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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 時の鐘 -

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 When you wish hard enough,
 so that even a star will crush,
 the world we live in will certainly change one day.
 Fly as high as you can, with all your might,
 since there is nothing to lose.

 CHRONO RABBITZ *** 鳴らせ 響け 時の鐘
 時を護る契約者、悪戯仕掛けるウサギさん、全てを統べる時の神 ――

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「あいつだよな?」
「えぇと …… うん。間違いなく」

 手元の書類を確認しながら呟いた梨乃。
 梨乃の返答を聞いた海斗は、ニッと笑みを浮かべた。
 そのイキイキした表情に、いつもの嫌な予感を感じ取る。

「今回は、失敗が許されないんだからね。ちゃんと指示通りに …… 」

 呆れながら警告したものの。
 既に、梨乃の瞳は、遠のく海斗の背中を捉えていた。
 いつものこと。ヒトの話を聞かないのも、勝手に動き回るのも。
 今更、怒ったりはしない。無駄な体力を消費するだけだから。

「ん〜〜〜♪」

 口角を上げたまま片目を閉じ、海斗は構えた。
 不思議な形の銃。その引き金に指を掛け、狙いを定めて。

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 ・
 ・
 ・

「 ………… 」
「ちょっと? 何やってるの」

 警告を聞かず、一人で勝手に標的の傍まで走って行った海斗。
 追いついた梨乃は、即座に海斗の背中をトンと叩き、眉を寄せながら声をかけた。
 動かないのだ。時の契約者の証である銃 "魂銃タスラム" を構えたまま、海斗が動かない。
 妙だ。いつもなら、躊躇なんてせず、すぐに発砲するのに。待て、と抑制しても、まったく聞き入れないのに。
 海斗の様子がおかしいことに首を傾げる梨乃。だが、前方を見やったことで、その疑問は、あっさりと解消された。

「はむ、はむ、はむ。 …… ん、むぐぐ …… はむ、はむ、はむ」

 どういう光景か、どういう状況か。
 一言で説明するなれば "グロい" という表現が最も適当だろう。
 海斗と梨乃の標的、つまり、時兎に寄生された被害者である女の子が …… 食事をしている。
 普通の食事ではない。その "食事" こそが、このグロテスクな光景を生成している原因なのだ。
 女の子の名前は、ロルフィーネ・ヒルデブラント。
 見た目こそ可愛らしい少女であるものの、こう見えてロルフィーネは、かなりの齢・年月を重ねている。
 厳密にそれを数値で示すなれば、百八十三。ロルフィーネは、この世に生を受けて、百八十三年の年月を過ごしている。
 お察しのとおり、ロルフィーネは "普通の人間" ではない。彼女の肩書は "吸血魔道士" 要するに、ヴァンパイアだ。
 さて、ここで問題。吸血鬼の食事と言えば? …… そう、血だ。吸血である。

 海斗と梨乃が見やる先、ロルフィーネは無我夢中に食事を楽しんでいる。
 獲物の首筋にかぶりつき、何とも愛らしい笑顔を浮かべながら、はむはむと血を吸い上げ満喫。
 吸血された獲物は、普通の人間だ。おそらく、どこぞで捕まえてきたのだろう。
 その場で食事するには、まだ早い時間。深夜ならば闇に乗じ、どこであろうと楽しむことができるが、日中は、そうもいかない。
 キャー! とか、うわー! とか、誰かー! とか。ロルフィーネは、現場を目撃した人間が発する、そういう甲高い声が大嫌い。
 だからこうして、人目につかない森まで獲物を運び、そこでゆっくりじっくりと食事を満喫しているというわけだ。
 既に食事は終盤にさしかかっているようで、ロルフィーネの回りには、無数の人間が寝転んでいる。
 死んではいない。彼等はただ、気を失っているだけ。まぁ、ここから三日三晩は、目覚めないのだが。

「 …… 気持ち悪っ」

 引き金を引くことを躊躇わされた海斗が、ポツリと呟く。
 まぁね。死んではいないし、気を失ってるだけなんだけれども。
 それにしたって、この光景はおぞましい。引き金じゃなく、気持ちが引いてしまうってものだ。

「いいから、早く。それとも、私がやる?」

 腰元から魂銃を抜き、カチャリと構えて言った梨乃。
 そうだ。気持ち悪いとか言ってる場合じゃない。事態は一刻を争う。
 ロルフィーネの胸元に確認できる半透明の奇妙な生物。兎によく似た、その生物こそが "時兎" だ。
 時兎は、見境なく適当なヒトに寄生し、そのヒトの記憶を喰らう。寄生から二十四時間以内に消滅させなければ、
 寄生されたヒトは、それまでの記憶を全て失ってしまうのだ。既にロルフィーネに時兎が寄生して、二十時間が経過している。
 自力で引っぺがすことができれば、何の問題もないであろうが、時兎は特殊な生物であり、普通のヒトには見えない。
 ゆえに、時兎を視認できる、これまた "特殊な存在" が、その討伐にあたっている。
 その特殊な存在というのが、海斗や梨乃。時の契約者と呼ばれる者たちだ。
 彼等はいつも、こうしてどこからともなく現れ、時兎に寄生されたヒトを救う。
 時兎の討伐に用いる武器は、魂銃タスラムと呼ばれる不思議な形をした黒い銃だ。
 この銃は、普通のそれとは仕様が異なり、銃口から銃弾ではなく、銃弾を模した "奇跡のチカラ" が放たれる。
 非現実的かもわからないが、そのチカラは "魔法" と総称されている能力でもある。
 ちなみに、魔法には幾つかの種類がある為、この銃に装填される魔法も、時の契約者ごとに異なる。
 例をあげるならば、海斗は炎。梨乃は水。契約者は、それぞれ異なる魔法の力を、その身に宿している。
 また、この銃から放たれる攻撃が "魔弾" と総称されることも覚えておいて損はないだろう。

「いい、俺がやる。お前は、下がってろ」
「何よ。動揺してたくせに …… 」
「してねーよ。ばーか」

 ベッと舌を出し負け惜しみを言いながら魂銃を構える海斗。
 普段、何かと落ち着きなく問題児とされている海斗だが、契約者としての力量は確たるものだ。
 仕切り直しで片目を閉じ、ロルフィーネの胸元、時兎に照準を合わせて …… 海斗は、引き金を引く。

 ゴォッ ――

「よっしゃ」

 僅かなズレもない。
 まさに、パーフェクト。
 銃を腰元に戻し、ニッと笑う海斗。
 数えて三秒。銃口から放たれた紅蓮の炎が標的を貫く。
 胸元を射抜かれたロルフィーネは、ベシャッと、その場に倒れ込んだ。

「どーよ?」

 腕を組み、フフンと自慢気に笑う。
 そんな海斗に肩を竦めながら、梨乃は大きな溜息。
 彼等は、時の契約者。確固たる使命を胸に、今を生きる。
 ヒトを殺めることはない。倒れたロルフィーネも、死んではいない。
 海斗が打ち抜いたのは、あくまでも時兎。ロルフィーネの胸元に張り付いていた災い。

「もう少し、加減を覚えるべきだと思うけど」

 倒れたロルフィーネに歩み寄り、覗き込みながら言う梨乃。
 魂銃タスラムは、時兎を消滅させる為だけに存在する武器だ。
 射抜かれた時兎は瞬時に消滅するが、寄生されていたヒトは無傷。
 胸元 …… 心臓を撃ち抜かれることに変わりはないのだが、痛みはない。
 そもそも、時兎と同じように、時の契約者&魂銃による攻撃も、ヒトには見えない。
 だが、見えないだけで、魔弾は確実にヒットしており、胸元を貫いている。
 魔弾に撃ち抜かれたヒトが、皆一様に転ぶのは、その衝撃によるものだ。
 何もないところで転んだ。そんな経験はないだろうか。或いは、そういう人を見たことはないだろうか。
 思わず照れ笑いしてしまう、不可解な転倒。それには必ず、時兎と魔弾の貫通が関与している。

「大丈夫かな …… 」

 それにしても、派手に倒れた。
 スライディングの如く派手に倒れた。
 いや、正確に言うなれば、転ばせたと言うべきか。
 梨乃が撃てば、こんなことにはならなかっただろうに。
 痛みはなくとも衝撃はあるのだから、今のは、あんまりだ。
 仮にも女の子なわけだし。もっと優しく撃ち抜くべきだろう。
 梨乃がロルフィーネを気遣う、そのすぐ後ろで、海斗は欠伸をしながらパーカーのポケットに手を突っ込んだ。
 ポケットから取り出したのは黒い鍵。これもまた、時の契約者の証となる代物だ。
 彼等が生活している "時狭間" という空間に戻る為、必要なアイテム。
 海斗は、取り出したその鍵を指先でクルクル回しながら言った。

「だいじょぶだって。さ、帰ろーぜ」

 何てふてぶてしい態度かと呆れながらも立ち上がる梨乃。
 そろそろ気持ちを改めないと、いつか痛い目に遭うんだからねなどと小言を言いながら、梨乃もポケットから黒い鍵を取り出す。
 時の契約者は、いつだって、こうして音もなく立ち去り行く。助けたヒトに 「ありがとう」 だなんて感謝された試しは一度もない。
 まあ、普通のヒトに彼等の姿は見えないから、感謝のしようがないのだが。そもそも、感謝されるためにやっていることでもなし。
 彼等はただ、締結した契約、その内容に反することなく使命をまっとうするだけ。
 例え時兎に寄生されたヒトが、極悪人だったとしても、彼等は救う。

 いつもどおり。何の変哲もない討伐劇。
 使命を果たした海斗と梨乃は、顔を見合わせウンと頷いて同時に黒い鍵を回した。
 解錠により出現する黒の門。その門を潜り抜けた先にある黒の扉を開け放てば、時狭間へと一直線だ。
 だがしかし、今日は …… 今日ばかりは、そう易々と退散することは叶わないらしい。

「うーーー …… 」

 背後から聞こえてきた奇妙な音にピタリと立ち止る海斗と梨乃。
 気のせいか? とは思いつつも、二人は後ろを振り返った。
 直後、二人は揃って目を丸くすることになる。

「 …… わぁぁぁぁぁ〜〜〜!!! 撃たれた〜! 撃たれたよ〜!」

 大きな声で叫びながら、ロルフィーネが、ガバァッと起き上がったのだ。
 いやまぁ、魔弾が胸元を貫いたからといって絶命したわけではないから、いつかは目を覚ますのだが。
 それにしたって、これは元気すぎやしないか。っていうか、デカい。声のボリュームがデカすぎる。
 甲高い声に眉を寄せ、不愉快そうに耳を塞ぐ海斗。梨乃もまた、ちょっとだけ眉を寄せている。

「 …… あれれ? でも、痛くないや」

 ふと気付いたロルフィーネは、首を傾げて自身の胸元を見やった。
 外傷はない。痛みもない。けれど、確かに何かが胸を貫く感覚を、ロルフィーネは感じていた。
 うん、まず、この時点で色々おかしい。先程も軽く述べたが、魂銃による攻撃を、ヒトは感知できない。
 ただ、後ろから誰かにドンと押されたかのような感覚を覚えて転ぶだけなのだ。
 胸を何かが貫いた、だなんて、そんな感覚を覚えるはずがないのだ。
 だがしかし、ロルフィーネは "撃たれたー!" とも言った。
 つまり、その感覚があったということだ。

「 …… おい、今、こいつ "撃たれた" って言ったよな?」
「うん。言ったわ。感覚があったみたいね」
「 …… はァ? 何で?」
「わからないけど」

 しばしの沈黙。
 その結論として、海斗と梨乃は、早々にこの場を立ち去るという選択肢を選んだ。
 何だかよくわからないけど、長居するとロクなことにならない、そんな気がする。
 根拠はなくとも、そういう嫌な予感ってのは、いつだって的中する傾向にあるってもの。
 海斗と梨乃は、疑問を抱きながらも、そそくさと黒の門をくぐり抜けようと一歩踏み出した。
 だが、その時だ。

「はい、ストップ〜」
「!!」

 二人の間に、銀色のレイピアが差し込まれた。
 嘘のようにゆっくりと瞬きをしながら、海斗と梨乃は振り返る。
 ありえないこと。ありえない状況。振り返ってすぐにそれを把握した海斗と梨乃は、無意識に苦笑を浮かべてしまった。
 もう笑うしかないぜ。とか、そういう状況に追いやられることってあるでしょ。まさに、あんな感じ。
 一方、ロルフィーネは、獲物の血で真っ赤に染まった唇をペロペロと舐めながら、
 不自然に笑う海斗と梨乃に、愛くるしい笑顔を向けている。

「 …… おい。何だこれ」
「何だも何も、見えてるんでしょ」
「はっはっはっ。んなわけねーだろ」
「じゃあ、この状況、どう説明するのよ」

 理解できない状況に、ブツブツと言い合う海斗と梨乃。
 そんな二人の態度にカチンときたロルフィーネは、笑顔のままレイピアを薙ぎ払った。

「うおわっ!」
「 …… っ」

 咄嗟に反応した海斗と梨乃は、その攻撃をヒョイッとかわす。
 瞬間、ロルフィーネは、二人がかなりの強敵であること・その実力を把握した。
 人間の捕食に快感や喜びを覚える生物、いわゆる "バケモノ" に分類される生物には敵も多い。
 不意打ちで後ろから銃撃されたことは悔しいけれど、立場上、どこでどんな風に襲われても文句は言えない。
 でも、だからといって大人しくやられるわけでもない。外傷も痛みもないという状態は疑問だが、彼等が自分を襲ったのは事実。
 しかも、彼等は逃げようとしている。撃ち逃げなんて、許されるはずもない。
 戦るなら、勝者と敗者が決まるまで戦らないと意味がないでしょ?
 そんなことを考えながら、ロルフィーネは、レイピアを構えなおした。
 先程と少し雰囲気が違うが、それは、相手の力量を察知したがゆえに、慢心なく全力で向かおうとする意思の表れだ。
 撃たれたという感覚がある以上、突然の銃撃に不満を露わにするのは当然。ロルフィーネの怒りは正当なものだ。
 どうして見えているのか。そのあたりは、さっぱりわからないけれど、謝ったところで解決できそうもないということで、
 不本意ながら、海斗と梨乃は、ロルフィーネの怒りに一旦応じることを決意した。
 あぁ、もう。何だって、こんなことになってるんだか。

 ・
 ・
 ・

「うーん。いい動きだねー」

 楽しそうに笑いながらレイピアで斬りつけていくロルフィーネ。
 だが、目にもとまらぬ速さで繰り出すその連続攻撃も、軽々と避けられてしまう。
 かれこれ、三十分続いている命の遣り取り。このままじゃ駄目だ。いつまでたっても終わらない。
 楽しいことは楽しいけれど、終わりがみえない戦闘を無意味に続けることをロルフィーネは嫌う。
 十分楽しんだし、もうとっくに怒りの感情も薄れていることだし、ここらで終わりにしよう。
 そう決めたロルフィーネは、武器を持ち替えた。
 どこからともなく出現した奇妙な剣。柄の部分が蝙蝠の羽のようになっている。
 どことなく不気味な雰囲気を放つその剣こそ、ロルフィーネが最も気に入っている武器だ。
 何でも "一生忘れられない記念日、その夜に大好きな人から貰ったプレゼント" なのだとか。
 プレゼント …… にしては悪趣味な気もするが、まぁ、そのあたりの話はさておき。
 感覚を確かめるように、身の丈を超える長剣を軽々と振り回すロルフィーネ。
 その表情から、戦いに終止符を打とうとしていることは明らかである。

「ち、ちょっと待って、海斗!」

 さぁ、そのお気に入りの武器で、どんな攻撃を繰り出してくるのかと思いきや、
 目を丸くした梨乃が、慌てた様子で叫んだ。叫んだ先には、不敵な笑みを浮かべる海斗がいる。
 何をしでかそうとしているのかというと …… 海斗もまた、この戦いに終止符を打とうとしている。
 初体験となる "ヒト" との遣り取りは、そりゃあもう楽しい。だが、いつまでも遊んでいるわけにもいかない。
 うっかり楽しんで忘れかけていたことだが、そもそも、これは "ありえない状況" なのだ。
 どうして、撃たれたことを感知したのか、自分達の姿が見えているのか、会話が成立するのか。
 楽しむよりも先に、その疑問を解消するべきだよなー、と海斗は我に返ったのだ。

「正直、飽きてきたってのもあるし」

 一人呟きながらパチンと指を弾いた海斗。
 すると、海斗の指先にポッと赤い炎が灯る。
 魂銃に魔法を装填し発砲する攻撃は、あくまでも時兎を討伐するための手段。
 時兎以外の存在へ発砲することは、重大な契約違反に繋がるため、絶対にできない。
 だが、何も銃に装填するだけが魔法じゃない。意のままに、こうして魔法を放つこともできる。
 まぁ、ヒトに対して海斗が魔法を放つのは初めてのこととなるわけだが。
 梨乃が、ちょっと待てと制止しているのも、そういうことである。

「ちょっと! 海斗!」

 大声で叫ぶものの、聞く耳持たず。
 海斗は、口元にニヤリとした不敵な笑みを浮かべて、指先をロルフィーネに向けた。
 すぐさま剣を構えて身構えたロルフィーネだが、炎の速さには敵わない。

 ボッ ――
 ボボボボボボッ ――

 あぁ …… もう …… 何でこんなことになっちゃったんだろう。
 いくらなんでもやりすぎ。どうして、こいつはいつも "こう" なんだろう。
 一緒に叱られる羽目になる私の気持ち、ちょっとくらい考えてくれてもいいんじゃないの。
 そんなことを考えながら、梨乃は、ハァと大きな溜息を零し、ガックリうなだれた。
 閃光のように、あちこちから飛んでくる紅蓮の炎。
 逃げ場なんて、ありはしない。

 ・
 ・
 ・

「そんなに威力のある魔法、ボク、久しぶりに見たよ」

 戦いが終わった後、ロルフィーネは、真っ先に、そう称賛を述べた。
 あれだけの炎をモロにくらったというのに、ロルフィーネは、掠り傷ひとつ負っていない。
 とりあえず、そのあたりの理由を説明することから始めてみよう。
 海斗が放った炎は紛れもなく本物であり、また、手加減もしていなかった。いや、寧ろ海斗は "手加減" ができないタチだ。
 表情もさることながら、海斗のそういう性格をも把握していたからこそ、梨乃は、慌ててそれを制止していた。
 四方八方から飛んでくる炎は、避けても避けてもキリがない。また、数の多さからその全てを避けるのは至難の業。
 結局、ロルフィーネは、海斗が放った炎のうち、およそ半分をその身で受け止めてしまった。
 大爆発と大炎上。確かな手応えを覚えた海斗は、よっしゃとガッツポーズを決めた。
 もはや呆れることすらままならない。どうして? 何で? 何でそこまでするの?
 ヒトを傷付けるという行為が、どれほど重い契約違反に該当するか。
 まさか、忘れたの? あんたって、そこまで馬鹿だったの?
 ゴウゴウと燃え盛る炎を前に、梨乃は言葉を失った。
 そんな梨乃に 「これは正当防衛だ」 と海斗は言い放つ。
 そもそも、普通のヒトなら、俺達を認識することはできない。
 要するに、あいつは普通のヒトじゃないってことだ。ちょっと考えればわかることだろ?
 こんなの初めてだし、どうすりゃいいのか、はっきりとはわかんなかったけどさ、
 見えないはずなのに見えてるって時点で、敵になりうる可能性が浮上するだろ。
 俺達は直接体感したわけじゃないけど、マスター言ってたじゃんか。
 昔、時狭間にヒトが攻め込んできたことがあるんだ、って。
 言い訳するかのように、海斗はそう言った。
 確かに、そういう話を聞いたことはある。
 でも、それを示唆するには根拠が足りないのではないか。
 ロルフィーネは、突然の銃撃に対する不満と怒りを露わにしていただけなのではないか。
 それが正当な怒りであるにも関わらず、ろくな説明もなしに有無をいわさず処分してしまうだなんて、あんまりではないか。
 もしも、違ったら? 時狭間の侵略なんて微塵も頭になく、ただ単に急襲に対して応戦しただけだとしたら?
 もしも、そうだったら。私達は "大罪" を犯したことになる。叱られるどころの騒ぎじゃない。
 契約も信頼も、何もかもを失うことになる。私達にとって、それは "死" を意味する処分。

 小さな声で呟く梨乃に、さすがの海斗もゴクリと息を飲んだ。
 結局、海斗の独断による行動だと言う他ない。海斗の直感は高い的中率を誇るけど、百パーセントってことでもない。
 咄嗟の判断とはいえ、間違いではないはずだと自負していただけに、梨乃の深刻な横顔は、海斗を動揺させた。
 炎はいまだ、ゴウゴウと燃え盛っている。やってしまったのか、まだ間に合うのか。
 炎の中に飛び込んで確かめるべきなんだろうけれど、怖くてそれすらできない。
 そこに、まっくろこげになったロルフィーネがいたらと思うと、足が竦んで動けない。
 だが、そんな重苦しい沈黙が続いたのも五分程度。
 燃え盛る炎の中から、パチパチと拍手しながらロルフィーネが出てきたのだ。
 海斗と梨乃は揃って目をゴシゴシ擦ったが、錯覚ではなかった。
 ロルフィーネが無事だったことに梨乃はホッと安堵の息を漏らしたが、ちょっと待て。
 どうして、掠り傷ひとつ負っていないんだ? まるっきり無傷の状態なんだ? 梨乃は勿論、海斗もそこに疑問を抱いた。
 あれだけの炎をくらいながら、無傷でいられた理由。それは、ロルフィーネが羽織っている黒いマントにあった。
 さきほどまでは羽織っていなかった、そのマントは、ロルフィーネの "旦那様" が投げ渡してくれたもの。
 投げ渡したといっても、その "旦那様" は、ここにはいない。
 遥か彼方、遠い世界から、ロルフィーネの危険を察知して贈ってくれた、と、そういうことらしい。

「マスターってどんな人? 美味しいかな?」
「優しいけど、怒るとめっちゃ怖い。つか、食っちゃダメ」
「えー …… 駄目なの? ボク、お腹ペコペコなんだけどなぁ」
「がっつり食ってたじゃん …… つか、飲んでたじゃん …… 」
「何さ。そもそもね、海斗たちがボクの食事を邪魔しなければねぇ ―― 」
「あーもう。わかったわかった。とりあえず、お前、口の周り拭けよ。それヤダ、俺」
「ん? あぁ、ごめんねぇ。ボク、上手にお食事できないんだー」
「へーそう。って、うわっ! お前、何やってんの。袖で拭くなよ!」
「あっ、待って、ロルフィーネちゃん。私、ハンカチ持ってるから。はい」
「わ。綺麗な刺繍だぁ。ありがとー、梨乃」

 で、今、どういう状況かというと。
 ロルフィーネを連れて、三人で時狭間へと向かっている最中。
 もちろん、海斗と梨乃は、何とか自分達で疑問を解消しようと試みた。
 見えていることやら、魔弾の感知のことやら、よくわからない "旦那様" のことやら …… 。
 だが、困ったことに、話しこめば話しこむほど、余計にわからなくなる。海斗と梨乃は、頭を悩ませた。
 そこを助けてくれたのが、マスターだ。海斗たち時の契約者を従えている、いわば契約主。
 マスターは、ロルフィーネを時狭間へ連れてくるようにと二人の脳に直接伝えた。
 自分達ではどうにもならないことを十分に把握していたゆえに、
 海斗と梨乃は、その要求にすぐさま応じたのだ。

「つか、そのマントかっこいーな。俺にも羽織らせて」
「駄目ぇ。そんなことしたら、ボク、怒られちゃうもん」
「ちょっとくらいいーだろ。すぐ返すから」
「駄目ぇ。ちょっとでも駄目だよー」

 それにしても …… ヒトが時狭間に出入りすることになるとは。
 いやまぁ、ロルフィーネの場合 "普通のヒト" というわけでもないのだけれど。
 過去、わけあって関係者以外が時狭間に踏み入ったことはあるものの、もう気が遠くなるくらい昔の話だ。
 さてはて、これからいったい、どうなるのか。純真無垢なヴァンパイアガールの介入により、どんな展開を迎えるのか。
 今はただ、時狭間の安息が続くことを、願うばかりである。

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 CAST:

 4936 / ロルフィーネ・ヒルデブラント / 183歳 / 吸血魔導士&ヒルデブラント第十二夫人
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 後記:

 ルート分岐結果 → タスラム貫通
 ロルフィーネ・ヒルデブラントさんは、Dルートで進行します。
 以降、ゲームノベル:クロノラビッツの各種シナリオへ御参加の際は、
 ルート分岐Dに進行したPCさん向け のシナリオへどうぞ。

 オーダーありがとうございました。
 2010.02.03 稀柳カイリ

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