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<東京怪談・PCゲームノベル>


貴方のお伴に 〜人と人形と〜

 赤、黄色、青、緑。
 咲き誇るかの様にレースのドレスが広がる。極彩色に包まれた世界。
 それらに身を包まれて、一様に幸せそうな笑みを浮かべる小さな、小さな少女達。
 どうして、私はここにいるのだろう。
 九重・朱花(ここのえ・しゅか)は、ぼんやりとした頭の中でそう呟きながら、周囲を見回した。
 アンティークドールショップ『パンドラ』。
 店の正面、入口の上にはそんな名前の書かれた控えめな看板が掲げられていた。
 その中は、看板の名に恥じぬもので、どこを見回しても人形達が並んでいる。
 初めて入る店。
 ここへ初めてきた、それだけではない。
 ドールショップなんてものに足を踏み入れることそのものが初めてだった。
 それどころか、朱花の記憶の中では、人形に接した記憶すらない。
 いや――あるのかもしれないが、自分の知り得る記憶の中にはない。
 なのに、どうして来てしまったのか。自分でも分からなかった。

 約束した時間まではまだ、だいぶあった。
 ぽっかりと空いた時間に、目的もなく、ふらふらと迷い込んだ。
 大通りからも入り込んだ、他に店など何もない、閑静な住宅街の中。
 突如、場にそぐわぬ洋館が現れる。背の高い石壁の向こうに覗く、蔦に絡まれた館。
 なんとなく気になって、壁に沿って歩く。
 やがて、門が見えてくる。敷地の割りに質素な、小さな門。
 正面から覗くと、表札とも、看板とも取れる小さな板に『久々津館――人形博物館』とある。
 見上げる。
 さすがに、博物館見学までする気はない。
 と、門に背を向けたときだった。
 眼前に広がる、また別の看板。
 館と対になるように、向かい合わせで小さな店が。
 それが、『パンドラ』だった。
 特に何が目立つわけでもない、その店に。
 どうしてか。
 引き寄せられるかのように、惹かれるように。
 ガラスのドアを、開けていた。

 何か、惹かれるものがあったのだろうか。
 改めて、自問してみる。
 自分のこれまでの人生とは全く縁のない、世界。
 必要のないもの。
 それでも、惹かれているのだろうか。
 こんな、彼女達が着るような服を身にまとうことすら、きっと、ない。
 だから、惹かれているのだろうか。
 だとしたら。
 頭を振る。
 視界が、ぼんやりと滲む。ドール達の着込むドレスの色が混ざりあう。
 今の自分を不幸だとは思っていない。大切な人の傍に、いられるのだから。
 ――でも。
 それでも、どこかで違う自分を望んでいるのだろうか。
 思わず浮かんだそんな考えに、驚く。
 もう一度、軽く、頭を振る。焦点が戻ってくる。
 目前には、真っ赤なドレスのアンティーク・ドール。
 差し伸べるように、手をこちらに伸ばしている。物言わぬ彼女の瞳が、何故か、蠱惑に満ちて――誘っているようで。
 思わず、手を伸ばす。指で、人形の手に触れる。その感触が伝わる、それよりも前に。
 掴まれる。その小さな手が、朱花の人差し指をしっかりと捉えて離さない。
 ――いらっしゃい。
 そんな声が響いた気がした。
 再び、視界が歪む。混ざった色たちが揺れ、波となって。天地がなくなる。
 混ざり合った色たちは、それが当然の帰結というように、黒く塗り潰されていく。
 そして――。
 暗転。

 黒く塗りつぶされた世界の中で。
 私は、ただ立っていた。
 視線は定まらず、意識はたゆたい。
 いつの間にか、暗闇の中に現れるアンティーク・ドール。暗闇の中に浮いて。
 さっき、私の手を取った、あの人形。真っ赤なドレスが目に眩い。
 ――さあ、私と。
 彼女は言った。
 ――いいえ、あたしと。
 隣に現れた、もう一人のピンクのドレスの人形が囁く。
 ――替わるのなら、私のほうが。
 また一人、フリルのワンピースをまとった子が現れる。同じように、手が差し伸べられる。
 そうして、次々と浮かぶ人形達。
 口々に、誘う。語りかけてくる。
 扇情的な笑みを浮かべて。歌い上げるように、声が響き重なり合う。
 ――違う自分になりたいのなら、私が替わってあげる。
 人形達が、円を描くように朱花を取り囲む。
 くるくると回りながら、少しずつ迫ってくる。
 身体に力が入らない。膝が、腰が砕けて、座り込んでしまう。
 円が狭まる。触れんばかりの距離に、人形達の指先が巡る。
 ――さあ。
 呼びかける声に。
 ――穏やかに暮らしたいのでしょう?
 誘う声に。
 頭の奥底が、痺れていく。
 その痺れが、心地よくなってくる。揺りかごの中で眠るような、プールの中で浮かぶような――暖かさが、全身に広がる。
 ――それも、いいかも。
 そう、口にだそうとしたときだった。

 ――ほんとうに?
 微かな声が、それを押し止めた。
 ――ほんとうに、それでいいの?
 今度ははっきりと聞こえた。
 思い出す。
 これまでのこと。
 たった十八年しか生きてきてはいないけれど。
 色んなことがあった。辛いことのが多かったけれど。
 今でも、思うままにはならないことがたくさんあるけれど。
 それでも。
 捨てたくはない。
 今の自分は、捨てるものじゃなくて、大事にしながら、変えていくもの。
 だから。
「私は、あなた達にはなれない。私は、私でいたいから」
 口にしたその言葉とともに。
 人形達の輪は、煙のように立ち消えて。
 白い人影が現れる。
 小さな、小さな修道女姿の人形だった。
 ――さっきの声は、あなただったの?
 その疑問には答えず、手を差し伸べる彼女。
 ゆっくりと差し伸べられた手を見て、なぜだか分かる。確信する。
 今度こそ、その手を取る。小さな手を、指で、絡めるように。
 そうして、闇が払われた。

「大丈夫?」
 視界が戻ってくる。目の前に、見知らぬ顔があった。
 慌てて飛び起きる。
 飛び起きた、ということは。
 横になっていた?
 よく分からない。辺りを見回す。知らない、部屋だった。
「ごめんね、気づかなくて。ちょっと店の奥にいて」
 掛けられた声に、改めて声の主を見る。
 目を瞠るような美人だった。緩やかにウェーブしたロングの金髪。整った、けれど穏やかな印象の顔立ち。心配そうな顔で、こちらを見ている。
「あ、まだ名乗ってなかったわね。私は、レティシア。『パンドラ』の店の者よ。と言っても、一人でやっているようなものだけれど。で、ここは、店の奥。貴女は、店の中で倒れていて……本当に、気づくのが遅れてごめんなさいね」
 こちらが戸惑っていると、分かりやすく話してくれた。
 こちらこそ、ご迷惑をおかけしましたと謝ると、彼女は慌てて頭を振る。
「貴女は悪くないわ。ほんと、気づかなかった私が悪いのよ。あのね――うちの店、自分でこういうのもなんだけれど、ちょっと曰くつきのものも扱っていてね。ごく稀に……ね、どうも、こう相性の悪いと言うか、ある意味良すぎるのかしらね、人形達に、当てられちゃう人がいるの。貴女も、そうだったみたい。こんな話、信じられないかもしれないけど」
 今度はこちら側が頭を振る。この人に語ることはできないが、自分だって異能の力を持っているのだ。有り得ない話ではない、ということは理解できる。
「いえ、なんとなく、分かります。でも、なんだか――助けてくれた子が、いたような――修道女の格好をした子が」
 つぶやきに、レティシアが頷きで返す。闇の中であったことを話すと。
「そう――なの。あの子がね。確かに――あの子なら」
 思い当たるところがあるらしい。詳しく聞きたいと、問うと、あそこにいる、あの子――と、指し示してくれる。
 木製の、簡素な棚。この部屋の中の、そこに。
 さっき見た、あの修道女の人形がいた。作りは店内の他の人形たちと変わらない。けれど、その服装からだけではない違いが、はっきりと感じられた。でも、それが何か分からない。
「あの子はね、ええと、これこそ信じられないかもしれないけれど――さっきまでの貴女と同じように、人形にあてられて――それで、取り込まれた――入れ替わられた子なの」
 それで――。
 汚れのない、無垢な人形ではないけれど。
「あの子を、いただけないでしょうか?」
 思わず、口にしていた。
 ことり、と小さな何かが、身体の中で転がって、そして、収まるべきところに収まったような、そんな感じ。自分の中で自分が消化できて、昇華できたような。
 それを気づかせてくれた子。
 レティシアは少し悩んでいたようだったが――うん、と一つ呟くと、その人形のところへ行き、その子を取り出してくる。
「この子もそれを望んでいるみたいだし、どうぞ。お代は要りません。元々値を付けるつもりはない子だし、貴女には迷惑もかけてしまったし。その代わり、大切にしてあげて」
 そんなわけには――と抵抗したけれど、レティシアは、頑なに固辞した。

 結局のところ――朱花の方が折れることになって。
 彼女を、大切に、箱に入れてもらう。
 それを手に、店を出る。
 新しい物を手に入れたときの心浮き立つ感覚とは違うけれど、何か、落ち着いたような、柔らかな感覚が、身体全体を包む。
 ちょうど、約束の時間が近づいていた。
 朱花は、大事に箱を抱えながら、『パンドラ』を後に、歩き出した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【8126/九重・朱花(ここのえ・しゅか)/女性/18歳/アサシン】

【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
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■         ライター通信          ■
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伊吹護と申します。
初めてのご依頼ありがとうございます。
アクションに沿えてない部分があるかもしれませんが、こちらで解釈・展開させていただいて、こんな感じになりました。
気に入っていただければ、幸いです。