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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 時の舞踏会 -

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 梨乃に借りていた本を返しに時狭間へ。
 その帰路、元の世界へ戻ろうと時の門に向かう最中、マスターに会った。
 この広い時狭間で、偶然会うなんて珍しいですよねと言うと、
 マスターは 「偶然ではない」 と、にっこり微笑んだ。
 とある用件を伝えるため、待っていたらしい。

 受け取ったカードは、舞踏会の招待状。
 開催は明日の夜。まぁ、会場はここ、時狭間なので、実際は、昼も夜も関係ないが。
 マスターは "時の舞踏会" と称して、不定期に、このイベントを催しているとのこと。
 お客様として招かれるのは、あらゆる世界・空間で暮らしているマスターの知人ら、総勢三十名。
 海斗を始め、時狭間で暮らしている者は、舞踏会の最中、彼等を "もてなす役目" を担うことになるらしい。
 つまり、いくつかの段階を経て関係者になった自分にも、その知らせが届いたということだ。

(う〜ん、どうしようかな)

 マスターに聞かされた説明を思い返しながら、
 渡されたカードに視線を落とし、元の世界へ戻る。
 どうやら、明日は "正装" してこなければならないらしい。
 まぁ、正装の定義は曖昧で、自分がそう思う服装であれば良いらしいけど。
 マスターの知人が集まるというならば、さすがに、すっとんきょうな服装では来れない。
 それから、もうひとつ。舞踏会に招かれた "お客さん" に対して、もてなす立場である自分達は、
 必ず、一人につきひとつの出し物(プログラム)を披露し、彼等を楽しませねばならないらしい。
 しかも "氷 および 雪を使った出し物" じゃないと駄目という制限つき。
 氷や雪は、マスターが事前に用意してくれるそうだが …… う〜ん。
 服装と出し物。どうしようかなぁ …… 。

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「ぶはははははは!」
「 …… うるさいわね」
「ひーっひひひひひ …… ぷぷぷ …… お前、そういうのマジで似合わないなー。ぶぶぶ …… 」
「 …… そろそろ黙らないと、殴るわよ」
「あー。悪ィ、悪ィ。 ………… ぶっ。ぶくくくくくく …… 」
「 …… そう。わかった。もういい。じゃあ、移動しましょうか」
「ぐえっ! ちょ、ちょっ、タンマ、梨乃。首っ、しまって …… うぐぐ」

 よく見る光景といえば、よく見る光景だけど。
 いつもよりも、梨乃の眉間のシワが深いような気もした。
 擦れ違いざま、ニコリと微笑んだ梨乃。千早は、思わず姿勢を正した。

「あ、こんばんは、千早くん。開場は向こうよ」
「あっ …… は、はい」
「素敵な服装ね。よく似合ってる」
「えっ、あ、ありがとう。梨乃さんも素敵ですよ」
「ありがとう。嬉しい。 …… じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「あ、う、うん …… 」

 どこに行くの? なんてヤボな質問はしなかった。
 っていうか、そのくらい、聞かなくてもわかるというもの。
 首根っこ掴まれて青い顔をしていた海斗を見れば、そのくらいは …… ねぇ?
 梨乃に引きずられて闇の中へと消えていく海斗を見送りつつ、苦笑を浮かべていた千早。
 と、そこへ、両手いっぱいに綺麗な花を抱えた千華が歩み寄って来る。

「いらっしゃい、千早くん」
「あ、こんばんは」
「皆さま、お待ちかねよ。さぁ、行きましょう」
「あっ、えと …… は、はい …… 」

 海斗、ほうっておいていいのかなぁ。大丈夫なのかなぁ。
 そんなことを考え、何度か振り返りつつも、千早は千華の後を追って会場へと向かった。
 まぁ、大丈夫だろう。いつものことだし。きっと、すぐに戻って来る。
 ほっぺに手形がついた状態で戻って来る可能性も高いけど …… 。

 ・
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 ・

 時の舞踏会。
 いよいよその夜を迎えた千早は、必要以上に緊張していた。
 会場には、既にマスターの知人がたくさん集まっている。
 さすがは、マスターの知人というべきか何というか。揃いも揃って、みなさん個性的だ。
 あらゆる世界・空間から来ているお客様が一堂に会する様は、何ともいえぬ独特な雰囲気を生み出す。
 千華の背中に隠れるようにしながら、キョロキョロと会場を見回す千早。
 その最中、千早は、意外な人物を見つけた。

「あれっ …… ?」

 思わず声を放ってしまう。
 その声に気付き、クルリと振り返ったのは …… ハーツエリーザ女王だ。
 花の国、シエル・アビスの女王様。でも、おかしいな。彼女は出不精だと聞いていたのだけれど。
 首を傾げる千早に歩み寄り、ハーツエリーザ女王は、立派な扇で口元を覆いつつペコリと頭を下げた。

「久しぶり …… でもないが。元気か? 千早」
「あっ、はい。女王様も、お元気そうで何よりです」
「ふふふ。おぬしが楽しませてくれると聞いてな。来てしまったぞ」
「えっ …… な、何ですか、それ。もしかして、マスターが?」
「そうじゃ。ふふ。楽しみにしておるぞ」

 満足気に笑いながら立ち去るハーツエリーザ女王。
 ただでさえ緊張していたというのに、そんなこと言われちゃ、余計に緊張してしまうではないか。
 そわそわした様子で目を泳がせる千早。そんな千早を見て、千華はクスクス笑いながら、

「期待に応えなきゃね。頑張って」

 そう言って、少し曲がった千早のネクタイをキュッと直してあげた。
 今日の千早は、大人びた装いだ。灰色のタキシード。無難といえば無難、地味といえば地味。
 だが、今日の主役は、あくまでもマスターが招待したお客様たち。彼等よりも目立つような服装は好ましくない。
 そんな気配りから、灰色のタキシードを選んだ千早。その選択は、正しかったといえよう。
 千早が本来持つ柔らかな印象を、灰色のタキシードは、よりいっそう高めてくれる。
 本人が思っている以上に、その装いは清潔感・誠実感を周りに与えるのだ。

 さて。肝心の出し物についてだが。
 梨乃や海斗、千華など、他の契約者たちは、既にその披露を終えた状態である。
 あまり長々と説明するのも煩わしいので簡潔に纏めて話すが、
 海斗は、事前にマスターに話して大きな雪山を用意してもらい、炎の魔法でその雪山の各所をうまいこと溶かして "怪獣" の雪像を作った。
 子供っぽいといえばそれまでだが、雪像ができるまでの過程は、それはもう美しく見事なものだった。
 お客様の中には、魔法なんてものとまったく無縁な世界からきている人もいるため、
 そういう人達にとって、炎の魔法によって雪山が変貌を遂げていく様は、見ていて飽きない光景だったのだろう。
 梨乃は、マスターが用意した雪や氷を一切使わず、自らが操る氷の魔法のみで会場を魅了した。
 花嫁さんのような純白のドレスを纏った梨乃が氷と踊る様は、妖精を思わせるほど可憐だった。
 …… まぁ、海斗は、そんな梨乃の服装を大笑いして痛い目に遭っているわけだが。
 千華は、雪に花を絡めた幻想的なショーを披露。
 要所要所に光の魔法を絡めたそのショーは、瞬きすることすら躊躇わせるほど美しいものだった。
 藤二は、風の魔法で雪を操り、会場全体に綺麗な雪を降らせた。もちろん、お客様が風邪をひいてしまわぬよう、
 お客様の周りに結界を張った状態で。ちなみに、浩太は、藤二の出し物を手伝う形で参加した。結界を張ったのは浩太だ。
 そんなこんなで、他の契約者たちは、全員が全員、お客さんから拍手喝采を浴びる結果となった。
 みんながどんな出し物を披露したのか、少し遅れて会場に到着した千早は知らない。
 だが、他の人がどんな出し物を披露したか、そんなことを気にしたところで、どうにもならない。
 さぁ、いよいよ千早の出番だ。待たせてしまったこともあり、お客さんの期待も高まっている。
 大丈夫、大丈夫。千早は、そう自分に言い聞かせつつ、会場中央のステージに登った。

(うわぁ …… )

 こんなにたくさんの人に注目される機会、そうそうないってものだ。
 一斉に向けられるお客様たちの視線に、心臓がキュゥッと収縮するような感覚を覚える。
 だが、会場の隅のほうで見守るように優しい表情を浮かべているマスターを見つけた瞬間、千早は姿勢を正した。
 確かに緊張はするけど、できませんだなんて言える立場じゃないんだ。
 深く考えなくて良い。いろいろと小難しく考えてしまうのは、僕の悪い癖。
 楽しむことが大前提。自分が楽しめば、お客さんにもその気持ちが伝わるはずだから。
 意を決した千早は、フゥとひとつ息を吐き落としてから、指先で空中にクルリと円を描く。
 すると、ブンという音と共にドーム状の透明な結界が現れ、千早の周りを覆った。

 どんな出し物を披露しようか。昨日、夜遅くまで考えた。
 何度もウトウトしかけつつ、千早が 「これだ」 と決めた出し物。
 それは、雪に魔法をかけて雪の精霊を具現化・演出し、彼等を自由気侭に踊らせる幻想的なダンスショーだった。
 お客様に雪がかからぬよう張り巡らせた結界の中、その中をステージとし、妖精たちに踊ってもらう。
 無音の状態で踊るのもまた素敵だけれど、せっかくのダンスショー。音もあるに越したことはない。
 千早は、魔法で具現化した雪の精霊を指先で操りながら、目を閉じて綺麗なハミングも重ねた。
 そうして歌い始めると、それまでの緊張がどこかへ消えてしまうから不思議。
 すっかり緊張がとけた千早は、目を閉じたまま楽しそうに歌った。

「綺麗 …… 」
「見事なものじゃ」
「このまま、あの子ごと持ち帰ってしまいたいわ」

 雪の妖精が踊る美しい様もそうだが、お客様たちは、それよりも千早に釘付けになった。
 雪の中、目を閉じハミングを響かせながら指を踊らせる少年。
 人々の目には、そんな千早の姿こそが、雪の妖精かのように映る。
 ハーツエリーザ女王はもちろんのこと、マスターや千華、藤二、浩太も、その美しさに手拍子を贈った。
 海斗に鉄拳制裁を加え、すっきりした様子で戻ってきた梨乃も、会場を包み込む優しい歌に聞き惚れる。
 それまでギャースカ梨乃に文句を言っていた海斗までもが、すっかり大人しくなってしまう始末。
 千早の出し物は、他の誰よりも高い評価を得る結果となり、
 会場に居合わせたお客様たち、その全員を満足させる見事なものとなった。
 千早が歌いはじめたことで、その場の雰囲気が丸ごと千早という存在に染まったといえよう。
 どうやら千早は、歌の才能があるようだ。まぁ …… 本人は気付いていないと思うが。

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 出し物の披露を無事に終えてホッとしたのか、気が抜けた千早は、会場の隅に置かれたソファで休憩していた。
 そこは、つい先程までマスターが座っていた場所でもあるが、
 マスターは、やり遂げた表情の千早に笑い、しばらく休んでいなさいと席を譲った。
 マスターは今、招待したお客様と、楽しそうにお喋りしている。
 嬉しそうな顔 …… 。あんなにイキイキした表情のマスター、初めてみるかも。
 そんなことを考えながら、千早はソファの背もたれに身を預けて微笑んだ。
 と、そこへ飲み物を持って近付く人物。その人物とは …… 梨乃だ。

「千早くん。はい」
「あっ。ありがとうございます」
「マスターがこの日のために用意した特別なドリンク。美味しいよ」

 ニコリと笑って千早の隣に腰を下ろした梨乃。
 千早が受け取ったドリンクは、クロノ・カルアという名前の飲み物らしく、
 梨乃が言ったとおり、マスターが、この日のためにと、永い時間をかけて用意していたもの。
 見た感じだと、普通の水にしか思えないが、一口飲んでみると ――

「わっ。美味しい。甘いんですね」
「ふふ。でしょう?」

 トロピカルジュースに似た味だ。甘いんだけどクドくなく、爽やかな口当たり。
 その名前から、お酒が入っているのではとも思ったが、アルコール成分はまったくないとのこと。
 良い意味で裏切られた気分。あまりにも美味しくて、千早は目を丸くしてしまった。
 そんな千早を見て、梨乃はクスクス笑う。
 千早のおかげで、舞踏会は大盛り上がりだ。
 誰一人として、不満そうな顔をしているお客様はいない。
 今や、全員が全員、輪になって、さきほど千早が歌っていたハミングを真似しながら踊っていたりもする。
 まぁ、中にはひどく音痴な人がいたり(←犯人は海斗だ)、お酒を飲み過ぎて大騒ぎしている人もいるが、
 笑顔が溢れて弾ける、そんな光景を見ていると幸せな気持ちになる。自然と笑顔になってしまうものだ。

「くしゅっ」

 ドリンクを飲み干すと同時に、可愛らしいくしゃみをした千早。
 雪が降り注ぐ結界の中、時間を忘れて夢中になったから、風邪でもひいちゃったかな。
 照れくさそうに鼻の下をこする千早に、梨乃はクスクス笑いながら綺麗なハンカチを差し出した。

 時の舞踏会は、まだまだ続く。
 全員が疲れて眠ってしまう、その時まで。

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 CAST:

 7888 / 桂・千早 / 11歳 / 何でも屋
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 藤二 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 千華 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / マスター / ??歳 / クロノ・グランデ(時の神)

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.02.09 稀柳カイリ

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