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<東京怪談・PCゲームノベル>


call?

 人がざわめく雑踏の中。

 …着信音が酷くしつこく鳴り響く。
 すぐに出るなら出られるもの。
 けれど出ないのは、液晶に示された発信者通知が不明であるが故。
 間違い電話であるのならその内に音は止むだろう。
 けれどしつこく鳴り響く。
 しつこく。
 …シツコク。

 携帯電話。
 私の。

 …いい加減着信音を鳴らした後。
 漸く、出る事を選択。

「ハイ。…どちら様デショウか?」

 口調だけはのほほんと受けてみる。
 間違い電話でもなければ、この携帯電話に発信者不明で掛かってくるような電話はまず無い。
 けれどそれにしては、執拗な鳴らし方。
 今の時点では、鬱陶しいと思う気持ちと相手が何者か気になる気持ちとちょうど半々。
 それ以上の判断は、まず相手の声を聞いてから。
 …と、思ったが。
 通話ボタンを押して受話口部分を軽く耳に当てるなり。

(あっ、やっと繋がった…よかった! あの、えっと、取り敢えず切らないで下さいお願いします話を聞いて下さいやっと電話が繋がったんです助けると思ってこのままで居て下さいお願いします! あの私今外と連絡取れる手段がこれしかなくて…助けて欲しいんです!)

 …いきなり捲し立てられた。
 思わず目を瞬かせる。
 これは、何事か。
「…ハイ?」
(いえあの、私…気が付いたらこの部屋に閉じ込められてて! 外部に連絡出来る手段がこれしかなくて! 駄目元で何度も掛けてみたんですけれど十回目でやっと繋がって! それが偶然貴方だったんですっ!!)
「…」
 偶然。
 …偶然電話が繋がる、なんて事は有り得ない。
 十回目。
 …今の着信以前に、私の携帯電話に発信者不明の着信はしていない。
 気が付いたらこの部屋に閉じ込められていて。
 外部に連絡が取れる手段がこれしか無くて。
 助けて欲しい。
 …さて。
 相手の――恐らくは『彼女』の説明に、色々と疑問点が浮かびます。
 多いのは不自然な点。
 けれどそれは現代社会のマトモな論理に照らしての話。
 例えば、『マトモではない論理』に照らせば、ひょっとすると何か筋道は通っているのかもしれない。
 私の知らない新しい『何かの法則』。

 …臭いがする。

 可能性が無いとは限らない。
 …新しく得られるチカラの可能性。
 そう見たところで、思わず口許に笑みが浮かぶ。

 同時に、もう一つ直感した事がある。
 …閉じ込められている者が、被害者とは限らない。
 面白い。

 ――――――サテ、どうしまショウか?

 思考を巡らせながらも、素知らぬ口振りで送話口に話し掛ける。
「ハァ…よくはわかりマセンが。ある意味アナタと私は繋がってしまったワケで。出来る限りやってみまショウか?」
 助けてくれと仰るアナタのその頼み。
 考慮しマショウ。

 では、何カラ話したモノでしょうかネェ…。
 のんびり適当に繋ぎつつ、次に話す言葉を選ぶ。
 どうしたら、相手の情報を引き出せるものか。
 …例えば何か、お互い共通項が見つかりそうな話題。
 探りを入れるのに良さそうな話題。

 …まずは、自己紹介でもしてみまショウか。
 決めて、唇から自分の名前を紡ぎ出す。

 ――――――偶然繋がっタ、と言ウ事は、アナタは恐らく私が何者か御存知デ無いのでショウ。取り敢えず、私が何者デあるかヲお教えシテおきますネ。私はデリク・オーロフと申しマス。アナタは?

 トモアレ。
 ここハ鬱陶しいト思ウ気持より、相手へノ――コノ状況への興味ノ方が勝ちマシタ。



 電話の主の御名前は、――サンと仰るそうで。
 曰く、いつから閉じ込められているのかは――閉じ込められている期間がどのくらいなのかは、よくわからないらしく。気絶させられた後の記憶が、今の場所なのだとか。
 それから後、初めて話が出来た相手が、私だとの事。
 自分を閉じ込めたと思しき相手の姿すら、まだ見ていないらしい。

 …その時点でまた疑問。
 閉じ込めた相手が見えないのまではまだいい。
 それでも、御自身の生理現象、で閉じ込められている期間の方は見当が付きそうなものなのに。
 例えば、お腹が空いたとか喉が渇いたとか。
 トイレに行きたいとかそうでもないとか。
 …この相手は、その程度の事を確かめる冷静さすら持てていない、と言う事なのか。
 それとも、そんな事は気にならないような――基準にならないような素性の方、である可能性。
 もしくは敢えて隠している可能性。
 …隠しているようには聞こえない口調、ではあるが。
 逆に、それで本当に『何か』を隠しているのなら――かなり巧妙に隠している事にもなる。
 私のような腹に一物持つ者でも無ければ、まずこんな深読みはしないようなごくごく自然な『慌てた』口調。

 お互い軽く自己紹介し合った後、――サンは私の名前を何度も復唱して確認、記憶しようとしている。
 声を聞く限り、必死そうではあって。
 …ナラ、少しは気分を和ませてあげましょうか、とも思う。
 イエ、芝居であるならバここは敢えて付き合ってあげましょう、とでも言いまショウか。
 まだ今の時点では、どちらでも構いはしマセン。
 楽しマセテ頂いているダケですカラ。

 …こちらは晴れていて寒いのデスが、アナタのいらっしゃるそちらはドウですか、と。
 さらりと天気の話など持ち出してみる。
 私の居るこの場の天候を。そして、相手にも――その話題を振ってみる。

 と。

 そんな事どうでもいいっ! と怒鳴られる。
 …来る、と思った瞬間、反射的に受話口を耳から遠ざけ、鼓膜へのダメージを回避。
 が、程無く…ごめんなさいそんなつもりじゃ! と謝られた。
 …このまま通話が切られるのを恐れたらしい――そしてその危惧に、すぐさま気付けたらしい。
 相当、動転しているような態度を取っている。

 …デスがどうも、その科白の一つ一つが…ドウシテモ何か、芝居がかって聞こえる気がしてしまうのは…穿ち過ぎた見方になるのでショウかネェ?
 私の先入観。
 その可能性。
 …どうデショウ。
 マダ、判断すル材料は足りマセン。
 私と言う主観がある限り、完全に物事を客観視すると言うのは不可能デスから。

 再び耳に携帯電話の受話口を当てる。
 切らないでお願い――、と悲痛に縋る声が耳に届く。
 クスリと笑いが零れてしまいそうになる。
 …けれどそれは一切表には出さない。
「イエイエ。…私の方こソ無神経ナ訊き方をシテしマッタかト。…ただ、そちらが今居る場所の環境がどうナノかト思イましてネ。それが何かのヒントになるカモしれませんシ」
 今、――サンの方でも天気や気候に関して私と同じような感想を持てるなら、――サンが居る場所も恐らく然程遠くでは無いのではないか。否、そんなあやふやで不確定な情報を求めての問いではなく。そもそも相手が居るのが天気を見られるような場所であるのかどうかを問う意味の方が強い。…閉じ込められていると言うのなら。その場所に窓でもあるならわかるかもしれない。四方が囲まれていたとしても屋根の無い空が全く開いている場所であるならわかるかもしれない。ガラス張りでも有り得るか。…閉じ込められた上に視界も閉ざされてはいても、それでも外の様子を確かめる事が簡単な力を持っている可能性。
 色々考え、問うてみる。
 ――サンから返ってくる答えは、外なんか何処からも見えません、でも凄く寒いです! このままで居たらどうなるかわからない、だから余計怖いんです! と来た。
 急いた口調で、続けざまにそう重ねてくる。
 受話口から届くその声に、カチカチと微かに歯が鳴る音が時折混じっている事に気付く。本当か嘘か。まだはっきりとは見切れない。雑踏を抜け、あまり人気の無い――静かな場所に移動して来ているからか、やっと細かい音にまで確りと神経が向けられるようになる――やっと受話口から聞こえる音声がクリアになって来た。
 足を止める。
 取り敢えずこの辺でいいだろう。…雑踏から少し逸れただけの位置。電波の入りも悪くない。けれど喧騒は遠い――あまり人も来そうにない。ちょうどいい都会のエアポケット。
 周囲の音が控えめになると、先程までより、相手の情報が幾分得易くなる。
 例えば音声だけではなく、何か別の物音が聞こえはしないか。
 ここに来て漸く、相手の息遣いまではっきりと確かめられるようになる。
 …受話口の向こうの音を出来得る限り拾おうと、更に耳を澄ます。
 耳を澄ましながらも、こちらの舌滑りはこれまで通り軽やかに。
「凄ク寒いデスか…やはりこちらト同じデ身体の芯カラ冷える感じデ? ――…ソウですか。もしアナタが私ト一緒にこノ場に居タのナラ上着を貸ス程度の事はシテ差し上げテモ宜しかったのデスが…今の状態ではそうも行きませんネ。スミマセン。…デハ、周囲の様子はドウでショウ? …今アナタが閉じ込めラレているノハどれくらいの広さの場所デ? 見テわかりマセンか? ――…暗くテ視界が利かナイ。では視覚以外ノ感覚の方デ感じられル何カ――例えバ隙間風等カラ想像は付きまセンか? ダダッ広そうナ場所だとかソノ逆に息苦しくテ狭ソウだとカ。…ハァ、狭イ…けれド身動きが取レない程デは無いデスカ…それハ確かニ今私の携帯に電話を掛ケテいらっしゃル訳で。手は自由なノですネ。ハァ、手だけは御自分で何トカ解放なさレタ。…ソウですか。デハその自由ナ手デ周囲の様子ヲ探れハしまセンか? ――…っトトト。――…オヤオヤ、そんな癇癪ヲ起こさなくテモいいじゃないですか。それ程に怖いデスか。…ハァ…イエ、別に無理強いはしまセンよ。アナタの問題ですカラ。私ハあくまでアナタのお話を聞イテいるダケの善意の第三者に過ぎマセンからネ」
 また少し、疑問を感じる反応が返ってくる。
 ――サンは、視界が利かない様子が全くわからない暗い中なので、周囲を手探りで確かめる事すら怖い、と言う。…私はむしろそんな環境に置かれてしまったならばまず何か場所の情報を得られるような――打開策になるような物が無いか闇雲に探り始めてしまうのが普通の反応のような気がしてならないのだが。…何も閉じ込められるような心当たりがなく、手足が自由であるならば余計。…ただ真っ暗闇の中に独りきり。そんな状況下で人間が正常で居られる時間は短い。判断能力など段々失われて行く筈。
 さて。
 …この――サンの場合、自分の周囲にあるだろうものに触ってしまうのが本気で怖い、と言う可能性もあるでしょうか。
 例えば、何か、術式的な『結界』のような。
 自分の周囲にある物が、自分が触れたくない――『触れられないモノ』だと直感している可能性。
 だからまた、そうしてみたらと言う私の提案に対し、癇癪をぶつけて来た。
 そういう事は無いだろうか。

 …コチラとアチラを分断する、結界のような術式的な『何か』に相手が閉じ込められていると仮定する。
 そうだとしても、今こうやって――相手の声は私の元にまで届いている。
 会話も、成立している。
 …こちらの声も、相手側の空間に伝わっている。
 ならばここは――少なくとも通話と言う手段でコチラとアチラの空間は『繋がっている』と見ていい。
 …手は、出せる。
 否――手ではなく、口は、か。
 そう、例えばその封鎖空間が何か術式的なものであるならば、解放に使われる呪文で打開出来る可能性もある。
 …コチラとアチラの空間は、発する『言葉』であるならば直通可能なのだから。

 受話口から――サンの声が流れてくる。
 次は、気絶させられる前の事を訊いてみる事にした。

 アナタはどんな状況で気絶させられ、今の場所に閉じ込められたのか。
 アナタはそれまで何処で何をしていたのか。
 …アナタはどういう存在であるのか。
 何者であるのか。
 どうぞ私に教えて下さい。
 何が原因でアナタはそこに閉じ込められる羽目になったのか。
 それを知る為の端緒にはなります。
 アナタのお望み通りにアナタを『助ける』為には必要な事なのですよ。

 …今の時点でそこまで思いはしているが、口の方ではそこまで一気に核心を訊いてしまってはいない。
 ただ、もっと物柔らかに、閉じ込められる前の事だけを通話相手に問う事をしている。
 ――サンが何者か、まではマダ訊いていない。

 訊いた事の返答が来た――そう思ったら。
 今度は不意に、受話口から聞こえて来るその声に派手にノイズが混じって来る。
 携帯電話の電波状況を確認、変化無し。私自身の周辺状況にも変化無し。…静かなまま。
 ならば普通に無難に電話局の通信系統の問題か――はたまた『相手側の一方的な問題』か。
 もしもし、どうかしたンですかと素知らぬ声で訊いてみる。
 声が届くかどうかは別の話。
 けれど送話口に声を掛けて確かめると言う『自然な』行動は、取る価値がある訳で。
 こちらが訊くと、ちょうどそのタイミングで派手なノイズは消え、――…だったんです、と、ちょうどこちらの質問への回答を話し終えた後のような声だけが聞こえてくる。
 仕方無く、スミマセン、電波状況か何かに問題があったのか…ノイズで殆ど聞こえなかったので、もう一度話してもらっても構いませんか、と再度切り出してみる。
 すると――はい、としおらしい素直な返事が受話口から届く。
 …その返事の声には、ノイズは混じらない。
 けれど。
 再び同じ事を話し始めたと思しきその時には、また。
 先程同様の派手なノイズが入り込んで来た。
 そしてまた、その話が終わり掛けたところでノイズが消え、元通り相手のクリアな声だけが残る。
 まるで、通話相手に――こちらに、ノイズの掛かった『そこ』だけははっきり聞かせたくないとでも言うように。

 …オヤオヤ。
 そう来ましたか。

 では、そこが肝心なトコロ、と言う事ですネ。
 そう判断。
 …更なる訊き直しまでは、しません。
 先程と全く同じノイズの入り方からして、どうせ、同じ事の繰り返しになるだけでしょうから。
 ――サンはおずおずと私の様子を窺ってきます。
 今度は聞こえましたか、と、不安げな声で。
 ええマア、と適当に受け流す。
 今の話で、何かの役に立ちそうですか、と重ねて訊かれる。
 うーん、ソウですねぇ、と暫し唸りつつ、思考。
 …ノイズが入った部分は、私に聞かせたくない事だったと見ていい。
 例えば、閉じ込められる前に――サンが置かれていた状況は、私に助けを乞う為には――私に聞かせては不利になるような状況だった、と仮定する。
 …と、なると。
 先程直感した事を改めて重視する必要。

 ――――――『閉じ込められている方が被害者とは限らない』。

 この可能性が高くなったような気がします。
 …サテ。

 ――――――アナタが何者であるのか。

 …アナタが被害者であろうと加害者であろうと私は構いはしマセン。
 私にとって重要なのは、私にとって得になるような『何か』をアナタは持っているのか。
 問題は、そこになりマス。

 …アナタが周囲を確かめる事が不可能だとはわかりマシタ。ですが、それでも…その辺りの情報が不明のままデハそもそもお話にならないと言う事もありマス。
 アナタは閉じ込められていル。
 その事実だけを言われテ、ただ、助けを求められてモ私には如何ともしようがありマセン。

 そろそろ、核心に至ってもいいデショウか。
 …私はどうすればアナタを助ける事が出来るのデスか?

 私ノ元に電話を掛けテ来タのは偶然デハありマセンよネ?
 何らかの『手段』で――アナタがお持ちノ『感覚』で、でしょうカ?
 …トニカクそれデ、私ならバ自分を助けラレルとアナタは思っタ。
 だかラ、私に電話を掛けテ――電波に干渉しテ、何とか私ヲ丸め込もうと下手な芝居を打っタ。

 …ソウデスネ?



 携帯電話の送話口から伝えた結果は、肯定。
 とは言え、その通りだとはっきり言われた訳ではなく。
 ただ。
 相手から、――サンから返ってきたのは図星でしかない反応で。
 フフ、と含み笑う声がする。
 それまでの頼りなさそうなしおらしい態度は何処へやら、全く逆に、高慢ささえ感じさせる笑い方。
 聞こえてくる声さえがらりと変わる。
 口調も。
 すべて。
 それまでの情報が一気に覆される。
 …やっぱりネ、と思う。

 そもそも、この会話は――受話口から聞こえる相手の『声』は、私の耳に『本当に聞こえている』と思っていいのか。
 そんな根本的なところから疑問に思えてくる。
 …意志を通じ合わせるのは声のみにあらず。
 携帯電話で繋がった『道』を介し、相手の力で直接頭の中に話し掛けられている可能性さえ思い至る。
 …その名前が嘘か本当かと言う以前に、電話口でこちらに名乗られた――サンと言う『相手の名前』さえ、『本当に私が認識しているのか』すら疑問です。
 その名前すら、私の頭には残っていない可能性。
 本当の意味では私に伝えられていない可能性。
 …魔術的には『名前』は存在を縛るモノ。
 だからこそ、魔術師は真名を隠す事をする。別の名を持ちそちらを使う。スペルネームと言う言い方。諱――忌み名と言う場合もありましたか。どちらにしろ、『名前』と言うモノを特別視する…似たような仕組みの謂れは、古今東西色々とあります。
 そして人外の存在であるのなら、尚更、『名前』で『存在そのものが固定される』、と言う事もありがちで。
 …この相手は、どうデショウ?
 私はアナタに『自分の名前』をお伝えしました。
 その分、そういった意味では無防備になったと見なせマス。
 …言わば、これからアナタと行う交渉の為に、先にこちらが誘いのカードを出させて頂いタ…と言う訳デ。
 タダ、私の場合『それ』デ存在が縛れるトモ限らナイのですけどネ?

 ハァ…私をここから出しなさい、ですか。そんな偉そうナ態度でイイのでしょうかネ? 今ここで私が通話を切ってしまったラそれまでだト思うのデスガ。アナタは今までの遣り取りからシテ私に脅しが効くと思っていマス? …デシタラその認識ハ改めた方がいいデスネ。フフ…つまりハ助けテ欲しいノでしょウ? ――…イエイエ、お断りするなんてまだヒトコトも言っていませんッテバ。タダ私の場合、単純に『助ける』というのが有り得ナイんですヨ。…おわかりデスカ? ――…エエ。理解力がおありのようデ嬉しいですヨ。その通りデス。私がアナタを助ける代わりに、アナタは私に何ヲ提供出来るカ。…アナタは、助けてもらう代償に何を出ス用意がありマスカ? ――…何でモ願いヲ叶えテあげル? …オヤオヤ。何でも、と言う言葉ハ慎重ニ使う事ヲお勧めしマスヨ。簡単に『何でも』などト言わなイ方がイイ。アナタに出来ない事はある。エエ。…まずは目の前ニ。何でも願いを叶える事が出来るのならば何故今私に助けを求めるのデショウ? こんナまだるっこしイ事ヲする必要は何処にも無イ。私の手などを借りなくトモ、アナタは自由になれる筈デス。違いマスカ? …私は魂を売ル気はありませんヨ。あくまでアナタの願いを私が叶えるト言う形なのですカラ。むしろアナタの魂を売り渡してもらいたいようなものデスネ? ――…私で出来る事ならバ何でもするカラ。…本心デスカ? ソウですねぇ…言葉通り、誓いますか? アナタの名に懸けて誓えるでショウか? 『本当』の、アナタの名前ニ。
 エエ。ソロソロ誤魔化すような真似は止めテ、改めて私にその名を聞かせテ下さいマセンカ? …キチンと私に『認識』出来る形でネ。
 そウしたならば、取り敢えずハ信じて差し上げてもいいですヨ。
 ――…ハイ。
 フフ。…わかりマシタ。
 復唱して確かめさせテ頂きますヨ。










 ハイ。
 …今度こそ、間違いは無いようですネ。
 デハ、改めてアナタがそこに閉じ込められるに至った経緯を包み隠さズ聞かせて下サイ。もう隠ス必要は無いでショウ? そして何か心当たりがあるのナラ、私が行えるアナタの解放に有効と思われる手段も教えて下さいネ。ハイ。…フフ。騙そうとしてモ上手く行くトハ限りませんヨ? 今までの遣り取りデ見当ハ付いているノデハないデスか?
 エエ。――…ああ、そういう事デシタか。だったら私を選んだノハ『当たり』ですネ。
 私の専門分野デス。

 …デハ。
 アナタの望むその『呪文』、唱えテ差し上げまショウかネ?



 …反応が無くなる。
 携帯を通しての『解放』の手段。それを実行した後、受話口から聞こえていた相手の声がぷつりと途絶える。
 通話が切れた。
 着信履歴を確かめようと液晶画面を見てみると、そこには本来あるまじき白黒の――アナログテレビのテレビノイズの如き画面。
 暫しその画面を見詰めた後、ぱたりと閉じる。
 そして周囲に意識を巡らせた。
 ここは喧騒から離れた都会のエアポケット。

 …にしても、静か過ぎる。
 今のここには、何の音もしない。

 ――――――そう来ますか。

 思った時点で、先程聞いた相手の『名前』を唱える――唱えようとする。
 唱えようとした、そこで。
 実際にその『名』の音を口に出す前に。

 …背後から含み笑う声がした。
 携帯の向こうで『正体』を晒した直後と、同様の。

 安易に振り返る事は選ばない。
 ただ、向けるべき意識は『そちら』に全て振り分ける。

「アナタを解放する事ハ、成功したようですネ。…直接お礼を言いに来て下さった訳デ?」
『ええ。…貴方は私を解放してくれた。有難う。魔術師デリク』
「言葉の礼より誠意ヲ示して頂きたいものデスネ? 例えバ、具体的にアナタの出来る事を教えて下さイ」
『何でも出来るわ。貴方が私の名に於いて望みさえすれば。…いえ、何でも、とは言わない方がいいのよね。でも大抵の事は出来るわ。出来る事は色々あるけれど…物理的な単純な力で――暴力で行える事が、一番好きよ』
「それで、今モ、そうしたいト思っていらっしゃル?」
『その通り。…下等な人間に使われるなど屈辱の極みだもの。隙を見せたらいつでも殺すわよ?』
「…オヤオヤ、自由になったト思っタラ元気ですネ」
『あら、このくらい予想していたんじゃなくて?』
「ええまぁ、ソウですけどネ」

 ――――――『明確に封印されている状態で、あれ程はっきりと空間に穴を開け繋ぎを取って来た』事実。そのくらいの力がある以上は、プライドの方も高くて順当。

 この方の『名前』の使い方には相当神経を使う必要がありそうです。
 デスがこれもまた一興。
 使い方によっては大きな力になる。
 幾ら大きな事を――私を殺すと吹かして来ようと、私が隙を見せぬよう気を付けて居さえすれば、特に危険な事も無い。…隙を見せない。悪魔を扱うならば常の事。…魔術師ならば必須の心得ですから。

 折角得られたこの機会。
 後々、存分に活かさせて頂く事にしますよ?

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■3432/デリク・オーロフ
 男/31歳/魔術師

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 今回は発注有難う御座いました。殆ど納期ぎりぎりとお待たせしております。

 内容ですが…若干ホラー?な感じになりました。それから確かデリク様は口に出して日本語を話す際は語尾カタカナの片言で、地の文や英語の話し言葉扱いの時にはそれは無し…のような感じだったと思うのですが、今回一人称と言う事で、その辺の言葉遣いを地の文・科白部分で敢えて混淆させて崩しているところがあります。声なのかそうでないのか曖昧で判別し難いような演出にしたかった部分もあったので。

 …如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、また機会を頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝