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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


零ちゃん、人様の家の留守番をする
●オープニング【0】
「それじゃあ行ってきますね」
「ああ。しっかり留守番してこい」
 出かける準備を済ませた草間零を、そう言って草間興信所より送り出すのは草間武彦であった。
「……さてと、俺ももう少ししたら出ないとな」
 ちらと時計を見てつぶやく草間。これから大阪に向かって発たなくてはならなかったのだ。
「絵を受け取って大阪で1泊か。楽な仕事といえば確かにそうなんだが……」
 と言いつつ思案顔になる草間。探偵の勘とでもいうのか、何か引っかかるのである。実は草間が大阪に向かうことと、零が留守番に向かったのは、同じ依頼者によるものなのだ。
 先週事務所を訪れた依頼者は60過ぎの元医師で、1人暮らしであった。そんな依頼者が草間に頼んだのは、大阪での絵画の受け取りと、自宅の留守番の2つであった。何でも自身で受け取りに行く予定だったのだが急用が入ってしまい、困っているのだという。
 しかしながら、そういうことであれば探偵に頼むような事柄ではない。便利屋に頼んでも十分済む話である。ところが依頼者曰く、その受け取る絵画というのがあまり表に触れさせたくない物らしく……。
 そして前金で30万出され、依頼完了後にさらに20万払うと依頼者が言ったことにより、結局草間はこの依頼を引き受けることとなったのだ。
「……報酬を弾んでくれるのはいいんだがな」
 合わせて50万の報酬、絵画の受け取りと留守番の対価と考えればあまりにも破格ではなかろうか。
「とりあえず、誰かにちょくちょく零の様子を見させておくか……」
 電話に手を伸ばす草間。そして何人かに連絡を取り、零のことを頼むのであった――。

●疑い出すときりがない【1】
「えっと、頼まれたのはこれで全部……よね?」
 ドラッグストアから出てきたミネルバ・キャリントンは、手に提げたビニール袋の中を改めて確認しながらつぶやいた。中に入っているのは掃除の時に使う各種洗剤や雑巾、粘着テープクリーナーなどといった類の品であった。
 頼まれた、と言っていることからしてそれらはミネルバ本人が使うための物ではない。留守番先へ向かっていた草間零へ電話をかけた時に、後で行くので何か必要な物はないかと尋ねたら、これらの掃除用具をお願いされたのであった。どうやら留守番している間に、その家の掃除をもしてしまうつもりらしい。何とも零らしい話だ。
 そもそもミネルバが零の留守番する家へとこれから向かうこととなったのは、草間武彦からの頼みによるものであった。つい先程急に電話があったばかりだが、話を聞いてみると確かに草間が何か訝しむのもミネルバには理解出来た。いくら受け取る絵画が表に触れさせたくない物だとして、いくばくかの口止め料も含まれているのだとしても、仕事内容と報酬とのバランスには少し疑問がある。
「……この不景気にずいぶん気前のいいこと」
 と、歩きながらつぶやくミネルバの眉間に軽くしわが寄る。裏を勘ぐっているのだろう。
(何か後ろ暗いことでもあるのかしらね。あるいは……草間さんと零ちゃんを引き離す何かの策略……?)
 などなど考えたミネルバであったが、はたと立ち止まるとぶんぶんと頭を振った。
「ああもう……まさか、考え過ぎね」
 ついついこんなことを考えてしまうのは、この所色々とあったせいなのかもしれない。それで疑い深くなっているのだろう……ミネルバは自分にそう言い聞かせた。
 そして大きく1度息を吐き出すと、零の留守番する家へと急ぐべくミネルバは再び歩き出した。

●目的地到着【2】
(確か住所はこの辺りよね)
 目的地付近へとやってきたミネルバの目前に、2階建ての大きな家が見えてきた。いや、大きいのは家屋だけでなく敷地もそれに見合った広さを持っていた。その家の玄関が不意に開かれた時、何故だかミネルバは反射的に物陰に身を隠してしまった。
 そして玄関から姿を現したのは白髪の老紳士と零であった。
「それでは明日までよろしく頼みましたよ」
「分かりました。こちらのことは気になさらず、気を付けてお出かけください」
 にこやかに話しかけてきた老紳士を、ぺこりと頭を下げて送り出す零。なるほど、この老紳士が件の依頼人であるらしい。草間から元医者と聞かされていたが、見れば納得の温厚そうな人物にミネルバには見えた。
(でも見た目と中身が違うのもよくあることだし)
 考え過ぎだと自分に言い聞かせても、疑い深くなった状態はそうそう簡単には元には戻らず。
 物陰に隠れて様子を窺っていたミネルバは、老紳士が家の近くから去ったのを確認してから目前の家に行き、インターフォンを鳴らした。
「はい、どちら様でしょうか?」
「零ちゃん、頼まれた物を持ってきたわよ」
 インターフォン越しに聞こえた零の声に対し、ミネルバはそう伝えた。
「あっ、ミネルバさん! すぐ行きますね!」
 という声が聞こえてから数秒後、ガチャリと玄関の扉が開かれて零が顔を出した。きっと廊下をパタパタ駆けてきたのだろう。
「すみません! お手数おかけして……」
 ミネルバの顔を見るなり、またしてもぺこんと頭を下げる零。
「いいのよ、聞いたのはこっちなんだし」
 ミネルバは笑顔でそう言うと、頼まれた品々が入った袋を零へと差し出した。
「ありがとうございます! やっぱり使い慣れたメーカーの洗剤の方が、勝手も分かりますから」
「お掃除がはかどるって訳ね」
「はい!!」
 零は笑顔でこくこくと頷いた。
「……あ、でも」
「どうかしたの?」
 ミネルバが零の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「いえ……せっかくお留守番をさせていただく訳ですから、明日帰ってこられるまでに家中をピカピカにしておこうと思ったんですけど、それを話したらいくつかの部屋は掃除をしなくていいと言われて……」
 そのように答える零は少し残念そうであった。
「まあ……他人に入ってほしくない場所は誰しもあるでしょうし。うっかりそんな部屋に足を踏み入れて、怒られる心配がなくなったんだって思いましょ」
「……そうですね」
 ミネルバの励ましの言葉に、零はこくんと頷いた。そしてミネルバを家の中へと招き入れる。
(……入ってほしくない部屋、ね……)
 そんなミネルバの頭の片隅に、今の零の話が引っかかっていた――。

●家の中へ【3】
「1人暮らしだって聞いたけど……」
 リビングへ足を踏み入れたミネルバは、ゆっくりと室内を見回しながら零へと話しかける。
「雑然とした様子もなくて意外に片付いているのね」
「10日に1度の間隔で、お掃除のサービス屋さんにお願いしているそうですよ」
 ミネルバの言葉に零が返した。なるほど、ならばそれほど散らかることもないのだろう。納得の話である。
「何はともあれ、落ち着いて仕事が出来そうな場所ね」
「え、仕事……?」
 零が今のミネルバの言葉にきょとんとなった。
「ノートPCを持ってきてあるの。それと着替えと――」
「えっ、泊まるんですか!?」
 驚く零。けれどもミネルバはしれっと答える。
「草間さんにお願いされたもの。1人だと心配だからって」
「心配……されてるんですか」
 ぼそりつぶやく零。ミネルバはそのつぶやきに、寂しさ半分嬉しさ半分入り混じったような想いをふと感じた。
「やっぱり女の子1人だと色々と心配なんでしょ。ほら、最近は物騒だし」
 ミネルバはそう付け加えて零を納得させた。
「ああ、私なら心配しなくていいから。毛布があればここでも眠れるし……」
 と、そこまで言ってからミネルバはふと気付く。零はどこで眠るのだろうかと。
「そういえば零ちゃんはどこで眠るのかしら?」
「あ、はい、こちらの客間を使ってほしいと言われました」
 零はミネルバの質問に答え、客間へと案内する。廊下へ出て零の後ろをついてゆくミネルバであったが、ふと奇妙なことに気付いた。
「……少し下ってる?」
 廊下を進むと確かに下っているような感覚があったのだ。そして奇妙なことはそれだけではない。敷地を頭に思い浮かべると、端の方へと向かっている感覚もあるのだ。
「2、3年前に増築したんだそうですよ。お部屋は足りているそうですけど、ベッドでしか眠れない方が泊まりにこられてもいいようにと、思い立って作ったんだそうです。ただ庭との兼ね合いで、場所が離れみたいになってしまったんだって笑って話してくれました」
 そうミネルバに説明する零。増築したというのなら、下る感覚などもまあ納得は出来る。ただ何故そんなことを思い立ったのかが、ミネルバにはよく分からなかったが……。
「ここです」
 客間の扉を開けて入る零。ミネルバも後に続くと、部屋の中央にはダブルベッドが置かれていた。そしてクローゼットと鏡台があり、客人が1晩過ごす程度なら別段不都合のない造りであった。
「シンプルね」
 ぐるっと部屋を見回すミネルバ。気のせいだろうか、この部屋は空気がこもっているように思える。しかし普段は使われていない客間であると考えれば、空気の入れ替え前であればこんなものであるのかもしれず。
「……後で窓を開けて、空気の入れ替えだけはしておいた方がいいかもね」
「そうですね」
 零はミネルバの言葉に素直に頷いた。

●点滅する黄信号【4】
 その後、家の中を一通り見て回ったミネルバはリビングに戻ってノートパソコンをセットして、自身の仕事を始めた。もちろん零は自分で言っていたように掃除である。
 途中、掃除途中の零によってリビングを追い出されたりもしたが、来客や電話といった邪魔もなく、意外なほどいいペースでミネルバの仕事は進んだのだった。
 もちろんただ黙々と仕事だけをしていたのではなく、間に休憩と称して零と話をし、依頼主である老紳士についてさらに尋ねることもミネルバは忘れていなかった。
 老紳士が1人暮らしの元医者であるのは草間からも聞いていたが、現役を引退したのは数年前、妻を事故で亡くした後のことらしい。それまで経営していた個人病院を旧友を通じて探した有望な若手医師に任せ、しかし建物と土地は老紳士の名義のままなので賃貸料をその若手医師から受け取るということで今は収入を得ているそうだ。まあ子供たちも居らず1人暮らしならば、その賃貸料とそれまでの貯金で食べてゆくのは恐らく可能であるからして。
(別におかしな所はないわね)
 零からの話を聞く限り、老紳士の人柄も悪くないように感じられる。けれどもミネルバの中から疑いが消えないのは、やはり仕事内容と報酬のバランスの件があるからだろうか。
 ともあれ、その後も何か起こる訳でもなく、夕食を済ませ夜も更け、仕事を続けるミネルバをリビングへ残し、零は1人客間へ向かったのだった。

●真夜中の影【5】
 真夜中――日付も変わってしばらく経った頃である。庭先、零の居る客間の外に1つの影があった。その影は何やら大きく重いボンベのような物を手押し車に載せて運んできていた。そしてボンベのような物を手押し車から降ろすと、何やらホースかチューブのような物を取り出し、そのボンベと客間の外側の壁に開いているらしい穴とを繋げようと試みる。
「……ふう……はあ……ふう……」
 影の息は荒い。その息遣いからして影は男性のように思われる。
 と、その時だった――影の顔のそばを通って、ダンッと果物ナイフが壁に刺さったのは。
「はい、それまで」
 影に向かって冷たい言葉が投げかけられる。そこに居たのはミネルバである。
「……いったい何をなさっているんですか?」
 厳しい目でミネルバは影を見つめる。リビングでの仕事中、何やら外から物音を聞き取ったので護身用に果物ナイフを忍ばせ出てきた所、こういった場面に出くわしたのである。
「な、何って……私はこの家の主人だ」
 影――老紳士はそうミネルバに答えた。
「自分の家で何をしようと勝手じゃないか。そ、それより君は何者だ! 場合によっては不法侵入で訴えても……」
「ええ、どうぞご自由に。ただし――その前に、ボンベの中身を答えていただけますか?」
「……い、いやっ、これは何でもないんだっ」
 ミネルバの追求に焦る老紳士。その隙を逃さず、ミネルバは一気に間合いを詰めると、老紳士の手首をつかんで捩じ上げた。
「ぐあっ!!」
 痛みに耐えられず、手にしていたポーチを取り落とす老紳士。ミネルバはすぐにそれを拾い上げると、中身を確認した。中に入っていたのは、何やら液体の入った注射器が数本。
「こんな時間から治療……ではないですよね」
 ミネルバが冷たくそう言い放つと、老紳士はへなへなとその場にしゃがみ込んだのであった……。

●後日談【6】
「警察が調べたら何本も出てきたそうだ……被害者たちを撮影したDVDが」
 数日後の草間興信所――不機嫌そうな表情の草間は、顔を出したミネルバにそのように切り出した。ちなみに零は買い物に出かけて不在であった。
「つまり常習犯だったのね」
 ミネルバが聞き返すと、草間は小さく頷いた。老紳士は色々と理由をつけて若い女性に泊まりで留守番を頼んでは、犯行を重ねていたのである。
 あの後、警察を呼んで詳しく調べてもらった所、ボンベの中身は麻酔効果のあるガスで、注射器の中身もまた麻酔効果のある物であった。つまりあの老紳士はその2段構えで相手を眠らせた後、目的を果たしていたという訳だ。しかしその目的というのが実にあれで……。
「……まあただ寝姿を撮影していただけだそうだから、そこは被害者たちにとっては不幸中の幸いだったんだろうが……だったんだろうが……何だかなあ……」
 深い溜息を吐く草間の表情は固い。それはそうだ、1歩間違えば零もまたその変態の餌食となって、被害者の仲間入りをしていたのかもしれないのだから。
「……奥さんを亡くしたことで、何かが壊れたのかもしれないわね」
「だな」
 ミネルバの言葉に草間がまた頷く。
「ま、零が戻ってきてもそのことには触れないでおいてやってくれ」
「ええ、もちろん」
 今度はミネルバが頷く番だった。零が今回のことでショックを受けているのは、ミネルバも現場に居たのだからよく分かっていた。
「それと……改めて礼を言っておく、ありがとうな」
「草間さんが心配したからでしょ、零ちゃんのことを」
 礼を言い頭を下げた草間に対し、ミネルバはくすっと笑って返した――。

【零ちゃん、人様の家の留守番をする 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 7844 / ミネルバ・キャリントン(みねるば・きゃりんとん)
                / 女 / 27 / 作家/風俗嬢 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全6場面で構成されています。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、妙に高い報酬の裏に隠されたことをお届けいたします。要するにあのお金はあれこれ含む物があるということなんでしょうね、犯人からすれば。被害者たちからすれば、たまったものではありませんが。
・ちなみに客間の空気がこもっているように感じたのは、空気の流れがそうなるように仕組まれてたからです。ガスが中に溜まるように、と。少し下ったような場所になっていたのも、同じくガスが溜まるようにとのことからですね。
・ミネルバ・キャリントンさん、11度目のご参加ありがとうございます。家に泊まったことでさくさくと問題は解決しました。まあ素人と元軍人相手じゃ、蟻が象を相手にするようなものですしね……。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。