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【SS社員旅行へGo!】野望渦巻く温泉旅行
秋の気配が漂い始めたある日。
SSの事務所では小さな騒動が起きようとしていた。
「佐久弥さん、ひ〜ど〜い〜〜……」
そう口にして事務所の中央で頭を抱えたのは、華子だ。
蹲っている華子の視線の先には、優雅に紅茶を楽しむ佐久弥の姿がある。
彼はカップを口から離すと、にっこりと微笑んで見せた。
「酷くはありませんよ。皆さんに休暇をさしあげるという意味で、お出かけましょうと言っているんです」
「それが酷いのよ……それってつまり、パカも一緒ってことでしょ!」
ビシッと指さした先には、柱の影に隠れるように丸くなっている幾生の姿がある。
「まあ、そうなりますね。なにせ社員旅行ですから」
悪びれもせずに微笑んだ佐久弥に、華子は大げさに崩れ落ちた。
「しゃ・い・ん・りょ・こう……うぅ、佐久弥さんから初めて旅行に誘われたのに、なんで……なんで、社員旅行……」
半泣き状態で再び頭を抱える華子を、佐久弥はニコニコと眺めているだけだ。
どうやらこの反応は予想の範囲内らしい。
「まあ、せっかく福引で当たったんですし、楽しみましょう」
「福引……それって、3人分だけ?」
ふと華子の目が上がった。
「いえ、もう少し多めです」
「多め……――あは〜ん♪ イイコト、思いついちゃったん♪」
ニヤリと笑った華子は、今までの崩れ具合が嘘のように姿勢正しく立ち上がった。
腰に手を当てて佐久弥を見る顔には、勝気な笑顔がある。
「ねえ、佐久弥さ〜ん。せっかくの社員旅行なんだしぃ、もう少し大勢でいきませ〜ん?」
「大人数で、ですか?」
うんうん、と大きく頷く華子に、佐久弥の目が瞬かれる。
その隅では、顔を上げて華子を見ている幾生が見える。
どうやら何かしらの不穏な空気と言うのを読み取ったらしい。
「そう、誰でも良いから強引に引き込むの! こうなったら大所帯大歓迎! っていうか、むしろその方が超絶有難いっ!! さあ、今すぐ参加者を募集するのよ!」
そう言って指さされたのは幾生だ。
「――ヤッパリ、そうなるカ」
このあと、SSの社員旅行への参加者募集の告知が張り出されたのは、言うまでもないだろう。
***
青い空に白い雲。見渡す限りの山。
SS一行は、秋の行楽シーズンを前に山奥の温泉旅館へとやって来ていた。
「深沢さんは華子さんと一緒のお部屋に入ってくださいね」
SSオーナーの佐久弥は微笑むと、社員旅行への同行を申し出てくれた深沢・美香を振り返った。
「まさか、大和撫子が同行してくれるとは思わなかったわ。まあ、あたしの引き立て役には調度良いわね」
ニヤリと笑った華子はさっさと旅館の中に入ってゆく。
相変わらずマイペースで、何を考えているのが不明だが、美香にそのことを気にしている余裕はなかった。
なにせ、今日の美香にはある野望があるのだ。
「今日こそは、私の呼び名を変えてもらわないと」
グッと拳を握り締めて呟く。
美香は華子に初めて出会って以降、『大和撫子』とのあだ名を付けられて、呼ばれるたびに恥ずかしい思いをしている。
(このままでは定着してしまうわ。そうなる前に、なんとしても変えてもらわないと!)
決意を固めるように頷き、美香も旅館に足を運ぶ。
このあと、華子の馬鹿げた計画に巻き込まれるとも知らずに……。
***
旅館を出て少し歩いたところにある、吊り橋を渡った先にそれはあった。
寂れた雰囲気の見晴らしの良い露点風呂だ。
美香は、華子と二人でそこにやって来ていた。
「……あの、華子さん」
脱衣所で美香は、バスタオルを巻いたまま途方に暮れたように呟いた。
足もとには、同じくバスタオル姿の華子がいるのだが、彼女は床に両手をついたまま動こうとしない。
露天風呂に来るまでの道中や、脱衣所で服を脱ぐまでの間は楽しそうに話をしていた。
にもかかわらず、服を脱いだ途端、華子の態度が急変しのだ。
「酷い……こんなの、あんまりよ」
打ちひしがれる華子は、チラリと美香を見上げた。
そこにあるのは女性でも憧れる、潤い整った体型の美香だ。
「引き立て役になると思ったのにっ!」
クッと拳を握り締めて呟く。
華子はいまどきの女子高生にしては発育に乏しい。
凹凸がきちんとある美香は、彼女にとって眩しく映ると同時に、悔しくもあった。
しかし、いまいち美香はその理由に気付いていない。
崩れ落ちている華子の姿に、オロオロとするばかりだ。
「華子さん、そんな格好のままだと風邪をひきますよ」
「うるさ〜いっ!」
叫びながらキッと睨み付ける。が、その目が美香の胸元に向かい、すぐに落ちた。
「……大和撫子、恐るべし」
(うーん……ここの来るまでは機嫌が良かったのに、なんで突然)
考えてもよくわからない。
美香は首を傾げながら膝を折ると、そっと華子の肩に手をかけた。
「もし具合が悪いなら、お風呂は止めてお散歩でも――」
華子が床に崩れ落ちてから、簡単に見積もっても二十分は経過している。
このままでは本当に風邪をひいてしまう。
美香は華子の顔を覗きこみ、代案を口にしようとした。が、その声を遮るように隣の脱衣所から声が響いて来た。
「今日はいい天気で本当に良かったですね。雨でしたらここまで足を運ぶことはできませんでした」
「……オーナー、足元が危険デス」
「ああ、すみません」
声の主は佐久弥と幾生のようだ。
多少不便な場所にあっても、天気が良くて見晴らしが良いとなれば来てみたい場所なのだろう。
「オーナーさんもお見えになったんですね。だとすると、やっぱりお散歩に変更――」
「行くわよ、大和撫子!」
「え?」
突然掴まれた腕に、弾かれたように目が向いた。
見上げれば、今の今まで崩れ落ちていたはずの華子が、シャキッと立っているのだ。
その目には意志の籠った輝きがあり、美香は目を瞬いた。
「で、でも、オーナーさんたちが……」
美香が戸惑うのも無理もない。
露天風呂は確か混浴だ。
このまま風呂に向かえば確実に2人と鉢合わせになってしまう。
だが華子は言う。
「知ってるわよ。だって、それを狙ったんだもん♪」
「今、なんて……って、ちょ、ちょっと華子さん!?」
美香の腕を強引に掴んだ華子は、嬉々として脱衣所を出て行く。
当然、美香も無理矢理外に出された。
肌を撫でた風に、体を震わすがそれどころではない。
「華子さん、落ち着いて! いくらなんでも、それは拙いですよ!」
「なに言ってんの。これはまたとない機会なの! 佐久弥さんと二人っきりで旅行が出来ないってんなら、混浴ぐらいさせてもらわなきゃ割が合わないじゃない!」
「わ、割が合わないって……」
クラッとめまいを覚えた美香を他所に、華子の目は男性専用の脱衣所に釘付けだ。
そして――。
「オーナー、足元気をつけてクダサイ」
幾生に手を引かれながら佐久弥が出てきた。
「よしっ! 狙いはバッチリあってる!!」
拳を握りしめ、食い入るような視線を送る華子。
当然タオルは巻いてるので問題はない。問題はないはずなのに、何かが危ない気がする。
そして湯けむりの中に二人のシルエットが見えた。
「よぅし、今だっ! 佐久弥さん♪」
華子が飛びあがろうとした時だ。
「華子さん、ごめんなさい!」
「へ?」
美香は華子の腕を掴むと、ものすごい勢いで引っ張った。
「――っ、ぎゃあああっ!」
バッシャーン☆
盛大な水しぶきが上がり、球を投げ切った後のような格好で固まる美香がそこにいた。
華子はと言えば、ぶくぶくと湯船の中に沈んでいる。
「幾生くん、今の声は?」
「あー……たぶん、ハナ」
幾生は頭に巻いたタオルを少し目元に寄せると、呆れたように息を吐いた。
その脇には、幾生に手を引かれる佐久弥の姿がある。
「ぶはあっ!! っ、……ぐぅ、……思いっきり、飲んだぁ」
げえっと舌を出して湯から顔を上げた華子は、キッと美香を睨みつけた。
「ちょっとあんた! あたしを殺すつもり!?」
ビシッと指を突きつけた華子の体には、相変わらずタオルがくっついている。
やはり凹凸がないと落ちるものも落ちないのだろうか。
「そ、そんなつもりはないです。そうじゃなくて……」
(このままだと、オーナーさんに危険が及ぶ気がした……なんて言ったら、怒るわよね)
チラッと美香の目が佐久弥を捉えた。
それを見た華子の口が大きく開かれる。まるで見てはいけないものを目にしたかのような顔だ。
「あ、あああ、あんた……まさかぁっっ!!!」
わなわなと震えながら湯の中を歩いてくる華子に、美香の目が戻る。
「えっ、華子さん?」
華子は湯からあがって来ると、ギロリと美香の顔を覗きこんだ。
据わった目が怖い。
「えっと……投げたりして、ごめんなさい?」
ヒクッと顔を引き攣らせながら、じりじりと後退する。
それに合わせて華子もじりじりと近付いてくる。
そして、華子が良い放った言葉は――。
「いくら大和撫子で胸があるからって、佐久弥さんだけは渡さないッ!」
「へ?」
「ボンキュッボーンだけが、女じゃないんだから!!」
「え、ちょっ、ちょっと誤解――」
「美香、あんたは今日からあたしのライバル! 正々堂々勝負しなさいッ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ華子と、誤解を受けて目を瞬くだけの美香。
それを湯船の中からのんびり眺めるのは佐久弥と幾生だ。
このあと湯船を前に、美香は華子の誤解を解くために説得を続けた。
こうして華子の野望は潰え、美香の野望は図らずして叶うこととなったのだった。
END
=登場人物 =
【整理番号/名前/性別/年齢/職業】
【6855/深沢・美香(ふかざわ・みか)/女性/20/ソープ嬢】
=ライター通信=
こんにちは、いつもありがとうございます。
朝臣あむです。
またもやドタバタ話でしたが、如何でしたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら嬉しい限りです。
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