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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - そういう存在 -

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 自宅に届いた一通の封筒。
 差出人の名前はなく、中には黒いカードが一枚だけ。
 カードには、白いインクで、こう書かれていた。

 欲張りでゴメンね ――

 まったく意味がわからない。
 一方的に謝られても困るし、欲張られた覚えもないし。
 でも、カードの差出人が "誰" であるかということだけは把握できる。
 そもそも、こんな意味のわからないことをするのは、あの連中だけだろう。
 一体、何だっていうのか。いちいち付き合わされる、こっちの身にもなってもらいたい。
 なんてことを考えつつ、カードを机の上に乗せて、バスルームへ向かったのだが、

「 ………… 」

 一歩。踏み出したところで立ち止まってしまった。
 振り返るより先に、自然と大きな溜息が漏れる。あぁもう、何なの。
 っていうか、前もこんな感じじゃなかった? 何? 入浴時を狙ってるの?
 だとしたら、かなり悪趣味ですね。っていうか、もはや変態以外の何者でもないよね。

「 …… せめて、ドアから入ってくれば?」

 忠告しながら振り返る。
 振り返った先には、やはり "あの" 来訪者。
 来訪者は、窓の縁に座った状態でヒラヒラと手を振っている。
 元気にしてた? なんて、間の抜けたことを言いながら。

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 ・
 ・
 ・

「返して下さい」
「ははは。んな、睨むなよ」
「返して」

 大切な宝物。
 何の飾り気もない、ただの白いオルゴール。
 音の出ないそのオルゴールは、乃愛が何よりも大切にしている物。
 動くもの、命あるものならば、もっとずっと大切なもの、もっとずっと大切な人はたくさんいるが、
 動かないもの、意思を持たない "物" においては、そのオルゴールだけが、乃愛の中で別格に位置している。
 オルゴールを手に入れた経緯、その過去について思い返すと胸が苦しくなる。
 だから、極力、思い出さないようにしている。思い出さないように、してきた。
 この世界、現代に来て早々、お世話になった優しい老婆。その老婆が大切にしていた物。
 この世界に来たばかりの頃、乃愛は右も左もわからない状態だった。
 そりゃあ、そうだ。それまでずっと、隔離された研究所にいたのだから。
 弟とも、離れ離れ。どこかにいるはずだとは思うものの、傍にはいなかった。
 加えて、体中が傷だらけ。その傷は、命からがら逃げてきたという証でもあった。
 誰も助けてくれない。道行く人は、みな冷たい目で乃愛を見た。汚いものを見るかのように。
 今でこそ、学校や寮、そして弟や仲間、先輩・後輩に囲まれて楽しく暮らしているが、
 この世界に来たばかりの乃愛には、頼れる人も安らげる場所もなかったのだ。
 このまま、死んでしまうのだろうか。
 弟にも会えないまま、ここで死んでしまうのだろうか。
 大丈夫だろうか。弟は、無事にここに辿り着けているのだろうか。
 壁に凭れ、そんなことを考えていた。ある意味、死を覚悟していたと言っていい。
 だが、そこへ、優しく微笑む一人の老婆が、手を差し伸べる。
 どうしたんだい、そんなところで、そんな格好でいちゃ、風邪を引いてしまうよ。
 老婆は、そう言って乃愛を手を引き立ち上がらせた。触れる手、その感触。
 それがあまりにも温かくて、乃愛は思わず、ポロリと涙を零す。
 傷が癒えるまで、乃愛は老婆と共に暮らした。
 助けてくれてありがとう。その感謝の想いが、常にあった。
 白いオルゴールは、老婆が大切にしていた、老婆の宝物。
 老婆はいつも、眠る前、そのオルゴールのネジを巻き、音を聞かせてくれた。
 綺麗な音だろう? 良い曲だろう? そう言って微笑む老婆の隣で、乃愛はいつもコクリと頷いていた。
 だが、そんな思い出のオルゴールも、老婆の死を境に、ピタリと動かなくなってしまう。
 老婆の死因は病気。乃愛と出会ったとき既に、老婆は不治の病をその胸に抱えていた。
 知らなかった。重い病気を負っていたことなんて。
 乃愛は、いまだ知らずにいる。老婆の死因を知らずにいる。
 その結果、罪悪感がつきまとう。守れなかった。助けられなかった。
 理由もわからないまま、助けてくれた命の恩人に、何のお返しもできないまま。
 その罪悪感・負い目は、今も乃愛の心にある。
 老婆が大切にしていたオルゴールを持ち出し、傍に置いているのは、自分に対する戒め。
 もちろん、老婆との思い出も一緒に。すべては、そのオルゴールの中に。

「グルルルルルルルルル …… 」

 乃愛の傍で構える白獅子のキングが、低い声で唸った。
 キングと共に、乃愛も冷たい眼差しで睨みつける。
 二人(厳密には一人と一匹)が睨む先にいるのは、カージュ。
 例の黒いカードを送りつけてきた張本人であり、現在、乃愛の部屋に不法侵入している不審者。
 乃愛とキングが凄まじい形相で睨みつけてくることに、カージュは肩を竦めて苦笑した。

「わかったよ。返す。返すから、んな顔で睨むなよ」

 笑いながら、オルゴールを棚の上に戻すカージュ。
 乃愛は、オルゴールがカージュの手から離れたことを確認し、ホッと安堵の息を漏らした。
 そんな乃愛に連動するかのごとく、白獅子のキングも唸ることを止め、その場に伏せる。
 もしも、オルゴールを壊すような真似をしたら、すぐにでも殺した。
 でも、その気がないのなら。向こうから何かを仕掛けてこない限りは、こちらも手を出さない。
 何でも暴力で解決するだなんて、それは愚か者がする行為。
 乃愛は、フゥと息を吐き落とし、テーブルの上に乗せていた黒いカードを手にとって尋ねた。
 今一度、改めて。どうして、ここに来たのか。このカードに書かれている一文の意味は何かと尋ねた。

「曖昧な返答は御遠慮下さい」
「 …… おいおい。何だよ、随分とよそよそしいじゃんか」
「似ているだけの人に、これ以上の対応は出来ません」
「っはは。似てるっていう認識はあるのな」

 笑いながら、ポリポリと頬を掻くカージュ。
 認識。それはある。確かに、カージュは海斗に似ている。
 姿も声も。でも、明らかに雰囲気は異なる。姿形こそ似ていれど、完全なる別人だ。
 丁寧でありつつも、どこかトゲのある、そんな乃愛の口調に、カージュは苦笑を浮かべる。

「ま、当然っちゃあ当然の態度だと思うけどさ」
「質問に答えて下さい」
「あ〜あ〜 …… だから、そんな目で睨むなって。おっかねーなぁ」
「あなたがあなたである以上、私の対応は変わりませんよ」
「っはは。言うねぇ。仮にも、俺はあいつのコピーだってのに」
「 …… コピー?」

 あぁ、そうだ。俺は、あいつ(海斗)のコピー。
 隠す意味もないし、もうバレてるだろうから言うけど。
 俺だけじゃなく、他の契約者もそれぞれのコピーが存在してる。
 コピー元になってる奴等、要するに本体も、俺達のことは知ってる。
 でも、仲良くやっていくことはできない。そもそもの考え方が違うから。

「レプリカを盗ったのも、考え方の相違によるものですか」
「正解」

 目を伏せ笑いながら、どこからか魂銃タスラムのレプリカを出現させるカージュ。
 それは、先週、乃愛が急襲によって、連中に奪われたもの。元々は、乃愛が所有していたものだ。
 カージュは、出現させたレプリカを、ポイと乃愛に投げ渡した。

「返して …… くれるんですか」
「あぁ。用は済んだ。もう必要ないから」
「 …… 何をしたんですか。この銃を使って」
「知る必要がない。それに、言ったところで、お前には理解できない」
「 ………… 」
「ただ、お前達の為になることに使うとだけ言っておく」

 嘘だ。そんなわけない。
 突然襲ってきて銃を奪い去って行くような連中が、盗ったものを良いことに使うだなんて、ありえない。
 そうは思いつつも、乃愛は、それ以上問い詰めることが出来ずにいた。
 なぜならば、その尋問が無意味だと確信しているから。
 聞いたところで、問い詰めたところで、この男はそれに応じない。
 ここまで。向こうが話せるのは、ここまで。こっちが訊けるのも、ここまで。
 それ以上、奥へ踏み入ることは出来ない。いや、正確にいうなれば、踏み入るべきではないと言うべきか。
 そう悟り、乃愛は詮索することを止め、返されたレプリカをテーブルの上にコトンと置いた。
 銃を返してくれたことはありがたい。後に、この件に関しても尋ねるつもりだったから。
 じゃあ、次。そもそもの疑問。カージュがここに来た理由、カードの意味。次は、その疑問を解消したく思う。

「欲張られた覚えはないのですが」

 黒いカードを見せながら言う乃愛。
 欲張りでごめんね。カードに記されたその一文の意味。
 もしかすると、レプリカを盗ったことを言っているのかもしれないと思ったが、
 いとも容易く、あっさりとレプリカは戻ってきた。条件を添えられることもなく、無造作に返された。
 ということは、レプリカに関することを言っているのではない。じゃあ、何だ?
 何に対して謝罪している? 何に対して欲張りだと自負している?
 冷たい眼差しで尋ねる乃愛。カージュは、フゥとひとつ、溜息を零した。

「これも、はっきりと言えるわけじゃねーんだが」

 言いながら、ゆっくりと歩み寄ってくるカージュ。
 乃愛は、即座に身構えた。白獅子のキングも、それに応じてバッと立ち上がり身構える。
 だが、遅かった。二人が身構えたとき既に、カージュは乃愛の頬に触れていた。両の手で、左右から覆うように。
 冷たい。氷のような感触。その感触を差し引いても、まだ疑問は残る。
 乃愛は、動けずにいた。まるで時間が止まったかのように、見動きが取れない。
 意識はある。どうして? 何で動けないの? 触れられているのに。すぐにでも取っ払いたいのに。
 動けないという事実に対する疑問に対する回答を、残る意識が必死に探す。
 理解に苦しむ状況から、泳ぐ目。カージュは、そんな乃愛の表情にクスクス笑った。
 そして、そのまま、頬にあてがった両手をスルスルと下ろし、指先で首筋をなぞる。
 背に走る嫌な感覚は、危機を察したときに生じるそれに酷似していた。
 首筋をなぞる指先、その感触が、ナイフの先端のように思える。
 悪戯に、茶化すように、首筋を弄ばれる、そんな感覚。
 吐き気をもよおすほどに不快な感触でありつつも、振り払うことができない。
 そのもどかしさと苛立ちから、乃愛は下唇をキュッと噛み、カージュを睨みつけた。
 その必死な抵抗に、我を忘れてしまいそうになるカージュだが、彼もまた、必死にそれを抑えた。
 少し悪戯が過ぎた。これ以上は危険。乃愛自身もそうだが、自分自身にも危害が及ぶ。
 欲求を抑え留めたカージュは、指先で首筋を弄ぶことをピタリと止める。
 その瞬間、乃愛の身体に自由が戻った。
 勿論、乃愛はすぐさまそれに気付き、バッとカージュから離れ距離を置こうと試みる。
 だが、身体の自由に乃愛が気付くと同時に、カージュは乃愛の腕を掴む。
 そして、そのまま、グッと乃愛を引き寄せて ――

「!!」

 噛んだ。
 抱き寄せた乃愛の左耳を、噛んだ。
 軽く噛むとか、そんなレベルじゃない。食いちぎられるんじゃないかってくらい、強く。
 左耳から全身を電気のように巡る痛みに、乃愛は眉を寄せた。
 即座に身体を捩り、力任せにカージュから脱する乃愛。

「はっ …… はっ …… 」

 呼吸を整えながら、噛まれた左耳に触れる乃愛。
 激しい痛みが走ると共に、左耳を確認した乃愛の手指が鮮血に染まる。
 ポタリ、ポタリと、乃愛の手指、腕を伝って床に落ちる血。
 焼けるような痛みに顔をしかめつつも、乃愛は武器を取り出して身構えた。
 やっぱり、そういうことか。結局、こうなるのか。戦う羽目になるのか。
 そう思ったからこその応戦体勢だったのだが、そこには、不思議な疑問感があった。
 どうして? どうして戦わなきゃならないの? あなたと戦うなんて、私は ――
 よくは、わからない。わからないが、そういう想いが乃愛にはあった。
 つまりは、躊躇いだ。身構えるものの、隙だらけ。
 それは、戦う意思がないことの表れでもある。

「戦んねーよ」

 苦笑しながら、口元の血を指を拭うカージュ。
 いまだ、呼吸を整えることに必死な乃愛は、その簡単な言葉の意味さえ理解できずにいた。
 躊躇い、戸惑い、葛藤、不安、恐怖、そして、愛情。
 乃愛の表情から溢れるそれらに、カージュは肩を揺らして笑うと、

「欲張りで、ごめんな」

 カードに記されたその一文を、声に出して放ち、逃げるように窓から去って行ってしまった。
 一瞬の出来事。それまでの確固たる怪訝とした態度が、一瞬で覆された。
 残された乃愛は、いまだに動けずにいる。呼吸も乱れたまま。
 何。何が起きたの。どうして、こんなに戸惑っているの。
 何をされたか、そのくらいわかるでしょうに。どうして、牙を剥けなかった?
 動けなかった? 怖いと思った? 何で? どうして? どうして、こんな切ない気持ちになるの。
 噛まれた左耳を押さえながら、その場にペタンと座りこんでしまう乃愛。
 白獅子のキングは、そんな乃愛を気遣うように、悲しい目で乃愛を見つめていた。
 乃愛も、見つめていた。だが、乃愛とキングの視線が交わることはない。
 なぜなら、見つめる先、視線の向かう先が異なっていたから。
 乃愛は、ずっと、床に落ちる、自分の血を見つめていたから。

 カージュが去って、五分ほどが経過した頃。
 騒ぎを聞きつけて、先輩や後輩が、乃愛の部屋におしかけた。
 開け放たれたままの窓、風に揺れるカーテン、俯き座る乃愛の姿。
 そして、床に残された黒いカードと、そこらじゅうに散らばる血痕。
 一体、何があったの。どうしたの、大丈夫? 乃愛、しっかりしなさい、立てる?
 部屋におしかけた仲間達は、乃愛を気遣うと共に、乃愛が、その左耳に負っている傷の有り様に息を飲んだ。
 何をどうしたら、こんな傷跡が残る? 仲間達がその目で確認した傷跡は、蜘蛛のような形をしていた。
 乃愛の赤い血。まるで、それをすするかのように。乃愛の左耳に、大きな黒い蜘蛛がいる。
 その傷跡から漂う執念のようなもの。絶対に消せない。消せやしない。消せるもんなら、消してみな。
 黒い蜘蛛は、挑発するかのように、その不気味な姿を誇示していた。

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 ・
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 CAST:

 8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
 NPC / カージュ / ??歳 / ?????

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 ※返還により、該当アイテムが手元に戻っています。
 2010.02.18 稀柳カイリ

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