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<Sweet!ときめきドリームノベル>


茶話小景。〜甘く甘い一日。

 そこは小さなお茶屋さんだ。静かで居心地の良い店内には、あちらこちらで穏やかだったり、優しかったり、楽しかったり、または少し甘い話に花を咲かせているお客様達が居る。ほんの少しレトロな佇まいの、なのに妙に町に溶け込むように違和感のない外観をしたお店。
 そのお茶屋さんの入り口に掛かった暖簾をくぐって、お邪魔さん、と来生・億人(きすぎ・おくと)は店の奥へと声をかけた。気付いて億人を振り返ったのは、妙齢と思われる優しい笑顔の女性だ。
 ここの店員だろうか、と前掛けを見て考えていたら「いらっしゃいませ」と声をかけられた。そのままパタパタと草履を鳴らしてやって来て、にこ、と億人の前で微笑む。

「お召し上がりですか?」
「ああ、うん。俺一人やけどかめへん?」
「もちろん。お席にご案内しますね」

 そう頷いた女性はクルリと振り返り、奥に居た真面目そうな青年に向かって「お願いね」と声をかけた。相手がこっくり頷くのを待って、お品書き、と筆で流暢に綴られた綺麗な冊子を胸に抱き、こちらへどうぞ、と歩き出す。
 女性の後ろに立って、億人もてこてこと茶屋の中を歩き始めた。きょろ、と眼差しだけを動かして店内を見回してみると、そこにはたくさんの客が思い思いに寛いでいる。とても賑わっているようなのに、混み合っているという印象に見えないのは、このレトロで落ち着いた店内と、溶け込むように存在している店員のお陰なのだろうか。
 ひょい、と矢絣の着物を纏った女性のぴんと伸びた背中に視線を戻したのと、女性が「こちらへどうぞ」と足を止めて億人を振り返ったのは、同時。中庭に面して大きく切り取られた窓際の、だが直接日差しが差し込んできて眩しい思いをしたりしないように配慮された席。
 億人が示された席に腰をかけると、こちらをどうぞ、とお品書きを置いて女性はどこかに行ってしまった。恐らく水などを持ってくるのだろうと予想して、パラ、と億人は女性が置いていったお品書きのページをめくる。
 写真付きで、表書きと同じく流暢な筆文字で綴られたメニューは決して多くはなかった。けれども脇の方に小さく「その他、ご希望の品がございましたらお気軽にご相談下さい」と書いてある。無意識に周りの席を見回すと、確かにお品書きにない甘味をつついている客も居るようだ。
 ふぅむ、と考えているうちに、女性が丸盆に湯飲みを載せて戻ってきた。ことんと億人の前に置かれたそれは、少しぬるめの緑茶がほこほこ湯気を立てている。
 そうしておっとり微笑んで、女性は億人に声をかけた。

「お決まりですか?」
「せやなぁ‥‥このお品書きにあるモン全部、3人前ずつ持ってきて」
「全部、3人前‥‥ですか?」

 お品書きの上から下まですっと指で示しながら当たり前の顔でそう言った億人に、さすがにちょっと目を丸くした女性が注文を繰り返した。うん、と頷いた億人は、だが少し心配そうな眼差しに気付いて「大丈夫や」とケロリと笑う。

「これからうち帰って夕飯食わなアカンから、これでもセーブしとんねん」
「まぁ」

 クスッ、と笑った女性が億人の言葉をどこまで真剣に受け止めたかは解らないが、彼女は頷いてお品書きを手に奥の方へと引っ込んでいった。ほんまやねんけどなぁ、とぼやくでもなく呟きながら中庭へと視線を向けると、冬咲の花が目に飛び込んでくる。
 ほどほどに周りの話し声も聞こえてくるのだが、それでいて何を話しているのかは声がくぐもって聞き取れない。それが妙に居心地が良くて、何となく楽しい気分で注文がやってくるのを待っていると、ほどなく先ほどの女性と、店の入り口で見かけた真面目そうな青年が両手で大きな盆を持ってやってきた。
 青年が億人を見て、前の席に誰も居ないのを確認して、自分の手の中の盆に視線を落とす。だが「おぉッ、きたきた♪」という億人の歓声を聞いて、どうやら間違いないらしい、と頷き女性に続いて盆の上の甘味を並べ始めた。
 決して品数は多くないが、それでもずらりと並ぶと圧巻だ。しかもそれが3人前ずつだから、テーブルはすぐに一杯になってしまう。億人の至福の瞬間だ。
 さてどれから手を付けようかと、目を輝かせて考え始めた億人に「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げて、2人の店員は揃って奥に戻ろうとした。だが「あ」と声を上げた億人に、女性の方が足を止めて振り返る。

「なあなあ店員さん、折角やからちょっと俺とお話していけへん? ただ食うてるだけやったら淋しいやん」

 億人の言葉に少し考える素振りを見せたあと、女性はきょろ、と店内を一度見回した。それから青年を振り返って一度頷き、喜んで、と優しい笑顔で億人の前にちょこんと腰を下ろす。
 おおきにな、とさっそく目の前の白玉あんみつに手を伸ばしながら、億人はからりと笑って礼を言った。

「いや俺もホンマはツレと来たかってんけど、ウチとこの家族は甘いモンよう食わんよって」
「そうなんですか?」
「うん。それに俺、居候やし。こないぎょうさん食うとこ見せたら色々うるさいねん」

 早くも白玉あんみつ1つ目を攻略し、次のあべかわ餅に手を伸ばしながら、こくりと億人は頷く。そうしながら脳裏に思い描いたのは、居候先の兄弟だ。生憎と――と言うべきなのか、億人の居候先は余り、いやかなり、財政状況が宜しくない。
 大体何を言われるのかまで脳裏にきっちりと思い描きながら、それでも顰めて見せた顔が暖かな笑顔を滲ませたものであったのを、女性は優しく見守った。見守りながら、そうなんですか、ともう一度相槌を打った。
 せやねん、と頷いた億人はごそごそ財布を取り出す。そこには普段はあまり入っていないけれども、今日はちょっと別だ。

「せやから俺、内緒で今月のアルバイト料全部持って来たんや。たまには俺かて誰にも気兼ねせんと、好きなモン食いたいやんか」

 後で知れたら同居人にこっぴどく怒られるだろうけれど、それはまたその時だ。むしろ家計に負担を掛けないように気を使っているのだから、文句を言われる筋合いだってないと思ってる。
 それにしても悪魔の自分がなぜこんなにも苦労しなければならないのかと、ふと我が身を振り返って遠い眼差しになったりもするけれども、それはやっぱり楽しい苦労だった。自分で考えている以上に億人は、今のこの状況を楽しんでいるようだ。
 そんな事を考えながら、ぱくぱく、もぐもぐと次々に並べられた甘味をお腹に納めていく。そうして時々、バイトの話や家族の話を匙を振ったり、両手を動かしたりしながら話しかけると、女性は時折は席を立って店の仕事をしながらも、戻ってきてはにっこり相槌を打ち続ける。
 やがて最後の白玉の器が空になり、からん、と匙が器の中で乾いた音を立てた。本当にきっちり3人前食べ切ったと、女性が目をまぁるくする。
 そんな女性にからりと笑い、先ほど出して脇に置いておいた財布をひょいと手に取った。

「‥‥いやめっさ美味かったわ、ご馳走さん。お姉さん、ありがとな」
「ふふ、こちらこそありがとうございます。楽しいお話でしたわ」

 にこ、と笑った女性がすっと立ち上がり、矢絣の着物の背中をぴんと伸ばして店の入り口に歩いていく。ぽん、とちょっと膨れた感じのするお腹をさすって、億人も再び女性のあとに続き、賑やかな店内をのんびりした足取りで歩き始めた。
 それほど時間を過ごした覚えはないが、ちらほら、先ほどは見なかった顔を見かける。けれどもそのどれもが穏やかに楽しそうで、見ているこちらも嬉しくなるのは変わらない。
 入り口のところで伝票を渡すと、すでに待っていた女性が受け取って、ざっと確かめるように眺めた。それからレジには触らないまま、会計の金額を告げる。億人のような注文をする人間はさすがに他には居ないだろうから、女性もしっかり覚えていたのに違いない――と言うか確実にそうだ。
 ふんふん頷き、お財布の中身からなけなしのアルバイト代を引っ張り出す。幸い、何とか今月のアルバイト代はちょっとぐらいは残りそうだ。もしかしたら億人の見事な食べっぷりに、ちょっとくらいおまけしてくれたのかもしれないと、チラリと見た女性の笑顔は相変わらず穏やかなままだったけれど。
 言われた通りの金額を払い、暖簾を潜ると外まで女性が見送りに出てきた。それは億人だけが特別なのではなくて、他のお客様にも同様にそうしているようだ。
 だが何となくありがたく、億人はふと思いついて女性をくるりと振り返った。

「あ、せや。これ、美味いモン食わせてもうたお礼や」
「まぁ、素敵な薔薇。‥‥‥あら?」

 ふぁさ、と顔を上げた女性の前に突き出した薔薇の花束に、女性がほっこり顔を綻ばせる。だが受け取ってから、そう言えばこの花束は一体どこから、と首をかしげた。
 それはそうだろう、と億人は頷く。彼は誓って、このお茶屋にやってきた時には薔薇の花束なんて持って居なかった。だから、彼女が疑問に思うのは正しくて。

「それ。魔力で出したモンやけど、ごく普通の薔薇の花束やで」
「まりょく‥‥ですか?」
「あ、言うてへんかった? 俺、人間ちゃうねん」

 けろっ、と笑ってそう言ったら、きょとん、と女性が目をまぁるくした。自分の腕の中にある薔薇の花束と、目の前にある億人の顔を不思議そうに見比べる。
 それが見ていて良く解ったから、「ウソウソ、冗談や」と億人はさらに笑顔を浮かべて手を振った。そうなんですか? と女性がくすくす笑い声を漏らす。どうやら言葉通り、面白い冗談だと受け取ってくれたようだ。
 ぽふぽふ、とそんな女性の笑いで揺れる肩を叩いた。

「ほなまたな。ご馳走さん」
「はい。またいらしてくださいね」

 そう言って、ぺこり、と頭を下げた女性に背を向けて、億人は振り返らぬままひらりと手を振り、寒空の下を歩き出す。今日の夕飯はなんだろう、と3人前を平らげた直後とは思えぬ夢想に浸りつつ、なかなか良いお店を見つけたと和菓子屋のレトロな外観を思い出し。
 ぺこりと、頭を下げた女性の矢絣の着物の背中を、思い出す。

「‥‥まぁ悪魔言うても信じひんやろしな」

 ぽつり、と呟いたのは寂しかったのか、楽しんでいたのか。あの女性なら、億人が悪魔だと言っても笑って受け止めてくれそうな気もするけれど、だがやっぱり単なる面白い冗談だと思われそうな気もして。
 来月のバイト代入ったらまた行ってみよかなぁ、と考えながら億人は、夕焼けに染まる町を家路につく。それはどこか心和む、穏やかな一時だった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /       クラス       】
  5850  / 来生・億人 / 男  / 996  / 下級第三位(最低ランク)の悪魔

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

居候の悪魔のお兄様のちょっと心和む一時、心を込めて書かせて頂きました。
関西弁は――えぇと、大丈夫だと思います、と関西の片隅に在住の一市民として力強く太鼓判を!(ぐぐっ←
甘いのんが大好物な悪魔のお兄様、とても可愛らしく、ほこほこ和みながら書かせて頂きました♪

悪魔のお兄様のイメージ通りの、恐らくはのんびりと羽を伸ばせた楽しい一時になっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と