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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route4・戦士の休息/ 宵守・桜華

 本日は晴天なり。
 空には青く澄んだ世界が広がり、小鳥がさえずる心地よい日和である。
 宵守・桜華はそんな心地よい天気の元、そわそわと落ち着かない気分で神社の社に腰を下ろしていた。
 目の前には自前の銃を構える蜂須賀・菜々美。彼女の眼前には的の代わりに据えられた缶がいくつか置かれている。
 彼女は今、射撃の練習に喫茶店近くの神社に来ている。
 そして今まさに、彼女の銃口は缶を狙い撃とうと照準を合わせているのだが、先ほどからそれを邪魔する人物がいた。
「なあなあ、蜂須賀ぁ」
 だらけた声を上げるのは桜華だ。
 彼は菜々美に誘われて射撃の練習に神社を訪れた。その直後、人避けの結界を張ったのだが、それ以降は暇で仕方がないのだろう。
 集中しようと銃を構えた瞬間、桜華のだらけた声が響いてくる。
 その度に引き金にかかった指が離れるのだが、流石にこう何度も続くと相手をしきれなくなるらしい。
 先ほどまでは視線だけは辛うじてよこしていたのだが、今は何の反応も示さない。だが桜華はそんなことはお構いなしに言葉を続ける。
「なあなあ。蜂須賀は普段、何してんの」
 だらけたままの問いかけに、菜々美の口から溜息が零れた。
 ちらりとだけ視線が向けられ、その目に友好的でない部類の色が浮かぶ。だが目線が向けられればこっちのもの。
 桜華はにんまり笑うと問いを続けた。
「主に学校やら、実験やら、働いているとき以外何してんの?」
 学校、実験、働く。
 この3つは菜々美の普段の行動だ。
 むしろこれ以外の行動を菜々美がしていること自体想像できない。だから疑問を持っても当然なのだが、タイミングが悪い。
 菜々美は桜華の問いを耳にすると、目線を的へと戻し息を吸い込んだ。
 精神を集中させて照準を合わせ……。
――パン、パン、パンッ。
 空気を叩く銃の音と共に缶が舞い上がる。
 舞い上がった缶は的として据えられた全てのものだ。つまりは全弾命中、射撃の腕前としてはこれまでない以上に素晴らしい。
 菜々美は自らの銃に視線を落とすと、ふと息を吐いて桜華を見た。
「――寝てる」
「あ?」
 たった一言返された言葉に目を瞬く。
「今あげた事項以外は寝ている。そう言ったんだが?」
 キラーンッ☆ と、菜々美の眼鏡が光った。
 そのレンズの向こうは絶対に笑ってない。「うっ」と言葉に詰まった桜華をよそに、菜々美は新たに的を据えようと動き出していた。
「なんとも、枯れた生活だな……」
 苦笑いの元に呟く。その上で空を見上げた。
 何度見ても良い天気だ。しかし桜華の気持ちはどうにも空のように落ち着いてはいられない。
 その原因に、桜華が菜々美を訪ねたことが上げられるのだが、そもそもその原因をどう取り扱って良いかも悩みの一つだったりする。
 桜華は空を仰いでいた視線を戻すと、はあっと思い息を吐いた。
「……どうやって渡すかな」
 極々小さな声で呟き菜々美の姿を眺める。
 そう、彼の今日の目的は菜々美にある物を渡すことだ。それは普段、悪鬼に狙われ続ける彼女の身を案じてのものなのだが。
 菜々美の性格上、受け取ってくれるのかすら疑問の代物なだけに、どう切り出すべきか悩んでいる。
「照準が微妙にずれているか……おい、どう思う」
 缶を並べる際に当たり具合を確認したのだろう。微妙に納得いかないらしい菜々美は、照準を合わせながら問いかけてくる。
 その声に他所事を考えていた桜華は、何とはなしに答えを返した。
「心の眼でみるのじゃ。考えるな、感じるんだぁ」
 適当以外の何物でもない、超適当な言葉。
 どうにもこうにも、今の彼の頭の中は持ってきたものをどうして渡すかしかないらしい。しかしこれで無事で済むわけは無かった。
――パンッ。
「っっっ!!!」
 突如響いた銃声と、目の前をヒラヒラと舞う髪の毛。とっても懐かしい光景に桜華の目が見開かれる。
 そっと視線を動かせば、安全装置を解除する菜々美の姿が目に入った。その銃口は間違いなく桜華に向いている。
「な、ななななな何をしてるのかな?」
 冷や汗を流しながらまじまじと菜々美を見つめる。角度のせいか眼鏡が光って表情を伺うことができない。だが明らかに良い雰囲気でないのはわかる。
 そして……。
――パンッ。
 再び銃声が響いた。
 今度は頬擦れ擦れ……対人間用でないのになぜ頬を血が伝うのか。
 二の句も出ない状態の桜華は、ずり落ちた眼鏡だけをそっと指で直した。
 その顔は硬直していて動きやしない。
「貴様、適当にも程がある」
 低く絞り出すように発せられた声に、桜華の眉が上がった。
「もしや……怒ってらっしゃる?」
 数度目が瞬かれた。
 その直後、彼の口元が緩む。
「そうか、怒るか……うんうん、怒ってるのか」
 何度か頷き腕を組む姿は傍から見れば異常だ。何せ彼は今、怒りの感情を持った少女に銃口を向けられているのだ。
 下手をすれば撃ち抜かれても仕方がない状況にも拘らず、喜ぶとは異常でしかない。しかし彼がこんな態度をとるのにはわけがあった。
 菜々美が桜華の返答で苛立ちを覚えているということは、少なからず桜華という存在を認めているということだ。
 実験体や知人ではなく、良ければ友人くらいには思ってくれている。そう思うと更に口元がニヤけてしまう。
 しかし相手は菜々美だ。
 表情の変化を見取った彼女は、再び引き金に指を掛けた。
「どうやら、本気で始末して欲しいらしい」
 底冷えするような声に、桜華の表情が今度こそ凍りついた。
 脳裏に浮かぶのは「ヤバイ」の一言。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待て!」
 声をあげて立ち上がった桜華は、慌てたように菜々美に詰め寄った。しかしその行動さえも裏目に出てしまう。
 過去に何度か経験したことのある、冷たい感触が額に触れる。寄り目にすればなんてことは無い。
 超久しぶりに銃口が額に添えられてるだけだ。
「あー……久しぶり。って、懐かしんでる状況じゃないでしょ」
 思わず1人突っ込みをして指で銃を押し上げた。
 ここはもう迷ってなどいられない。
 弁解して抉らせるよりは実行して抉れる方がまだマシだ。
 桜華は意を決したように表情を引き締めると、懐に手を突っ込んだ。
「あのだな。ちょいと良いかな」
 懐から出した手は握られたままだ。
 それを菜々美の前に差し出すと、桜華は彼女の顔を覗き込んだ。
「実はこれを渡そうかと思い悩んでたんだが……」
 そう言って開いた手の中に納まっていたのは、銀の銃弾の形をした何か。どう見ても本物の銃弾ではなく、銀を使って銃弾を模した物のようだ。
「何だこれは……」
 明らかに不信感を持った視線が注がれる。
 しかしここまで来たら引き返すこともできない。それに彼女のこうした反応は、実は予想の範囲内だったりする。
 桜華は手の中のものを一度握りしめると、彼女の手元に差し出した。
「いやさ、やたら鬼に絡まれてる誰かのために、出物の銀の十字架を鋳潰して作った、ちょいと呪いを刻んだだけの簡単な奴なんだけどね」
 出来るだけ選びながら言葉を紡いでゆく。その声に菜々美の首が傾げられた。
「要はお守りだな。多少の魔除けにはなるだろ」
 お守りと称して作り上げた弾丸は、菜々美をイメージしたのか、それとも彼女が持っていても違和感がないものにしたのか、だいぶ渋い仕上がりになっている。
「気休めかもだけど、持っててくれると有難い」
 ズイッと差し出してニッと笑う。
 これで言うべきことは言った。後は菜々美が受け取るのを待つだけなのだが、桜華の手に菜々美の手が伸ばされることは無かった。
 無言のままに視線が外され、顔が、体が逸らされる。その仕草に彼の眉が上がった。
「蜂須賀?」
 もしやという思いが脳裏をよぎる。
 そしてその思いが間違いでなかったことを、次に聞こえた言葉で察した。
「私には、不要だ」
 そう口にして銃を下げた姿に僅かに目を見開
「……気に入んなかったか」
 呟いて手の中を見つめる。
 案外巧く出来て気に入ってもらえると思っていただけにショックは大きい。
 コロコロと手の中でそれを転がしながら肩が落ちた。
「悪かったな、突然」
 どう足掻いても気落ちした声だけは隠せない。
 それでもここで取り乱すことはしなかった。
 素直に引き下がって元座っていた位置に戻ろうと踵を返す。と、その瞬間、背に何かが触れた。
 人とか手とかそういうものではなく、物凄く慣れた感触が桜華の足を止める。
「――何のつもりだ」
 冷静な声が桜華の口を吐いた。
 見なくてもわかる。
 今背に触れているのは菜々美の銃だ。
 強く押し付けられた固い感触に瞳が細められる。
「……違う」
「あん?」
 小さな声に振り返ろうとする。
 しかしその動きを背に触れた銃が遮った。
 振り返れば撃つ。そんな気迫を感じさせる動きに思わず前を向く。
「悪くない。だが、受け取れない。それだけだ……」
 静かに紡ぎだされる声に戸惑いが滲んでいる。
 その声に天を仰ぐと、桜華はゆっくり目を瞬いて自らの頬を掻いた。
「いや、無理に受け取る必要はないっしょ。それこそ気にするな」
「――……てろ」
「うん?」
 小さな声で良く聞き取れなかった。
 その声に振り返った時、桜華は再び目を瞬いた。
 先ほどまで銃を立っていたはずの菜々美の姿がない。残っているのは的代わりに立てられた缶だけだ。
 桜華はそれらを眺めると、中指で眼鏡を押し上げた。口にはなんとも言えない苦い笑みが浮かんでいる。
「ったく、神出鬼没で行動の読めない譲ちゃんだな」
 呟く手には菜々美が受け取らなかったお守りがある。そして聞き間違いでなければ、彼女は去る間際にこう言っていた。

――受け取れる時まで持っていろ。

「……一体いつになるんだか」
 桜華はそう呟くと、彼女のためにお守りをしまったのだった。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 4663 / 宵守・桜華 / 男 / 25歳 / フリーター・蝕師 】

登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蜂須賀・菜々美のルートシナリオ4へご参加頂き有難うございました。
さて桜華PCに用意して頂いたプレゼントですが、こんな感じになりました。
予想外だったか、それとも予想の範囲内か。
なにはともあれ、楽しんで頂けたなら幸いです。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。