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〔琥珀ノ天遣〕 vol.3
自前のパソコンの前で、明姫リサは軽く溜息をつく。
パソコンの画面に表示されているのは「ゴーストネットOFF」。怪奇なものに関しての書き込みがほとんどではあるが……。
(はぁー……)
自分の尋ねた記事にはレスがされている。とはいえ、それらに有効性はない。
どれもハズレ。そんな気がしていた。中には、悪ふざけなのかわからないが、茶化したものまであった。
リサが書き込んだものは、「星」に関することと、不思議な子のこと……つまり、夏見未来のことだ。
手がかりが少しでも欲しくて書き込んだのはいいが、収穫らしいものはない。
仕方なく、オフの日だということもあって草間興信所に出かけることにした。
*
「手がかりなしだな」
面倒そうに言い放つ草間興信所の主は、座っているイスに全体重をかけてぎぃ、と古めかしい音をさせた。
「夏見未来、だったか? そんな人物が都内に滞在している様子はない」
「他は?」
「外見的特徴だけで聞き込みをしたら、まぁそれなりに目撃情報は得た。
どうも夜中をうろちょろしているから、警察に補導されたこともあるようだ」
「そ、そう……」
やりそうだ。いや、やっぱりか、という思いがじわっと広がっていく。
「でもだったら、誰かが引き取りに来たってことかしら?」
「いや、会話が噛み合わなくて困っていると、いつの間にか少女の姿が忽然と消えていたそうだ」
「………………」
それは、リサが一ヶ月前に経験したことだ。
気まぐれなミクがあっという間に夜の闇に行方をくらましてしまう。そこがどうも不思議でならない。
「少女は落し物を探していると供述している」
武彦の言葉に考え込んでいたリサが顔をあげる。
そうだ。ミクは「星」を探していると言っていた。
「この説明がまた微妙らしくてな……。よくわからないそうだ」
「ホシ、じゃない?」
「ほし?」
「ええ。星を探してるって言ってたから……」
武彦はリサの言葉に少し顔をしかめ、窓から見える空へと視線を動かす。
昼間には星は見えない。そこに存在はしているはずなのに。
「星って、あの?」
「いえ、違うと思うの。そういうニュアンスではなかったと思うし」
よくわからない。お手上げだ。
そういえば妙なことを色々言っていたような気もする。ぴかぴかとか、ぽかぽかとか……。
眉間に皺を寄せるリサは、軽く息を吐く。あれからミクの姿を見かけてはいない。
武彦と、信用するならゴーストネットOFFでの目撃情報からすれば、ミクは都内をほぼ毎晩うろついていることになる。
掲示板での書き込みも、「見かけた、ラッキー」や、「声をかけようとしたけど、見失った」などというものがあった。
まるで幽霊のような扱いになっている。騒ぎが大きくなる前にあの記事は消去したほうがいいだろうと、最近は危惧していたくらいだ。
リサは立ち上がる。今日はもう去ろう。これ以上ここに居ても、謎が解けるわけではない。
*
コンビニに立ち寄って自宅へと帰る頃にはすっかり日も暮れ、あっという間に夜へと変わりつつあった。
ふらふら歩いている緑色の頭を見つけ、思わずコンビニから出てきたリサは足を止めた。
「ミク!」
声をかけると浮浪者のような足取りだった人物がぴたりと停止し、ゆっくりと、リサのほうを向き直る。
漆黒の瞳には光がない。底無しの井戸のようだった。
リサの挙げかけた手がその様子に途中で止まる。だがすぐにミクは瞬きをして、リサを捉えた。瞳には活力が戻っていた。
「あー、アケヒメだ。ん? リサだっけ? いやいや、でもリサはアケヒメだからいいのだ!」
そう言ってにっこり笑うミクは、そこから動かない。仕方ないのでリサのほうから近づいた。
「よく遭うわね、ミク」
あれ?
声をかけた時に気づいた。華奢な姿のミクの背が、少し高いような気がする。それに、なんだか骨格も……。
「……少し見ない間に、背が伸びた?」
「ん?」
無邪気な声で返してくるミクは小さく笑う。皮肉でもなんでもない、ただ浮かべただけのものだ。
「あぁ……そういえばちょっと格好が変わってるかもしれないね。なんかね、女の子だと危ないとか色々いっぱい言われたのだよ。
ミクはミクだから気にしないんだけどね。ギャハハハ!」
いきなり楽しそうに笑うミクは、その場でくるんと一回転ターンをした。
「意味のないこと気にしても、しょうがなーい、ない! でも気にすることは必要だからすることで、ミクにはわかんなーい!」
まるで歌うように言うミクは、踊るようにスキップをしながら進んでいく。
「ミク、星は見つかった?」
「見つからないねえ。不思議だよ。すっごく不思議。どこにでもあるって聞いてたのにね」
「どこにでもある?」
「あー、ミクは見つけられない。わるいこだからかもしれないー! うわー」
大げさに言うミクの腕をリサが捕まえる。このままではあっという間に逃げられそうだ。
「とりあえず休憩しましょう。一旦」
「きゅうけい」
「そう。お休み。一休みよ、ミク」
近くの自宅であるアパートまで連れて行くと、ミクがリサの横に並ぶ。あれ? なんだか変だ。背が縮んでいる。
「…………ミク、背が低くなっていない?」
「うん? ミクはミクだよ」
まったく答えになっていなかった。
まともに会話をすると疲れるので、リサはさっさと部屋の鍵を開けてミクを招き入れた。
1DKの、バス・トイレ付きの部屋。一人暮らしのリサにとっては充分すぎる部屋だ。
いつも纏っているライダースーツではなく、部屋着のTシャツとジーンズ姿になったリサは、窓から外を眺めているミクの姿に怪訝そうにする。
ミクが見ているのは空に輝く星々だ。
「ミクはなにがいい? コーヒー? それとも紅茶?」
「んー?」
間延びした声で応えたミクが振り向く。そして目を丸くしてから、ゲラゲラと笑った。
「リサのシャツ、きつそーだよ! ギャハハ!」
「……こ、これは仕方ないのよ」
どうしても変な印象を与えてしまうのはわかっていたことだ。そもそもシャツのサイズは決まっていて、腕の長さや、胸の大きさは平均的にしか考慮されない。
だから、一番大きなサイズを買っても袖の長さは微妙だし、胸元がきつくなってしまうのだ。
笑い声をぴたりとやめて、ミクは微笑んだ。
「そっかー。リサは苦労してるんだね。ミクのさがしものくらいに大変?」
「えっ? そ、それはどうかしら?」
「リサはいいこだねえ」
まるで子供のように、あやすように言ってくるミクはこちらに近づくと、背伸びをして頭をよしよしと撫でた。
「いいこにはご褒美をあげなくちゃいけない。なにがいい?」
下から覗き込むようにしているミクの目は、ひどく真面目だ。浮かべている笑みと、合致しないほど。
喉が、かわく。なんだろう、この感覚は。
「ご褒美かぁ。なんでもいいのかしら?」
あっさりと内心を立て直し、リサは余裕の笑みを浮かべる。だがミクは気づけばもうそこにおらず、珍しそうにリサの家具をつついていた。
引き出しを開けて、下着を引っ張り出して、「おっきいねー」と大笑いしている。……そこは笑うところじゃないし、そこそこ傷つくのでやめてほしい。
「み、ミク、頭にかぶるものじゃないのよ、それは」
「帽子になるよ?」
いや、「なるよ?」じゃないから。
ミクの背中をやんわりと押して、座らせる。落ち着きがないこの娘のことだ。すぐに立ち上がってうろちょろするだろう。
「とにかくここに座ってて。紅茶にするわ。待ってて」
マグカップに紅茶を淹れて戻ってくると、ミクが転がって天井を見上げていた。糸のきれた人形のようにもみえる。
「ふしぎだー。星がみつからないー。なんでだろー?」
ぶつぶつ呟いていたミクがリサの足元に目を遣り、むくりと起き上がる。
「はいこれ」
マグカップを渡す。
正面に座ったリサは、彼女をじっと見つめた。
「ねえ、ミクは誰かに言われて探してる……のよね? その、星、を」
(こんな子に探させるなんて、その人物はなにを考えてるのかしら?)
もしも会えたなら嫌味をそれはもう、たっぷりと言い放ってやれるのに。
「星ってなんのこと? 五芒星とかのことじゃないわよね?」
「ゴボーセー?」
「こういう、星の形をしたマークよ」
近くに置いてあったメモ帳を引き寄せ、ボールペンで描いていく。
星型のマークに、ミクはまったく無反応だ。興味がなさそうに視線を外して紅茶を一気に飲んだ。
リサは折り畳みのテーブルの上にあった携帯電話に手を伸ばしかけたが、戻す。そして立ち上がってすぐに戻って来た。
手にはデジタルカメラがあった。
「ね。一緒に写真撮らない? 思い出になるし」
どこかにすぐに消えてしまうミクとの接点にもなる。
「ほら、さっきのご褒美! ダメかしら?」
ミクはにっこり笑った。
「いいよー。いいともー! 明日も晴れるぞー!」
「? よ、よくわからないけど、いいってことよね?」
なんとかミクに身を寄せて、フレームにおさまるようにする。ボタンを押すと、シャッター音が控えめに鳴った。
確認しようとデジカメをいじっていたリサは息を呑む。リサは写っていたが、ミクの姿がない。
思わず横の彼女を見遣るが、ミクはにこりと返してくるだけだ。
「……なんで写ってないのかしら?」
ミクはリサが驚いていることに、逆に驚いていた。
「写らないとまずかった? そうなの? そういうもんなのかなー。まあそういうもんだよ。ボク、気にしない」
いや、気にしましょうよそこは。
思わずつっこみかけたリサだったが、ミクがすっくと立ち上がったので思わず瞬きをしてしまう。
「ごちそうさまでしたー。ご褒美終わったし、帰るねー」
「え? あっ、ま、待って。星を探すなら手伝うわよ」
「いいよいいよ。また今度ね。リサはおつかれなんでしょう?
星を見つけるのはミクのことなのに一緒に考えてくれてるもん。ありがとー。ありがとねー」
「でも、なんの役にも立ってないわ」
「気にしない気にしな〜い!」
元気に言い放って、さっさとドアのほうへと向かってしまう。慌てて追いかけたが、ドアを開けて出て行ったミクに追いつくことはできなかった。
「待って!」
そう言って外に出たが、そこにはミクの姿がなかった。完全に消え去っていたのだ。
「……消えた。また……」
本当に幽霊のようだ。
だがミクは存在している。たしかに。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【7847/明姫・リサ(あけひめ・りさ)/女/20/大学生・ソープ嬢】
NPC
【夏見・未来(なつみ・みらい)/両性/?/?】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、明姫様。ライターのともやいずみです。
探し物は難航していますが、ミクからは少しずつ信頼されている様子……。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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