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<東京怪談ノベル(シングル)>


遥かなる追憶



「れん、おに!にげろ!」
「つかまたらおに!」
「にげろー!」


 郊外に位置するチャイナタウン――

 片言ながらも楽しそうに言葉を紡いで走っているのはこの街に住む少年少女。鬼ごっこでもしているのだろうか、はしゃぎながら1人の人物から皆、遠ざかるように走っている。
「まったく、鬼と逃げ役がグルなって僕にタッチするなんて・・・・はめられたな」
 小学生くらいの子供の中で、唯一30代の男は苦笑いを浮かべて走っている。
 彼の名は青連。この街の片隅に家を構える京劇役者なのだが、無論年がら年中舞台があるわけではないので、長い休みの時にはこうして同じ街に住む子供らの遊び相手になっている。
「お前たち、年齢差を考えてくれよ。僕だって結構立派なおじさんの部類に入るのに」
 そう言いつつも、やはり役者は体力勝負。鬼ごっこで子供に負けるほどの軟弱な体は持ち合わせていない。けれど、大人気なく本気を出して、あっさり捕まえてしまうのも子供たちはつまらなくてしまうだろうから、あえて弱音を吐き、走るスピードを緩めて鬼を務める。
「レン、おそい」
「走る走る!油断なし、鬼なるぞ」
 少々に小馬鹿にされているされいる感があるが、これも子供なりのコミュニケーション、いつも遊んでくれている連に対しての愛情の一種なので、連は得意気顔で笑っている子供たちに自分も楽しそうに笑い返した。



「レン、またね」
「つぎのやすみ、あそべよー」
「うん、わかった」
「かならずー」
「ばいばい、気をつけて帰るんだよ」
 夕暮れ時となり、家路に着く子供たちを見送る。近所同士の子は固まって帰ったり、少し幼い子は親が迎えに来たり。
 そんな光景を目の当たりにすると昔の事を思い出す。

 あれは大陸からこの国に逃げるように帰って来て、祖母と暮らしていた時も同じような光景に何度か出くわした。その時は若さゆえに同じような境遇なのに、何故自分は離散、彼らはあんな優しそうな母親に手を引かれて行くのだろうと――。

「僕も大概若かったな」
 夕陽の中で昔の自分を笑い、連も帰路に着いた。



 連の家は唯一の身内とも言えた祖母が残してくれたもので、そのためか、彼女の趣味−アンティーク収集−の物に囲まれている。連自身はあまりそれらに興味が無いし、公演等であまりここに帰ってくることも出来ないので、勿体ないことにそれらは埃を被っていたりする。
(今回の休みはいつもに比べて長いことだし、明日あたり自室とリビングぐらいはいい加減掃除しておこうか。流石に長年埃を被ったままでは申し訳ないし)
 リビングの窓辺にあるリクライニングチェアに腰をかけ、周りの調度品をみやる。大切な祖母が自分に遺してくれた物、たとえ興味が無いにしろ、自分の不摂生で朽ちさせるのも罰当りというものだ。
(ここに来たばかりの頃はばあ様が何でこんな古いものにご執心だったのか理解しようとしなかったな)

 こんなガラクタ同然の物に金をかけるくらいなら何故、家族がバラバラになる前に助けてくれなかったのか。
 何故、他の家族を探すことをしてくれなかったのか。
 何故、自分しか見つけてくれなかったのか。

 父や母が祖母に何も便りを出していなかったのだから、そんなこと知る由もなく、大陸で幸せに暮らしているのだろうと祖母は思っていたので、まさかのボロボロになった連との再会だったのだろうし、後々祖母の遺品の中から興信所からの残念な捜査結果の書類を見つけたので彼女なりに連の事を想い、色々手を施してくれていたのだろうし、ぬか喜びさせないよう、これ以上気落ちさせないようとした配慮だったのであろうが、当時の荒んだ自分にはそれに気付けるような余裕もなかったわけで。
 祖母がいくら優しく接してくれようが、諭してくれようが無茶するときはしたし、誤解から生まれる憎しみを八つ当たりのようにぶつけたりもした。

(一番酷かったときはここを飛び出してってもんなぁ。今思い出すとばあ様にはごめんなさいで済まない)

 本当に今思い出すと、祖母の仏前で手を必要に以上に長時間合わせたくなるし、この上なく恥ずかしい。
 先ほどまで子供たちと遊んでいた公園の木陰に座り込んで、大陸で幸せだった時間ばかりを惜しんだ。いくら想ったって還ってこない時間なのに、何度も何度も時が還ってこればいいと願って。

 今、一番近くで想ってくれている人を蔑ろにしていた――

 それでも彼女は必死に自分を探してくれて、見つけたら強く抱きしめてくれた。
(こんな人を蔑ろにするなんて、自分は何て勿体ないことをしてるんだろうと気付いたのはいつだったか)

 本当に『独り』になってしまう人もいるのに、自分は贅沢者だったのだ。
 今、祖母を亡くして、未だ家族に出会えていない事が本当の孤独だというのに。


「レーン、媽々つくりすぎたー」
「あけてー、もてきたー」
 玄関のチャイムの音で現実に引き戻され、時計を見ると結構長い時間物思いに浸っていたらしい。
 自分の哀愁さに苦笑いだ。
「レーン?」
「いない?」
「あ、いるいる。すぐに行くよ・・・・案外、今も孤独とか思っているのが贅沢だったりして」

 窓から身を乗り出して、紙袋を提げた近所の兄妹を見て、連はまたもや自分に苦笑するのであった。