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CHANGE MYSELF! 〜暗闇と踊れ〜
かすかな光すら差し込まぬ闇の底……ここには不定形の影が毒霧のように淀み、まるで心臓のように動き続けていた。
ここは渋谷の地下。今まで起こったマスカレード事件の元凶ともいえる、陰湿な影の力を蓄えた『組織』の中枢がここである。さっきまでひとりの男が首領たる存在に対し、異能力者との最終決戦を挑む覚悟を伝えた。それはまるで今生の別れにも似ている。ただ無常にも、相手が求めるのは必勝のみ。負けは許されない。最後の力に目覚めた暗闇が煌く流星たちを飲み込めなければ、彼はおろか『組織』さえも危ういのだ。
彼は覚悟を名で示した。長らく預かっていた称号を捨て、悪意に満ちた影『シャドウベノム』と名乗る。その姿はまるで氷雨の変身後だ。深層意識の底から探り当てた、おそらくは最強の自分の姿。破壊衝動に駆られた最悪の人格を身にまとい、彼はその場を出て行った。
「御用は済んだ?」
かつてダークネスと呼ばれた男との会談を終えたのを確認してから、妖艶な美女がどこからともなく現れる。声の主は『中世の魔女』とも呼ばれるレディ・ローズだ。今回はアカデミーではなく、渋谷中央署の選抜ハンター集団『シューティングスター』を代表する形でやってきた。ここは敵陣のど真ん中……大胆不敵にも程がある。
「あんたの正体がその大きな悪意なのはわかってるわ。ちょっと人間のヴィジョンでも借りて出てきなさいよ。話しにくくってしょうがないわ。」
『さすがは……永遠を彷徨う魔女、といったところですか。』
毒霧がわずかにちぎれたかと思うと、それは子どものような姿となった。この形になったのは、おそらく相手の趣味なのだろう。どろどろの化け物になられるよりかはいくらかありがたい。
『はじめまして。今までおいしい悪意をどうも。ボクの名前は……言うなれば「インフィニティ」。渋谷の地下に蠢く絶望の底にして、組織の首領です。』
「あんたを倒して『はい、おしまい』じゃないのくらいはわかってるわ。あんたの正体は人間たちの負の側面そのものだから。ま、ここまで立派に成長するパターンは稀だけど。」
『我々を壊滅させるおつもりですね。そのために「シャドウベノム」から片付けようと……』
レディ・ローズは髪をかき分けながら「話が早いわ」と微笑する。
「あんたは木っ端微塵にするから。積もり積もった私怨もあるし。今日のところは我慢してあげるわ。」
『それは結構。「シャドウベノム」を退けたら、いつでもいらしてください。本当の影が……本当の永遠が、必ずやお相手しましょう。』
「その言葉、よく覚えておくのね。悪党は約束も守らないから困るのよねー。」
さすがは首領を名乗るだけのことはある。無駄に熱情を沸き立たせることで不意打ちを受けないよう、レディ・ローズとの会話には細心の注意を払っているようだ。そこは魔女も心得ている。相手のペースに乗せられないよう、そして自己主張も兼ねて適度な挑発を忘れない。
とにもかくにも、ダークネスことシャドウベノムとの決着が先だ。その先に永遠が待っている。最終決戦が幕を開けた。
撫子はいつの間にか、氷雨の屋敷でお茶会のようなことをすることが多くなった。亮吾も頻繁に訪ねてくるので、ほとんどは3人一緒。そこに柚月や智恵美、さらには実兄の桜井警部まで混ざることもあり、時として賑やかな会合となる。
しかし悲しいかな、事件はまだ解決していない。できるならすべてを安らぎの時間にしたいが、どうしても『シューティングスター』の打ち合わせにせざるを得ないのが実状だ。高価なティーカップの横に、小難しい設計図などが並ぶこともしばしば。ただ亮吾だけは家の机でやってることと変わらないからか、何も気にせずケーキを頬張りながらいつものように喋る。それがどうにもおかしくて、撫子は思わず微笑んだ。
「こうして自然と笑顔が増えるというのは……いいことですね。」
「氷雨様もそう思われますか?」
「そう思うけれども……あんまりわかったような口を利くと、すぐに目の前の少年に怒られるのでね。」
亮吾はすぐに顔を上げて「だってホントじゃない!」と氷雨にお説教を始める。彼女は撫子に視線を向けるが、少年を止めてくれる気配はない。どうやら、ここは「怒られとけ」ということらしい。氷雨も思い当たるところがたっぷりあるので、この場はすんなり引き下がった。
「さて。亮吾様もお気が済みましたか?」
「もういいよ、氷雨さんに隠すことはないだろうし。智恵美さんから聞いたけど、封印システムはインフィニティに使うんだよね?」
「ええ。シャドウベノムの力の本質などを考慮すると、封印そのものが難しいと判断しました。ここは撃破することを目指します。」
「それが賢明ですね。研究所には過去に調査してもらったことがあるのですが、私とシャドウレインの力を分離することはほぼ不可能だという結果が出ています。今回の相手にも同様のことが言えるでしょう。」
「じゃあ、最大限まで容量を広げて……圧縮率も最大にする努力をしないと。黒幕のどの力を吸い込むかの判別はみんなに任せるとして、そこを確実に封印できる枠だけは確保しないとね。」
亮吾は魔術や呪術も参考にして、さまざまな方法で効率のいい圧縮方法を思案しているという。たとえば『魔法陣』は異界との扉とする捉えるのではなく、封印して使役する悪魔を保存していた枠だと考え、極めて斬新な発想を具現化しようと必死だ。さすがの撫子も専門分野での論理性まで踏み込むことはできないので、この部分はすべて亮吾に任せてある。それは氷雨も同様だ。
ところが、すでに亮吾は限界ギリギリである。以前から感じている不安定さが、ここに来て無尽蔵に大きくなってしまっていた。毎日のように治療に来てくれる智恵美はそんな危険な状態を百も承知だが、あえて知らない振りをしてくれている。だからここはあえて突っ張っているのだ。もしかしたら彼は、氷雨のやり方を真似したいのかもしれない。これはある種の仕返しのようなものだろうか。こんなことをしていたんだと思い知らせるために……そんな少年は我慢のため、たくさんの甘いものを口へと運ぶ。
「わたくしの神力と氷雨様のシステムなどを連動させることで、脱出不可能な封印にしてしまうのが最大の目的です。そのためには予備のバックルをご用意いただけると幸いですわ。」
「封印のための予備ですね。わかりました。」
「その辺は柚月さんが調整してくれてるよ。大丈夫だと思うけどね。ただ封印のパワーが迂回するとなると……」
少年の計算はまだまだ終わりそうにない。しかし嫌でも戦わなければならない時が来る。システムの完成は、それまでの宿題だ。それを使って封印するのは、撫子と氷雨。これから幾度となく緊迫するシーンがあるだろう。それでも乗り越えていける自信を、誰もが自然と身につけていた。
今までもそうだったが、影の獣たちと戦うのは深夜。猛獣が獲物を狙うのと同じく、漆黒の闇が凶暴な獣性を掻き立てていたのかもしれない。それをことごとく退けてきたのが、夜空に煌く存在である『シューティングスター』と呼ばれているのだから、なんとも皮肉な話である。戦士たちは一筋の光が導く先を追い続け、ついにダークネスの元までたどり着いた。
このダークネスもまた、戦士たちと同じように幾多の戦いを見守ってきた。自らの力の根源であるレイモンド、バラクマ、シオンは敗れ、渋谷の支配はおろか、組織の存続すら危うい状況に追い込まれている。これは『暗闇』を名乗る彼が焦るには十分すぎる事実だった。組織の首領から『お前の力が及ばぬから、このような事態を招いた』と言われても仕方がない。かといって怨敵に反撃しようにも、頼みの味方は減る一方。もはや自分では戦うことすらままならない。
そこでダークネスは賭けに出た。彼は深層意識よりももっと深い場所である『絶望の底』から、もっとも戦いに適した別の自分を探す。そして今までにない力を身につけ、レイモンドが授けた『シャドウベノム』を名乗ったのである。
ところが、この名前には今は亡きレイモンドの皮肉がこめられていた。シャドウは読んで字のごとくだが、問題はベノムである。この言葉は「悪意」や「恨み」、そして「毒」という意味を持つ。つまりレイモンドは『闇の王子が最強の力を手に入れても、その甘美な毒に我を失うだろう』と予言したのだ。
悲しいことにそれを証明するかのごとく、ダークネスと呼ばれていた男は二度と人間には戻らなかった。何のきっかけもなく呼び起こされた影はいとも簡単にダークネスの心を打ち砕き、その後は敵も味方もお構いなく本能の赴くままに破壊を楽しむ。こうなってしまっては、もはや獣よりも性質が悪い。もはや『シューティングスター』との戦いは避けられない状況にあった。
この変化と思しきものにいち早く気づいたのは、渋谷中央署の桜井警部だった。
今まで細心の注意を払ってコツコツと内偵捜査を進めていた『マスカレード』の施設のひとつが、何の前触れもなく破壊されたのである。表現としては「木っ端微塵」という方が正確かもしれない。破壊の爪あとは確認できるが、それほど瓦礫も残さずに消えたもんだから桜井も大慌て。最初は「バレちゃったかな?」と思っていたが、冷静に追跡捜査をしてみると『相手方もかなり慌ててる』との情報をキャッチ。さらにほぼ同時刻、渋谷区内で不自然な破壊が確認されていた。どれも少し怪しげな場所だったので、桜井はメンバーへの報告よりも招集を優先する決断を下す。頭数が揃ってからの方が説明もしやすいだろうと判断したのだ。
かくしてその日の夜、全員が渋谷中央署の会議室に集まった。桜井警部は全員を前にして深々と一礼する。その姿はまるで前回の失態を詫びているようにも見えた。
「急がせちゃって、申し訳ないね。ちょっと不穏な空気だったから、先に呼んじゃった。こっちがつかんでる状況は、高杉女史に説明をお願いするわ。」
「頼りない上司に代わって、私からご説明させていただきます。昨夜未明、渋谷中央署で内偵を進めていた『マスカレード』の拠点が何者かによって破壊されました。そしてほぼ同時刻、別件でマークしていた施設や建物が、半壊もしくは全壊するという被害が相次いで報告されています。これらすべてを『マスカレード』が証拠隠滅のために消したとは断定できませんが、さすがに無関係とも思えないため、皆さんに集まっていただいた次第です。」
この情報に付け加える形で、智恵美が「他の異能力集団が活動をしていた形跡はない」と語った。撫子と柚月は、顔を見合わせて思わず首をひねる。亮吾と氷雨も同じようなことをしていた。現場検証の写真を見ても、何かが燃えているものしかない。どう見ても普通じゃないが、何をどう判断すべきなのかがわからない。だがこの話を無理に飲み込もうとしても、どうしても何かが引っかかる。理解できても、納得はできない。
「これだけでは、さすがに何もわかりませんわね……」
「桜井さんから呼び出しがあるまで、情報を探ってたんだけどさ。被害に遭ったところは、みんな慌ててるね。意図的に破壊したのなら、事前に連絡とか打ち合わせもあって冷静になってると思ったんだけど……俺もあてが外れたってところかな。」
「あらあら。そうなるとちょっと嫌な予感がしますわね。」
「いやいや智恵美さん、これはホントに危ないと思うんよ。もし噂のシャドウベノムがやったんなら、これは本格的に人間やめたっぽい感じがするね〜。」
そういえばこれまでの事件の中で、柚月が想像するような敵が出てこなかった方が不思議といえば不思議だ。
「それってさ、もしかして……犯人にとっては、どこでもなんでもいいってこと?」
「そんな判断とか分別があるんなら、こっちとしてはいくらか助かるんよ。でも亮吾くん、これはどう考えたって……」
「ないよねぇ。やだなぁ、言葉のない相手は嫌いだね!」
いつもの言い回しを耳にした氷雨が思わず微笑むと同時に、ひとりの警官が声を荒げて会議室に乱入する。
「近隣の交番から緊急! 渋谷公会堂付近を歩いて帰宅中の会社員が次々襲われている模様!」
「おいおい……こっちも情報整理の最中なのに。ったく、せっかちは嫌われるってーの。」
「あ、あの、通報した警官によりますと、あの望月さんらしき人が応戦していると……」
撫子と柚月は血相を変える。そして次の瞬間には、さっさと外に向かって廊下を駆け出していた。それを見た亮吾と氷雨、そして智恵美も続く。
ふたりは急いだ。望月の、いや『FEAR』の能力には致命的な弱点がある。それは『敵に姿が見えると、圧倒的に不利になってしまう点』だ。彼の性格上、何の罪もない一般市民を盾にした戦法を使うとは思えない。一連の事件を起こした犯人がシャドウベノムだとするなら、とにかく破壊しつくすことしか頭にない。敵が障害物に隠れていれば、それらを壊し続けるはずだ。それによる被害もまた尋常ではないだろう。これ以上の破壊は許さない。ふたりの気持ちは同じだった。
色を失った瓦礫と紅蓮に燃える炎が、群集の悲鳴をかき乱す。あのシャドウレインと似た姿の戦士は不気味なつぶやきを発しながら、今はまだ姿の見えない敵と対峙している。自分を倒すために放たれた凶弾を手で受け止め、その方向にライティングラインから放たれる光線を発射。それに触れたものはドロドロと溶け、周囲を火の海へと変えていく。敵が高熱を帯びたレーザーを吐き出すたび、力なき人々はさらなる混乱を覚えて逃げ惑う。世間を騒がせたFEARも、これにはさすがにお手上げだった。
「人間をやめるって、こういうことなんでしょうね。公会堂に入らなくて正解でした。今以上の被害を招くのは、それこそ主義に反しますから。」
『我が名はシャドウベノム……またの名を偽りの王子。』
FEARは「それはさっきも聞きましたよ」とつぶやくと、再び攻撃を開始する。撃っては逃げ、撃っては逃げ……今の彼には、これを繰り返すしかない。もちろん一般人を巻き込まないよう、常に一手先を意識している。普通の戦いならあっさり負けてしまうような単純な作戦だが、いかんせん相手は深い考えもへったくれもない。たったこれだけでも十分に渡り合える。
ただ、これをだらだら続けるわけにもいかない。この戦いは自分がどう工夫しても、最終的には敗北してしまう。戦闘を始める前から、そう定められている。そういうことになっているのだ。だから待つしかない。今は援軍が来るのを待つしかないのだ。
「望月様! ご無事ですか!」
「しかし派手にやっとるねー。撫子さん、飛ばして行くでー!」
「「 はああぁぁぁーーーーーーーっ! 」」
ふたりの神々しい力が発揮される時、思わずシャドウベノムは畏怖の態度を取った。能力全開のふたりは、まるでこの地に舞い降りた女神。これをチャンスと見たFEARは、残りの銃弾を連射。すっかり魅入っている獣の背中にダメージを与える。
『グゲエェェェ!』
「抜け目ないねー、さすがやよ。」
「本音を申し上げますと、さっさと逃げたくて仕方ないんですが、それをすると被害が拡大する気がするので……早く片付けてください。これじゃいくつ命があっても足りませんよ。」
後からやってきた亮吾がこのセリフを聞き、思わず心の中で『ホントだよなー』とつぶやく。瓦礫をも溶かす高熱が攻撃手段とあっては、今回も戦闘の役に立てそうもない。もちろんそうなることを予測して準備はしているが……そんなことを考えていると、亮吾は不意に利き手を胸にあてようとした。しかしそれを強い意思で阻止し、氷雨たちに状況を説明するなど気丈に振る舞う。
今の亮吾の体には、戦いの場に出ることさえ許されぬほどの揺らぎが駆け巡っていた。今までは氷雨と同じく、智恵美の治療を定期的に受けていたが、根本的に解消される気配がない。それどころか体が治療に慣れてきたせいか、最近ではさっぱり効かない有様だ。こんな肝心な時にリタイアするわけにはいかない。少年は最後まで戦い抜くと決心し、「誰にも気づかれなければウソもホントになるんだよ」と言わんばかりの根性でここに立っていた。
戦いの場の熱気は、今の亮吾にはちょうどいい温度。おまけに能力を使うには適した環境である。ここはFEARをフォローするために、自分が瞬間移動しながら電撃電磁砲を撃ちまくるという作戦を考えた。FEARには借りも作れるし、味方に飛び道具を使う人もいないし、おまけに自分の不都合もごまかせる。亮吾はそう思った。氷雨がレインバックルを装備し、青白き鹿のようなシャドウレインへと変身するのを見届けると、すぐに作戦を実行に移す。
その氷雨が変身するのを待っていたかのように、愛車のバイク『ミストラル』にまたがったローランが颯爽と姿を現す。智恵美は「あらあら」と口にするも、特に登場を妨害する素振りは見せない。特に印象的だったのは、氷雨がいっさい驚きの表情を見せなかったことだろうか。
「ここに来るだろうとは思っていた。私のデータを反映させたスーツとやらで戦うつもりか?」
「今のお前の姿は、エリゴルの持つひとつの側面に過ぎない。所詮はエコノミー。影などとは比べ物にならぬ圧倒的な力を宿した闇の権化たる、この私の姿を見るがいい……」
頭上に広がる漆黒の闇をまとうかのように、ローランはバイクの外装に設置されていたさまざまなパーツを装着して『エリゴル』へと変身を遂げる。シャドウレインのようにどこかに光を宿した姿ではなく、エリゴルは例えるならば完全な闇。人間が発することのできる限界の狂気と対峙するのに、これほど適した相手はいないと思えるほどの力強さが備わっていた。
「シャドウベノムもまた、脆弱たる影の一部。闇を破壊し尽くすほど力は持ち合わせていない。」
ローランが腕を上げると、周囲に闇で形作られたシャドウベノムが無数に出現。これに指示を与えると、一糸乱れぬ連携でオリジナルを攻め始める。これをシャドウベノムは強力な打撃などで退けるが、時間が経つに連れ、だんだんと動きがいい加減になっていく。そのうちにFEARの放つ影の弾丸はおろか、威嚇射撃のつもりで適当に撃っている亮吾の電磁砲にまで当たり始め、ローランの作り出した闇の攻撃も命中し始めた。
『ウゴッ! アガッ!』
「影が純粋な闇に勝てると思ったか?」
力強い味方の登場に安堵……するかと思いきや、柚月は困った顔をしていた。あれだけの自信を持って戦っているローランも気づいていないはずがない。敵は個々を撃破する戦い方から、多人数を一気に片付ける戦い方にスイッチしているのだ。もちろん意識してやっているわけではない。戦いの本能がそうさせているだけだ。
ただ、今の段階でそれをけしかけるようなことをされると、さっきまでFEARが恐れていた『最悪の結末』を近づけてしまうのだ。柚月はそれを悟られぬように隙を見て攻撃を仕掛けるが、どうしても苦手な手加減をせざるを得ない。黒き珠『シュバルツ・クーゲル』もそこそこの大きさで一発だけ、『イリュージョン・ケルパー』の目くらましも本能的に驚いてくれる間の効果しか持たせず、闇たちにやられすぎないようにダメージを調節していた。そんな姿を撫子が見て、不思議に思わないわけがない。
「柚月様、いかがされましたか?」
「えっ? あー、とー、そのぉー、い、今は大きな声では言えんねー。」
「あらあら。でも、小さな声では聞こえませんよ?」
この場に智恵美がいるのは、何よりもありがたい。柚月は察しのいい彼女に「んじゃ頼んますよ」と声をかける。すると智恵美も「はいはい」と返し、今の状況を撫子に伝えた。
戦闘の詳細を説明される撫子は、あえて護りの要としての役目を請け負っている。おそらく獣には見えないであろう防御結界『聖浄虹壁』を使用し、それよりも強力な攻撃を向けられた際には身を挺して止める覚悟でいた。もちろん丸腰ではどうしようもないので、封印解放によるパワーアップ状態で待機している。全員が攻撃に転ずることのできる機会を伺っていたが、智恵美の話を聞くと攻めの気持ちを完全に封じた。
徐々に迫る崩壊の時間……そんな時、全自動で動くラーメン屋台が急ブレーキをかけてやってくる。明らかに場違い。明らかに変。たまたま近くにいた亮吾が『敵が自分と同じことをした!』と驚きすぎて、慌てて別の場所へワープしたほどだ。しかしそこには店主らしきオヤジの姿はない。
「なんだよ、驚かすなよ! 坂道でも転がってきたのか、これ……?」
「重要なとこで里帰りしちゃってたみたいだけど、まだまだクライマックスはここからだ! 時代は3人組! そんな魔女っ子をまとめて面倒見る謎のマスコットが僕、参上!」
「なんだよ、驚かすなよ……誰かと思ったら、東雲サンか。で、そのどっかで見た魔女っ子は誰?」
幽霊の正体を見たので安心したのか、亮吾は極めて冷静な対応をする。
「藍子ちゃんとリィールーちゃんと、静子ちゃん! 名づけて、ミラクル魔女っ子シスターズ!」
「ちょっとーーーっ! リィールさんはええとして、紫苑さんとメビウスさんはちゃんとお願いした仕事してってゆーたやろっ! なんでそんなバカに付き合うの?!」
「えっ……あの藍子ちゃんって、紫苑さん? そして静子ちゃんって……メビウスさん?」
そりゃ体も揺らぐよってくらいのショックを受ける亮吾を置いてきぼりにして、とにかく荒れ狂っているのは柚月。前準備の段階で誰よりも早くアカデミーに出向き、丁寧にフォローをお願いしたのに、こんなバカげた姿でしかも堂々と現れるとは……思わず『頼んだ人間を間違えたんか?』と自問自答しかけると、聞き覚えのある声が響く。その声はまたまた周囲を驚かせた。
「しゃらららーーーん♪ 魔女っ子ローズちゃん登場っ! 今回はアカデミー総出の魔女っ子軍」
「やかましいっ! あんたか、こんなことしたん! あんたやろ、あんたしかおらんわ! あんたも年甲斐もなく魔女っ子やってるんやないよ!」
「な、撫子さん……柚月さんを、と、止めないと……」
トンデモな状況に頭がついていかない氷雨は完全に人任せで逃げ、智恵美もただただ苦笑するばかり。亮吾は威嚇も忘れて、ぼーっとミラクル魔女っ子シスターズを見つめ続ける。ある意味で緑田の思惑通りになったのだが、それに動じないシャドウベノムは少し動きを止めただけで戦いを続行。しかしそこは同じくスルーしたローランが放つ光のレーザーと闇のコピーが互角以上の力を発揮する。さらには今までに見せたこともないほど怒っちゃった柚月が、手加減する方針をすっかり忘れ、憂さ晴らしとばかりに全力で攻撃し始めた。
「あ、あの……柚月様。さ、作戦は……」
「どうせやることはわかってるよ! メンツが揃ったから、あとはこちらさんにやってもらうだけやね! 魔女っ子だかなんだか知らんけど、しっかり仕事するんよ!」
「じゃ、静子……ああ、メビウスは影でスタンバイを。」
「ずっと入っててもいい? 戦闘終わったらソッコーで殺されるって、このままだと……」
すっかり声まで女の子になったメビウスこと静子は、柚月の報復を恐れながら影に消えた。
いよいよ周囲に手が回らなくなったシャドウベノムは一気に勝負をつけるべく、ライティングラインをマグマの色に染めていく。まるで邪神に祈るかのごとく両手を組み、その力をどんどん強大なものへと変化させていく。その間も敵の攻撃を受けるが、そこそこパワーが溜まると防御力も高まるようで、そのうち苦しそうな声を発しなくなった。そのうち攻撃にも反応しなくなり、いよいよその時を迎える!
「こ、このパワーは……! りょ、亮吾くん、この力は危ないわ! 早くここよりも遠くの場所へワープしないと!」
「これはそんなもんじゃないね。渋谷どころの騒ぎじゃないと思うんよ……ま、この辺は跡形もなくきれいに消し飛ぶやろね。」
『オオオォォォォォ、オオオォォォォォ!』
ここで護りに入っていた撫子の出番。戦闘に加わっていない状態での龍晶眼なら、攻撃の瞬間をほぼ確実に見切ることができる。今もシャドウベノムの体を駆け巡る力の胎動を敏感に感じていた。これならタイミングを見誤ることはない。それを伝えるのは刹那。次にバトンを渡すのは、柚月。そしてふざけた女装野郎のふたり!
『ウゴオオオォォォォォォォォォォォォォォォ!!』
「今ですわ、柚月様!」
「紫苑さん、止めてや!」
思わず身構えた亮吾、それをかばう氷雨。大胆にも前に出るローラン。合図を出した撫子。
この瞬間、時間が止まった。
「さすがに……これを止めるには『クッペル・デル・ルーヘ』しかなさそうやね。紫苑さん、あと何秒いけそう?」
「え? あ、あの、人のために止めたりしたことないもんで、その、あの……」
『そんなの、あんたがわかってるんだろ! 動けるっつーから止めただけだぞ、こっちは!』
柚月は単純なミスをした。
この魔女っ子コンビ、今までに『停止するであろう時間を、他人に伝えたことがなかった』のである。
それもそのはず。止まった時間の中には、自分たちしかいないはずなのだから。むしろ柚月の感覚が仇となった。
しかし、今さらそんなことを言い出しても仕方ない。柚月は『静寂の天蓋』と名づけられた能力を発動する。
これは柚月の決めた範囲を閉鎖した空間へと切り替えてしまうというものだが、発動のタイミングが難しい。
そのための時間停止だったのだが……一か八かの賭けに出るしかないようだ。柚月は腹を括った。
「しゃーない、これも勉強のうちと思わなな!」
『リンリンリーーーン♪ 屋台のおやっさん人形が時間停止の終了2秒前をお伝えします♪』
「なっ、東雲さん! まさかこれを読んでた! まさかのまさか、ってとこやね!」
時間が動き出す。
大破壊を生むであろうエネルギーは柚月によって定められた範囲でのみ効果を発揮し、石畳やベンチ、木々を漏れなく吹き飛ばした。その中では何もかもが焼け焦げた嫌な匂いが立ち込める。エリアの中にはあのエリゴルも混じっていたが、あの威力の破壊エネルギーをも切り裂く『裂空の戦斧』で完全に防御。さっきと変わらぬ歩幅で、今もまた不敵に歩いている。柚月は防御が完成したのを確認すると、しっかりと地面に着地。その直後、静かに倒れこんだ。
「ふ、あれだけの芸当をすれば仕方あるまい。」
「今、しか……ないよ。次は無理やから。早よ、決めてや……!」
自分の治療は不要、今は攻め立てる時だと伝える柚月に応えるべく、撫子は神力で強化された無数の妖斬鋼糸『清流銀糸』でシャドウベノムを捕らえた。エリゴルはエネルギーを切ったあの戦斧を振りかぶり、アカデミー軍団は教頭の『ファイナル・サバト』を介して、3人組の『ファイナル・ミラクル・サワースプラッシュ』なる光弾を生み出す。
ここは氷雨も攻撃に加わるべきだったが……今はそれどころではなかった。えぐれた空間からわずかに漏れた衝撃が、あの亮吾の様子をがらりと変えてしまったのである。身の丈もぜんぜん違う。髪もずいぶんと伸びて、大人びた雰囲気の青年が代わりに立っていた。シャドウベノムの攻撃を受けてはいないが、亮吾の身に何かあったのだろう。そうとしか思えないほどの変化だった。
『これは俺の判断だ。この子が持つ能力ではない。』
「りょう、ご、くん……?」
『今のこの子はひどく不安定だ。自分という存在のおかげで精神も、今や肉体までも。不安定なのは一時的なもので、成長が遅いのも自分との適合にかかる負荷を軽減するためなんだ。どうか……今のこの子を、貴方が見守ってほしい。』
氷雨は詳しい事情を知らなかったが、どうしても亮吾の置かれている立場が他人事のように思えなかった。彼女は今まで「本人が話したがらないのだから」と、あえて調査などという無粋なことはせずにいたのだ。まさか自分に似た境遇にいたなんて夢にも思わなかった。
亮吾ではない彼の突然の告白は、かつて破壊を好んだ影と付き合いだしたあの頃の氷雨と重なった。確かに兄は助けてくれた。でも「最後は自分なんだ」とよく言われた。亮吾もまた同じ道を歩まなければならない。それが苦しくとも。それしか道がないのならば。苦痛と向き合って歩いていくしかない。決して永遠ではないが、いつも近くには苦痛を忘れさせてくれる誰かがいる。街に出れば、誰かと出会う。それだけでも違う。そして苦痛そのものを友として生きるのも選択肢のひとつだ。少年の未来は、いや苦痛に悩む者はすべて同じ。明るく生きられる。
目の前の男性は、亮吾が生きるために氷雨が必要だと言っている。
『まだ幼いこの子の心を、守ってやってくれ。この子は貴方のことを家族のように慕っている。貴方にしか頼めないんだ。自分が表層に出ないのは、相当の負担をかけてしまうから……』
「もしかして、智恵美さん……!」
「あらあら。亮吾さんには黙っててくださいね。こういう事情はすでに知ってましたので、プラシーボ治療をしておりました。さすがにこれは治しようがないので。」
智恵美はとんでもない役者だ。思わず氷雨が「いわしの頭も信心ですね」と言うほどの褒めっぷりである。
「財閥の当主として働き、孤児院を運営したりして……なんとなく大人になった気がしていた。そういうことではないんですね。」
「大人が子どもにすべきことのひとつは、『伝える』ということです。」
「わかった、頼まれよう。その前に一仕事する気はない?」
『仕方ないですね。この子の大事な人ですから、ここは従いましょう……か?』
青年は少しはにかむようと、大きく宙に舞った氷雨の背中を押すほどの強烈な突風を発生させる。さらにシャドウレインのライティングラインが煌き、得意のキックを繰り出そうとすると、その周囲に今度はおなじみの電撃が付与された!
「疾風と……電撃!」
『本来、この子に備わるはずだったのは風の力。今はどちらもこの子の力……!』
「その気持ち、確かに受け取った! 同じ影よ、勝負っ!」
緑田はこの機を見逃さず、そして一連の出来事に水も差さず、いろんな空気を読んだ上で指示を下した!
「はい、皆さんで必殺技のご唱和をどーぞ!」
「ファイナルっ!」
「ミラクルっ!」
「サワースプラッーーーーーーーシュ!!」
「えーっと、今回はファイナル・サバト・ヴァージョンよっ♪」
しっかりローズちゃんも枠に収まったところで、シャドウレインのキック、魔女っ子の増幅された必殺技、そしてすべてを切り裂くエリゴルの一撃が不毛な獣を叩きのめす!
『グゲエエエェェェェーーーーーーーー!』
ついにシャドウベノムはその姿を維持することができなくなり、人間だった頃のダークネスへと戻った。しかし、もはや人間の心は取り戻せない。彼はいつまでも負け犬のように低く吠え続けるのみだった。
そんな哀れな姿を見ても、柚月は容赦なく言い放つ。
「自分勝手に力だけを追い求めた結果がこれとはね。でも、同情はせんよ。よー認めても、反面教師までな。」
敗者に向ける言葉としては、あまりにも手厳しい。だが、それを遮る者はいない。
柚月はまるで自分に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を続けた。今もまだ満足に動かないその体で、周囲の景色を見ながら。
「ダークネスさんな、私な……一連の事件でなんとなくわかった気がするんよ。何かを壊すよりも、何かを守る方がはるかに難しいって。壊すだけを考えてる人に、未来は預けられんのよ。そんな人に何も守れんこと、今日はっきりとわかったし。」
レディ・ローズが聞きたがっていた答えは、まさにこれだった。
「だから、インフィニティにも負けんよ。あんたは存在が確認されてる世界に比べたら、渋谷なんてとんでもなく小さいとか言うかもしれんけどね。こんな小さいとこも守れないんじゃ、何も守れないからね……」
「それが時空管理維持局の課長様の心意気……ですわね。」
「な、撫子さんもなんか言うたってや。なんか照れくさいわ、今思うと私だけえらそうなこと言ってたね。ちょっと困るんよ、そーゆーの。」
シューティングスターの目指すべき道を改めて示した柚月に、周囲はいらぬ気遣いや冷やかしを捧げた。
残るは、インフィニティとの戦いのみ。渋谷から脱出する気配はないとされるが、万が一に備えて智恵美が封印を強化している。もはや相手がここから逃れられる術はない。目指す先は渋谷の地下。数多くの人間の思いが交錯した場所が最終決戦の舞台である。
戦闘後、亮吾本人は素直に体の不調を訴えた。なんといってもその間の記憶がないのだ。どうしたって認めざるを得ない。
ところが、氷雨は「次までは仕方ない」と今後も自由にしていいと言うではないか。撫子も「仕方ありませんね」と言いながらも、どこにも不安げな表情が見当たらない。こうもあっさりと引き下がられると、逆に突っ張ってきた方としては非常にばつが悪い。この後、亮吾はしばらく周囲とマトモに面を向かって話すことができなかった。
亮吾を託された氷雨は、自分が呼び覚ました闇と決別。最終局面を迎えた今から、あえて本当の力を手に入れるべく進むこととなる。今までのように戦闘で力を借りるわけにもいかない。最後の封印に付き合ってもらう程度に留めようと、柚月や智恵美との相談で結論を下した。
「いよいよですわね……」
「心もすっきりした。もう何も恐れることはないわ。」
最後の最後まで諦めない。その気持ちだけが絆を強くする。撫子は前を向いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】
0328/天薙・撫子 /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
7305/神城・柚月 /女性/18歳/時空管理維持局本局課長・超常物理魔導師
2390/隠岐・智恵美 /女性/46歳/教会のシスター
7266/鈴城・亮吾 /男性/14歳/半分人間半分精霊の中学生
6591/東雲・緑田 /男性/22歳/魔法の斡旋業 兼 ラーメン屋台の情報屋さん
3738/ウルフィアス・ローラン /男性/20歳/TI社特殊強化服装着員
(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)
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■ ライター通信 ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は「CHANGE MYSELF!」の第21回です!
次回は第2部の最終回となります。なんか最終回近くのノリじゃないですけどね(笑)。
そのノリじゃない部分が一番ノリノリで書けるライターだったりするので……えへ。
最近の作品の中でも、ホント尋常じゃない長さになってます。
最終回までにやりたいことを詰め込みました。ぜひ皆さんでお楽しみくださいませ!
今回も本当にありがとうございました。また『CHANGE MYSELF!』でお会いしましょう!
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