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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜Fourth〜】



「こんばんは、ナギさん」
 何の変哲もない挨拶を口にした真帆に、ナギは一瞬痛みを堪えるように顔を歪めた。
 しかしすぐに何事もなかったかのように――少しだけ、悲しげな笑顔を浮かべた。
「……こんばんは、真帆さん」
 その声が僅かに震えているように感じたのは、きっと真帆の思い違いではないだろう。恐れるような、そしてその奥では何かを期待するような、そんな感情を微かに感じた。
「何があったかは……知ってる、よね?」
 真帆の問いに、ナギはこくんと頷いた。


 『魔』につくられた空間で、眠るライルを膝に、『魔』と言葉を交わした後、程なくしてライルは目覚め――それとほぼ時を同じくして、真帆とライルは『魔』の領域から解放された。何事もなかったのだと錯覚しそうなほどに、辺りの景色は『魔』の領域に囚われる前と何も変わらなかった。覚醒してすぐにその状況に置かれたライルは、意識がはっきりしないのか幾度か瞬き、真帆の姿を認めて何事かを口にしようとして――それが為される前に、その姿が『ぶれた』。
 開きかけた口を閉じたライルは、何かを思案するような沈黙の後――輪郭が揺れて、薄れて、霞んだ状態で、不意に小さく笑った。それは自嘲するような、嬉しそうな、何かに安堵したようなもので、彼が何故そんな笑みをここで浮かべるのか分からず戸惑った真帆の前で、その姿はライルよりも遙かに小さい、少女のものへと変わった。
 そして真帆は彼女――ナギに笑みと挨拶を向けたのだった。


 夕陽の沈みきった空を背に立ち尽くすナギには、見たところ異常は見られない。『魔』の領域においてのライルの様子に、もしかしたらナギにも何か影響が及ぶのではないかと少なからず思っていたが、どうやらそれは杞憂に終わったようだった。
 そのことにほっと微笑んだ真帆はしかし、ライルの体調を思い、眉根を寄せた。
「ライルさんは、大丈夫なの?」
「……大丈夫だと言えば、大丈夫だと思います。身体にダメージを受けたというわけではないですし、――精神の方も、真帆さんのおかげで落ち着いているみたいですから」
 少し含みのある言い方が気になったが、身体的にも精神的にも問題はないらしい。良かった、と胸を撫で下ろした真帆は、目を伏せているナギを見つめ、少しの後に口を開く。
「……ふたりは何をしようとしてるの?」
 問うた真帆にナギはぴくりと肩を揺らし、今にも泣き出しそうな顔をする。
「そ、れは、――」
 何かを言いかけて、しかし思い直すように唇をきゅっと引き結ぶナギ。けれど、その瞳は迷うように揺れている。
 これまで、真帆はあえてナギとライルの事情に踏み込まずにきた。何かがあると知っていて、それでもそのことに触れることはせずに、彼らと関わってきた。
「それは、どうしてもしなくちゃいけないことなのかな?」
 彼らがしようとしていることの詳細は分からない。心を喰らうという『呪具』が彼らの目的には必要で、『魔』と呼ばれるものを召喚してでも知りたいことがあったのだということだけが、真帆の知りうる全てだった。
 言いたくないのなら無理に訊き出そうとは思っていない。けれど、それでも彼女が――彼女らが心配には違いなくて。
 俯いてしまったナギを見つめながら、真帆は言葉を紡ぐ。
「ナギさん……ううん、ナギは言ったよね。自分の『心』が怖いって」
 それは彼女との三度目の遭遇の時。ナギの持っていた『呪具』によって見せられた過去と、己の振るった力に――否、ナギに怖がられてしまうかもしれないことに恐怖を覚えた真帆に、ナギが告げた言葉。
 息を呑んだナギが、僅かに顔を上げる。
「詳しいことは分からないけど……ナギがそう考えるようなことをしたのなら、それってそれだけ強い『想い』があったってことだよね。……それはもう、いいの?」
 『心を喰らう』という呪具。ナギは、それによって自分たちの悲願が叶えられるのだという趣旨のことを言った。
 ライルは、自分とナギの目的は、対象は違えど必要なものは同じなのだと告げた。
 何かの『方法』を『魔』に訊こうとしていたというライル。このままなら多分大丈夫だろう、とも言っていた。
 『干渉力』が弱まっている、と言ったライルは、悲しげに見えた。
 ナギもライルも、詳しいことを真帆に話そうとはしない。けれど、関わる中で見えてきたものも、推し量れることもある。
 数秒か、それとも数分か。重い沈黙の後、ナギは呟くように言った。
「いい、んです。いえ、そうじゃないといけない。わたしは、……これ以上、ライルを縛りたくない――苦しめたく、ないんです」
 感情を、無理矢理押し殺したような、平坦な声だった。
「……昔のわたしは、ライルが全てで、ライルさえ居ればよくて、ライルがいなければ生きていけないと思っていました。それはわたしたち一族の考え方としてはおかしいことではなくて、それでもやっぱりそれは歪んだ執着で――わたしはそれに気付きませんでした。その執着のせいで、わたしはライルを追い詰めて、傷つけて、……死なせ、かけて。ライルを失いたくないという想いだけで、無理矢理ライルを引き留めました。理を犯すことになると、――歪んだ存在になってしまうと、わかっていて。『禁呪』が『禁呪』たる由縁をわたしは知っていたけれど、知っていただけだった。長い、長い時をかけて、やっとわたしはそれがどれだけ罪深いことだったのかを実感しました。ライルの在り方を歪めた――ヒトとしての『生』を、奪ってしまったことで、ライルはずっと、ずっと……今も、苦しんでいます。わたしがライルの生を歪めた。わたしのせいでライルはずっと苦しんでいます。だからわたしは、何をしてでも――わたしが奪い、歪めた生を、ライルに返さなければならない。『わたし』からライルを、――解放しなければならないんです」
 悲愴なまでの決意を瞳に滲ませて、ナギはそう言った。
 『解放』――それがどのようなものか、ナギは具体的には口にしない。けれど。
 もしも、それがふたりのどちらかがいなくなる、ということだとしたら。
 つじつまは、合う。きっとふたりは、お互いがお互いを解放したいと願っているのだろう。
 『相手を自分から解放する』という目的は同じで、そのために必要なものも同じ。
 でも、その対象は違う。
 お互いを大切に思うからこそ、ライルもナギも、その『目的』を果たそうとしているのだろう。
(……でも、)
 目的がそうだとしても、ふたりの本当の気持ちは違うはずだと、真帆は思う。
 何より、真帆自身が、そんなのは嫌なのだ。
 ナギもライルも、出会ってから今までで、顔を合わせた数はそう多くない。
 それでも、もう真帆にとって失いたくないと――共にいたいと思う存在になっている。
 どちらか一方を失ってしまうなんて、そんなのは嫌だと、思う。
 自分も、ナギも、ライルも、――3人が、一緒に笑顔でいたい。それが自分の願いだから。
 そのためにできることをしたい、と、真帆は強く思った。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女性/17歳/高校生/見習い魔女】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、樋口さま。ライターの遊月です。
 「D・A・N 〜Fourth〜」にご参加下さり有難うございました。

 『秘密』編ということで、一応ナギから彼らの秘密の一端が明かされた…んですが、これに関しては基本的にナギは冷静に語れないので、大分主観の入った感じになってます。説明、というより、心情の吐露に近いかもしれません…。
 一応今までノベルと合わせれば、何となく分かっていただけるようにはしたつもりなのですが、ライルもナギも肝心なところを言わないので、曖昧な描写になっている部分もあったりします。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。