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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


とある博士を追いかけて
●オープニング【0】
 伊達八郎――それはかつて日本に存在した華族という階級において、大正時代に男爵として東京に名前の見られた自称博士である。
 月刊アトラスがその自称博士について調べ始めたのは、昨年怪奇小説の大家である谷口重吾より蔵書の一部が譲られた際、その博士の日記帳が含まれていたことに端を発する。
 普通の人間がその日記帳を読んだのであれば、妄想を書きつづっているとでも思ったかもしれない。何しろ大正12年に自らを博士と称して、霊力で空間を引き寄せるなどと書いているのだから。だが、読んだのは普通の人間ではなく、月刊アトラスの編集長である碇麗香であった。この手のネタを扱っている雑誌を作っている人間が、目の前に転がってきたネタを放っておく訳がなく。
 それに、日記が8月31日までで終わっていることも麗香の興味を引く原因となっていた。最後の日にはこのように書かれている――『いよいよ明日だ、準備は終えた、願わくば実験が成功することを……』と。ちなみにその翌日といえば、関東大震災の発生した日である。
 日記帳の内容が真実であろうがなかろうが、どっちに転んでも月刊アトラスとしてはネタになる。けれども、扱う以上はどこまでが真実であるのかを見極めなければならない訳で。
 なので昨年、最初の調査が行われた。だがきちんと判明したのは、伊達八郎という博士は居ないが男爵ならば当時東京に存在したことと、大正13年以降に名前が見られなくなったということ。また、彼が通っていた学校の戦前の在学者のリストでは名前が見当たらなかったということ。そして日記帳の記述より、娘が彼に反発していて、娘に入れ知恵をしたと思しき女性に8月頭に凌雲閣で会って抗議をしたということ。以上のような事柄であった。
 謎の多い調査であるが、その継続は決定されていた。しかしながら年末年始進行や2月進行などの影響もあって一時棚上げされていたのだが、ようやくこの3月になって2度目の調査が行われることとなったのである。
 さて……麗香は皆からのよい報告を期待していることだろう。

●まずは確認【1】
「それが前回の報告書よ」
 碇麗香は机の鍵を開けると、中から1冊のファイルを取り出して、自分の目の前に立っているミネルバ・キャリントンに手渡した。
「まだそんなに内容がある訳じゃないけどね」
 と付け加える麗香。ミネルバがファイルをぱらぱら捲ってみると、なるほど確かにページ数はまだまだ少ない。
「この時は、ちょっと忙しかったのよね……」
 などとつぶやきながら、ミネルバはまた最初のページに戻ってファイルの内容を読み始める。空いている椅子にも座って、これでもう準備万端だ。
「ふぅん……男爵ね」
 記述にすっ……と指を滑らせながら、面白げにミネルバはつぶやいた。歴史に造詣が深いミネルバにとって、華族という存在が関わっていることが興味を引いたのかもしれない。
「……なるほど、なかなか面白い結果ね」
 やがてファイルから顔を上げ、ミネルバは麗香の方へと向き直った。
「どう転んでもネタになるでしょ?」
 くす……と笑みを浮かべる麗香。
「ええ。でも、誌面で扱うにはまだまだデータが足りない、と」
「そういうことね。今からだったら夏に間に合うと思うし……」
 ミネルバの言葉に麗香は頷きながら言った。7月か8月に出す号の目玉として扱えないか、青写真を描いているのであろう。
「で、伊達男爵は自称博士だったのね」
「記録がない以上はそうなんでしょう。……それだけの能力を持っていた可能性までは否定しないけど」
 と言って、麗香はまた机から1冊の本を取り出した。件の日記帳だ。
「谷口先生も仰られてたみたいだけど、馬鹿だとこうも理論的に書けないのよねえ」
「伊達という人はそれなりに高い教養を持った人なのね。でも、大学に在籍しては居なかった……」
「さあ、それはどうかしら?」
 ミネルバの言葉に麗香は疑問を投げかけた。
「大学で学んだけれど、博士号は取れなかっただけかもしれないし」
「あら……けれど、目星をつけた大学には記録はなかったんでしょ?」
「ええ、なかったそうよ。他の所なのかしら……」
 首を傾げる麗香。高等教育を受けているのは間違いないと思われるのだが……。
「じゃあ、独学者か家庭教師に教えを受けたのかもしれないわ。いわゆる……ディレッタント的な人なのかしらね」
 ディレッタント――日本語で言うなら『好事家』とでもなるだろうか。仕事などではなく、自分自身のために芸術や学問などを楽しむ者のことである。もっともそれを続けるためにはそれなりの財産が必要であり、そういった者たちのほとんどは特権階級や富裕層であったりする訳だが。
「大正時代の華族なら、まだ多少は財産もあったでしょうしね……」
 と麗香がぼそり。まあ華族と呼ばれた者たちの多くは、戦後に斜陽族などと呼ばれ没落していったのだけれども。
「それはさておき」
 ミネルバが話題を変える。
「ここに……霊力で空間を引き寄せる、ってあるけれど」
 該当する箇所を指差しながらミネルバが麗香へ尋ねた。
「転移装置のような物かしら? それとも……別の次元の扉を開く、とか?」
 にわかには信じられぬ、といった様子のミネルバ。
「さあ。ニュアンスからすれば前者の方に近いと思うけど、具体的にどうするとは書かれてないから」
 ふう、と溜息を吐いて麗香は答えた。
「……ともかく、好きな所から調査を続けてちょうだい」
「好きな所、ね」
 麗香の言葉を受け、再びファイルに視線を戻すミネルバ。
(だったら……これかしら)
 ミネルバの視線の先にはこんな記述がある、『黒き衣をまといし女』と。伊達八郎が8月の頭に凌雲閣で会ったとされる女の記述だ。それがミネルバには気にかかったのである。いったい何者であるのか、と。
(黒き衣といえば……)
 その時――ミネルバの脳裏にある女性の顔が浮かんだのである。

●黒猫の導き【2】
「そう……記録を調べたいの」
「ええ。こちらなら、古い記録も残っているかと思って」
 ミネルバはそう高峰沙耶に言った。高峰心霊学研究所へミネルバは訪問していたのだ。
「それは別に構わないけれど……」
 高峰がミネルバに笑みを向ける。相変わらず何を考えているのか分からない、妖しくもどこか気になる笑みである。
「資料が散乱していて大変かもしれないわよ?」
 と言われても、見せてもらわないことには調査も進まない訳で。ともあれ高峰の許可を得て、ミネルバは資料が保管されている部屋へと入ったのだが……。
「……散乱どころじゃないわね」
 部屋に入ったミネルバの第一声がそれであった。棚に収められていない未整理と思しきファイルや、前に誰か調べるために取り出して放置されているファイルなどが、部屋の至る所に積み上げられていたのである。これでは目的の資料を探すのも一苦労である。
(でもやっぱりイメージ通りね)
 実際に会ってみて、ミネルバは自分の想像に自信を持った。『黒き衣をまといし女』という記述でミネルバの脳裏に思い浮かんだのは高峰の姿であった。普段から彼女もまた黒き衣に身を包んでいるのだからして。
「……ひょっとしたら、沙耶さんのお祖母様だったりしないかしらね」
 などとつぶやくミネルバ。もしそうだとしたら、さすがに偶然もいい所だ。まああり得そうだ……と思える所があれなのだが。
「さすがにちょっと、見通しが甘かったかしら……」
 数時間後、もういくつ目になるか数えるのを止めたファイルを元の場所へと戻しながら、溜息混じりにミネルバはつぶやいていた。やはり漠然と調べるというのは、なかなか思うような結果に辿り着けないようだ。
 と、そんな時であった。
「ニャー」
 不意に、猫の鳴き声がした。ミネルバがきょろきょろと周囲を見回すと、1匹の黒猫が姿を見せた。確か高峰とともに居る黒猫で……名前はゼーエンといっただろうか。
「ミャー」
 ゼーエンはまた一声鳴くと、ファイルの山を身軽に飛び越えて姿を消した。まるでミネルバに、こっちへ来いとでも呼んでいるかのごとく。
 何か気になったミネルバはゼーエンの姿を探し近付いていった。するとゼーエンは、1冊のファイルの前に鎮座していたではないか。
「このファイルがどうかしたの?」
 ついついゼーエンに語りかけながらも、そのファイルを拾い上げるミネルバ。それは大正時代に起こった、とある子爵の殺人事件について平成の世になってから調べ直した内容であった。
 この殺人事件の内容については、結論から言えば真犯人は別に居たというだけのことで、ここで詳しく触れるようなことでもない。だがその中には、ミネルバの目を引く事実が記されていたのである。
「え……?」
 一瞬ミネルバはその記述を疑った。そこには殺された子爵の同窓生の名が記されていたのだが、その中になんと……伊達八郎の名があったのである……!!
「事件が起きたのは……ええと大正11年なのね。そして子爵の通っていた学校は……」
 その記述の信頼性を見るべく、様々なことを確かめるミネルバ。子爵の通っていた学校は、前回の調査で伊達が通っていたのではないかと目星をつけたのと同じ学校であった。
「……どういうことなの?」
 大学の記録に残っていなかったことが、何故かここには残っていたのである。

●意外な再会【3】
 高峰心霊学研究所を後にしたミネルバは、そのまま月刊アトラス編集部へと向かおうとした。予定では少し違ったような気はするが、新しい情報を得ることは出来たのだから。
 だがしかし、そのまますんなりと帰ることは出来なくて……。
「何を調べているのかね?」
 ミネルバの行く手に、黒いコートとサングラスを身に付けた男が姿を現した。金髪で鼻の下に髭を生やした、がっしりとした男である。
「私の見間違いでなければ、高峰心霊学研究所から出てきたように思うのだが……ミネルバ・キャリントン、クン」
 金髪の男――アルベルト・ゲルマーは再度ミネルバに声をかけた。
「お久し振り、ではないわよね」
 アルベルトに素っ気なく返すミネルバ。実はつい最近、ミネルバは目の前の男と面識を持っていた……別の事件で。なのでアルベルトの正体も知っている――彼がIO2の捜査官であるのだと。
「申し訳ないが、職業柄接触した人物については素性の調査を行っているものでね。何なら、こちらとしては別の名で呼んでも構わないが? ……元大尉どの」
「……たいした調査力だわ」
 アルベルトの物言いに苦笑いを浮かべるミネルバ。こちらの素性はおおよそ調べ上げたということなのだろう、この物言いは。
「でも、答える義務はないわよね?」
「強制はしない。だが……」
 アルベルトは、つかつかとミネルバの方へと歩み寄ってきた。
「こちらが必要とした時点では、話してもらうことにはなるだろう」
 そしてそのままミネルバのそばを通り過ぎてゆく。
「……君たちにとっては目障りかもしれんがね」
 と言い残しアルベルトは去っていった――。

●そして報告【4】
「何です……って?」
 編集部へ戻ってきたミネルバから話を聞いた麗香は、眉をひそめて椅子から立ち上がった。
「IO2が動いてるっていうの!?」
「……この件かどうかは分からないけれど、ね」
 ミネルバは麗香を落ち着かせるようにそう言った。実際、IO2が何故動いているのかアルベルトは語っていないのだから。
「ただ、何か調べているのは事実だわ」
 先日の自らも関わった事件のことを思い返すミネルバ。本当に、IO2は何を調べているのやら……。
「こっちに関わってないことを祈るばかりよ。関わってきたら、せっかくのネタがまた使えなくなってくるじゃない……!!」
 言葉に力がこもっている麗香。過去、何度かそういうことがあった訳です、はい。
「……まあ、そっちはそっちとして、それで何? 記録は残ってないのに、その大学に居たことは間違いない訳?」
「同姓同名でなければね。一応条件は一致していたから」
 再び椅子に座り直した麗香に、ミネルバは頷き答えた。
「今回の収穫は、大学に通っていた可能性が強まったのと、伊達男爵の実在がより確かになったということかしらね……」
 溜息混じりに麗香は言った。
「まだ調査を続けなきゃねえ」
「……ああ、そのうち面白いことが発見出来たら、谷口先生の所にお礼に行かなくちゃね?」
「そうね。先生にはお世話になってる訳だし」
 ミネルバの言葉に麗香が頷いた。
「もちろんあれよね、バニーガールの格好で」
「……やめて。あれ着てゆかなきゃならないじゃないの……」
 頭を抱えた麗香の脳裏には、谷口重吾から贈られたバニースーツが浮かんでいた……。

【とある博士を追いかけて 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 7844 / ミネルバ・キャリントン(みねるば・きゃりんとん)
                / 女 / 27 / 作家/風俗嬢 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全4場面で構成されています。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、謎の日記帳にまつわるさらなる調査の結果をお届けいたします。
・本題の部分で新たに得られた情報は少ない訳ですが、何故だかIO2が出てきてしまいました。IO2は果たして何を調べているんでしょう……。
・そんな訳ですので、日記についての調査はまだ続きます。
・ミネルバ・キャリントンさん、6度目のご参加ありがとうございます。なるほど、『黒き衣をまといし女』で高峰沙耶を思い浮かべましたか。それはともかく、高峰の所へ向かったことにより、何故だか本題とは違った情報が出てきました。IO2の動きは謎ですねえ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。