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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF! 〜パ・ン・ド・ラ〜


 渋谷のさびれた住宅街。
 目にいっぱいの涙を溜めた小さな女の子の手を引く男がいた。彼は懇意にしている孤児院『陽だまりの広場』へと向かっている。トレードマークの褐色のロングコートが、乾いた都会の風で静かに揺られていた。

 彼の名は『FEAR』。自分が正しいと思うことだけをひたむきに信じ、許せぬ悪を消し続ける闇の暗殺者である。ついさっきも、許せない悪を引導に渡したところだ。今、手を繋いでいる少女は被害者。そして、彼女の両親が加害者……そう、幼児虐待である。彼は少女の未来を導くため、まっすぐ孤児院へと向かっていた。
 もちろんその施設は、彼が『FEAR』であることは知らない。本人もそれを明らかにするつもりはなく、かつて名乗っていた『望月』で通している。人並みに世間話はするが、素性を明かすような話は一切しない。きっと相手は「行政から委託された民間施設の係員」とでも思っているのだろう。いつものスーツ姿は相手に信頼を与えるのに一役買っていた。

 「強いね、君は。もう泣かない。大丈夫だよ、おじさんの知ってるところは明るくて楽しいから。」
 「ぐずっ……うん、だいじょうぶだよ。もう、なかないもん……」

 望月は気丈に振る舞う女の子を見て安心した。この子は大丈夫だと確信する。そう、自分とは違うと……
 かつて、彼は恋人を失っている。少年課に所属していた、あの時だ。彼は誇りを持って守ってきたものに裏切られた。その悲しみと怒りは、心に闇を生み出す。ほんの一握りの闇は身体中を侵食し、目に見える世界を真っ暗にした。そして絶望にも飽きたある日、それはある形となって現れる。闇の拳銃と弾丸。それを握り締めて立つ姿は、まるで闇のドレスを纏った青い戦士のようである。望月はふと笑った。誰かがこの事実を知ったら、どんな顔をするだろうと……

 「さてと。あの両親の心には、今まさに解き放たれようとする影の獣が潜んでいた。心弱き者から確実に、闇が侵食している。そろそろマスカレードを断罪しなくてはならない。そのためには『シューティングスター』にがんばってもらわないといけませんね。私の狙いはダークネス、そして組織のボス。これにしか興味はありませんから。」

 すでに手は打ってある。人間であるダークネス、そして影であるレイモンドを同時に撃破する作戦を立てているという情報をキャッチした望月は、とっておきの情報を渋谷中央署に流したのだ。それは『赤き影・レイモンドの居場所』である。シオン・バラクマを撃破して、士気の高まったところを見極めてのリークだ。これに食いつかないわけがない。だが、この情報の出所が知られれば、おそらく桜井警部たちも出てくるだろう。もしかしたら、自分の目的を阻止するような行動を取るかもしれない。その時はどうするか。もちろん排除する。それが『FEAR』と呼ばれる宿命でもあるのだから。

 「良識ある皆さんはご協力してくださるとありがたいのですがね……」

 はたして、シューティングスターの面々はどう出るのか。そして『FEAR』は何を知っているのか。彼との共闘は、戦闘は……謎は深まるばかりだ。


 ついに警視庁が動き出した。
 渋谷中央署を舞台に巻き起こるマスカレード事件の解決を図るべく、超常現象対策本部に所属する里見警視長が陣頭指揮を執ることになった。彼は今までの事件の経緯を部下からの報告などで知っていたので、自ら公安部に出向いて桜井警部と高杉警部補、そして元キャリア組の望月に関する調査を依頼する。徹底的な洗い出しはもちろん、期日内に情報を提供するよう迫った。本来なら高圧的に出るべきではないのだが、レイモンド襲撃の期日まであまりにも時間がなさすぎる。無理とわかっていながら、無茶を言わざるを得ない状況だった。

 里見は腑に落ちない点がひとつだけあった。それはFEARこと、望月の行動である。孤児院に出入りすれば、自分から居場所を教えているようなもの。そんなことはキャリア組にいれば、誰にでもわかることだ。自分が貫く正義を全うするためには、常に居場所を悟らせないことが絶対条件である。
 ここから推測できることがいくつかある。まずひとつに、本人が「いつ死んでも構わない」と思っている可能性だ。そうなると望月にとって「自分の正義」は、最優先されるべき事柄ではないことになる。もしかして「本当の目的」を知らせたいがために、あえてわかりやすい足跡をつけているのではないかとさえ思えてくる。このことから「居場所を隠すような異能力ではない」という事実が裏付けされる。さらに幾度となく暗殺を成功させている点を考慮すると、世間一般で騒がれる凶悪犯罪に極めて近い手法の異能力を使用して目的を遂行しているという推測ができる。今までFEARの失踪後の事件を警視庁が見逃していたということは、『一般的な事件と錯覚させられていた』と解釈するのが正解だ。

 「おそらく彼の能力は拳銃……なのだろう。それに影の能力を付与している。シンプルが奥深いことを知っているとは、強敵だな。」

 もちろん里見は望月の暴走を許すつもりはない。だが、大事と小事を見誤ってはならない。今はそういう局面なのだ。常にそのような目線で物事を見ることを心がける。彼の戦いが幕を開けた。


 漆黒の闇が支配する夜がやってきた。
 影と相性のいいこの時間を狙ったかのように、レイモンドは悠然と姿を現す。取り壊しの決まった古ぼけたビルの2階……敵を迎え撃つには十分な広さだ。
 自分を身にまとって戦うダークネスから頼まれて、彼はここにいる。侵入者を食い止めるために、そして自分の存在を維持するために。彼もまた必死だった。それはこの場に姿を現さないダークネスも同様である。

 『賭け、か。ダークネスがパンドラの箱に触れて、さらなる力を手にするか。それとも私のように無残に滅びるか。もしかすると、私よりも先に彼が滅びるかもしれないがな。』

 パンドラの箱……それは氷雨が味わった『絶望の底』を指す。影だけの存在であるレイモンドは、これ以上の力を得ることはできないのだ。影を使役する『ホーントシステム』を駆使して戦うダークネスも同様、孤独な影の力に頼るだけでは限界がある。だからこそ「あの方」も、バラクマやシオンを生み出した。能力の多様性でパワーアップを図ったのだが、いとも簡単にこれを退けられ、ダークネスは窮地に追い込まれる。このままでは負けると判断したダークネスはレイモンドに許可を得て、密かにある情報を流した。それをキャッチしたのが、かのFEARである。つまりこの戦いは「賭け」と表現しながらも、ある程度は自分たちのペースに持ち込んではいた。
 それでもなお、勝てる保証はどこにもない。どんな展開になっても、レイモンドはただの捨て石となってしまう。ダークネスもパワーアップして助太刀に来れるかどうかもわからない。だが、それに賭けるしかなかった。形は違うにせよ、敵も同じような苦難を乗り越えている。勝つにはそれなりの覚悟が必要なのだ。

 『来たか。』

 徐々に赤い影が色を帯びていく。背中からは翼が伸び、深遠なる奥から力を湧かせる。彼の本当の敵は、時間……とにかく時間を稼ぐことだ。早くも能力を解放した状態の撫子ではなく、限定解除とフル装備の柚月。そして小ざかしいテクニックで幾度となく邪魔をする亮吾に、治癒の力を駆使する智恵美。そして階下に群れている人間たち。これらに陰謀を悟らせないように戦うのは、まさしく至難の業である。自分に力の限界があるというのなら、それを疑うことなく発揮して戦い抜く。レイモンドの悲壮な決意は、威圧という形で敵側にもたらされた。

 「ご機嫌斜めってだけじゃなさそうやね。こんなに無限の書が警告を発するなんて、前の戦いでもなかったね。」
 「確かに柚月さんの言うとおり、あいつらしくないな。自信満々じゃない分、なおさら気持ち悪い。」
 「あらあら、自覚されるとは厳しいですね。」

 智恵美の言葉から、誰もが激闘を予想した。撫子は静かに神斬を抜き、神々しいまでの輝きを放つ翼を瞬かせる。その刹那、レイモンドが床を割って1階部分へと逃げた!

 「それが初手……? なんや、どうもおかしいなー!」
 「里見さん、あいつが下に逃げた! 機動隊に注意を促して!」

 亮吾の状態は思った以上に深刻で、智恵美の治療を受けても改善までには程遠い。定期的な回復をしなければならない状態だったが、今回はバックアップのみをする約束で帯同していた。彼に与えられた仕事は、階下にいる警視庁の面々を指揮する里見警視長への連絡である。さすがは超エリート、瞬時に指揮をするのも、瞬時に情報を分析するのも朝飯前。手早く指揮し、被害を最小限に食い止める。その姿はまるでオーケストラの指揮者のようであった。

 「亮吾くん、レイモンドの姿が消えた。」
 「撫子さんが追ったから、そっちに聞いて! 俺は2階から動かないから。こっちに来たらすぐ連絡する!」

 本当は動けないのだが、そんなことは口が裂けても言いたくない。亮吾の強情さを見て、智恵美が思わず微笑む。今、ベッドで休養している女性にそっくりだったからだ。まるで本当の姉と弟のよう。柄になく相手の思考を読み取った亮吾は、智恵美にじっとりとした視線を送った。


 撫子が1階へと急降下すると、ある機動隊員の影に神斬を突き立てる。レイモンドは影という影を縫って逃げていた。その速さは尋常ではない。彼女も全力で追おうにも、障害物が多すぎて追い切れないほどだ。いくら万能の力を持っているとはいえ、初めての場所で自在に戦うのは無理がある。もちろん慣れるのは時間の問題だが、まさにそれが『問題』になってしまうという皮肉。レイモンドは考えを察知されぬよう、ここぞのタイミングで赤い影を伸ばして撫子を切り刻まんと狙う。

 「くっ、レイモンドにとっては障害物がないも同然……!」
 「そこは私にお任せやね! イリュージョン・ケルパーで目くらましや!」

 発動と同時に無数の柚月が出現し、その分身が撫子を守るかのように行動する。もちろん撫子の視界を遮ることはしないようにしているが、いくら柚月でも機動隊の動きまではどうしようもない。そこは里見の指揮が冴え渡る。ビルの外壁まで機動隊を撤退させ、戦士だけをフィールドに残す作戦を取った。さらにふたりには効果がないと判断した上で、閃光弾の投げ込みを指示。強烈な閃光の嵐で実体化するしかなくなったレイモンドを確認し、柚月が黒き珠『シュバルツ・クーゲル』の乱れ撃ちを敢行する。ただし2階部分と外壁に味方がいるため、地面をえぐるようにエネルギーを調整した上での発射となった。

 「手加減、嫌いなんやけどなー。仕方ないねー。」
 『ぐあ、ぐあ、ぐあああがががあがががあがあが!』

 柚月の攻撃の様子を見て、撫子が同じ疑問を抱いた。確かに遠慮が嫌いな柚月だが、それ以上の何かを感じる。閃光弾の効果が薄れ、徐々に緩まる光の具合を見ながら、また影を移動して自分を翻弄しようとするレイモンドを追いながら、どうにも拭い切れない疑問と一緒に飛び回っていた。
 確かに力の差は歴然である。里見の指揮は撫子たちへの配慮もあり、ものすごく動きやすいという印象を受けた。それだけに「おかしい」と思ってしまう。なぜここまで動く必要があるのか。戦いなのだから、命を狙ってきて当然だ。これではまるで……撫子はある結論に達する。

 「柚月様! レイモンドの目的は、わたくしたちと戦うことではないのかもしれませんわ……!」
 「そういうことやったんか。まさか望月さんがダシに使われてるとは、私らでもさすがに思わんからなー。ただ……」

 柚月は素直に困った。うまうまと相手のフィールドに足を踏み入れた以上、計画的に周辺を消し飛ばされる可能性も否定できない。そうなると守るべきものが多すぎる自分たちが圧倒的に不利になる。そしてこれは今日知ったことだが、亮吾ではドレインシステムを起動させるほどの緻密な氷雨の生体パターンを再現することができないらしい。つまり、今回はドレインシステムそのものが使えない。さらに亮吾が戦えないので、強引に封印まで持っていくことさえできないのだ。こうなると倒すより他にないのだが、さっきのように配慮を加えて攻撃すると決定打にはなりにくい。
 撫子もそれを察した。ここは自分が決めるしかない。絶対のタイミングを逃してはならないと、あえてレイモンドの逃げに付き合った。それでも油断すれば、手痛い一撃をもらう可能性もある。レイモンドは自分の目的がバレても攻め方を変えなかった。このままで逃げ切れるのなら御の字だと言わんばかりに、障害物や人間の影を縫って逃げまくる。もちろん不用意に撫子や柚月の影には入らない。相手も必死だ。撫子も常に精神を研ぎ澄まし、いつか来るであろうチャンスに備えて敵を追う。


 レイモンドの立体的な動きがめまぐるしくなってきた。それを無心で追い続ける撫子。智恵美はその隙を突いて亮吾を連れ出し、ビルの外へと脱出する。今は戦いの場から退くことが最優先であると、聡明な智恵美も判断したのだ。そこで目にしたのは、渋谷中央署の面々を連れた桜井警部たちである。ところが里見は彼らの介入を許可せず、さらには「機動隊よりも後ろに下がれ」と言い放った。さすがの桜井もこれには愚痴を漏らす。

 「いやはや。警視庁のお偉いさんは違いますなぁー。身辺調査までしてくれちゃって。氷雨との関係を洗われても、今さら驚きませんよ?」
 「現職の警察官が公安部に身辺を調査される事態の重さはわかっているのかね。君たちは、実に危うい。いいかね。いくら指名手配犯とはいえ、一介の警察官が望月を殺していいはずがない。望月の事件を洗い直した。私もすべてを知っている。桜井、高杉……どんなに見直したところで、君たちに責任は見当たらない。」
 「責任論じゃないんですよねー、それ。俺はひとりの人間を壊し、いくつかの命を散らせる結末を紡ぎ出した張本人。それに高杉だって、あいつを監督する立場にあったのにお咎めなし。そりゃ客観的に見たら望月が勝手に人殺しをしただけだから、誰も悪くないのかもしれないですけどね。」
 「夢に燃えた後輩が狂ったのを見ていられないから、自分たちで手を下す。それが警察官としての正義とでも言いたいのかね?」

 かつて世間を騒がせた『FEAR事件』の発端は、どうやら桜井が原因だったらしい。さらにFEARが失踪した後も追い続け、その後の暗殺事件も把握していた。すべては増幅した憎悪『FEAR』の仮面を剥がし、ひとりの人間・望月としてすべてを終わらせるために……桜井が望月を追っている理由を知った亮吾は、あまりにも強烈な一言を周囲に響かせる。

 「なんだよそれ。結局は桜井さんが自分で満足したいだけじゃないか……!」
 「あら、あらあら。」

 智恵美は抑止するつもりで言葉を発したつもりはない。もちろん、亮吾も今さら言葉を引っ込めるつもりはない。

 「氷雨さんを助けてるから、てっきりその辺のことはわかってるんだと思ってた。人のために何かをやってるんだって思ってたけど、俺の勘違いだったんだね。」
 「なっ……君に何がわか」
 「わかんないね! ああ、わかんないよ! 悪いことをした人が罰を受けるのは当たり前だ! そんなこと誰でも知ってる! でもさ、桜井さんのやろうとしてることって、望月さんと何にも変わらないじゃないか! 自分が悔しくって悲しくってつらくって、だから最後に人の命を奪う? そんなこと、俺は絶対に認めない! 氷雨さんはどうなるんだ! 氷雨さんは他人じゃないでしょ! 妹なんでしょ! ひとりぼっちにしてもいいの?!」
 「あいつは……強」
 「そう言うと思った! やっぱりわかってない! 強い人間なんていないんだ! みんな強いとか正義とか、そんなきれいな言葉でいろんなものをごまかしてるだけ! そんなの……そんなの絶対に!」

 少年の憤慨は、周囲の大人たちの心に突き刺さった。屈強な機動隊の面々でさえも息を飲む。
 あまりの迫力に桜井も、そして高杉でさえも言い返せなかった。それはふたりが亮吾の言葉を「正しい」と受け止めているからこそ……里見は感嘆のうめきとともに切り出す。

 「亮吾くん、君の言うとおりだ。いいかね、桜井。弱いことは悪ではない。弱さを知りながら、それに溺れることこそ悪なのだ。私とて、君たちのつらさを汲めないわけではない。だがここで情に流されるわけにはいかないのだ。察してはくれないか。改めて指示を下す。望月、高杉両名はこの場で私のサポートをするように。」
 「わ、わかりました。渋谷中央署の面子は、その場で待機。警視庁機動隊の援護だ。」
 「さ、桜井さん……ゴメン。なんかわかってないって思ったら、その……もう口が全部言っちゃったんだ。」
 「大丈夫。あの方も大人ですから。ちゃんとわかってますよ。」

 我に返った亮吾が恐縮気味に話すのを見て、智恵美がすかさずフォローを入れた。桜井もまた「小さいのにがんばっちゃうんだねぇ」といつもの調子で語る。ところがそのセリフが気に食わず、亮吾は思いっきり桜井の足を踏みつけた。奇妙な悲鳴がビルの外壁を揺るがす。周囲はあっという間に適度な緊張感に包まれた。


 待ちに待った好機がやってきた。逃げ回るレイモンドが躊躇する隙を生み出したのは、どこかに潜んでいた望月である。誰もが予想したとおり、その能力はシンプルだ。影の力をまとった弾丸が、赤き影をかすめる。今までにない攻撃に、思わずレイモンドが声を上げた。

 『ちっ、FEARか!』
 「撫子さん、今しかないよ!」

 撫子は一瞬その場から消えたかと思うと、すでにレイモンドを神斬で捕らえていた。まさに神業。影の身体の中央を貫かれたレイモンドは逃げを打とうとするが、すでに神斬の剣身が光を放っており、逃げ道さえも消し去ってしまっていた。

 「観念なさい! もう逃げられませんわ!」
 『ぐおおおおおっ! しっ、しまった……ほんの一瞬で!』
 「やれやれ、これで鬼ごっこはおしまいやね。いろんな意味で。さて望月さん、素直に出てきてくれへんか? どこにおるかわかってるけどな。」

 戦乙女によってレイモンドが磔刑に処されたのを確認すると、長身で糸目の男が姿をどこからともなく姿を現した。

 「はじめまして。望月と申します。」
 「あら。どう見ても普通の方……ですわね。」

 あの撫子が拍子抜けするほど普通の風貌……この温和な表情の男性が、常日頃から暗殺者を生業としているとは思えない。しかし全身から放たれる殺気と血の匂いまでは、そう簡単には消せないものだ。第一印象から察するに、いろんな意味でレイモンドよりも性質が悪いと言える。

 「まー、黙って立ってたら、どう見たって普通の兄ちゃんやね。」
 「よく言われます。」

 柚月は思ったよりもノリがいいことに驚きつつも、冷静に話を進める。これは取り引きだ。失敗すれば、次はない。

 「外に警視庁のお偉いさんがいるけど、ここは治外法権やよ。実は相互協力をお願いしたいんやけど……まずはこれを聞いた率直な感想をもらえるとうれしいなー。」
 「何はなくとも、レイモンドの始末が大前提です。それなくして協力はあり得ませんね。」
 「あんなおかしな動きしてたんよ? 『すぐに消せ』って言われて『はい、そうですか』って訳にはいかんと思うんよ。もっとも簡単に口を割ってくれそうにないけどな。」
 「時間稼ぎでしょうね。レイモンドの力を使役していたダークネスは、今ごろ私や氷雨さんのように『絶望の底』で囁く影を探し求めている。あの組織は、それを力の源と信じて疑わない。それに触れただけで、人としての心が壊れてしまうかも知れないというのに……」

 氷雨と同じ源から生まれた能力者の説明は、異様なほどの説得力がある。レイモンドが黙して語らずを突き通しているところを見ると、これは事実と受け止めて問題なさそうだ。
 望月は続ける。

 「すでに渋谷の地下には、東京都内に存在する人間すべてを影の獣できるほどの力を蓄えています。皮肉なことに、影を逃がさぬように使った結界もそれに一役買ったようです。」
 「それは誰にも非難できんよ。ましてや、望月さんはそれを知ってて言わんかったわけやから。それ以上、智恵美さんの文句は言わせんよ?」
 「おや、私の感情がうまく伝わっていなかったようですね。これでも残念がってるんですけど。」

 撫子は、望月の雰囲気がどこか桜井に似ている気がした。それが途中から気になって気になって仕方がない。

 「もしかして、今も桜井様のことを……」
 「ええ、悪いことをしたなと思ってます。それと、あの人の考えてることはわかってます。高杉先輩につらい思いをさせているのもわかってます。私もそれを達成させるために動きたいのですが、それよりも先に組織を潰さないと死んでも死に切れません。」
 「その合間に自分の許せない人を消してるっていうのは、どうにも賛成しかねるけどね。しばらくの間は我慢してもらおか。シューティングスターと組んでる時にそれされたら、やりにくくてしゃーない。」
 「仕方ありませんね。そういう連中の寿命を延ばすのは、主義に反するんですが……」

 思わず柚月が「せやったら、最初っから警察に情報をリークしたらええ」と思ったが、ここでそれを言っちゃうとせっかくの約束がフイになるので、ここは課長らしく大人の対応をする。

 「絶対に暗殺したらあかんで? どうしてもやりそうなんやったら、こっちで監視の人間用意してびっちりつけるよ?」
 「約束は守りますよ。ああ、でも子どもたちの保護くらいはやらせてくださいね。」

 暗殺癖と表現すればいいのかはわからないが、とにかくこれさえしなけりゃマトモな人。撫子は頻繁に頭痛を起こしながらも、今回は仕方なく望月を見過ごすことにした。柚月は目配せで「ホンマに申し訳ない」と謝る。彼女は謝りこそするが、望月を味方に引き入れることから手を引くつもりはなかった。最近の負担を考えると『智恵美に甘えているわけにはいかんしね』という気持ちがあったのも事実である。それに……わがままを言うのは自分のキャラ。そういうさっぱりとした割り切りもあった。
 そして、こちら側が約束を果たす時が来た。このままレイモンドを放置しても、シューティングスターには何の得もない。撫子は神斬に力を注ぐ。それを受けて、赤き影は霧のように足元から消えていく……

 「お覚悟を!」
 『闇の王子は……きっとさらなる力を得て……蘇る。付き従った私が新たなる魂に名前を授けよう。その名は「シャドウベノム」……う、うがああぁぁぁぁっ!』
 「シャドウ、ベノム……」

 気味の悪い予言を残し、レイモンドは消え去った。
 これで組織の勢力はダークネス、そして黒幕のみとなった。いよいよ長かった戦いに終止符が打たれようとしている。


 望月は警察の前に出ると話が厄介になるという建前を振りかざし、早々にその場を退散した。ふたりの乙女が戦いを終えて出てきたところをシューティングスターの面々が出迎えたが、撫子は「レイモンドは倒しましたが、望月様には逃げられましたわ」と答えるに留める。もちろん彼女がウソをつくはずもなく、正直にそれっぽい表情をしていたことから、亮吾も智恵美も、ついでに里見まで声を揃えて「困ったもんだねぇ」と嘆息する始末。その中に桜井と高杉まで入っていたので、亮吾はひとまず安心する。しばらくの間とはいえ、彼らが望月の命を狙うことはないだろう。
 一部を破壊されたビルの現場検証に入るため、里見は渋谷中央署の面々にも協力を打診。作業の指揮を始める。それを見届けたメンバーはその場を後にした。もうすぐ真実が解き明かされようとしている。ただ、依然として真実と崩壊は隣り合わせのままだ。勝って兜の緒を締める。彼らは目指す未来を確かな眼差しで見据えていた。


 「あの結界が状況を加速させてたなんてねぇ……皮肉なもんよね。智恵美はこの事件、最後まで見守らないと仕方ないわね。」
 「あらあら、それを言われると耳が痛いですわ。」
 「勝ち逃げするつもりだったみたいだけど、ちょっと計算が狂ったみたいね。ふふふ、こっちは助かるわ。」

 いつものように智恵美はレディ・ローズを相手に会談をしていた。この日はアカデミーの教頭室。ふたりの間には低いテーブルがあり、そこにはまた得体の知れないプリントが散乱している。かつて柚月を戦慄させたものとは別の、これは新しい情報満載のプリントだ。

 今の渋谷の状態は、かつて氷雨や望月が味わったという『絶望の底』に似ている。地下に潜む負の感情をなんらかの力で増幅させることで、影の獣の誕生や孤独な影の捕獲を可能にしていた。その成果の一端として『マスカレード』なる存在が作られ、孤独な影を使役するための『ホーントシステム』を独自に開発するようになったらしい。智恵美はダークネスが使用していたホーントシステムが、レインバックルと似て非なる存在であることがわかったため、研究所を「シロ」と判断したのだ。

 そしてFEARこと望月の能力は、ちゃっかりレディ・ローズが水晶球で監視していたため、その全貌が明らかになった。まず拳銃がないと意味を成さない能力であることから、拳銃を具現化する能力があると判断。それをアカデミー風に『断罪の書』と名づけた。
 しかし、問題はここからだ。拳銃から放たれる弾丸は「実弾の場合」と、「影の弾丸である場合」。さらに「実弾に能力をコーティングした場合」に分類され、射撃した瞬間では見分けがつかないことがわかった。しかも実弾で発射する場合以外は、望月の意のままに軌道を変えることができると予測される。最悪なのが最後の例で、1回の射撃で弾丸を2つ発射しているようなものらしい。弾丸に関する能力を総称して『記憶への階段』と呼ぶこととなった。もし拳銃が能力で具現化しているとなると、本人の手から離れた場所からも射撃が可能で、暗殺を阻止するのは極めて困難だ。

 「紫苑には『くれぐれもFEARにケンカを売らないように』って、念を押しといたわ。」
 「いちおうは協力してくれるみたいですが、どうなるかわかりませんから。それが安全だと思います。」

 柚月の話では『むやみやたらと暗殺はしないと思うんよ』とは聞いているが、智恵美はあえてそれを伏せた。能力を聞く限り、警戒しておいて損のない相手だからだ。特に霊能力に免疫のない紫苑には、これ以上なく相性の悪い敵である。その辺は智恵美もレディ・ローズと同意見だった。
 望月がシューティングスターの協力することでメリットもある。不穏な動きをしていた渋谷中央署の動きをハッキリさせられたことは大きい。亮吾が桜井を非難したのは予想外だったが、最終的には一時的とはいえ因縁を忘れることとなり、これにより安心してバックアップを任せられるようになった。

 「桜井警部と高杉警部補、そしてFEARの因縁は解消されましたから……あとはダークネスが『シャドウベノム』になったかどうかですね。」
 「ああ、さっきそんな名前の奴から宣戦布告があったわ。人が魔女っ子アニメ見てる最中に水晶球でわいわい騒いでくれちゃって。なんかシャドウレインと違って、まるで血管みたいなライティングラインだったけど、あれってマトモじゃなさそうねー。」
 「望月さんによると、おそらく人間としての性格は残っていないそうです。もはやダークネスではなく、破壊の権化になっているのでしょう。」
 「じゃあ、おかしくない? この映像は誰が送ってきたのかしらねぇ? もしかして……黒幕かしら?」

 いつものように妖艶な笑みを浮かべると、レディ・ローズは思い切った案を提示する。

 「順番はシャドウベノムが先でしょうけど、どうかしら。みんなよりも先に、私と智恵美で黒幕に会いに行くっていうの?」
 「あらあらあら、これは意外なお誘いですわね。」
 「あら、別に嫌だったら私だけでいくわよ? ふふふ、たまには暴れないとねー。紫苑のお礼参りが済んでないし♪」

 どこまでも先に行きたがるこのふたり。この加速は吉と出るか、凶と出るか?!


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

7266/鈴城・亮吾  /男性/14歳/半分人間半分精霊の中学生
2390/隠岐・智恵美 /女性/46歳/教会のシスター
0328/天薙・撫子  /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
7305/神城・柚月  /女性/18歳/時空管理維持局本局課長・超常物理魔導師
3072/里見・俊介  /男性/48歳/警視庁超常現象対策本部長

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は「CHANGE MYSELF!」の第20回です!
いよいよ残すはダークネスと大ボスのみ! 連作を支えてくださいまして感謝しております!

第2部の最終回も見えてきましたので、情報満載になっております。よーく読んでください。
さらに個別部分が細かくなっており、情報も分散しております。その辺もお楽しみに。

今回も本当にありがとうございました。また『CHANGE MYSELF!』でお会いしましょう!