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【SS】最終決戦・前編 / 葛城・深墨
激しい風が窓を叩く。
その音に、手元の文字を追っていた黒い瞳が上がった。
ゆっくりと動いて捉えた外の景色。激しすぎる風と舞い上がる砂が、まるで荒野を思わせる。
「……どんどん酷くなってる」
葛城・深墨は、そう言葉を零して息を吐いた。
都内全域が原因不明の嵐に襲われたのは、昼を迎える少し前のこと。空に冥界門と呼ばれる門が現れたのは、そのちょっと前。
衛星から見ても何の変化も見られないのに、都内全域は異常気象を起こしている。その不可思議な現象に、昼過ぎには都内全域に避難勧告が出された。
深墨が世話になっている家の住人も避難を終え、彼だけがこの場に残っていた。
「もう少しで読み終えるんだけどな」
手にした本へ視線を落とす。
これが読み終えたら避難しようと思っていた。
だが、窓を叩く風は時間を追うごとに酷くなっている。
「仕方ない。俺も避難しよう」
そう呟き、読んでいた本を閉じようとした時だ。
――ゴゴゴゴゴ……ッ。
耳に木霊した地鳴りのような音。
反射的に音の元を捉えた彼の目が、原因のものを見止めて見開かれた。
「あれはっ」
冥界門がゆっくり開かれてゆく。
そしてそこから舞い落ちる黒い点の様な物。
パッと見はゴミにも見えるが、目を凝らせばすぐにわかる。羽を生やし空から舞い落ちるのは、本からそのまま抜け出してきたような悪魔のような生き物だ。
次々と地上に落ちる姿にゾッとする。
「……明らかにヤバい」
どう考えても安全ではない生き物に、彼の目が部屋の隅へと向かう。
そこに置かれた愛刀の黒絵。父親の遺品であるそれを手にすると、深墨は再び外を見た。
「あんなのを野放しに出来ない」
そう口にして部屋を出ようとした、彼の足が止まった。
思案気に動く瞳。
その目が机を捉えると、彼は真っ直ぐそこに向かって引き出しを開けた。
「これを持って行こう」
彼が取り出したのは、ヘマタイトをあしらった指輪だ。
祈りを込めて唇を落としたそれは、とある宝石店で衝動買いしたものだ。ある程度の傷は身代わりになってくれると言う代物で、それを左人差し指に嵌めて手を握りしめる。
「――さあ、行こうか」
深墨はそう呟くと、雲が渦巻くその場所へと向かったのだった。
***
黒絵を手にした深墨は、時折空に視線を向けながら、止まることなく走り続けていた。
その足が向かうのは黒い点――つまり、悪魔が降り注ぐその場所だ。
「そこの角を曲がれば近道に――」
雲が渦巻くその場所への近道を頭の中で展開する。そうして路地を曲がったところで、彼の足が止まった。
――ヒュッ。
目の前を掠めた風に、咄嗟に飛び退く。
「げっ」
間合いを測った深墨の口から、舌打ちと共に声が漏れた。
「……やべぇ奴に会っちまった」
彼の視線の先。そこに佇むのは牛面の面を被った男だ。
体ほどある大きな鎌を手にこちらを振り返る相手には見覚えがある。
しかし、深墨はそんな覚えのある男より、彼の足もとに視線が向いていた。
男の足元に倒れる女性。ピクリとも動かないその姿に眉を顰める。
「アンタ、何した?」
女性から牛面の男に目を向ければ、その手には光り輝くランプが握られている。そこから桃色の綺麗な光が溢れている。
「まさかとは思うけど……今度はアンタが魂狩りをしてるのか?」
手にされているランプと鎌。
見間違いでなければ、それは不知火が持っていたものと同じだ。
男はランプを落ちないように腰に下げると、手にしていた鎌を片手で軽々と回した。
そして切っ先が深墨へと向かう。
「邪魔者には死の制裁を――」
いつか聞いたのと同じ言葉だ。
その声に、深墨の足が一歩下がる。そして黒絵を持つ手を脇に下げ、軸となる足で地面を踏みしめる。
「その鎌とランプ。それが魂を狩る道具なら、アンタが魂を狩っててもおかしくない。違うか?」
「……答える必要はありません」
抑揚なく返される声。
まるで機械か何かかと思うほどに淡々とした声だ。
「冥王とか、よくわからねぇけど、不知火も含めてアンタ達は人間じゃないんだよな」
確かめるように呟き、相手の隙を探って瞳を眇める。
自らに向けられた切っ先はそのままで、互いに踏み込む準備は万全だった。
だが、深墨の声を聞いた男の動きが止まる。
そして「クツリ」そんな男が面の向こうから響いてきた。
「人間ではない? 冗談を……不知火は人間ですよ」
おかしな話を聞いた――そう含みを持たせて囁く声に、僅かだが感情が含まれる。
「不知火は、冥王様のお力で人間ならざる力を与えられていたにすぎません。あんな成り損ないと私たちを一緒にしないでください」
クツクツ。
嫌な笑い声が空気を揺らし、男はなおも言葉を紡ぐ。
「冥王様は選ばれたお方です。その方とあの不知火を同じに扱わないで頂きたい」
声から感情が消えた。
まるで不知火が邪魔で疎ましい。そう感じ取れるほど、声の変化は明らかだった。
だが、気にするべきはそこではない。
「……冥王の力で? 有り得ないだろ」
ただの人間に魂を狩る力を与える。
道具を与えただけで、あんなにも非人間的になれるだろうか。
そんな疑問に、再び牛の面から笑い声が漏れた。
「人間です。ただし私が2年間、冥界に封じた……。その間に人成らざる能力でも身に付けたのでしょう。まあ、それすら出しきったようですが……」
ここで再び疑問がわいてくる。
ただの人間だと言いきる不知火を、わざわざ冥界に封じる必要が何処にあるのか。
自分たちが人間ではなく、魂を狩り自由にその命を扱えるなら、封じるのではなく殺せば良い。だが、それをしなかった。
「――何のために」
思わず疑問が口を吐く。
考えれば考える程に、訳が分からなくなる。
そんな深墨に、男は鎌の切っ先を改めて彼に向けた。
「冥王様の魂を奴は隠したのです。忌々しい……何処に隠したのか、何処に持っているのか。それを探る間に、奴は冥界を抜けだして魂を狩り始めた。冥王様のためにと言っていたにも拘らず、奴は……」
ギリッと鎌の柄を握る手に力が込められる。
そして馬の面が真っ直ぐに深墨に向いた。
「――邪魔者には死を」
切っ先が地を向き、男の体が斜めに逸らされる。
大きく振りかぶられた鎌は危険だ。
だが深墨はその場を動くことなく目を伏せた。
与えられた情報、その全てを頭の中で確認して1つの結論を生みだす。
「そうか……不知火は、冥王を封じる方法を知ってるのか。なら、俺がする事は決まってるな」
そう呟いて、深墨は腰を低く据えた。
瞼を上げた先では、凄まじい速さで振り下ろされる鎌が見える。それを見据えた上で、彼の持つ、黒い刀身が風を切る。
――ガンッ。
重い音が響き、馬の面と深墨の視線が合った。
「確か、次はないとか言ってたけど……もう、この次なんていらねぇよ、ここでアンタを止めてやる」
「人間では無理です」
クツリ。
何処までも人を馬鹿にしたような笑い声が響く。その事に表情を変えることなく刀身を下げると、深墨は地を蹴った。
反動で離される刃に、互いの体が後方に飛ぶ。
「不知火も人間なんだろ? だったら、俺にも出来る筈だ」
ザッと砂を踏みしめ、一気に駆け出す。
そして再び黒の刀身を鞘に納めた。
「人間にしては早い……ですが、まだまだ」
間合いを詰める彼の前に、大振りの鎌が迫る。
「――シャドーウォーカー」
瞳を細めて口中で呟く。
次の瞬間、彼の姿が一瞬だけ揺らいだ。その事に牛面が一瞬揺らぐが、鎌の動きは納まらない。
――ヒュッ。
風を切った鎌が、深墨の体を掻く。
だが何事も無かったかのようにその身は後方へと飛び、ニヤリと笑みが刻まれる。
「効いていない? いえ、幻影……」
そう、これが深墨の能力「シャドーウォーカー」だ。
物理的にも非物理的にも干渉されない、自分の幻影を作り出す力。それを瞬時に生み出し、自らの代わりに攻撃を受けさせた。
「……本気でやらないと、こっちがやられるな」
呟きながら幻影を解除する。
そして視線を袖に落とすと、ヒラリと布が割れた。
幻影を移りだす直前、僅かにだが鎌が触れたのだろう。その事に彼の瞳に光が差した。
「話をするなんて悠長なことはもう無理かな……――ここは、本気で行く」
普段は本気半分、冗談半分の彼の唇が引き結ばれる。そこに再び鎌が迫る。
――ガッ。
深墨の胸を鎌の刃が貫いた。
そしてそのまま半身が切り裂かれる――だが……。
「――残念」
裂かれた深墨がフッと笑みを零す。
直後、彼の姿が消え、別の深墨が男の背後に現れた。
そして黒の刀身が迷うことなく抜かれ、男の体を一気に薙ぐ。
「ッ、……く……」
ガンッと重い衝撃が腕に伝った。
良く見れば鎌の柄が薙いだ刃を受け止めている。
「悪くはないです。やはり消えて貰わないと厄介です」
クツリ。
再び聞こえた笑い声に、ギリリと奥歯を噛みしめる。
「その笑い声、もう聞き飽きた!」
重なり合う武器を押し返し、何度目かの間合いを測る。そして再び刀身を鞘に納め幻影を生みだした。
相手は再び現れた幻影に逡巡した様に鎌を構えなおす。
深墨もまた、抜刀の構えを取って相手の隙を伺った。
「上手い使い方ですね。ですが、欠点があります」
突然の言葉に深墨の首が傾げられる。
「攻撃をする瞬間、貴方は幻影を消さなければいけない。それがその技の欠点です」
言葉が空気に消えるよりも早く、男の身が一瞬にして深墨の間合いに入った。
だが動かない。
男の云った言葉の意味を考える。
「……攻撃をする瞬間が欠点」
口中で呟き、深墨の目が伏せられた。
耳に聞こえる鎌を振りかぶる音。そして迫る刃の音に彼の瞳が上がる。
「だから?」
「!」
目先に切っ先が迫っての一言に、牛面が揺らいだ。
直後、深墨が自分から刃へ突っ込んでゆく。そして迷いも無くその身に刃を受けると、相手の体をすり抜けた。
「ッ!」
――ヒュッ。
完全に相手の体を抜けた直後、幻影が解かれ鞘が抜かれる。そして迷うことなく背後から斬り付けると男の被る面が宙に舞った。
クルクルと舞い上がる面を、濁った色の瞳が見上げる。
「ナルホド……欠点ダケド、時期ニよる、カ」
ポツリと呟きだされた声。その声に深墨の刃が迫る。
そして刃がその身を貫こうとした時、男の鎌が身軽に宙を掻いた。
――ゴトンッ。
何かが地面に落ちる音が響き、男の手に面が戻る。
「――厄介、厄介過ぎる。早急に冥王様の復活を臨むべきですね」
面を被り「厄介、厄介」と繰り返し呟く。
そしてそんな相手に深墨が再び抜刀の構えを取ると、男はクルリと身を返した。
そして何の前触れも無く姿を消す。
正に忽然と姿を消した。そう表現できる現象に、深墨の目が見開かれる。
だがその目は直ぐに別のものを捉えた。
地面に転がったランプだ。
蓋をぽっかり開けて転がるランプから、桃色の光が舞い上がる。それはヒラヒラと蝶の様に舞うと、地面に横たわっていた女性に戻って行った。
「……このランプ」
深墨はランプを拾い上げて見つめた。
今女性に戻ったのは間違いなく、彼女の魂だ。
そして不知火が冥王の魂を納めていたランプもコレのはず。
「あの門の向こうに、冥王がいるのか?」
誰にもとなく呟き門を見上げる。
いつの間にか、門から溢れ出ていた悪魔が消えている。
深墨は今一度、手にしたランプに視線を落とすと、門があるその場所へと駆け出したのだった。
――続く...
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】
登場NPC
【 星影・サリー・華子 / 女 / 17歳 / 女子高生・SSメンバー 】
【 空田・幾夫 / 男 / 19歳 / SS正規従業員 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
SSシナリオ・最終決戦・前編にご参加いただきありがとうございました。
大変お待たせしまして、申し訳ありませんでした(汗)
今回は次に続くと言う事で、エピローグを最終的にカットしてしまいました。
提示頂いたアイテム、今回活かすことができませんでした。
次回もしご参加頂ける際には活かせるように頑張りたいと思います。
あと残り2話ですが、 読んでいろいろ想像して、少しでも楽しんで頂ければうれしいです。
また機会がありましたら、冒険のお手伝いをさせていただければと思います。
ご参加、本当にありがとうございました。
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