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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


とある博士の日記より
●オープニング【0】
「ほんとに何なのかしら……これ」
「はい? どうかしましたか、編集長?」
 いつもの月刊アトラス編集部。資料を探してうろうろしていた編集部員の三下忠雄は、編集長である碇麗香のつぶやきを耳にして、ふと足を止めて声をかけた。
「ああ、これよ、これ」
 と言って麗香が三下に見せたのは、かなり古びた日記帳であった。表紙にはこの日記を記していた者の名であろうか、力強い字で伊達八郎と書かれているのが目に入った。
「それって、編集長がバニーさ……」
「お黙り!」
 三下が皆まで言う前に、麗香がぴしゃっと言った。この夏、怪奇小説の大家である谷口重吾の誕生日祝いとして麗香他がバニーガールに扮することとなり、その礼として谷口の蔵書の一部を編集部に譲ってもらったのである。その中に、何故かこの日記帳も含まれていたのだ。
「そんなのはどうでもいいのよ。私が言いたいのは、この日記帳の内容よ」
「へ? 何か変なことでも書かれていたんですか?」
「まあ変って言えば変なのかもしれないわね。何しろ、霊力で空間を引き寄せるなんて書いてるんだから……自らを博士と書く人が」
「は?」
 三下がきょとんとなった。何ですか、それは?
「この日記が書かれていたのは大正12年。毎日って訳じゃないけれど、少なくとも週に1度は書かれていたわね。で、最後の日付が8月31日。何か、気付かない?」
「大正12年ですか? ええと翌日は9月1日だから……あっ!?」
 はっとする三下。麗香がふっと笑みを浮かべ、頷いた。
「そうよ。関東大震災の起こった日よ。そして、最後の日記にはこんなことが書かれていたの。いよいよ明日だ、準備は終えた、願わくば実験が成功することを……ってね。ただの偶然かもしれないけれど、何だか気にならない?」
「……それこそ偶然じゃないんですか?」
 三下がもっともなことを口にする。そもそもその日記に記されていることが真実であるとは限らない。ただの夢想家が書き散らした文章であるのかもしれないのだし。
「三下くん」
 そう言って、麗香はにっこりと微笑んでみせた。
「これが事実なら凄いネタだし、そうじゃなくてもそれらしく紹介すれば十分なネタになるでしょう?」
 ……さすがです、麗香さん。
「ま、どっちしても扱うのなら、ある程度の真偽は見極めておかないとね。そのためには人手が必要……っと」
 確かに、調べなければならないことは少なくない。何しろ、伊達八郎が何者であるのかもよく分からないのだから。
 ただ――昔からよく言うではないか。薮を突いて蛇を出す、と。調べることによって、奇妙な事柄に巻き込まれなければよいのだが……?

●立候補【1】
「さて、誰に調べてもらえばいいかしら」
 碇麗香はそう言って、目の前に居る三下忠雄をじっと見た。月刊アトラスの編集部ではよくある光景だ。
「ぼ、ぼ、僕はダメですよっ! この後も取材のアポがっ……!」
 慌てて首を横に振る三下。それは本当の話で、あと1時間ほどすれば先方へ向かわなければならなかったのである。
「ああ、そうだったわね、忘れてたわ。となると、他に誰が……」
 と麗香が言った瞬間だった。どこからか、小さく女性らしき声が聞こえてきたのは。
「あ、あの……」
「ん? 誰?」
 きょろきょろと部屋を見回す麗香。すると、コピーの束を抱えている細身の少女の姿が目に入った。確かバイトで入っている娘だったはずだ。
「何、どうしたの?」
 仕事で分からないことでもあったのかと思い、麗香はそのバイトの少女へと声をかけた。
「その……あの……」
 少女は口をもごもごと動かし思案している様子だったが、やがて意を決したように麗香に言った。
「あのっ、わ……私にその、日記の調査を……させていただけませんか?」
「……この日記の?」
 日記帳を指差し、麗香は少女に聞き返した。こくこくと頷く少女。
「これも……その、勉強の1つだと……」
「ああ。確かあなた、出版関係の仕事に興味があるって言ってたわよね」
 少女のバイト採用時のことを思い出し、麗香が納得した。
「ええと……橘高さんだったかしら」
「……橘川です。橘川……柚美佳です」
 麗香が名前を間違えたからか、少女――橘川柚美佳の表情が少し暗くなったように見えたのは気のせいだったろうか。
「ごめんなさい、橘川さんよね。三下くんも彼女の名前間違えて覚えてないわよね?」
 麗香が柚美佳に謝ってから、三下へと話を振った。
「覚えてますよ編集長。確か大吉の吉に、利根川の川って書くんでしたっけ?」
「……橘に川って書いて橘川です……」
 追い打ちをかけるような三下の言葉に、今度は気のせいなどではなく柚美佳の表情が暗くなったのであった……。

●まずは元の持ち主へ【2】
「ひゃっひゃっひゃ、そう堅くならんでも構わんよ」
「は、はぁ……」
 ややうつむき加減で座っていた柚美佳は、目の前の人物に対して少し緊張していた。相手は件の日記帳を編集部へ譲った張本人の谷口重吾であり、ここは谷口の自宅であった。怪奇小説の大家だし、月刊アトラスとしても世話になっている相手だけに、柚美佳もどのように接していいか困っているのだろうと思いきや――。
(……こうして笑顔だけど、いつバニーガールになれなんて言われるか……)
 全く別のことで困っているじゃないですか、柚美佳さん。
(そもそも、こんなひんそーな体型でバニーガールなんて……)
 いやいやいや、困る方向がまるで違いますから。それに、世の中にはそういうのがいいと主張する人たちも居るんですよ?
「あー、麗香くんから話は聞いたとも。何でも、日記帳について僕に聞きたいとか」
「は、はいっ。お聞きしたいことがあって伺いました」
 本題を谷口から切り出され、慌てて我に返る柚美佳。アポイントメントは麗香が取ってくれていたので、その時に細かい話もしてくれたのであろう。だとすれば、この後の話も早いはず。
「あの日記帳には伊達八郎という名前があり、博士であるとも名乗っていたようですが……」
 そこまで言ってから、柚美佳はちらと谷口を見た。
「……どちらの大学に籍を置かれていたか、ご存知でしょうか?」
「ふむ、あれかね。確かにあの日記においては、自らを博士と称していたようだが」
 と言うと、何故か谷口は苦笑した。
「違うんですか?」
 きょとんとして柚美佳が谷口に聞き返す。
「違う……と思われる、かな。少なくとも僕の調べてみた範囲では、その当時に伊達八郎という博士は見当たらなかった」
「それでは自称……?」
「だろうとも」
 谷口が大きく頷いた。
「そもそも、霊力で空間を引き寄せるという論文を書いたとして、それで博士号を授与する機関があると思うかね?」
「それは……ない、と思います」
 谷口の質問に柚美佳が答えた。普通に考えればそんな機関はまず存在しないだろう。
「……ですけど、別の内容で博士号を取得したという可能性はあると思います」
「うん、それは僕も否定はしない」
 柚美佳の反論に頷く谷口。
「だが調べてみた範囲では伊達八郎という博士は存在しない。ただ……」
「ただ?」
「ふと思い立って、別の方向で調べてみると面白いことが判明した」
 谷口はそう言ってニヤリと笑った。
「面白いこと……?」
「当時の東京の華族に、伊達八郎という男爵の名があった」
「えっ」
 意外な事実を知り、柚美佳は思わず手を口元へ当てた。
「しかも大正13年以降その名は出てこない。ひゃっひゃっひゃ、何とも面白いことだね、これは」
 実に楽しそうに話す谷口は、奇妙な符号の一致を面白がっているようにも見えた。
「あの……どうして博士では見付からないからと、華族を調べようと思われたのですか?」
 もっともな柚美佳の疑問である。だがそれに対する谷口の答えは簡単だった。
「それは当時の知識層を思い浮かべてみると自ずとだね。先の理論の実現性はさておき、少なくとも馬鹿であればあのようなことを論理的には書けまい。なので、高等教育は受けているんだろうと僕は推測した訳だ」
 なるほど、確かに各種特権のあった華族であれば高等教育を受けていても何らおかしくはない。谷口の推測も納得である。
「もっとも、分かったのはそれだけで、具体的にどこに住んでいたとか、どんな人物だったかなどはさっぱりだった。ひゃっひゃっひゃ、まあしょうがあるまい」
「そうなんですか……」
 谷口のその言葉を聞いて、柚美佳は少し残念そうにつぶやいた。けれども、華族であったことが分かったのは大きな収穫である。華族であったのであれば、どこで高等教育を受けたのかもほぼ絞り込めるのだし。
 その後、柚美佳は少し会話を続けてから谷口の家を後にすることとなったのだが、その間際に谷口に麗香への伝言を頼まれた。
「伝言ですか?」
「そう、麗香くんに伝えてもらいたいことがあってだね。いいかい?」
 別に断るようなことでもなかったので柚美佳が頷くと、谷口はこう言ってきた。
「蔵書と一緒に送ったバニースーツは着てみてくれたかね、と」
「は、はぁ……」
 柚美佳としてはただ困惑するしかなかったのである。

●見付からぬ記録【3】
「……あれ……?」
 柚美佳はパソコンの前で首を傾げていた。ここはとある大学の図書館である。この前身が、戦前に華族の子弟が通っていた学校なのだ。
 で、ここに戦前の在学者のリストがあると聞き、許可を得て閲覧させてもらっていた最中でのことである、柚美佳が首を傾げていたのは。
「名前が見当たらないのはいったい……?」
 そう、伊達八郎なる名前はどこにも見当たらなかったのだ。となると、ここには通わなかったのだろうか?
 何にせよ、名前がないのだからこれ以上調べようはなかったのだった……。

●ひとまず報告を【4】
「ああ、お帰りなさい。お疲れさま、橘川さん」
 夜になって編集部に戻った柚美佳を出迎えたのは、麗香ただ1人であった。
「他の……皆さんは?」
「まだ取材に出てるのも居れば、もう帰ったのも居るわね。三下くんは前者よ」
 ぐるりと室内を見回した柚美佳に対し、麗香はそう答えた。机の上には、件の日記帳があった。恐らくずっと読みふけっていたのだろう。
「で、何か分かったのかしら?」
 と聞かれ、柚美佳は自分の調べてきたことを話すと、麗香が大きく頷いた。
「あの先生の戯言はさておいて……なるほど、華族ねえ。それでよく分かったわ」
「……何がですか?」
「この日記帳を読んでてね、何か生活感が希薄だなって感じたんだけど、華族ならより納得だわ」
 研究に没頭する研究者もまた生活感は希薄なのであろうが、それで華族であるのならばなおさらだろう。
「あの、日記帳からは何か……」
「娘が居たことは分かったわ。どうも父親に反発していたみたいだけど。今も昔も、華族であろうがなかろうが悩みは同じねえ。愚痴が書かれてたわよ」
 そう言って、麗香はくすっと笑った。しかし話はそれで終わりではない。
「で、その原因として娘に入れ知恵した女性が居ると考えていたみたいなのよね」
「え、女性だって分かってるんですか?」
「ええ。8月の頭の日記にあるのよ。ええと……黒き衣をまといし女と、凌雲閣で会った。抗議を行ったが、その女は意に介さぬ様子だった、と。そういったことがね」
「でも何を話したんでしょうか」
「さあ? 普通に考えれば、娘に近付くなとか何とか言ってるんでしょうけれどね。でもその凌雲閣……浅草十二階も、翌月の震災で失われるのよね。そして日記はその前日までで終わっていて」
 麗香は思案顔で、日記帳の表紙を指先にてとんとんと叩いた。
「……実験とやらが、件の震災と関わりがあるのかどうかよねえ、やっぱり」
 結局はそこへ戻ってくる。未だそれを確定させるだけの情報は集まっていないのだから、記事として扱うには難しい。麗香としては悩む所であった。
「あなたはどう思う?」
 不意に柚美佳は麗香から話を振られた。
「え……? その……話しても、いいんでしょうか?」
「いいわよ。思ってることを率直に話してちょうだい」
 麗香の許可も出たので、柚美佳は軽く息を吸ってから自分の考えを口にした。
「私は……この研究が、震災の原因とは全く思っていません。ただ」
「ただ?」
「震災が実験に影響を与え、何か妙なことが起きた可能性は……」
「否定出来ない、ということね?」
 麗香の問いに、柚美佳はこくんと頷いた。
「そうね。震災が実験に影響を与えたのは確かでしょ。その時に、実験を行っていたのであれば……だけど」
 実験と震災の時刻が一致している条件下にあって、影響はなかったと考える方がこの場合は不自然であろう。
「ともあれ、この調査は継続だわね。どっちに転んでもネタになる物を、埋もれさせておく訳にはゆかないし」
 という麗香の判断により、かくしてこの調査は継続されることとなった。
 なおも分からぬ謎は多い――。

【とある博士の日記より 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 8116 / 橘川・柚美佳(きっかわ・ゆみか)
                  / 女 / 17 / 高校生。 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全4場面で構成されています。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、妙な日記帳から始まった調査のお話をお届けいたします。情報を得られないということはなかったのですが、まだまだ分からないことは多いです。継続調査となりましたので、近いうちにまた麗香から調査するよう言ってくることでしょう。
・橘川柚美佳さん、初めましてですね。調査の手順としましては順当だと思いました。しかしながら何故か在籍の記録は見付かりませんでした。はて、不思議な話ですねえ……。あと、OMCイラストをイメージの参考とさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。