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<東京怪談ノベル(シングル)>


玲奈の苦悩と悲劇の姫君
「ううーん……」

 ここは、白王社・月刊アトラス編集部の、編集室内。
上品な模様で彩られた便箋を前に、玲奈は悩んでいた。
その横に、そっとお茶が差し出される。
玲奈にお茶を出したのは、編集員の一人である、三下忠雄だ。
「ラブレターでも書いているんですか?」
「それって、あたしに対するイヤミ?」
「あっ、すいません……」
元人間で、改造人間である玲奈は、恋愛と信仰を禁止されている。
以前にそれを聞かされた時に、三下はひどく驚いたものだが、
理由を聞くと納得してしまったのも確かだった。

 例えば、恋愛。
異性と恋に落ちるという事は、子孫繁栄の本能が働いているとも言える。
特定の異性と交遊を持ち、繁殖をする事を主としていると言っても、過言ではない。

 そして、信仰。
ある一定の教義の中で、多くの人間がその対象を一心に崇める団体、
というのが一般の認識である。
しかし目的意識によっては、暴走する事も十二分に有り得る。

 以上の事から、玲奈のような改造人間が特定の勢力と結託して、
人類に謀叛しないために、恋愛と信仰は禁止されているのだ。

「えーと、それで……なんの手紙を書いているんですか?」
玲奈の機嫌を損ねてしまった事を気取ったのか、三下は話題を変えた。
ため息をつき、便箋をひらつかせる玲奈。
「この間来日した、慈善家のお姫様に頼まれて、手紙を書いているの」
「ああ、確か……。
 何千年も続く王朝の後継者で、産まれた時から何不自由無く育ったせいなのか、
 趣味が一風変わっているっていう……あの、お姫様ですか?」
「そう。困っている老婆に施しをしたのがきっかけで、
 それ以来、援助をするのが楽しくなっちゃったみたいね。
 そこで、いつも狼少女とかの不幸な人を題材にするうちの編集部に、
 目を付けたらしいんだけど……」
玲奈は、愛用の万年筆を置いて、先ほどのお茶をすすった。
三下も玲奈の隣に座り、話に相槌を打つ。
「そのお姫様の趣味に適うような、不幸な人間ってそうはいないと思うんですけど」
「あたしよ」
「……はい?」
「だから、あたしがその不幸な人間じゃない。
 あたしなんか、不老不死の戦艦よ?
 恋心はあっても、人と結婚出来ないじゃない。
 生殺しだわ……」
「は、はあ……」
玲奈に慰めの言葉をかけようにも、三下には良い言葉が思いつかない。
下手な事を言ってしまい、玲奈に失礼があってはいけない。
そう思い、三下が何も言わずに湯のみを手にすると、玲奈がスッ……と、
三下の手元にチョコレートを差し出した。
そのチョコレートを見てから、玲奈の顔を見る三下。
「これは?」
「チョコ。食べない?」
「い、いただきます……」
恋愛の話題があがった直後の、玲奈からの贈り物だ。
深い意味が有るのか無いのか、と思案しながらも、
三下はチョコレートを口にするのだった。


 ──そして、数日後。
例の姫君からの返信に、編集部内は騒然としていた。
「お終いだーっ!!」
朝、玲奈が編集部に来るなり、この有様である。
玲奈は一同を落ち着かせようと、努めて静かなトーンで話しかけた。
「一体どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、姫君からの返事が届いたんだよ!」
そうして、編集員の一人が玲奈に手紙を渡した。

 手紙には、こう書かれていた。

『 私が求めている不幸とは、こんな程度のものではありませんわ。
  個人的な不幸ではなくて、もっと……
  もっと、大々的な悲劇を求めていますの!
  私が帰るまでに、要求を満たせないようであれば……
  それなりの処分を覚悟しなさい。 』

 玲奈が黙々と手紙を読んでいる横で、
騒ぐどころか遺書を書き出す編集員まで出てきた。
その編集員の近くに歩み寄り、肩を叩く玲奈。
「大げさね。伝はあるから、安心して」
玲奈の笑顔には、いつにない自信が満ち溢れていた。


「へえ……これが観光船っていうのかしら?
 すごいですわね」
姫君をとある惑星に連れて行くべく、宇宙船に乗り込んだ玲奈と三下。
初めて乗る宇宙船に、姫君は終始興奮した様子だった。
「ご満足いただけましたか、姫様?」
微笑みかける玲奈を見て、姫君はふんと鼻をならした。
「これしきの娯楽じゃ、満足しませんわ。
 本当に、私が望むような不幸な人達に会わせていただけるんですわよね?」
慈善事業を趣味にする割には、我侭な態度を見せる姫君に、
玲奈と三下は顔を見合わせた。
一体、この姫君は……人を救いたいのか、人の不幸を見て楽しみたいのか?
と、言いたい気持ちを抑えながらも、玲奈は船を進めるのであった。


 惑星に到着した一同が、最初に目にしたのは、飛び交う銃弾だった。
「な、なんですのコレは?」
惑星の、尋常ではない様子を見て青ざめる姫君を、玲奈は華麗にエスコートした。
「今日は……恐らく、この惑星の最後の日です」
「最後?」
「この惑星は数年間に亘って、一方的な侵略戦争に抗戦し続けたのですが、
 ついに男手は死に絶え、残されたのは力を持たない女子供ばかり……。
 それでも惑星の住民は、平穏な生活を取り戻すために戦い続けたのですが、
 残っている者はあと僅かです」
悲壮感を漂わせて語り続ける玲奈の言葉に、姫君はただ呆気にとられるばかりだった。
不意に三下が、姫君の前に一歩出た。
「少し、惑星を見学して歩きましょう」
「わ、わかりましたわ」
姫君は下唇を噛み締めて、数人のお付きの者と共に、三下と玲奈の後について行った。

 河原では、痩せ細ってしまった幼子が土塁を積み、防空壕を覗くと、
明日をも知れぬ母娘が蝋燭の灯りの下で晩餐をしていた。
堪らない気持ちになったのか、姫君が三下と玲奈を押しのけ、
母娘の許へと駆け寄った。
「その悲しみ、わかりますわ……。
 あなた達は、毎日が別れの晩餐ですのよね?
 物質的豊かさであれば、私がいくらでも援助いたしますわ」
姫君はお付きの者に目で合図を送り、多くの水と食料を渡した。
「そのような粗末な食事では、出るはずの元気も出ませんわ。
 さあ、遠慮なくお食べになって」
母娘は姫君と食料を交互に見比べながらも、恐る恐る口をつけた。
それを見て安心したのか、姫君は立ち上がる。
「さあ、次は河原の子供達に、施しをしますわよ!」
その活き活きとした姿を見て、玲奈は三下に小声でこう言った。
「あのお姫様は……人の不幸を見たいのとは、少し違うみたいね」
「……と、言うと?」
「施しを与えるというのは、ある種の優越感を得られるのよ。
 人を辱しめるのとは違って、偽善に満ちた優越感ってところかしらね」
「えっ、でも……援助をする行為が、悪い事だとは思いませんが」
三下が真っ直ぐに反論してくるものだから、玲奈は少し口を尖らせた。
「あたしだって、すべての慈善行為を否定する気はないわ。
 でも、あのお姫様の場合……本当に、相手の立場に立っているのか疑問なのよね」
玲奈が一瞬、表情に影を落としたのを、三下は見逃さなかった。
玲奈が姫君宛てに手紙を書いていた、あの日……。
ため息混じりに言っていた言葉が、思い出される。

『だから、あたしがその不幸な人間じゃない。
 あたしなんか、不老不死の戦艦よ?
 恋心はあっても、人と結婚出来ないじゃない。
 生殺しだわ……』

 三下が思うに、あの姫君は人の生死に関わる事しか、不幸と認めない傾向がある。
真剣に慈善行為を行っている人間も、三下は数多く見てきた。
そのひとりひとりは、誰しもが相手に対する尊敬の念を込めて、援助をしているのだ。
同じ女性として、姫君は……
玲奈の不幸を、感じ取ってあげる事が出来なかったのだろうか。
「あ、あの……玲奈さん!」
「何?」
姫君の後ろを歩く玲奈に、三下が駆け寄った。
「その……旨く言えませんが、玲奈さんはステキな女の子です!」
玲奈は顔を真っ赤にして、それでいて首から下は凍りついた。
「はあ? いきなり何を言って……」
「いつかは、玲奈さんだって恋愛を許される時が来るかもしれません!
 だから、恋をするのってステキだと思いますし、
 その気持ちを大切にして欲しいんです!」
両肩に手を置かれ、あまりに唐突な事を言われたものだから、
玲奈は完全に思考がストップしてしまった。
周りに銃弾が飛び交っていて、その騒音で声が掻き消されているから良いものの……。
もし他の人間がこの会話を聞いていたら、愛の告白だと勘違いされるかもしれない。
玲奈は、自分の頬が恥ずかしさで火照っているのを感じながらも、
三下の手を振り払った。
「と、突然変な事、言わないで! 今は無駄話をしている場合じゃないでしょ?」
「あ……はい、そうでした」
三下は頭を掻いて、姫君の後について行った。
玲奈も、すぐに姫君を追いかけようとしたが……三下の言葉に、
少しだけ感動してしまった自分が恥ずかしくて、
胸の高まりが治まるまで離れて歩く事にした……。


「救いが無い者は、私を求めてください。
 私が持てる限りの物のすべてを、あなた方に差し上げます」
姫君は不幸な惑星の住民たちに、存分に施しが出来て、上機嫌な様子だった。
そんな様子の姫君の横に立ち、玲奈は耳打ちをした。
「お姫様。あちらの岩陰にも、困っている住民がいたようですが……」
「あら、それは本当?
 見逃していましたわ。
 早く行って差しあげないと!」
姫君を両手でスカートの裾を持ち上げ、喜び勇んで走り出した。
すると……。
「姫様、そんなに前に出ては危険です!」
お付きの者が叫んだ頃には、もう遅かった。
姫君は……運悪く流れ弾に当たってしまい、その身を地に突いたのだった……。

 姫君の目の前が、段々とぼやけて来る。
「いや……死にたくない、助けて……」
瞳に涙を浮かべる姫君の前に、玲奈と三下が立った。
「お姫様……ご立派でした。
 その勇姿を記事にして、後世に亘って伝説として語り継いで行きます」
玲奈の言葉に続いて、三下が合掌する。
「どうか、やすらかにお眠りください……」
姫君は必死に地面を這い、玲奈の足元にしがみついた。
「いや……たす……けて……」
姫君は、そこで力尽きた。


 ──しばらくして、姫君は瞼を開けた。
「ここは!?」
上半身のみ起き上がり、姫君は辺りを見渡した。
……そこは、惑星に来る時に乗り込んだ、玲奈の船内だった。
「おはようございます、お姫様」
玲奈と三下が、笑顔でお姫様を見守っている。
姫君は銃弾が当たったはずの胸のあたりを触り、傷口が無い事に驚いている。
「どういう事? 今のは、夢……?」
混乱する姫君の手を取り、玲奈は静かに語りかけた。
「いいえ……夢ではありません」
「じゃあ、惑星はどうなったの?
 まだ、援助を続けなくては!」
起き上がろうとする姫様の腕をつかみ、玲奈は瞳を伏せた。
「惑星は……すでに数年前に、滅んでいます。
 お姫様には、魔法で映し出された惑星の記憶を、見てもらっただけです」
「そんな…………」
呆然とした姫君は、それ以上は何も言わずに、がっくりと項垂れてしまった。
そうして少しの間だけ玲奈と三下が見守っていると、
今度は姫君がキッとした表情で顔を上げた。
「では、私をからかったのですわね! 許せませんわ!
 事と次第によっては、最初に考えていた処分よりも、ずっと重い物を……!」
「お姫様、聞いてください」
玲奈の透き通った声に、姫君は圧倒されて黙ってしまった。
「援助というのは、お姫様も、そして援助を受ける側も、
 どちらも生きているから出来るんです。
 死んでしまっては、援助をするどころではありません……。
 それこそが、最高の悲劇だと思いませんか?」

 姫君は、もう何も言えなかった。
悲劇を求め続け、その中に楽しみを見出していた自分……。
本当の悲劇に直面した時に、自分は凛としていられただろうか?
必死に命乞いをして、玲奈に助けを求めてしまった自分を思い起こすと、
急に恥ずかしくなってしまった。


 ──数日後。
姫君を懲らしめるために、茶番を仕掛けた、玲奈と三下。
怒られるどころか、それなりの罰がある事は覚悟していたが……。
「えっ、特別手当?」
「姫君が、後継者としての自覚に目覚めたと、先方が大層お喜びになっていたわよ。
 三島さんと三下には、特別手当を出さないとね」
編集長が、これ以上に無いくらいの微笑みを称えた。
玲奈にすれば、姫君にお仕置きをするつもりでやっただけの事だが……。
結果として、一つの王朝を救う事になったらしい。

 金一封を握り締めて席に座ろうとすると、三下が肩を叩いた。
「玲奈さん。
 今日は仕事が終わった後、予定はありますか?」
「えっ、無いけど?」
「それじゃあ、せっかく編集長から手当ても貰った事ですし、どこかに食事に……」
女性を誘い慣れていないのか、しどろもどろに話す三下を見て、玲奈は笑顔になった。
「忘れてた! この後、撮影の仕事があったのよ。また今度ね!」
「…………はあ」
がっかりしている三下を見ると申し訳ない気持ちもあるが、
今の玲奈は、天体撮影の仕事を伴侶と決めている。
いつかは……三下が言ったように、恋愛が許される時が来るのかもしれない。
だが……。
来るのかわからない未来を、ため息をつきながら待つのは、
玲奈の性分には合わないのだ。

 ──とは言いつつも、恋愛に対する憧れを捨てたわけではない。
きっとその内、その掟から自分を連れ出してくれるような、
運命の相手が現れるという期待を、今はただ胸の奥にしまっておくのだった。
その時の相手が、三下なのかはわからないけど。


 その翌日、三下の机に、差出人不明の小さな紙袋が載っていた。
その中身はと言うと……見覚えのある、チョコレートだった。