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【欠けたものを探して】
月刊アトラス編集部で、座敷童子の現れる旅館で行方不明事件が過去に起きていたという記事が提出された。
はじめは記事を却下しようとした編集長だが、神隠しが起きたとの情報を受け、取材の許可を出す。
その上で取材に向かう人員を選ぶのだが……。
「――と言う訳だ。誰か、座敷童子の調査に行ってくれ」
ぐるりと編集部の中を見回した碇編集長は視線を逸らす社員たちに溜息を零した。
「ドイツもコイツも、根性が無い」
「はい! 私が行きます!」
編集部でお茶を啜っていた黒髪の少女が、元気良く手を挙げた。
「ほう、随分と元気が良いな。名前は?」
「平城・美弥子です」
碇編集長は美弥子を上から下までじっくり観察すると、桂を振り返った。
「おい。一緒に行ってやれ」
「えっ、良いんですか?」
驚く桂に、碇編集長は大仰に頷く。
「1人では不安だ」
身も蓋もない言葉である。
だが普通の女子高生にしか見えない美弥子に対しては、妥当な判断だろう。
「あの、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね!」
頭を下げた動きに合わせて、トレードマークのポニーテールが大きく揺れる。
それを見て、桂も礼儀正しく頭を下げた。
こうして編集部を出発した2人が旅館に辿り着いたのは4時間後だ。
「あの、大丈夫?」
美弥子は薄ら額に浮かんだ汗を拭いながら隣を見た。
そこには息を切らせた桂がいる。
駅に着いたのは3時間前のこと。そこから旅館までの距離を2人は歩いて来た。
もし美弥子1人だったのなら彼女は走ってこようと思っていたのだが、桂が一緒では歩かざる負えない。
それでも早足で歩く美弥子について来るのは走るのと同じくらい辛かったはずだ。
「だ、大丈夫です。行き、ましょう」
息が切れたまま建物の中に入ってゆく。その姿を見て美弥子も中に入った。
その刹那、彼女の表情が一気に険しくなった。
「く、臭い!」
強烈なカビの匂いに眉が寄る。いくら古い建物と言っても、この匂いは拙いだろう。
「おや、お客さんかいのぉ?」
「ヒッ!」
建物の隙間から姿を現したのは老婆だ。
ぼさぼさの白髪に着物姿。一見すれば妖怪かと思うほどに不気味な人物だ。
彼女は美弥子と桂を見比べると、「はて?」と首を傾げた。
「いまは営業しておらんはずだったが、なに用じゃ?」
「あの、えっと」
どうやら桂も老婆の不気味さに気押されたらしい。
答えに詰まって美弥子に視線を寄こしてきた。
この流れから察するに、美弥子が老婆に返事をしなければならないらしい。
「お、おほん!」
美弥子はわざとらしい咳払いをして前に出た。
そうして差し出したのは名刺だ。
「座敷童子の取材に来ました。お部屋へ案内して頂けますか?」
名刺にはアトラス編集部の名称と、美弥子の名前がある。
これは美弥子が編集部を出る際に即席で作ってもらったものだ。
老婆は名刺を受取ると、首を傾げて奥を指した。
「この先にある、『童子の間』が座敷童子の出る部屋じゃ。好きにせぇ」
そう言って腰を曲げて歩き出す。そして、現れた時と同じ隙間にその姿を消した。
「……変わった人がいるんですね」
「人じゃないかもだけどね」
微妙な空気が2人の間を流れる。
だが、目的は老婆ではない。彼女たちの目的は座敷童子だ。
美弥子と桂は建物の中に上がると、老婆が示した部屋に向かった。
中はカビ臭いのを抜きにして、子供が好きそうな玩具やぬいぐるみがたくさん置かれている。
その1つを手にしながら美弥子は呟く。
「これ全部、座敷童子さんのためなんだろうな」
座敷童子が寂しくないように。そう願いを込めて置かれたものなのだろう。
「ねえ、桂君。どうすれば神隠しにあえるんだろう?」
神隠しとは意図的になるものではない。思案に暮れる美弥子の目に、あるものが入ってきた。
「あっ、可愛い。この旅館の娘さんかな?」
部屋の中に飾られた写真には、着物姿の女の子が映っている。
「ねえねえ、桂君。この子すごく可愛い――」
後ろを振り返った瞬間、視界が揺れた。
いや、揺れたというよりは、歪んだと言った方が正しいかもしれない。
(な、何、この感じ。なんだか吸い込まれる?)
そう思った時には、美弥子は真っ暗で何もない場所に落とされていた。
周囲を見回してみても誰もいない。
「どこ、ここ……桂君?」
声をかけてみるが返事はない。
それどころか音の反響さえも感じない。
「怖い――って、ううん、ダメよダメ!」
不安に沈みそうになり、慌てて首を横に振る。
「私が弱気になってどうするの。これは神隠し。これで行方不明の人たちが探せるじゃない!」
無理矢理ポジティブな思考に戻して、「よしっ!」と頬を叩く。
こうなればやることは1つ。
「誰か居ませんか? 居たら返事してください!」
叫びながら行方不明者を探す。
歩いてもみるのだが、なんだかふわふわしていて歩いている実感がわかない。
美弥子は足を止めると、もう一度辺りを見回した。
何も見えない状況では探しようがない。ならばもう1つの事を優先させるしかない。
美弥子はすうっと息を吸い込んだ。
そして――。
「座敷童子さん、出てきて。お話がしたいの!」
闇の中に思い切り叫んだ。
こうなれば直接座敷童子に会うしかない。そう判断したのだろうが、この状況下で正体不明なものを呼び出すとは、なかなか肝の据わった娘だ。
「座敷童子さん、どこにいるの?」
再び足を動かして探そうとした時だ。不意に服が引っ張られた。
「!」
振り返った先に立っているのは、幼い女の子だ。
俯いたまま服の裾を掴む、和服姿の女の子に美弥子の首が傾げられる。
「もしかして、あなたが座敷童子さん?」
女の子は何も答えない。だが、この子が座敷童子なのは間違いない。
美弥子は膝を折ると、女の子の顔を覗きこんだ。
(あれ? この子、どこかで……)
そう思いハッとした。
先ほど引き込まれる前に見た写真。そこに映っていた女の子にそっくりなのだ。
「ね、ねえ。なんでこんな事をしたの?」
伺うように首を傾げる。
その時、ようやく女の子と目が合った。
寂しげに映る瞳が、ゆっくりと大きく瞬かれる。
「私に手伝えることは無い?」
美弥子は女の子の手を取ると、両手でそっと包み込んだ。
その仕草に、女の子の口がゆっくりと動く。
「……て」
「え?」
「……なって、お、がい」
ボソボソと紡がれる声に美弥子の目が瞬かれる。
「お母さん、に……なって、お願い」
聞き取れた言葉に声を失った。
自分に出来ることなら何でもしてあげたい。そう思ったのだが、母親になることはできない。
美弥子はしっかり女の子の目を見ると、ゆっくり言葉を紡いだ。
「あなたは、寂しくてこんな事をしたんだね。ねえ、他の人たちは?」
「みんな、帰った」
「か、帰った?」
素っ頓狂な声が上がる。
「みんな、お母さんに、なれないって……だから、帰った」
「ま、待って。どういうこと?」
神隠しで行方不明者が出ている。それが美弥子の知っている情報だ。
「もしかして……神隠しが有名になり過ぎて、行方不明者の発見云々まで情報が出回ってないとか?」
美弥子はガックリ項垂れると、その場に両手をついた。
確かめたわけではないが、十分あり得ることだ。
「お母さん……なって、くれない?」
女の声が耳に届いた。
行方不明者の真相はわかったが、座敷童子の件はまだ終わっていない。
美弥子は顔を上げると、女の子の顔を真っ直ぐに見た。
酷かもしれないが言わなければいけないことがある。
「無理だよ」
女の子の顔に落胆の表情が浮かんだ。
それを見て、美弥子は手を伸ばした。
「無理だけど、もしかしたら、会えるかもしれない」
笑顔を見せる美弥子に、座敷童子の目が顔と手を行き来する。
そして、おずっと伸ばされた手が、美弥子のそれに触れた。
「一緒に行こう」
そう言って、女の子の手を握って歩き出した。
その直後、美弥子の視界が一気に明るくなる。
「よ、良かったあ、無事だったんですね」
出迎えてくれたのは桂だ。
その隣には背骨の曲がった老婆が立っている。
きっと美弥子の姿が消えた後、桂が呼んで来たのだろう。
「心配掛けてごめんね。この子とお話してたんだ」
そう言って女の子を前に促す。
女の子は明るい室内に目をしばしばさせて、辺りを見回している。
「まさか、その子が――」
「お、おんしはっ!」
桂を押し退けて前に出て来たのは、老婆だ。
見た目に反して素早い動きで駆け寄ると、女の子の肩をがっしりと掴んだ。
「な、何故じゃ……何故、おるんじゃ」
わなわなと震えながら、老婆の細い目から一筋の涙が零れ落ちた。
その涙を見て美弥子は確信する。
「座敷童子の正体は、この子です」
「何じゃと……」
老婆の目が美弥子に向いた。
「暗い場所でずっと、お母さんになってくれる人を探していたみたいです」
「母親を……そ、そうか」
老婆の目が落ち、その目が女の子に戻った。
「すまんかったのお。ずっと、気付いてやれなんだ」
老婆が女の子をぎゅっと抱きしめる。
それを見て美弥子は踵を返した。
「あれ、もう良いんですか?」
「良いでしょ。ここは、親子水入らず、ってね」
ニッコリ笑った美弥子に、桂はチラリと老婆と女の子を見てから部屋を出た。
旅館の中を歩きながら、桂は思ったことを口にした。
「あの、いつ気付いたんですか?」
「なにが?」
クルリと振り返った美弥子に、桂は苦笑する。
「女の子の母親が、あのお婆さんだって」
「ああ、それ」
ニッコリ笑った美弥子に、桂は固唾をのんで返事を待った。
そして返ってきた言葉がこれである。
「カンよ、カン♪」
こうして座敷童子の行方不明騒動は終結を迎えた。
後日、出された雑誌には座敷童子の真相。
そして神隠しのその後などが掲載され、座敷わらしに会える旅館として老婆の経営する旅館は賑わいを見せた。
一説によれば、旅館を訪れた客は必ずこう言うらしい。
「カビ臭いのはいただけないが、妖怪と可愛い座敷童子がいる良い旅館だ!」
誰が妖怪なのかは、この際伏せておこう。そう思う美弥子であった。
END
=登場人物 =
【整理番号/名前/性別/年齢/職業】
【8167/平城・美弥子(ひらき・みやこ)/女/17/女子高生。】
=ライター通信=
はじめまして、朝臣あむです。
ちょいとアイテム名をしくじってますが、楽しんでいただけたなら嬉しいです。
また機会がありましたら、よろしくおねがいします。
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