどな。
 こうなると、いわく付きでありながら、珍しく引く手あまたなんだが……かなりの年代物で修復が必要なんだよ。
 さあ、ここまで話せば聡いあんたのことだ、こっちの言いたいことが、分かってきたんじゃないかい?
 フェザーレイを修復できる者は少なくてね、ようやく見つけた工房へ直談判に行きたい。でもね、じゃじゃ馬な“コイツ”を店へ閉じこめておくのは、一筋縄じゃいかないのさ。
 そこでだ。店番を頼みたいんだが……。まあ、なぜか修復を拒んでいる“コイツ”の子守を……』

 蓮からの“ことづけ”は、最後の部分が途切れていた。

◇◇◇◇◇

 アンティークショップ・レンの入り口近くで、あまり見かけない姿がある。葡萄色の髪、翠玉の瞳、女性の上半身に獅子の下半身……。
「不用意に店内へ入るのも……」
 思い切って、背中の翼を広げ、小窓の場所まで伸びをした時、
「あなたも蓮さんに呼ばれたかたですか?」
 落ち着いた声の主が問うてきた。
『ひゃっ!』と小さな悲鳴を上げ、浮いていた体を地面へ着けてから、恐る恐る振り返る。
 銀(しろがね)の短髪に紅玉の両眼を持った少年は、微量の驚愕と、好奇心が入り交じったような視線を向けていた。
「あなたはスフィンクス、ですか? 失礼……、間近に見たのは初めてなので」
「あ、あ……はい。正確にはアンドロスフィンクスなんですけど……。あなたは?」
 彼と対峙すると、“認識操作”は通用しないとすぐ気が付いた。脆く端麗な容姿とは異なり、魔に対する耐性と精神の強靱さを備えているようだ。
「ご挨拶が遅れました。僕は尾神・七重(おがみ・ななえ)と申します」
「……ラクス・コスミオンです」
 しばしの沈黙……。
 お互い会話を楽しむのは、苦手だと確認する。
「あ、蓮様からの伝言……、録音したテープを持ってきました。途中で切れてましたけど」
「僕は少し時間をいただいて、【フェザーレイ】の情報を集めてきました。“蘇生”の効果はやはり本物のようです。前の持ち主たちの資料もプリントしてきたのですが、ご覧になりますか?」
 ラクスは獅子の手で器用に受け取ると、まとめられた情報を頭へ流し込む。
「蓮さんは……居ないみたいですね。ここで立ち話もなんですし、中へ入りましょう」
「え!? あ、あの! 【フェザーレイ】の能力はまだ未知数な部分があります。どんな術式で捕らえられるのか、分からないんですよ!」
 七重は目を瞬かせると、微笑した。
「あなた、“捕らえる”ためにここへ? 僕たちはトレジャー・ハンターって訳ですか?」
「逃げだそうと、してる……そう思ったのです」
 叱られた子供の表情で、ラクスは前足を重ねて視線を逸らせる。
「僕は……別ものを感じましたが」
 ドアノブはゆっくりと回された。鍵は掛かっていない。
 そのまま扉を押し開くと、店の中へ取り込まれた。
◇◇◇◇◇
 濃い酸素を生み出す多くの緑は、強い光りを遮り、影を作り出している。姿なき鳥の声と、顔を上げれば青空に白い雲が浮かんでいた。
 アンティークショップであるはずの店内は、南国の森の支配下にあった。
「やはり、簡易的な結界は無効ですね」
「う、うそ!? 魔術、発動しないです!」
「恐らく、五感への侵入……いや、そんな生易しいものではないですね。侵食されている訳ですから。でも、都合がいい」
 七重の発言で、ラクスはあらゆる術式を試みたが、魔力の編み目は霧散し、何の手応えもない。
 侵食の威力は、並の人間ならば廃人となっていてもおかしくなかった。
「蓮様、ご無事なんでしょうか? 心配です」
「“モノ”の扱いには長けてらっしゃいますから、大丈夫でしょう」
 少年が緑の奥へ進んで行くので、ラクスは慌てて後を追った。踏みしめる湿った地面から、鼻をくすぐる生命のにおいが立ちのぼっている。
「メッセージの最後は“ことづけ”の示唆と推測したのですが、お、尾神さん……」
「七重で結構ですよ。僕も同意見です。蓮さんは【フェザーレイ】の取り扱いを捕捉していたのだと思います」
「あ、あの……。【フェザーレイ】の力の源は“マナ”ではないでしょうか?」
「ええ。ハワイの王家は神々の直系と言われています。その王家へ伝わる“レイ”ですから、強い“マナ”を宿したと考えられます」
「親から子へ伝わったり、死者から得る場合も……。でも、“マナ”は扱いを誤ると消滅してしまう」
「そのマナを守るための厳格なルールが“カプ”ですね。強いマナを持つ高貴な者は、マナを持たない者との接触さえタブー(カプ)でした」
 ラクスは心が弾んだ。番人であるスフィンクスが、意見を交換できる機会は、そうあるものではない。少なからず“領域”へ身を置いている自分にとって、嬉しい出来事だった。
「もうすぐ中心です」
 我に返ると、今まで木の根が絡み合った地形ではなく、ぽっかり開けた円形広場のような場所へたどり着いていた。
「ここは……?」
 見上げる空は澄んだ青一色で、しかし、太陽は見当たらない。
「今現在、五感に作用している侵食は、【フェザーレイ】の心の叫びでもある訳で……。同調すれば、ある程度“術者”へ接近できます」
 木々に、鳥がひしめき、身を寄せ合ってとまっている。
 黄色の小鳥たちは、数を増やしながら、何十、何百匹と群れをなし、二人の周りを取り囲んだ。
 空気を振動させる鳴き声は、ぶつかりあう木霊の重なりで鼓膜を震わせる。
 巨大な鳥の輪(サークル)、フェザーレイの領域は、まさにマナが作り出す聖域……。
「マナの操作、“ホオカラクプア”による死者復活……。しかし、過去の主(あるじ)で二人だけ……蘇生しなかった。どうしてですか?」
 七重の問いかけに、光りの粒子が結晶化する。
 空中から二人を見下ろすのは、褐色の肌に日だまり色の衣を纏った少女の姿で、黒い波を思わせる髪を広げながら緘黙(かんもく)していた。
 ラクスは少女から放たれる怖ろしいほどの“陽”の力で目を細め“彼女”を仰ぎ見る。
「その姿は、最後の主人? 蓮様はあなたを修復するため、職人さんを探して……」
 少女の小さな唇が開くと、豪雨と化した鳥たちが神鳴りの響きを帯び、二人目がけて急速落下してくる。
 強烈な圧に対し、七重は『魂の書』へ浮かんだ血文字の詠唱で結界を展開させた。
「間一髪です。やはり、“マナ”には“カプ”で対抗するしかないですね」
「結界……? 今までどうやっても無理だったはず」
「この本は基本白紙なのですが、“血文字”で方法を知ることができます。【フェザーレイ】にとって“血”は均衡を破る“カプ”だったのですよ」
 守られる半径三メートルの安全地帯で、ラクスは、はっと息を呑んだ。
「七重さん! あれを見てください!」
 腕で示した無数の小鳥たちの内、一羽だけ、胸を朱で染めていた。
 フェザーレイの中で、破られた“カプ”が存在していた……。では、蘇生効果の変異も頷ける。
「敵意はまったく感じないのに、どうして……攻撃してくるんでしょう?」
「彼女は“攻撃”しているつもりはないのでしょうね。僕たちが“小さすぎる”んです。空が、蟻に話し掛けるのと同じですから……。ラクスさん、この結界内では魔術を使うことができるはずです。“彼女”の過去、何が起こったのか“視て”いただけますか?」
 今こうしている間も啄(ついば)まれ続ける結界を保つため、七重は全神経を集中させていた。一瞬でも気がゆるめば……惨事は免れない。
「分かりました。『アカシックレコード』へのアクセスを開始します」
◇◇◇◇◇
 ……女性の泣き叫ぶ声が聞こえる……。
 花に囲まれた亡骸。葬儀の最中である風景。
『次の日の出に蘇る? 生き返ってこないじゃないの! どうして私の願いを叶えてくれないのよ!』
 恋人を失ったらしい女性は、周りがなだめるのも聞かず、黄色のフェザーレイを地面へ叩きつけ足で踏みにじった。
『何が奇跡の……“ホオカラクプア”を起こすレイよ! もうたくさん!』
 そのまま崩れ落ちると親族たちに支えられ、遺体は小舟で海へ旅立った。
“彼女”が蘇生させなかった、一人目?

『私、ずっと一人なの。だから、アナタは友達だよ』
 少女は無邪気に笑うと、“彼女”を自分の首へ掛けた。
 一族の中でも秀でた“マナ”を持つ少女は、悪用されないよう、外出を禁じられていた。
 幼い身で、自由を得られない苦しみから、隠れて泣くこともあったが、“彼女”はそっと少女の涙を吸い取った。
 ある日、長の急死が告げられ、遺産を相続する条件は、代々受け継がれた“マナ”の強いものから順番に、多くの富を得られるとの遺言が公開される。
 少女を守っていた大人たちは一変し、親権を奪い合い、果ては……。
 満月の夜、少女は暗い海でひとり息絶えていた。

「……酷いです。こんな……」
 ラクスは“視た”光景に思わず呻く。
 ようやく“彼女”と会話可能な“式”を立てると、結界を張る必要はなくなった。
 相手が何者であるかを“知る”のは、“未知”でなくなるということだ。
「そう、ですか……。一人目は主人ではなかった。主人の恋人では、蘇生の対象外……」
《ワタシを“友”と呼んだのは、あの娘一人だ……。だが、“ホオカラクプア”を実行できなかった。……娘が、海で死んでしまったからだ》
 閉じられた瞼の隙間から、はらはらと雫が滴る。
 星の数ほど、死を見つめてきた。
 通り過ぎていく主人たちの死……。蘇生を担う“彼女”は疲れ果てているように見える。
《夜の海は他の者が支配している。ワタシは何度も娘の魂を返してくれるよう“海”へ頼んだが……争いとなってしまった》
 己の一部を破損させながら、懸命に取り戻した“娘の魂”。
 だが、日の出は過ぎた。娘は人間として復活できずフェザーレイへ留まり、“カプ”を破った影響で、“蘇生”は“不老不死”へ変異してしまった。
《人の手で無理に巨大化させたマナを持つ者は、一度、死ぬしかない。ワタシはある職人によって、主人のマナを刈り取り、業を断ち切る【鋏(はさみ)】の役目を与えられた。しかし、“不老不死”では……》
 嘆きを聞いていた七重とラクスは、一歩“彼女”へ近づいた。
「“カプ”による“傷”が能力を変異させているなら、修復で元に戻る可能性もあります」
「蓮様はきっと、あなたと、あなたのご主人を助けたいと思っているはずですよ」
◇◇◇◇◇
 …………。遠くで、誰かが呼んでいる。
「二人とも、しっかりおし!」
 目を開くと、アンティークショップ・レンの中で倒れていた。
 だが、聞いたはずの声……蓮の姿はない。
“どこを見てんだよ!”
 床で怒鳴る携帯電話と、なぜか録音テープから蓮が話し掛けていた。七重は体を起こし、携帯を耳へ当て、ラクスはテープを手にのせた。
「無事なんですね? 今どこに?」
「なぜ、テープ……??」
“あんたら二人のおかげで工房まで行けた”
「蓮さん、もしかしたら【フェザーレイ】を修復すると、“不老不死”の効果は無くなるかもしれないですよ?」
“承知の上だよ。元々の役割があるからね。あの凄い音量に手を焼いてたのさ。まともにやり合うのは至難の業だ”
 『ありがとよ』の言葉を最後に、通信は切れた。二人は安堵のため息漏らすと、思いっきり伸びをする。
「……確か彼女が『修復を拒んでいる』と言ってましたよね。あの人に限って、まさか、嗾(けしか)けのブラフ?」
「まあ、あれでは拒んでいるのと大差なかったような。あいたた……体中が、痛いです」

 黄色のフェザーレイは、棚の上で大人しく眠っているようだ。


=END=


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■登場人物■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 1963 / ラクス・コスミオン(らくす・こすみおん) / 女性 / 240 / スフィンクス 】
【 2557 / 尾神・七重(おがみ・ななえ) / 男性 / 14 / 中学生 】


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■ライター通信■
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 お初にお目にかかります。ライターの小鳩と申します。
 このたびは、ご依頼いただき誠にありがとうございました!
 私なりではございますが、まごころを込めて物語りを綴らせていただきました。
 少しでも気に入っていただければ幸いです。

※※※※※

 初めまして、ラクス・コスミオン様。
 ウェブゲームへ名乗りを上げていただき、心よりお礼申し上げます。
 さて、このたびの“フェザーレイ”ミッションはいかがでしたか?
 優美な葡萄、ラクス・コスミオン様の魅力を少しでも表現できていましたか?

 追伸:『因果律は(量子力学の仮定)確率的にしか定まっていない。』との
 考え方もあるようなので、今回プレイングにあった【ラプラスの悪魔】は
 外し、【アカシックレコード】のみを使用しました。ご了承ください。

 ふたたびご縁が結ばれ、巡り会えましたらお声をかけてやってくださいませ。
 ありがとうございました!