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CHANGE MYSELF! 〜魔剣士、覚醒!〜
渋谷を舞台にした謎の組織『マスカレード』がシャドウブラスターの活躍によって解決され、ようやく1ヶ月が経過した。
渋谷中央署に全面的な協力をした異能力育成機関『アカデミー日本支部』の仕事は、今までにないほど山積みになっていた。教師の採用試験も末端の教育も全部そっちのけにしていたせいで、休日返上の忙しさ。教師たちはおろか、教頭のレディ・ローズさえもマジメに仕事をこなさないと追いつかないという有様である。こういう状況になると真っ先に音を上げるのが、メビウスだ。しかし誰かに仕事を押しつけるわけにもいかず、文句は言いながらでも手を動かしている。いや、動かさないとしょうがないのだ。紫苑もリィールもハッキリと口に出さないだけで、メビウスと同じことは感じている。史上空前の修羅場の最中に、その事件は発覚した。
メビウスは職員室のリィールの机まで足を運ぶと、手に持っていたプリントを見せながら話しかけた。顔写真があるところを見ると、どうやら将来有望な生徒のリストらしい。
「あのさ、かなり前にこいつらの見立てを頼んだんだけど……覚えてる?」
「ああ、繁村と伊原とかいう男か。たしか降霊や魔法の類ではないから、お前に任せたはずだが?」
アカデミー日本支部は、教師の得意分野が偏っている。だから生徒がどんな能力に目覚めるかさえわかれば、担当者が決めやすい。さっきの説明のように、この場合はメビウスの担当となる。そこまでは彼も認識しており、何度か首を縦に振った。
「任されてたんだけどさ……お前、最近こいつらに会った?」
「何のつもりか知らないが、こちらとしては信用して任せた。今さら横から手を出すものか。もしそうでも、一報は入れる」
「だよなぁー! そうだよなぁー! これで教頭も知らねぇとか言ってるから困ってるんだよなー!」
混乱するメビウスの気持ちが伝播したのか、リィールもスッと立った。
「教頭が……認知してない?」
頭をかきながら、メビウスは「うんうん」と頷くばかり。事態を重く見た主任の紫苑も、この話に混ざった。
「で、彼らは今どこに?」
「それがどこに行ったかわかんねぇんだよ。勝手に能力に目覚めて悪乗りしてんなら見つけやすいんだけどな……」
メビウスの口ぶりからすると、どうやらそのふたりは飲み込みがよくないらしい。覚醒には時間がかかると踏んで放置していたのだが、何かがきっかけで事情が変わったようだ。そこに少しやつれたレディ・ローズがゆっくりと姿を現す。手には水晶玉を持っていた。
「お疲れ。そのふたりなら、渋谷中央署に指名手配されてるわよ。『双剣のシゲ』と『投剣のハラ』って名前で、犯罪ユニット大結成。なんでも切っちゃう異能力犯罪者で有名らしいわ。さっき桜井警部に電話で『余計なことしやがって』って怒られたわ」
「ちょ、ちょっと待った。あ、あれ……そいつら、そんな能力に目覚める予定じゃなかったんだけど……?」
メビウスの狼狽は、その場を凍りつかせた。予定にない能力に目覚めることなど、少なくとも生徒レベルでは前例にない。しかも覚醒への道筋もつけてあり、一定の準備も行っているから、そこからまったく別の能力が開花することはあり得ない。事件の匂いを感じ取ったレディ・ローズは、即座に指示を下した。
「渋谷中央署で助かったってとこかもね。メビウス……とリィールには、連中のお仕置きをお願いするわ。桜井警部にもハンターを集めてもらえばいいわよ。なーんか嫌な予感がするわね。私と紫苑は調べ物をするから。あとはよろしくね」
「自己満足の犯罪に異能力を使うとは許されない。メビウス、教え子といえども容赦はするな」
「容赦はしねぇけど……なんでそんなことになるかなぁ、ったく」
教え子との戦いは近い。ふたりは能力者たちに連絡を取り始めた。
マスカレードとの長きに渡る戦いにも関わった能力者たちは、一様に驚きの表情を見せる。鈴城 亮吾もそのひとりだ。彼は集合の直前、ケータイでメビウスに連絡する。すでに彼らは渋谷中央署に待機していた。
『なんか久しぶりだね〜、こんな感じの依頼って。こういう事件ってさ、アカデミーの失点っていうの?』
「何とでも言え。それどころじゃないんだ。とりあえず亮吾は、こっちとは合流せずに戦うんだな?」
少年は自分の希望を伝えるために連絡したのだ。それは亮吾なりの周囲に対する配慮だったが、メビウスは「どうしたって結果は同じだろ」と思った。なぜなら、すでに目の前には黒髪の和服美人・天薙 撫子に、時空管理維持局のホープ・神城 柚月といった共通の顔見知りが控えている。ふたりは電話の向こうでコソコソやってる少年の身の上を案じつつ、無理を押して戦うことに苦言を呈した。
「亮吾様……またご無理をなさっているのではないのでしょうか。心配です」
「前の事件で悪いこと覚えさしたねぇ。ま、後でこっそり氷雨さんに伝えとこか。それで問題ないやろね」
付き合いが長いと、気心も知れている。複雑な表情を見せながらも、最後には笑みをこぼすふたりだった。
そんな賑やかな場に混ざろうとしているのか、一匹のサルがケータイのディスプレイ画面を見せて回っている。魔術結社「アヴァロンの園」に所属するサフェール・ローランと、荘厳な雰囲気をまとったメイドのエリヴィア・クリュチコワがそれを覗き込む。そこには『ワシ、佐介と言うねん』と書かれている。どうやら彼は自己紹介して回っているらしい。それが終わると、またケータイをいじって新しいセリフを入力する器用さとマメさも披露。メビウスを兄ちゃん、リィールを姉ちゃんと呼称するところから、どこかご陽気なサルであることが垣間見れる。
佐介に負けないくらい豪快な親父殿・彼瀬 春日も絶好調。リィールに「ハグ1回させてくれたら料金をまける」と軽いジョークをかます。ところが相手はアカデミー。能力者の背景情報は、リサーチ済み。すぐさま奥さんの話を持ち出され、逆に春日がシュンとしてしまう。それを見ていた佐介がケータイも使わずに手を叩いて大笑いするもんだから、周囲はあっという間に笑いに包まれた。
「ずいぶん人間慣れしてるサルだな。お前も大人になったら、今の俺の気持ちがわかるぜ?」
「はいはい。ようこそ渋谷中央署へ。これ、今回の資料ね。警察からの情報提供だから、お小遣い稼ぎに外へ出しちゃダメだよ」
渋谷中央署の桜井警部が事件に関わっている犯罪ユニットの資料をせっせと配った。これを機に、能力者たちの目つきが変わる。皆、真剣に資料を読み始めた。
「顔写真はアカデミーの提供ね。右が『双剣のシゲ』こと繁村、左が『投剣のハラ』こと伊原。被害者の負傷箇所から、攻撃手段は非物理的なものと考えられる」
「ここで担当教師のメビウスから補足だ。こいつらの覚醒するはずの能力は『壁を透視する程度の視覚的能力だった』と伝えておくぜ」
それを聞いたメンバーは首を傾げた。覚醒した能力とアカデミーの予定があまりにも違いすぎる。サフェールは「本当なのか?」と確認した後で、言葉を続けた。
「その不出来なふたりが同時に別の能力に覚醒したのなら、単なる偶然ではあるまい。どこかに黒幕がいると考えるのが妥当だ」
「アカデミーもそこそこ大手で、海外にも拠点あるんよ。しかも教頭さんに心当たりがないとなると……なんか厄介やね。ま、その辺のフォローは後からでもええけどね」
姿を見せないレディ・ローズの行動を読みつつ、柚月はそんなことを口にした。それに応えるべく、エリヴィアは別行動でアカデミー日本支部の拠点に向かい、情報収集を行う旨を伝える。これを聞いたメビウスは「そんなの許可してねぇって!」と慌てたが、彼女が「あるシスターのご紹介でお手伝いに」と切り出すと態度を一変。リィールも顔面蒼白になる。
「あーあーあーあーあー! アカデミー、部外者大歓迎! ああ、あのシスターのメイドさんなのね! どーぞどーぞ、紫苑もババアも適当にいじめてやって!」
「たった今許可をいただきましたので、わたくしめは事務処理などに追われているアカデミーへ参ります」
「こんな脅迫慣れした連中、見たことない。まだ柚月がおとなしく見える……」
思わず本音を漏らしたリィールをジト目でにらみつつ、柚月はエリヴィアに「なんかあったら連絡してええよー」と伝え、みんなと一緒に戦いの場へと赴く。何はなくとも、今は連中を止めなければならない。骨の髄まで響きそうな恐ろしいお仕置きが、今まさに始まろうとしていた。
終電間近の渋谷の繁華街で、シゲとハラは事件を起こしたようだ。
どうやら今日はコンビニ強盗らしい。思わず佐介は上を向き、顔に手をあてた。おサルさんが呆れた時は、やはりこのポーズがピッタリ。同じく春日も呆れながら「これが中二病ってやつか?」と周囲に問う。その言葉を聞くと、リィールとメビウスはすかさず「うちの生徒が申し訳ない」と謝罪した。この光景は、この後も飽きるほど繰り返される。
撫子は犯罪者ユニットを名乗る彼らに大事件を起こす発想が芽生えてないことに安心しつつ、ここできっちりお仕置きすることを誓う。そして集団から一歩抜け出したかと思うと、問題のコンビニへと到着。手には刀袋に収めたままの『神斬』を持っていた。
「げげっ! 見ろよ、あの女。この時間にカルチャーセンター帰りかよ。いったい何しに来たんだよ、ひゃははは!」
「シゲ、あれが渋谷中央署の誇る『なんとかスター』じゃね? でも、なんか弱そうだなぁー!」
自由気ままに破壊しまくったコンビニから悠々と出てきたのは、写真の男たちだ。手にはスナック菓子を持ち、ポケットには現金を詰め込んでいる。どこからどう見ても犯罪者だ。ところが彼らと対峙するのは、撫子ひとり。後ろから誰も応援に来ない……だから敵も侮っているのだ。一方の撫子は何も語らず、距離を置いてじりじりと動く。相手の焦りを誘っていた。
「うっとおしいぜ、俺様のスペシャルな投剣で失せやがれぇ!」
不意に伊原の手が上がったかと思うと、具現化した短剣の剣身が弾丸のように飛んできた。撫子ほどの達人がこれを見切れぬわけもなく、日本舞踊のような華麗さを感じさせる動作で攻撃を避ける。
「や、野郎っ! 舐めやがって!」
「余裕ぶったってしょーがねぇことを、今度は俺様が教えてやるぜぇ!」
これだけの実力差を見せつけられながらも、このふたりには撫子の回避がただの挑発に見えてしまうらしい。
撫子は来た道を戻る形で、ゆっくりと後ろへ下がった。そうすることで、双剣のシゲを誘き出すことができる。両手に剣を持った繁村は、「とりあえず当たれ!」とばかりに武器を振りかざす。もちろん一撃も当たるわけがない。彼らのストレスは溜まる一方だ。
ここで都会のジャングルを飛び回る佐介が加勢に入る。撫子と目が合うと「キキッ!」と笑い、連中に向かって仕込み杖を突き出した。するとまるで機関銃のように光波弾が発射され、敵を大いに慌てさせる!
「キキーッ!(訳:おんどれ、撫子の姉さんを舐めとったらいかんぞ!)」
「う、うっひー! あのサル、サツよりむちゃくちゃだぜ!」
「あ、あのサル……コケにしやがって!」
ここで投剣のハラと佐介、双剣のシゲと撫子という戦いの構図となった。
登場後は挑発的だった佐介も攻撃を控え、普段からやっている曲芸のような避け方で敵を翻弄しつつ挑発する。こうして敵はいつの間にか、街灯の少ない薄暗い公園へと誘われていた。そう、撫子はただの囮役。佐介はアドリブを利かせて登場しただけで、基本的には彼女のサポートをしているだけ……この作戦はすべて出発前に計画されていたことだった。すべてはここへ導かんとする罠である。周囲の風景を見て、佐介は思わず笑った。
「キキッ、キキッ!(訳:扱いやすいのぉ、ワレぇ!)」
「皆様、今です!」
撫子の合図で、シゲとハラはあっという間に囲まれてしまう。指を鳴らす春日に弦鎧・アルカンスィエルを持つサフェール、そして魔導書を手にした柚月。もはや大勢は決まった。
ここへ来るまでにも十分すぎるほど怒っていたふたりだが、まだ沸点に至ってなかったらしく、さらに怒り始めた。その様子は常軌を逸しているようにも見える……
「てめぇら! 舐めてんじゃねぇぞ、ゴラぁ!」
「ぶ、ぶ、ぶ、ぶっ殺してやるぜぇ! こいつらぁぁぁ! うぎょおおおーーーっ!」
怒り心頭の生徒をなだめるべく、メビウスが前に出る。この状況をひっくり返せる力を生徒ごときが持っているわけがない。彼は無駄とわかっていながらも、無条件降伏を勧めた。メンバーも徒労に終わることはわかっていたが、教師としての面目を潰す理由もない。みんな静かに成り行きを見守った。そんな能力者たちの配慮に、リィールが深々と頭を下げる。
「あーあー、も、もうみっともねぇって。やめてくれよ、繁村に伊原。もう諦めろって。最後くらいな、教師の言うこと聞」
「誰だ、てめぇ! ガキがうっせぇんだよ!」
「……い、伊原? ガ、ガキとか言ったか、今? う、うそだろ、俺はメビウ」
「どこのバカか知らねぇが、俺たちに指図するのかぁ? クソガキ、百万年早ぇぜ!」
物悲しささえ漂うこのやり取りに、誰もが拭い去れない違和感を得た。メンバーに対して悪態をつくのならわかるが、見知った教師にまで容赦のない罵声……いや、彼らはもはやメビウスを「教師」と認識できていない。予想外の展開に春日は驚きの声を上げた。
「こりゃ驚きだ。まさか自分を見失ってるとは……やっぱり、なんか裏があるな!」
「これでサフェールさんの黒幕説に信憑性が出てきたねー。とりあえず、さっさとおとなしくさせよか?」
春日や柚月の相談などお構いなしに、ハラは容赦なく剣身を飛ばしてくる。サフェールがこれを『光の翼』で防御すべく、無数の羽を舞い散らせた。これと剣身が交わると、あっという間に破壊のエネルギーは消滅する。この隙を突いて、柚月が生身の本体に当てないように「黒き珠」を発射。地面を深く穿つほど強力な爆風でふたり同時によろめいたところを、春日が猛然と繁村の前に迫る!
「オッサン、斬っちまうぞぉ!」
「若作りとか言われるよりマシだが……少しは傷つくねぇ!」
相手に通じているかわからない冗談を口にしながら、それでも春日は前進。シゲは筋骨隆々の体を切り裂かんと、双剣を同時に切り下ろすが……相手は「はっ!」と気合とともに太刀筋を見切り、強引に両方の刃を同時に白羽取りした!
「能力はそこそこなんだがな。怒りと怯え、そして焦りのせいで台無しになってる」
「う、う、うひぃーーーっ!」
シゲのピンチに、ハラが動く。しかし武器を持つ手首は、いつの間にか撫子の妖斬鋼糸で括られていた。親父殿を狙う凶刃は、本人も予期せぬ場所へと飛んで消える。
「わたくし、剣では後れを取りません!」
「な、うぉ! い、いつの間にぃーーー?!」
怒りが極端なら、驚きもまた極端。敵のふたりは圧倒的に不利な状況だが、有利に進める側も攻め切れない事情を抱えていた。
このままお仕置きを執行するのは簡単だが、予想外の力に目覚めた原因をこの状態の本人たちから聞ける気がしない。だからといって、このまま放置しておくと『適合しない異能力を行使し続けた場合の副作用』などが発生する危険があった。暴れ狂う本人たちとは裏腹に、メンバーたちにはデリケートな対応が求められている……うまくこう着状態に持ち込んだものの、決定打がないまま時間だけが過ぎていった。
そんな時、メビウスのケータイが鳴った。彼は声の主を知ると、柚月に向かってケータイを投げる。
「柚月! エリヴィアからだ! そっちで相談してくれ!」
「ええ知らせやね、きっと! もしもし〜?」
非常時だというのに、エリヴィアはご丁寧な挨拶から始めた。その後、アカデミー日本支部で聞いたという情報を柚月に伝える。
『先ほどレディ・ローズ様が、ご自身で所有の文献から重要なキーワードを見つけられました。紫苑様への説明が続いておりますので、僭越ながらわたくしめが要約いたしましたところ……強引に異能力を覚醒させるアイテムの存在があるとのことでございます。敵から該当のアイテムを奪取することで、事態が終息へ向かう可能性はあるそうです。こちらの情報が一助になればと思い、失礼ながらわたくしめからご連絡させていただきました』
「きっとそれが正解やね! 奪取については、その道のプロにお願いするよ!」
「キキッ? ウキキ……!(訳:俺のことやろ? ま、その表現、悪い気せんなぁ〜)」
佐介が人語を理解するのは、柚月も知るところ。あくまで仲間のひとりとしてお願いし、その手際のよさを披露してもらおうと彼女は考えた。
しかし電話の内容を佐介に伝えると、相手が下手に警戒する可能性がある。下手に暴れたり、アイテムを守るために無茶をするかもしれない。ここはタイミングを計らねば……柚月はそんなことを考えていると、メビウスのケータイからエリヴィアの声ではなく亮吾の声が響いた!
『柚月さん、話は聞いたよ。手癖悪くてごめんね。ちょうど風上からの準備が整ったんだ。今から15秒後にあいつらの能力を一時的に封じる方陣を発動させるから、同じく手癖の悪い佐介さんに伝えていいよ!』
「亮吾くんを怒るのは、どうやら氷雨さんだけじゃなさそうやね。ま、うまく逃げれたらええと思うよ?」
氷雨に怒られるだけならまだしも、佐介に報復されるのはたまらない。亮吾は口笛を吹いてすっとぼけた。そのわりには何か妙な旋律……柚月はケータイから漏れる音を聞いて柄になくニヤリと笑うと、安心して佐介に作戦を伝える。
「佐介さん、今から8秒後に連中の能力が無効化されるから、隠し持ってる怪しいアイテムをすぐに奪ってほしいんよ!」
「なっ、なんだと! お、おい、シゲ! なんであいつら、このこと知ってるんだ?!」
「ま、まさか、こんなに早く気づくなんて……!」
「キキーーーッ!(訳:イモ洗いより簡単な仕事やな!)」
今まであれだけ暴れ狂っていたくせに、ふたりはいきなり素に戻った。そのリアクションがすべてを物語っている。あの能力はアイテムによって引き出されたものであると。凶悪性もそこから得たものであると……メンバーは約束の時間に備えた。
無力化の時間が迫る。伊原は焦りからか「最後の抵抗」とばかりに手首を巧みに動かして剣身を乱射した。しかしサフェールが『弦鎧・アルカンスィエル』を弓に変化させ、空気弾を体に命中させて行動を抑制する。あらぬ方向に飛び散った剣身は、非物理の力を帯びたオーラを身にまとった春日がさっそうと飛び上がり、すばやいパンチで残らず消し飛ばした。
柚月の正確なカウントダウンが進み、亮吾の方陣が時間通りに発動。その瞬間、それぞれの剣がすっと消えた。かすかに聞こえる口笛の音は方陣の形成に必要で、音を飛ばすために風上に立っていたのだ。
目に見えない形のサポートは、事を有利に運んだ。撫子は伊原の服を妖斬鋼糸を操り、佐介は繁村の目の前で居合い切りを仕掛ける。ふたりの狙いは「服を破ること」だった。案の定、敵の体からポトリと丈夫な紙が落ちる。これを佐介が失敬すると、記念にとばかりにまざまざと覗き込んだ。
「キ? キキ? キキーーー?(訳:なんやて? 『剣王』の暗示? なんのこっちゃ?)」
「亮吾くん、方陣を解除してええよー。もしかしたら、もっかいお願いするかもしれんから、こっちの会話も聞いといてな」
カードらしきものを取られたふたりは、まるでマンガのように佐介を追いかけ始めた。もっとも、追いかけられるのはシゲだけだが。
やはり力の根源は、あのアイテムにあるらしい。あっかんべーをしながら逃げる佐介をフォローするかのように、どーんと春日が立ち塞がった。
「お、お、お、おいっ! オッサンどけって!」
「お前らよ。誤解がないようにやっとくが、俺はな……こんなこともできるんだぞ?」
ボガッ!
春日がちょっと本気で地面を殴ると、実生活ではあまり聞かない鈍い音が響いた。そのすさまじい拳圧は土砂を撒き散らしながら、彼らの目の前に小さな窪みを作る。それっきり、シゲとハラはシュンとなって動かなくなってしまった。
「俺たちみんな、これくらいのことはできるんだ。もうおとなしくしてろ」
「は、はい!」
「よし、ひとまず安心だな。これで自由を満喫できるってもんだ」
元気のいい声が終戦を告げた。サフェールは「終わったな」と言いながら武器を収め、撫子も不要な束縛を解いた。そして誰もが自然と佐介の元へと足を運ぶ。未熟な異能力者に禍々しき感情を植えつけていた、あのカードの元へ。
「これは……まるでタロットカードですわ。暗示と絵柄が異なっているようですが、形状はまさしくそれですわね」
「大分類は『剣王』らしい。どちらも枠の上に記されている。個々の暗示は下にあるようだ。繁村のカードは『グラディウス』、伊原のカードは『エストック』。絵柄もそれぞれの能力を表しているらしい。悪しき魔力を感じるが、まさかこれが人を狂わせるのか?」
「キキーーー?(訳:これ、日本の刀シリーズとかないんか?)」
佐介はすばやくケータイを操作して自分の発言を春日に伝えるが、相手は露骨に戸惑いの表情を見せた。その昔、一般的に流通したとされる武器でこの能力なのだから、銘のある刀となれば切れ味も能力も相当厄介だと思われる。それにこの手の武器を素人が持つと、熟練者ほど扱いに困るものだ。危険を顧みない攻撃を簡単に仕掛けてくるというのが理由だが。
「剣王の暗示に属する2枚のカード……と考えたらええんかな? そこのおふたりさん?」
すっかりおとなしくなった犯罪者コンビは、お仕置き後にやってきた桜井警部の持ってきたロープでぐるぐる巻きにされている。きっと、このまま檻に入れられるのだろう。聞きだせることがあれば、今のうちに聞いておきたい……それが柚月の本音だった。すると伊原があっさりと口を割る。
「その、あの。メビウスさんの代理とかってさ。確か、レイニーとかいう外人のオッサンが……これをくれてさ」
「この能力に目覚めるんだって言われてよ。ハラも俺もこうなっちまったんだ。メ、メビウスさん、信じてくれよぉ!」
思わず、撫子と春日は息を呑んだ。
かつて敵として出会ったことのあるアカデミー・オセアニア支部の教頭にして、ヨーロッパの秘術『魔導剣』の使い手。彼の名を『レイニー・ブラスト』と言った。この話はおそらく事実……ふたりは声を揃えて教師たちに伝える。
それを聞いた方は、呆然と立ち尽くした。てめぇの教頭が犯した悪さなら耐えられるが、まさかよその支部の教頭が東京で無法をするとは。さすがに生徒を責めるわけにもいかず、メビウスもリィールもやり場のない怒りを胸に刻んだ。どうしていいかわからなくなったメビウスは、とりあえず協力してくれた桜井警部に謝罪する。
「そのよ、桜井警部。ホント悪い。うちの教頭もさ、最初からそんなつもりでお願いしたんじゃないと思うんだ。と、とにかく悪い……」
「その驚きっぷりを見てると、責める気はないよ。これさ、うちの氷雨とか大丈夫なのかな。ってか、ハンター登録してる能力者もこんなのにカテゴリされてるのかい?」
さすがの桜井警部も、この状況では昼行灯を装っていられない。さまざまな可能性が浮かぶとは、近い未来がこじれていくという不条理。メビウスは頭を抱えてしまった。その混乱を収拾すべく、柚月が確認を始める。
「たぶん今回呼ばれたみんなはもちろん、今は取り乱してるメビウスさんとリィールさん……それに冷静な桜井警部は、今はこのカードを持ってないね?」
これは最優先すべき質問事項だが……全員の答えはもちろん「持っていない」で統一された。
「なんだい。つまり柚月は、もう一度『シューティングスター』ってのをやろうって言ってるのか?」
「春日さんの言うとおりやけど、事件の起こるタイミングもわからんし、以前のように明確な目標があるわけじゃないんよ。この件は、例によって桜井警部に任せるのがええやろね」
「今は信用できるパートナーがひとりでもほしい。不本意だが、異能力者選抜チーム『シューティングスター』は大復活だな。まーた予算の話で、上役とケンカか。ぞっとしないね」
撫子は柔らかな笑みを見せながら「よろしくお願いしますわ」とみんなに声をかける。ここから始まる怪事件は、はたして収束するのだろうか……?
アカデミー日本支部の行動は早かった。
主任の紫苑がオセアニア支部の異変をいち早くキャッチし、すばやく調査に飛んだ。どこに行ったかは不明だが、エリヴィアはレディ・ローズの元を離れない。金色の髪をかすかに揺らしながら高級な紅茶をカップに注ぎ、それを主人に手渡すとトレイを持ったまま脇に控えた。
「あ、私はまだ持ってないから。ヴィジョンタロット」
「それをわたくしめにお伝えになる必要はございませんのに……」
教頭はあからさまにいやな顔をした。どうやら察しのいい方はお好きじゃないらしい。レディ・ローズはそのまま紅茶の入ったカップを口に運び、ひとこと「おいしい」とつぶやいた。
「久々に命を狙われるってのもいいわね。悪い気はしないわ。魔導剣以上の何かを携えての再来日……今度こそ死ぬ気ね、レイニー」
「シスターより、短期契約で勤めるよう言い付かっております。わたくしめをお雇いくださいますか?」
「いちいち情報を進呈するより、そっちの方が楽そうだからオッケーよ。魔女っ子シリーズのおもちゃは大事にしてね?」
しばらく遊びとは無縁になる。そんな悔しさがにじみ出るセリフにも、エリヴィアは深々と礼をして返事する。これは静かなる戦いの幕開けなのだろうか?
同じ頃、この事件を影で操っていると目されるレイニー・ブラストは、ある能力者と接触していた。これが、彼の次の一手である。
彼は面会の相手に自分のカードを見せ、素性を明かした。相手はアカデミーの教頭であると知って一度は驚くも、すぐに元の表情に戻る。この人物、面会することに慣れているらしい。ただ自分の顔を晒すことを嫌ったのか、客人のレイニーをあえて薄暗い部屋に通した。うやうやしく礼をするレイニーの顔は、青白い月明かりで相手に見えている。
「オセアニア支部の教頭といえば……レディ・ローズと犬猿の仲として有名なはず。こんな派手に活動していいのですか?」
「今はヴィジョンタロットに導かれし宿命の星なので、アカデミーとは関係ありません。再来日の理由は……まぁ、たいして変わりませんが」
「なるほど。今のあなたは『スタートゥエルブ』の『剣王』を統べる『エクスカリバー』の暗示を持つ戦士、というわけですか」
シンプルなドレスに身を包んだ細身の女性は、レイニーの発言に一定の理解を示すが、彼の提案は「受け入れられない」と冷たく突き放した。
そして、不意にこんな話を始める。
「私は以前、あなたのような復讐鬼に出会ったことがある。今から思えば、彼女は実に醜い女だった」
「恐れながら……それは、ご自分のことですか?」
レイニーは自分を否定されたが、紳士の礼をもって相手に接し続けている。彼女は大きく頷いた。「鏡で映した自分の姿は最低だった」と自嘲気味に語る。
「しかし、私は救われた。自分の闇の中に埋もれる私を、仲間たちが救ってくれた。それを無駄にはできない」
「あなたもまた戦う宿命にあるのです。素直にヴィジョンタロットの導きを受け入れなさい。あなたは『光輝』を統べる女王なのですよ?」
「宿命や運命に従うかどうかは、私が決めること……しかし、あなたの周囲に、あなたの凶行を止める人物がいないわけがないのに、なぜそれに耳を傾けなかったのですか。私はそれが残念でなりません」
ヴィジョンタロットの暗示のうち『剣王』と『光輝』のリーダーが密談し、さらに破談に終わる。このニュースは、後に能力者たちに大きな衝撃を与えた。レイニーは「仕方ありませんね」と言い残し、この屋敷を去ろうとした。
「次にお会いする時は……なんとお呼びすればよろしいですか? ミス・ヒサメ?」
「最後に失礼なことを聞くのね、ミスター。私の名は『シャドウレイン』。私は、それ以外の何者でもない……!」
風雲、急を告げる。
残酷な運命の歯車は、少しずつ動き出していた。月明かりに照らされる氷雨の姿……そして闇を跳ねる鹿の絵柄のヴィジョンタロットが導く未来は、いったいどこなのか?!
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】
0328/天薙・撫子 /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
7305/神城・柚月 /女性/18歳/時空管理維持局本局課長・超常物理魔導師
7658/エリヴィア・クリュチコワ /女性/27歳/主に仕えるメイド
3337/サフェール・ローラン /女性/20歳/アヴァロンの園・グラストンベリの12騎士
7186/ー・佐介 /男性/10歳/自称『極道忍び猿』
4451/彼瀬・春日 /男性/42歳/鍼灸整体師兼道場主
7266/鈴城・亮吾 /男性/14歳/半分人間半分精霊の中学生
(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)
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■ ライター通信 ■
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皆さんこんばんは、市川 智彦です。今回は「CHANGE MYSELF!」の第23回です!
長らくお待たせして申し訳ございません。今回から第3部の幕開けとなります。
第3部の幕開けから、なんかいろんな要素が濃厚に絡み合うシナリオになってます。
しかも昔のネタも混ぜながらという……またまた大騒ぎになりそうな感じですね。
次回はもうちょっとスリムにできたらなーと考えておりますが、どうなることやら?
衝撃の展開がてんこ盛りですが、主人公はもちろん皆さんです! ぜひ楽しんでくださいね!
今回も本当にありがとうございました。また『CHANGE MYSELF!』でお会いしましょう!
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