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<東京怪談・PCゲームノベル>


第3夜 舞踏会の夜に

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 午後4時25分。
 学園の中庭に設けられたレンタルドレスコーナーは、女子生徒で埋め尽くされていた。
 学園では定期演奏会や定期舞踏会が多く、ドレスやタキシードは最低でも1着は持っていないといけないが、いつも同じドレスと言うのも女心が許さない。故に、何かしら正装が必要なイベントの際には中庭に試着テントを作って、貸出サービスを行っているのだ。
 かく言う明姫クリスも、ドレスの試着をしていた。
 持ってきたのは青いシフォンロングドレスである。
 着てみると身体のラインが美しく出て、胸もやや開いているとは言えど、これ位ならショールをくるくる巻けば誤魔化しが効くレベルだった。

「うん。これにしましょう」

 そう頷き、クリスは貸出届けを出してテントを後にした。
 それにしても。
 クリスは歩きながら考える。
 怪盗は正義の味方じゃないとは言えど、悪事をしているようにも思えない。でも今回イースターエッグを盗むのは何でなのかしら?
 まあ、恋愛成就のジンクスは、私には関係ないけど。泣く子が出るのは避けたいわねえ……。
 クリスは前にイースターエッグが出てきたタイミングを思い出した。
 確か、いつもダンスフロアの中央でイースターエッグが出てくるのよね……。もし盗むんだったら、ダンスフロアまで入らないと駄目かも。ダンスフロアをよく見回せる場所で張っていればいいかしらね。
 考え込んで歩いていたら、気付けば中庭は既に抜けていた。
 それはそうと。
 クリスは頭を上げた。
 ワルツは久しぶりだから、できれば感覚を思い出すために踊りたいけど、誰か相手はいないかしら?
 きょろきょろと見回していたら、中庭近くのバレエ科塔の下で、リズムを踏んでいる女子生徒がいた。ワルツの練習かしら。
 そう思って通り過ぎようとして、見た事ある顔なのに気が付いた。
 あれ? あの子……。

「あなた、この間理事長館にいた?」
「あっ! こんにちは」
「こんにちは。あら? あなた中等部なのに、舞踏会に出るの?」
「……えっと、デビュタントの手本で、バレエ科から何人か出るんです」
「ああ……」

 納得した。
 確かにいつも小柄な男の子や女の子が最初に前の方で踊っているなとは思っていたけど、手本か。

「この間の海棠君とは、仲直りできた?」
「なっ……仲直りするほど仲良くなんかありません! あんな人」
「あらまあ……下級生にはすこぶる人気だって訊いてたけど、そうでもないのねえ」
「他の子は知りませんっ! あの人は……最低です」
「ふーん」

 まあ、好きか嫌いかはともかく、よく知っているんだろうなあ。
 クリスはそう思ってひとまず納得した。

「ウィンナーダンス人前で踊るのは初めて?」
「あっ、はい……」
「何なら私と練習する?」
「えっ? いいんですか……?」
「ええ、いいわよ。私も久しぶりだから感覚思い出したいし」
「ありがとうございますっ!」

 女の子の手をクリスは取った。
 そのまま、リズムを踏む。
 バレエ科の子なのだろう。少女は軽やかにリズムを踏むが、2人で踊るのに慣れていないんだろうか。

「痛っ」
「ご、ごめんなさいっっ」
「ううん、大丈夫よ……たた」
「うわん、ごめんなさい〜!」

 ……非常によく足も踏んだ。

「……せっかくデビュタントの見本になるんだから、相手の男の子、踏まないようにね」
「あい、すみません……」
「謝らなくていいから」

 一通りダンスの練習をした後は、クリスは足がヒリヒリと痛くなった。さすがに革靴で何度も踏まれたら、小さい子とは言えど痛い。
 心底申し訳なさそうにしょげた表情を浮かべる少女の顔を見て、クリスは苦笑すると、とりあえずポンポンと肩を叩いた。

「頑張ってね」
「は、はいっっ!」

 少女は45度のお辞儀をすると、そのまま回れ右して走っていった。
 ……元気な子ねえ。
 あ、また名前訊くの忘れた。
 まあいっか。
 クリスはのんびりと歩き始めた。
 今晩の舞踏会で、あの子が踊っているのが見れるといいわねえ。
 そう思った。

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 午後8時49分。
 優雅なウィンナーワルツが流れる中、クリスは夕方の青いシフォンドレスにショールを巻いて歩いていた。
 デビュタントのワルツを眺めていたが、夕方の少女は見つからなかった。
 人が多いし、皆白いドレスだったら見つけられないわねえ。
 クリスは仕方なく諦めた。
 それにしても。
 今晩は本当に警備が厳重なのね。あちこちに自警団が配置されているし、パーティーのホストをしているのも、普段は高等部の学級委員から選ばれるのに、ほとんど生徒会の子達じゃない。
 曲が替わり、相手がいる生徒達が手と手を取り合ってデビュタントと入れ替わりにダンスフロアへと入って行く。クリスはそれを見守っていた。
 いつもダンスフロアの中央で、イースターエッグが公開されるのよね……。普段は理事長が持って来るはずだけど、今晩は違うかも……あの会長かしら?
 しばらくダンスフロアを眺めていて気が付いた。
 皆も気が付いたのだろう。会場が一瞬ざわめいた。
 海棠秋也が、黒い髪の女性を連れてダンスフロアに入ってきたのだ。

「あら……あの子じゃないのね」

 クリスの脳裏には夕方の少女が浮かんでいた。
 曲は先程の華やかな曲とは打って変わってしっとりとした落ち着いた曲が流れてきた。
 それに合わせ、ダンスフロアの男女が踊り始める。
 クリスはそれを見守った後、ぐるりと会場を見回した。
 会場の入り口付近は生徒会が受け付けに詰めている。中に入ると、テーブルが並んで軽食やお茶が飲めるテーブルが設置され、さらに奥に来賓席、主賓席。中央に、ダンスフロアね。天窓があるのは、ダンスフロアの真上、か。恐らく怪盗が来るとしたらここからだろうけど……。
 怪盗の性格を考えた。
 時計塔の時と、この間の変質者騒ぎで会っただけだけど。怪盗は無駄な争いは好まない。確実に、イースターエッグを奪える機会を選ぶはず。
 いつもイースターエッグのお披露目が来るのはダンスフロア中心……。
 クリスは気が付いた。
 それと同時に、会場が揺れた。

「イースターエッグよ……」

 会長がイースターエッグをガラスケースに入れて現れたのだ。
 しまった……。
 クリスはダンスフロアで踊る男女を見回した。
 怪盗は強盗の真似はしない。
 怪盗は……もうダンスフロアにいる……!!
 そう気付いた瞬間、照明がぱっと消えた。
 やっぱりか……!
 ドレスが宙に舞うのが見えた。

「怪盗だ!!」

 誰かが叫び声に被って、ガラスが割れる音が聴こえた。
 ガラスケースが割られたのだ。
 ダンスフロアに立つ怪盗オディール。顔は扇で覆っていた。
 イースターエッグを抱く怪盗に青桐はフェンシングの剣を向けていた。

「無粋だな。こんな所で盗みを働くとは」
「……これが大事なものとは分かっている。でも、私にも願いがあるから」
「これは学園の宝だ。生徒が求愛できる数少ない動機を貴様は奪う気か?」
「………」
「答えろ!!」

 青桐は足を大きく踏み込み、剣を突き立てた。
 怪盗はそれを後ろに動いて軽く避け、右手に扇、左手にイースターエッグを抱えて、綺麗な礼をした。

「ご機嫌よう。生徒会長さん。また会いましょう」

 彼女は高く跳び、そのまま天窓を割って去っていった。
 飛び散るガラスがわずかな月明かりを受けてきらきら光り、それを浴びた人の悲鳴も聞こえるが、それさえも舞台の一幕のようであった。
 クリスは、暗闇に便乗して変身した。
 クリス――イシュタルは、割られた天窓から怪盗を追いかけていった。

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 午後9時33分。
 イシュタルは怪盗を追いかけて、屋根から屋根を跳んでいた。

「待ちなさいっ、怪盗!」

 ピタリ。と足は止まった。
 そのままくるりと振り返る。

「……先日、助けてくれた事には礼を言うわ。でも、それとこれとは話が別。何故これを、盗む必要があるの? 学園の女の子達がどれだけ悲しむか、分かっていてやっているの?」
「………。私も、できれば盗みたくはなかったわ……」
「だったら……」
「でも駄目なの。私には聴こえているから。あなたには聴こえないのね。この子達の声が……」
「? ちょっと待って。何を言っているの?」
「無理矢理起こされて、悲しんで、苦しんでいるから……」

 怪盗は、イースターエッグを撫でた。
 まただ。
 また、写真と同じように、イースターエッグの輪郭が解け始めた。
 輪郭はだんだんぼやけ、やがて消えてしまった。

「これは、一体……?」
「この子達は、古くて古くて、思念だけになっちゃったものなの。イースターエッグだったって記憶があるから、その形を保っていただけ。そのまま眠っていたら、この子達も壊れるまでイースターエッグでいられたのに……」
「ちょっと待って。あなたが今まで盗んでいたものは……」
「……ご機嫌よう。またお会いしましょう」

 怪盗は、トン。とそのまま屋根から落ちた。
 イシュタルが驚いて下を見下ろしたが、ただ塔と塔の隙間から、木々が揺れるだけだった。

<第3夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8074/明姫クリス/女/18歳/高校生/声優/金星の女神イシュタル】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】

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■         ライター通信          ■
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明姫クリス様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第3夜に参加して下さり、ありがとうございます。
少女の正体は、次回判明の予定ですのでご期待を、です。
第4夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。