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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route1・黒猫のタンゴ / 葛城・深墨

 青々とした空。
 昨日まで降っていた雨が水たまりを作り、鮮やかな景色の中に光の反射を作り出す。そんな中を、葛城・深墨は名刺を片手に歩いていた。
「たぶん、この辺りなんだけどな」
 見回すそこは閑静な住宅街。
 昼時だと言うのに人1人合わないその場所で足を止めると、もう一度名刺に視線を落とした。
 名刺に書かれているのは蝶野・葎子という名前と、執事&メイド喫茶「りあ☆こい」と書かれた店名だ。
 この名刺をくれた少女――葎子に会うために深墨は店を探しているのだが、どうにもそれらしい建物が見当たらない。
「――お礼って言ってたけど、助けられたのは俺の方な気がするんだけど」
 思い返しても奇妙な縁だった。
 悪鬼とか言う化け物に葎子が襲われているところを助けて、一緒に逃げたのだ。
 そして最終的には助けたはずの深墨が悪鬼に掴まり、葎子がそれを倒したのである。
 彼からすれば自分が助けられると言う展開だったのだが、葎子からすると助けに入ってくれた深墨に感謝していると言うところだろうか。
 去り際に名刺を渡して店に来れば何かおごると言って去って行ったのだ。
「……折角名刺を貰ったし、会いに行くくらいは」
 ぶつぶつと呟きながら未知の世界を想像する。
 生まれてから一度もメイド喫茶とか言う場所に足を踏み入れたことはない。
 きっとこんな出会いでもなければ、一生足を踏み入れなかった場所だろう。
「まあ、少し恥ずかしい気もするけどね」
 苦笑いの元に呟いて名刺を口元に添えた。
 空を見上げれば、やはり良い天気だと思う。
 深墨は少しだけ空を眺めると、思い出したように足を動かし始めた。
 そうして彼の目にそれが飛び込んできたのは、ほんの僅か先のことだった。
 見た目は普通の喫茶店。けれど前に置かれた看板が、その店が普通ではないことを物語っている。
「執事&メイド喫茶……やっぱり、恥ずかし――」
 そう呟き入ることを躊躇っているときだった。
――ぎゃあああああ!!!!
 店の中から叫び声が聞こえてきた。
 それも尋常ではない音量の声だ。
「な、何?」
 咄嗟に店の入り口を見据える。
 まさかまた悪鬼とか言う化け物が出たのか。そう思って身構えた次の瞬間、店の扉が勢いよく開き、中から若い男が飛び出してきた。
「ひ、ひいぃぃッ! た、助けてくれぇ!!」
 地面に転がりそうな勢いで駆け出してきた男は、深墨の横を通り過ぎてゆく。その顔は蒼白で、尋常ではないことがわかる。
「あ、あの……」
 何が何だかわからない深墨は呆然とするばかりだ。
 しかし男はそんな彼に目もくれず、一目散に住宅街へと消えて行った。
「……いったい、何?」
 男が去った方を防戦と見つめる。
 そんな彼の耳に、若干不機嫌を纏った声が聞こえてきた。
「今月で4人目か……5人でペナルティだな」
 目を向ければ、そこには黒のロングメイド服に身を包んだ少女が立っていた。
 印象はクラッシックなメイドさん。けれど雰囲気はメイドとは似つかわしくないほどに偉そうな印象を受ける。
 彼女は腕を組んで眼鏡を押し上げると、今気付いたかのように深墨に視線を向けた。
「……客か?」
 声も態度も横柄。
 しかしそんなことは然程気にならなかった。
 それはこの少女にはそうした態度が似合うと、直感的に思ったからかもしれない。
「ああ、そうだ。この子に会いに来たんだけど……」
 深墨はハッと我に返ると、手にしていた名刺を差し出した。
 それに視線を落としたメイドの少女は、「ふむ」と息を吐いて深墨の顔を見る。その視線が品定めの様で居心地が悪い。
「あの……」
「葎子なら休みだ。会いたいなら公園にでも行くんだな」
 そう言って口角を上げると、彼女は店の中へと消えて行った。
 その颯爽とした姿は、やはりメイドとは思えない。
「お休みか……でも、公園って……――どこの?」
 呟いた深墨は緩やかに首を傾げたのだった。

   ***

「あっ、いた!」
 喫茶店近辺の公園を探しまわり、ようやく葎子の姿を発見した。
 穏やかな日差しの元、楽しげに親子連れが遊んでいる。その一角で、木陰に寝転ぶのは間違いない、葎子だ。
「……可愛いね」
 思わずクスッと笑ってその姿を眺めてしまう。
 ちょうど良い感じに出来た日陰で寝息を立てる葎子。その直ぐ傍には、寄り添うように黒猫が寝息を立てて丸くなっている。
「……仕方ない」
 そう口にして木の根もとに腰を下ろした。
 そうして本を取り出すと、深墨の気配に気づいたのだろうか。不思議そうに顔を上げた黒猫と目があった。
「ああ、ごめん。起こしたかな?」
 そっと囁き問いかける。
 しかし黒猫は深墨が害の無い存在だと直ぐに判断したのか、彼の言葉に何かを応えるでもなく大欠伸を零すと顔を下げた。
 そうして上下し始める体を見て、深墨の瞳が穏やかに緩められる。
 本を読むにも、昼寝をするにもちょうど良い陽気だ。髪を撫でる風も、頬を擽る風もどれもが心地いい。
「ふあ……なんだか、眠くなるな」
 欠伸を零した深墨の視界が霞んだ気がした。
 そして――。
 深墨は重い瞼に手を添えて息を吐いた。
「あれ、もしかして……寝た?」
 重く感じる頭と、横になっている状況を判断しようと頭を動かす。そうして出る結論は、自分も寝てしまったということだ。
 深墨はやれやれと息を吐いて手を退けると瞼を上げた――その直後、目が見開かれ、彼の体が硬直する。
「――ッ!!」
 声にならない言葉が口を吐く。
 そんな彼の目に飛び込んできたのは、上から深墨を覗きこむ葎子の顔だ。
 大きな瞳がゆっくりと瞬かれながらじっと見ている。しかもその距離が近い。
「えっ、な、何、この状況! ええっ!?」
 そう言えば頭が妙に暖かい気はしてた。
 それに首も痛くない。でも、これはいくらなんでも可笑しいだろう。
 深墨の置かれている状況。
 それは木陰に腰を下ろした葎子の膝に、頭を乗せて横になっているというものだ。
 まあ、要は膝枕である。
「おはようだね☆」
 にこっと笑って髪を撫でる姿に、ボッと顔が火照る。そして勢いよく起き上がると、思い切り自分の口元を押さえた。
「お、おはよう……」
 頭はパニック寸前。しかも何だか色々とバツが悪い。何をどう誤魔化すにしても、適当なものなど浮かんできやしない。
 耳まで真っ赤にした深墨を他所に、葎子はマイペースに彼の顔を覗きこみ、言葉を紡いできた。
「お兄さん、この前葎子を助けてくれた人だよね。もしかして、葎子に会いに来てくれたのかな?」
 にこにこと無邪気に問いかける姿に、またまた声が詰まってしまう。それでも何とか頷きを返すと、彼女は笑顔である物を差し出した。
「うんうん、やっぱり♪ じゃあ、お礼の1つで、はい、お団子♪」
 笑顔のまま差し出されたのは、タッパに入ったお団子だ。白く丸い団子の上にみたらしの餡が掛かっている。
「え……これ、貰って良いの? ……って、そうじゃない!」
 完全に葎子のペースに乗せられかけているところで、深墨は慌てて首を横に振った。
「この前助けられたのは俺の方だよ。ありがとう」
 深墨は慌てて頭を下げた。
 しかしいつまでたっても葎子の反応がない。その事を疑問に思った彼が顔を上げると、なんとも言えないものが飛び込んできた。
 きょとんとして目を瞬く葎子。口には爪楊枝を咥え、口端には微かにみたらしまで付いている。
「何だか、気が抜けそうだ」
 ふっと笑ってハンカチを取り出すと、彼女の口元を拭ってやった。
 その上で大事なことを思い出す。
「あ、名前言ってないね。俺は葛城・深墨。普通の大学生だよ」
 自己紹介をしながらハンカチをしまう。
 そこに笑顔の葎子が飛び込んできた。
「ありがとう、深墨ちゃん!」
「え……み、深墨ちゃん?」
「うん!」
 ニコニコと頷く葎子に悪気はないのだろう。
 ただ大学生の男が「ちゃん」付けされて嬉しいかと問われると、いささか疑問だ。
 しかしこれまた葎子はそんなことなどお構いなしに、独自の行動を取っている。
 タッパに入れられたお団子に新しい爪楊枝を刺すと、それを彼の前に差し出したのだ。
「はい、美味しいよ♪」
「えっ……」
 これはこのまま食べろと言うことだろうか。
 再び顔が火照るのを感じながら、食べるかどうか迷ってしまう。しかし深墨が食べるのを待っている葎子を見ては、食べない訳にはいかないだろう。
「い、いただきます……――ん。このお団子、美味しい!」
「でしょ♪」
 にっこり笑った葎子は、もうひとつお団子を指して差し出してくる。それを今度は躊躇せずに貰うと、彼は「?」と首を傾げた。
「もしかして、手作り?」
 タッパの入れ物と言い、爪楊枝持参の様子と言い、どう見ても手作り感たっぷりだ。
「うん。葎子、お料理得意なんだ♪」
 そう言いながら自分の分のお団子を口に運ぶ。
 その膝には深墨が退いて居場所を確保した黒猫が、丸くなって大欠伸をこぼしていた。
「そう言えばこの猫、可愛いね……葎子ちゃんが飼ってるの?」
 猫を撫でながら何となく問いを向けてみる。
 ちゃっかり呼び名を考えていたのはご愛嬌。
 これで拒否されれば呼び方を変えるし、そうれなければこのまま呼び続けようと思う。
 当の葎子はと言えば、ご満悦にお団子を口に運んでいる。その速度と量たるや、結構なものだ。
「ううん。この子は葎子のお友達だよ。たまに一緒にお昼寝するの♪」
 ほくほく笑顔で首を傾げる姿に、思わず笑みが漏れてしまう。
 この間の悪鬼と戦った雰囲気は微塵も感じない。この可愛らしい女の子があんなに強いなんて……。
「そう言えば……」
 悪鬼で思い出したことがある。
 葎子が使っていた幻術。それに使用していたうさぎが頭をよぎったのだ。
「この間のうさぎに、似たうさぎを知ってるんだけど……知り合い?」
「うん?」
 葎子の目が瞬かれた。
 そして大きく首が横に傾げられる。
「ああ、ごめんね。実は天使が入りこんじゃったうさぎのぬいぐるみって言うのがあってね。葎子ちゃんが悪鬼を退治させたうさぎに、凄く似てたんだ」
 口の悪い感じと言い、口調と言い、とてもよく似ていた。
 その事を思い出すと笑いが込み上げてくる。それが顔にも出てたのだろうか。
「葎子も会ってみたい!」
 目をキラキラとさせて言葉を発した葎子に、深墨の双眸が穏やかに細められる。
「そうだね。次に会うことがあったら、葎子ちゃんにも教えてあげるよ」
「本当?」
「うん。約束」
 そう言って頷いた深墨の前に、葎子の手が差し出された。
 小指を立てて何かを促す姿に、深墨の目が瞬かれる。
「え、っと……」
「指切りだよ♪」
「ああ、なるほど」
 差し出された小指に深墨の小指が絡む。
 そうしてかわされた約束に、思わず2人で顔を見合せて笑った。
 そしてどれだけの時間を一緒に話していただろう。
 天にあったはずの日が斜めに落ち、少し肌寒さを感じる頃になって、葎子が腰を上げたのだ。
「そろそろ帰らないと」
 空のタッパを手に笑う顔を見上げて、深墨も腕の時計に視線を落とした。
「ああ、もうこんな時間なんだ」
 いつの間にか一緒に昼寝していた黒猫もいなくなっている。
「今日はありがとう。すっごく楽しかった♪」
 嬉しそうに笑いかける葎子に、深墨も自然と笑みがこぼれる。
「俺の方こそありがとう。今度はお店に会いに行くよ。メイド姿もみたいしね」
「うん、待ってるね♪」
 そう言って微笑んだ深墨に、葎子は無邪気な笑顔を返して去って行った。
 葎子が居なくなって一気に静かになった周辺に、深墨の目が向かう。
 昼には多くいた親子連れの姿も少なく、公園自体が静まり返った印象を受ける。
「……俺も、帰るかな」
 そう呟いた深墨は、自らの手を見るとクスリと笑みを零したのだった。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】(ちょい役)


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート1への参加ありがとうございました。
葎子とのほのぼのシナリオをお届けします♪
お約束なシチュエーションも混ぜてみましたので、楽しんで読んでいただけたなら嬉しい限りです。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
この度は本当にありがとうございました。