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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


お彼岸は穏やかに
●オープニング【0】
「ふむ、明日が春の彼岸の中日ぢゃな」
 カレンダーを見ながら嬉璃がぼそっとつぶやいた。春の彼岸の中日、すなわち春分の日だ。
「ぼたもちを食しながら熱い茶をすする……うむ、実に春らしいのぢゃ」
 想像をし、1人悦に入る嬉璃。
「そうぢゃ、庭の梅も見頃ぢゃな……。ならば梅を愛でながらもよいかもしれんのぉ」
 あやかし荘の敷地には梅の木もあるのである。
「梅にぼたもち、そしてお茶……うむうむ、これは楽しみなのぢゃ」
 考えるだけで機嫌のよくなってくる嬉璃。しかしながら、次の瞬間嬉璃の口から飛び出てきた言葉は――。
「あとはそれらを準備してくれる者たちを呼び集めるだけぢゃな!!」
 全部人任せなのかっ!!
 まあ呼んでみるのは別にいいんですがね……人が集まるとは限りませんよ、嬉璃さん?

●準備しましたよ☆【1】
 さて、日付は1日進み彼岸の中日――春分の日。
「こんにちは〜」
 管理人室へひょっこりと顔を出したのは、春らしい装いに身を包んだソール・バレンタインであった。手にはあやかし荘に来るだけにしてはちょっと大きなバッグを提げている。どこかへ出かけていたのか、あるいは出かける途中で寄ったのであろうか?
「おお、待ちかねておったのぢゃ!」
 そんなソールを嬉璃は笑顔で出迎える。それほどソールが来るのを楽しみにしていたのかと思いきや……。
「それで、買ってきてくれたのぢゃろうな?」
 ……買ってきて、とは?
「うん。向こうを出る前に寄ってきたよ。みんなで食べよ」
 と言ってバッグからソールが取り出したのは宇治の玉露の缶、そしてぼたもちの入った箱であった。
「よし、でかしたのぢゃ!」
 それを見て満足げに頷く嬉璃。……待ちかねていたのはこれですか、嬉璃さん。
「向こう……京都はどうでした?」
 管理人の因幡恵美がソールへと尋ねる。そう、ソールは今日まで1週間ほど京都へ旅行に出かけていたのだ。そこで昨日嬉璃からの連絡を受け、元々今日帰ってくる予定だったので、玉露とぼたもちを京都で買い求めてやってきたという訳だ。
「よかったよ〜。1人での旅行だったから最初はちょっと寂しくも思ったけど、あちらこちら巡って楽しかったよっ」
 にっこり微笑むソール。その微笑みが今回の旅行の楽しさを表していた。
「ほうほう、楽しかったのは何よりぢゃなぁ」
「うん。でね、行きは高速バスで行ったんだけど、帰りは新幹線に乗ってきたんだ。さすがに新幹線は速いよね」
 高速バスは安価だけど時間がかかり渋滞もあり得る、新幹線は速いけど少々出費も高め。予定を考慮した上で、ソールは上手く交通手段を組んだようである。
「まあ、家に帰る前にここの梅を愛でて少し旅の疲れを癒してから戻るがよかろう」
「あ、梅を見るんだ? ここの庭に咲いてるの?」
「うむ、京都にも負けぬ梅ぢゃぞ」
 ソールの質問に嬉璃は胸を張って答えた。それほど自慢の梅の木なのだろう。
「それじゃあせっかく買ってきてくれたんですし、そのお茶を入れましょうか」
 恵美が玉露の缶に目をやると、ソールが思い出したようにこう言った。
「あっ、お茶の入れ方も向こうで教えてもらったから、僕が入れてあげるよ」
 目を輝かせているソール。教えてもらったことを実際に試してみたい想いがあったのだろう。
「そうですか? じゃあ……お願いしますね。手伝いますから」
「任せてよっ☆」
 恵美にそう言って、ソールはウィンクしてみせた。

●旅の想い出、話しちゃお☆【2】
「お待ちどうさまー」
 庭先に出してあったテーブルの所へ、恵美が茶とぼたもちを盆に載せて運んでくる。その後ろからゆっくりとソールがついてきていた。嬉璃はといえば、とっくに椅子に座って梅の木を見上げていた。
「ああ……梅が香ってるね」
「どうぢゃ、咲き匂っているぢゃろう?」
 ソールのつぶやきに、嬉璃がニヤリと笑みを浮かべた。確かにこれは、京都にも負けていないかもしれない。
「そうだね。向こうは梅から桜に移ってきているし……」
 と返すソール。言われてみれば、時期的に桜が咲き始める時期である。
「あと1、2週もすればどこも見頃なんじゃないかなあ?」
 自分の辿った場所をソールは思い返す。桜が満開になればまた異なる風景となっていたことだろうが、そうなったらそうなったで人出もさらに増えるだろうから、どっちがよいとは一概に言えなかった。
「その頃には、こっちも上野公園などが賑やかなんぢゃろう。さ、せっかくぢゃ、冷たくならぬうちにお茶をいただこうかのぉ」
 と言って湯飲みに手を伸ばす嬉璃。そして触れた瞬間にぼそっとつぶやいた。
「ほう、これは……」
「気付いた?」
 ソールが目を輝かせて尋ねると、嬉璃はこくっと頷いた。
「湯を冷まして使っておるぢゃろ? それも単に冷ましたのではなく、湯飲みを温めつつ冷ましたのぢゃろう?」
「正解! 急須に入れたお湯を1度湯飲みに分けて入れてから、湯冷ましに集めて、それをまた急須に戻して、お茶の葉をゆっくり開いたんだよ」
「湯冷ましがなかったから、大きめのマグカップで代用したんだけど……」
 ソールの解説に恵美が付け加えて苦笑した。ともあれ今の手順で2分ほどかけて茶葉を開かせると、味の濃さが均等になるよう回し注ぎを行って最後の1滴まで注いだのであった。
「うむ、旨いのぢゃ!」
 嬉璃は茶を1口飲むと満足げに言った。そしてソールや恵美も座って茶を飲み始めた。すでに嬉璃はぼたもちにも手を伸ばしていた。
「ぼたもちにも合うのぉ……うむ、ぼたもちもよしぢゃ!」
「よかった〜」
 嬉璃のその言葉を聞いてソールは安堵の笑みを浮かべた。
「そういえば、京都ではどこを見てきたんです?」
 恵美がソールへと尋ねた。せっかく旅行帰りなので、その辺りの話も聞きたい所ではある。
「あ、写真撮ってあるから見る?」
 ソールはデジタルカメラを取り出すと、手際よく操作して液晶画面に画像を表示させた。
「ほらこれ!」
「どれどれ……」
 嬉璃がソールに差し出されたデジタルカメラを覗き込む。が、すぐに怪訝な表情を浮かべた。
「……行ったのは京都ぢゃよなあ?」
「うん、京都だけど?」
 妙な嬉璃の質問に、ソールがきょとんとした顔で聞き返す。
「しかしこれは大仏ぢゃろう? 恐らく東大寺の……」
 表示されていたのは巨大な大仏であったのだ。
「そう、東大寺!」
「東大寺は奈良ぢゃぞ」
 冷静にソールへ突っ込みを入れる嬉璃。
「え、でも電車1本だったよ?」
「そりゃまあ、電車で行けるんぢゃが……」
 思案する嬉璃。まあソールはウェールズ人なのだし、京都と奈良が一緒だと思っていてもそれはしょうがない訳で。
「まあよい。他の写真を見せるのぢゃ」
「あとね……祇園で遊んだり、懐石料理を食べたりとか……」
 デジタルカメラを操作して、撮った写真を次々に見せてゆくソール。そのうちに舞妓が映っている写真が出てくると、嬉璃がその手を止めさせた。
「む、舞妓さんぢゃのぉ。通りがかった所をお願いして撮らせてもらったのぢゃな?」
「ううん、それ僕だよ?」
 とソールが答えた次の瞬間、嬉璃と恵美は画像とソールの顔を交互に見比べた。
「そう言われると面影があるような気もするのぢゃが……」
「……そういう体験させてくれるお店があるのは聞いたことあるけど」
 口々につぶやく嬉璃と恵美。言葉はあれだが、写真の中のソールはまさに上手く化けていた。
「映画村なんだよ、ここ」
 そう説明され、改めてよくよく背景を見てみると、確かにそれらしい建物が映っている。そしてこのソールの舞妓姿……いやはや、映画村のスタッフ恐るべしだ。
「海外から来た人たちが、僕のこと本物の舞妓さんだと間違えたりしたんだよ。面白かったなあ☆」
 その時のことを思い出したか、にこにこ笑うソール。
「……なるほど、京都を満喫してきたようぢゃなぁ」
「うんっ!」
 ソールは嬉璃に向かって大きく頷いてみせた。そして目の前の梅の木を改めて見上げる。
「それにしても、この庭の梅は本当に綺麗だよね」
「ぢゃろう? 梅にぼたもち、そしてお茶ぢゃ……最高の彼岸の中日ぢゃのぉ」
「そうだね。陽気もぽかぽか暖かくて……こんな日が続けばいいのになあ」
 としみじみ語るソールだが、現実はそういう訳にもゆかなかった。
「どうぢゃろなぁ。一旦また冷え込んで、再度暖かくなってくるのだと思うのぢゃが……」
 思案顔で言う嬉璃。けれども確実に春は来ているのだ、もうそこまで。
「さぁて……明日からの仕事頑張るぞ!」
 両手の拳を空に向かって勢いよく突き上げるソール。京都旅行で英気も十分養ってきたのだ、明日からの仕事も頑張ってゆけることだろう。
「うむ、その意気ぢゃ!」
 うんうんと頷く嬉璃。そんな所へ柚葉が現れ駆け寄ってきた。
「あっ、みんな何食べてるのーっ?」
「……彼奴には花より団子、いや、梅よりぼたもちのようぢゃのぉ」
 そう嬉璃がつぶやくと、ソールも恵美も笑った――。

【お彼岸は穏やかに 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 7833 / ソール・バレンタイン(そーる・ばれんたいん)
          / 男 / 24 / ニューハーフ/魔法少女? 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全2場面で構成されています。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、お彼岸の中日のあやかし荘での風景をお届けいたします。騒動もなく、本当にのんびりとしたお話となりました。まさにタイトル通りです。
・お話の中と違ってお届けした現在はもう桜の時期へと移っていますが、高原も京都ではありませんけれど桜を愛でてこようかと書いていて思いました。
・ソール・バレンタインさん、6度目のご参加ありがとうございます。京都旅行は楽しんでこられたようですね。特に変なことも起こることなく、平穏な1日を過ごせたかと思います。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。