コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


終夜灯の桜



 桜は想う

 この夜が終わらなければいいと 彼を見失わせないでと


 桜はまるでさめざめと泣くように、その美しい花弁をはらはらと地に落とす。
 その姿を古びた外灯がオレンジ色の暖かい光で照らし続けていた。


【草間興信所】

 「いつまでも夜のままなんですよ」
 幽艶堂という怪しげな人形師の集まりで着付け師として働いている翡翠というこの男、たびたび草間の元へこのような珍妙な話を持ってきては無茶振りをしてくる。
 今日もまた、事務所に来るなり唐突に話を切り出してきた。
 正直かなり嬉しくない依頼主なのだが、偶に、至極偶に大口の仕事をふるものだから無碍にできない。切ない懐事情が推して知れる。
「ある公園の区画内だけがずっと夜のままなんですよ。まぁいつでも夜桜が楽しめると思えばなかなか便利ではあるのですが…」
 外から眺めてもなんら代わり映えはしない。
 普通に昼間の公園が覗けるのだが、一度敷地内に足を踏み入れると辺りは夜の闇に包まれ、公園内の外灯がぽつぽつと明かりを灯している。
 始めのうちはそれを面白がって人々が山のように集まったのだが、不自然な闇は妖しを寄せつけ、それに伴い花見客の姿も一気に減りだした。
「この公園、整備の為に色々手が入れられる予定なのですが、いつまでこのままなのかも不明なのでできれば早々に原因をつきとめて頂きたいのですが…」
 珍しくまとまった額の依頼料が出てきそうな案件に、草間はもう少し詳しく話を聞かせてくれと身を乗り出した。

=====================================================

  「おーこりゃ見事な」
 問題の場所を覗きにきた草間。
 出入りは今のところ自由のようだ。
「他は?」
 先に調査に来ていた北城・善が入り口付近にいた草間を見つけ、寄ってきた。
「桐嶋が今周辺住民やよく立ち寄る人を探して聞きこみ中だ。ネットの方も見てみたらしいが、ずっと夜桜が楽しめるって事以外手がかりになりそうな話はなかったな…」
 溜息混じりに報告する草間に、善も唸った。
「管理会社に問い合わせてもみたが…こっちも結果は変わらん。精々ベンチや外灯の付け替え工事を予定しているってぐらいなんだよなぁ…」
 何かきっかけがあるはず。
 こうなった変化が、この公園内にあるはずなのだ。
 男二人に犬一匹。傍目にもすごくその場に不釣り合いな二人が、難しい顔をして公園内に立ち尽くしていた。
 その様子を遠目確認した桐嶋・秋良(きりしま・あきら)は笑ってしまいそうな口元をきゅっと引き締めて二人と合流した。
「遅くなってすみません!どうでしたか?」
 その問いに草間は首を横に振った。
「そうですか…一応、近辺で何か妙なことや、普段と違うことがなかったか聞いてきたんですが、何がきっかけなのか判断しかねるモノばかりだったんで、お二人に相談したくて…」
「何か聞けたのか?」
 善の問いに秋良は何とも言えない様子で浅く頷いた。



  公園内を歩きながら、秋良は調査報告を始めた。
「まず、外からはその異変は気付かれない。外から見ても昼間は昼の公園が見えるだけ、夜はもちろん中も外も夜ですから違和感はないですよね」
 その辺は翡翠が依頼してきた時点で判明していた部分。秋良は言葉を続ける。
「範囲は公園の中だけ…で、近所の人もやっぱり調べてみようとして入ってみたらしいんですよ」
 自治体の数名が公園内を見て回ったところ、一つだけ、ぼろぼろの外灯を見つけたという。
「外灯…?」
 それはとても古い外灯で、確かに公園内にある外灯の付け替え工事が予定されているものの、明らかに他のものよりも古びていたらしい。
 何よりその一本だけ形も違う。
「で、調べたところ、それってこの公園ができた当時に作られた外灯だったらしくて、全部付け替えたはずなのに一本だけ残ってるのがおかしいって言うんです」
 大きな公園だから、成長した木々にまぎれて隠れて見落としてしまうこともあるだろう。
 草間と善は確かに不思議な話だが、そういうことも稀にあることだと呟く。
「まぁそれがホンボシかはともかく、一度見てみようじゃないか」
 草間に促され、話に聞いた場所を探す一行。
「形状は――ガス灯みたいな、ちょっとアンティークっぽいものらしいんですが…」
 今ある物は今にも切れそうな蛍光灯とややさびた、よくある簡素なデザインの外灯だ。
 これらを撤去して昔のデザインを採用した大正モダンなガス灯のイメージでつくり、中身は勿論LEDで省エネ。
「公園内も明るくなるし、雰囲気もあるからこれからの春夏にはもってこいなわけだな」
「昔の様相を取り戻すことが嫌ってことなんでしょうか?」
 そこに永く在ることで命を芽吹かせるものはあるが、大抵自分が生まれたその環境を崩されるのを嫌う。
 元に近くなるのであればよいことではないかと思うのだが、その辺の事情はこの現象を引き起こしているものに直接問うしかない。
 草間たちが首をかしげながら、その古びた外灯とやらを探している間、秋良はこの騒動の一件を桜の仕業ではないかと思いだしていた。
 だってこの公園にあるのは桜と外灯だけ。
 季節ごとに違う様相を覗かせるように様々な花の木が植わっているけれど、生きていて、『今』を支配するのは桜だけだから。
 この十本以上ある桜の中で恐らく唯一つ、今を変えたくないと願う桜がいる。
 場所の調査ということで今回は運命を示すブランクルーンと導きと過去の記憶を思い起こさせるデュモルチェライトを持ってきていた。
 地面の記憶は雑多で、人それぞれの思いいれこそあるものの、どれも決め手に欠ける強さだった。
 けれど桜は違った。
 ここにあるどれもがその存在感が強い。
 共通意思があるわけではないが、やはりこの場では一番桜がその存在を主張している。
 だがそれも表面上のことに過ぎない。
 恐らく、唯一本だけが。
「古びた外灯…古びた外灯……?」
 園内のいたるところに桜が植わっているが、今ふと、人通りのないところに桜が植わっているのが茂みの向こうに見えた。
「ね、ね、北城さん、草間さん。もしかしてあれじゃないですか?」
 秋良が指し示した方向には一本の桜と、古びた外灯。
「行ってみよう」



  傍によると、そこはまるで外界から切り離されたように静かな空間だった。
 ただ、ただ、静かに、はらはらと花弁を散らす桜と古びた、いや、ボロボロの外灯がそこに在った。
「…これ、もう電気なんて通ってねーだろ?」
「だよな…」
 明らかに、公園が作られた当時のものが年月を経てこの場にあるのだ。
 当然配線など残っているはずもない。
 なのに外灯にはオレンジ色の光がぼんやりと、朧月ほどの光が燈っている。
「…っ」
 秋良の目に涙がこみ上げてくる。
 これだ。
 この桜だ。
 ルーンやパワーストーンを使って見る必要なんてないぐらい、痛いほど伝わってくる。
 それもストーンの効果なのかもしれないが、あえて触れなくてもわかる。
 この桜は自分の傍らに立つ外灯に恋をした。
 語りかけても応えない。
 けれど、夜にはそこに明かりを灯して照らしてくれる。
 自分だけを照らしてくれる存在に恋をした。
 けれど桜は妖性を得てからその時の流れは緩やかになり、一方、人工物の外灯は風雨に晒されやがては劣化し、時代の流れに翻弄されていく。
 やがて付け替え工事で次々と撤去されて新しいものに変わっていく中で、桜は外灯の存在を隠したのだろう。
 そして二人だけの世界を構築した。
 しかし、桜の衰えゆえか、その世界が崩れ、人に視認されるようになってきた。
 空間を閉じていられなくなったが為に、公園という一つの区切られた空間の中に閉じた世界があふれ出した。
「――…どうしたもんかな…」
『これは時間の問題です。この古木…一見して大丈夫なように見えますが命数がつき掛けています』
 彩臥はふんふんと匂いを嗅ぎ、桜が見せる花もその姿も妖力による仮の姿であると見抜いた。
「ってことは…」
『恐らく、周りの桜が散り始めるの同時に朽ちていくかと』
「なるほどな…」
 善も草間も何ともいえない顔をするが、サングラスの奥の瞳はやりきれない思いで満ちていた。
 秋良は涙を拭い、依頼として、現状観察をした結果をまとめる。
「……ということは、遅かれ早かれ、こちらが何かしなくても、事態は解決するってことですね……」
 無理やり終わらせるのではなく、時間に任せたい。
 秋良は善と草間に目で訴えかける。
「…わかってる。お前さんがしたいようにするといいさ。クライアントには解決する手立ては見つかったが時間が少しいると伝えておこう」
 工事着工がまた遅れるだろうが、解決方法が見つからなかったのだから出口が見えただけでもよしとするだろう。いや、させよう。
「ありがとうございますっ あの、それから…ちょっと待っててください。せめて最後の瞬間まで不安からは解放してあげたいなって思って…」
 秋良は桜に近づき、アイオライトとアマゾナイトを用いて不安解消を狙おうとする。
 勿論、初めて使うものだからうまく行くかどうかわからない自分の不安も消せればと。
「不安解消つって、自分が不安になってちゃ駄目だろう。お前ならできる。頑張れよ」
 くしゃりと頭を撫でられ振り返るとそこには善が立っていた。
「…っっっ」
 真っ赤になりそうな顔をすぐ桜に向け、深呼吸する。
 不思議と、自分の中のちっぽけな不安なんて消えていた。
 石の効果じゃない。
「(…やっぱりずるいな、北城さん…)」
 そして秋良は桜に集中する。
 最期のその時まで、その灯りは貴方と共にあるからと。
 誰も取り上げたりしないと。
 呼応するかわからなくても、こちらの意思をしっかり伝える。
「お?」
 草間が空を見上げる。
 心なしか夜が薄くなったように見えた。
「届いたんじゃね?」
「みたい、ですね」
 一先ずホッとしながら、後は危険がないよう、暫し立ち入り禁止のロープでも入り口に張っておくよう指示を出せば。
「あとは、桜が倒れた後は供養ってとこだな」
 勿論、愛しい灯りと共に。
「そうですねっ 是非そうしてあげてください!」



―了―

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2981 / 桐嶋・秋良 / 女性 / 21歳 / 占い師】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、鴉です。

このノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さい。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。