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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - 出遅れスイーツ -

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 今さら何だよ、とか言われちゃうかも。
 そもそも、受け取ってもらえないかも。迷惑かも。
 でも、せっかく作ったし …… やっぱり、ちゃんと渡したい。
 でもでも、とっくに終わっちゃってるしな。もう、遅いかなぁ。
 どうしよう。渡そうかな。やめておこうかな。どうしよう。どうしようかな。

 何やら可愛らしい箱を持って、ウロウロしている梨乃がいる。
 ブツブツ言いながら右往左往する様は、挙動不審。かなり怪しい。
 いったい、何をそんなにソワソワしているのか。 …… ん?
 何だろう。どこからか、甘い香りが漂ってくるような。
 あれ、この匂いは …… もしかすると。

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 時狭間の各所にある休憩スペース。
 どうして、そのような場所が存在しているのかはわからないが、
 休憩スペースは、特に決まった間隔もなく、適当な場所にポツン、ポツンと存在している。
 あるものといえば、ソファとテーブルくらい。闇の中に点在する小部屋のようなその一角は、
 壁や扉でしきられているわけでもないため、遠目に見てもすごく目立つ。そこに誰かがいれば、すぐにわかるのだ。

 露希は、時狭間にある休憩スペースにいることが多い。
 姉と二人でお喋りしていることも多いが、一人でくつろいでいることも、また多い。
 今日は、読書をしている。通っている学校の図書室から借りてきた小説を、黙々と読んでいる。
 にしても、かなりの量だ。ソファにねそべって読み耽る露希の傍には、大量のそれが積み重なっている。
 右と左で、その高さが異なるのは、既読と未読、そのどちらかによって分けられていると見て間違いないだろう。
 真剣な表情で物語に入りこむ露希。その頭の上には、白いフェレットが乗っている。
 以前から、僕も欲しいな〜と言っていた使い魔。
 先輩に頼むことで、ようやくその念願が叶い、姉と同じように、露希も使い魔を得た。
 すべすべの手触りが何とも心地良い、白いフェレット。その名前は、ジャック。
 見てのとおり、かなり露希に懐いており、いつもこうして、露希の頭や肩に乗ってくる。
 大切な使い魔。可愛い使い魔。だから、露希は、ジャックのすることに文句を言ったり叱ったりしない。
 でも、今はちょっと。はっきり言って、ちょっとジャマ。読むことに集中できずにいる。

「んも〜。ジャック、重い〜」

 一旦本を閉じ、身体を起こす露希。
 構ってほしくてじゃれてるんだろうなと思った露希は、
 少しの間、読書を止めて、ジャックと遊んであげることにした。
 ジャックは、お腹をくすぐられることを好む。こちょこちょすると、嬉しそうに鳴くのだ。
 笑いながら、うりゃうりゃ〜と、ジャックのお腹を撫でて遊んであげる露希。
 と、その時だった。
 ふと、視線を感じて、露希はパッと顔を上げる。
 嫌な気配ではなかったけれど、どこかから見られているという感覚には、反射的に警戒してしまう。

「あれ? リーちゃんだ。どうしたの?」

 顔を上げ、見やった先にいたのは、梨乃だった。
 梨乃がいる、ということ自体には驚かない。ここは時狭間だし、
 普段から、露希が時狭間にきている時、梨乃は何かと声をかけてきたり世話を焼いたりする。
 どうしたの? なんて、普段は言わない台詞を露希が発した理由は、梨乃の態度にあった。

「あ、えっと。 …… 本、読んでたの?」
「うん。すごく面白いんだ、これ。リーちゃんも読む? 貸す?」
「あ、えっと …… うん、読み終ったら、貸してもらおう、か、な」

 様子がおかしい。やたらとどもるし、目も逸らす。
 変だな? と思った露希は、少し移動し、隣をポンポンと叩いた。
 それは、こっちにきて、ここに座ってよ。という意思表示だ。
 様子がおかしいことに気付いた露希は、さりげなく、その理由を探ろうとしている。
 だが、梨乃は動かない。いつもなら、照れくさそうにしながらも、ちょこちょこと寄ってくるのに。
 目を泳がせたまま、その場でモジモジしている。露希は、何か梨乃を不愉快にさせることをしてしまったかと不安を覚えた。
 でも、いろいろ思い返してみても、心当たりはないように思える。いや、まぁ、知らず知らずの内に相手を傷つけてたとか、
 そういうケースもあるだろうけれど …… もしも、そうだとしたら、事態はかなり深刻だ。
 自分にその自覚がない以上、謝りようもないし、何より相手に失礼。
 そんなことを考えるうち、露希まで目を泳がせるようになってしまった。
 何だか気まずい雰囲気。どうしよう。どうして、何も喋ってくれないんだろう。
 怒ってるのかな。だとしたら、その理由は何かな。何で怒ってるの? なんて聞けないしな。
 あれこれ考える露希。梨乃もまた、その場を動かず沈黙を続ける。
 何ともいえぬ雰囲気が、三十秒ほど続いた。
 たった三十秒。でも、沈黙が続いたその時間は、ひどく長い時間かのように思えた。
 そんな気まずい雰囲気を、たったひとつの動作で払拭してしまう存在。
 ジャックだ。露希の膝の上で毛づくろいをしていたジャックが、ぴょんと飛び下りて、梨乃に駆け寄る。
 梨乃に駆け寄ったジャックは、真っ先に梨乃の後ろへと回った。
 どうして後ろに回ったのかというと、気付いたから。
 梨乃が、手に持つ何かを背中に隠しているということに気付いたから。
 どうして隠すのか、さすがのジャックも、そこまでは把握できない。
 ただ、その箱から、甘くて良い匂いが漂っていることだけは、はっきりとわかった。

「あっ」

 慌てて取り返そうとするものの、手遅れ。
 ジャックは、梨乃が持っていた箱に巻かれていたリボンに噛みつき、
 そのまま箱を咥えて、トテトテと露希の膝の上へと戻って行ってしまう。
 何かを盗って戻ってきた。露希は、戻って来たジャックの頭を指でツンツンつつきながら言った。

「ダメだよ、ジャック。リーちゃんに返してあげて」

 叱り促すものの、ジャックは応じない。
 まるで、嫌だといわんばかりに、箱にギュッとしがみつくかのような動きを見せる。
 露希は、やれやれと肩を竦め、苦笑しながら、ジャックを箱から引き剥がした。
 キーキー鳴いて文句を言うジャック。露希は、静かにしなさいと言いながら、取り返した箱を持って、梨乃に歩み寄った。

「はい」

 ニコリと笑い、箱を差し出す露希。
 だが梨乃は、それを受け取ろうとしない。
 う …… 至近距離で目を逸らされると、かなりヘコむ。
 露希は、箱を差し出した手を引っ込めるタイミングすら計れずに、その場で頬を掻いた。
 理由はわからないけど、かなり怒ってるみたい。自覚がないのに謝るのは、それこそ失礼だけど。
 ごめんねって言ったところで、何に対して謝ってるの? って訊き返されちゃいそうだけど。
 でも、謝るしかない気がする。だって、この気まずい雰囲気、もう耐えらんない。
 意を決し、露希が、謝ろうと息を吸い込んだ時だった。

「そ、それ。露希くんにあげる」

 頬を赤く染めながら、それでも、露希の目を見て、梨乃が言った。

「 …… へっ?」
「ほ、ほんとはね、先週、渡そうと思ってたの」
「先週って …… あっ …… もしかして、これって」
「う、うん。チョコレート。お、美味しくないかもしれないけど」

 また目を逸らして言う梨乃。
 そういうことだったのか。ようやく理解した露希は、ホッと安堵の息を漏らす。
 そして、いそいそと、箱に巻かれたリボンを解いて、パカッと箱の蓋を取り外した。
 今じゃなくて、後から開けてと恥ずかしそうに言いながら止める梨乃を振り切り、確認した中身。
 箱の中には、大きさ不揃いのトリュフが、コロコロと転がっていた。
 美味しそうか否か、見栄えが良いか否か、そこだけ答えるとしたら "NO" だ。
 でも、そういう問題じゃない。そんなの、どうでもいい。いっしょうけんめい作った、その努力は、はっきり目に見えている。

「ありがと。リーちゃん」
「い、いえ。どういたしまして …… 」

 恥ずかしいのと嬉しいのと、ふたつの感情が入り混じり、俯いてしまう梨乃。
 露希は、そんな仕草にクスクス笑いながら、そっと梨乃の頭に手を乗せた。
 えっ、何? と梨乃が驚いて顔を上げると同時に、優しく頭を撫でる。
 すると、ほわりと温かい感触が、梨乃の頭の上に乗っかった。
 確かめるように、露希に撫でられたところに触れてみる。
 何かが指先に当たった。梨乃は、首を傾げながら、指に当たった何かを手に取り、その目で確かめる。
 綺麗な花だ。淡い桃色と淡い紫の小さな花が、寄り添う双子のようにくっついている。アネモネの形によく似た可愛い花。
 それは、露希が光の魔法で作った髪留め。
 かつて、露希が暮らしていた、本当の意味で "故郷" と言える世界。その世界にだけ咲く、ユイという花。
 ユイの花言葉は、ふたつ。ひとつは、感謝。もうひとつは、幸福が訪れる兆し。
 露希が今抱いている感情を、そのまま変えてプレゼントした即興のお返しだった。

「あ、ありがとう …… 」
「あっ! でも、チョコのお返しって、来月だっけ」
「う、うん。でも、嬉しい。すごく嬉しい。大切にするね」

 しまった、ちゃんとルールがあるのに、それを無視してお礼をしちゃった。
 あまりにも嬉しかったもんだから、つい。今すぐにでも、お返しをしたいって思っちゃった。
 失敗、失敗と言いながら照れくさそうに笑う露希。梨乃は、そんな露希にクスクス笑った。

「ね、リーちゃん。お喋りしよ」
「うん。でも、本読んでたんじゃない?」
「いいよ。本は、いつでも読めるもん」
「お喋りも、いつだってできるよ?」
「 …… そいえば、そだね」
「ふふ。いいよ、お話しましょ」
「わーい! んじゃ、リーちゃん、こっちに座って〜」

 一週遅れのバレンタイン。
 出遅れたスイーツは、無事に大好きな人の手に届いた。
 心にまで届いているか。それは、わからないけれど、渡せただけで今は満足。
 いらないって言われたらどうしようって。渡す前まで、そんなことばかり考えてた。
 でも、受け取ってくれた。喜んでくれた。それだけじゃなく、可愛いお花の髪留めまでプレゼントしてくれた。
 ソファに並んで座り、他愛ない話をしながら笑う露希と梨乃。
 いつもどおりの楽しい時間の中、梨乃は、確かな満足感と幸せを感じていた。
 仲良くお喋りする露希と梨乃を見上げ、白フェレットのジャックは、目を閉じながら毛づくろいをしている。
 まるで、全てをわかっていたかのように。世話が焼けるなぁ、と言わんばかりに。

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 CAST:

 8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.02.22 稀柳カイリ

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