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<東京怪談ノベル(シングル)>


ネトゲとキャンプと青い海
 ――その日はからりと晴れていた。
 蒼空に白い雲はもくもくと縦方向に伸びている。
 三島・玲奈(みしま・れいな)は行きつけのネットカフェに顔を出す。
 扉を開けた途端に彼女の耳に飛び込んできたのは、瀬名・雫の怒声だった。
「海星金貨をかえせ――!!」
 彼女はそう叫びながら目前のモニタをばんばん叩く。ついでとばかりにキーボードのF5も連打連打! 超連打!!
 凄まじい勢いに玲奈は一瞬フリーズ。しかしこのままでは雫はモニタどころかPCを破壊してしまうかもしれない。
 そんな事になったら――ネカフェ出入り禁止は間違いない。下手すると玲奈にまで嫌疑がかかるかも知れない。補償しろとか言われたらどうしよう。
 それは、困る。
「どうしたの?」
 なるべく優しい声音を作り玲奈が問うと雫は涙目の凄い勢いで彼女に迫る。
「玲奈ちゃんあのね……!!」
 涙ながらに訴えた内容は、以下のようなものだった。
 雫はとあるネットゲームに参加していた。
 お金をゲーム内で使われる「海星金貨」と呼ばれるものに換金し、そして依頼等に参加し楽しむ……とまあ、そういった種類のゲームだ。
 雫は昨日、ようやく入った小遣いを、全額「海星金貨」に換金していたという。
 よーし依頼の旗取りしちゃうぞー、と彼女は喜んでいたわけだが――嗚呼、なんという事だろう。
 突如の運営終了告知。
 運営終了は1年くらい前から予告をするものである。にもかかわらず、突然。勿論「海星金貨」は返ってこない。
「これは酷い……電凸するわよ! 雫」
 一通り話を聞いた玲奈は携帯電話を取りだし、猛然と番号をプッシュ。
「……出ないわね」
 もう一度プッシュ!
「……やっぱり出ないわ」
 更にプッシュ!!
「どうしよう、玲奈ちゃん」
 私の海星金貨、と雫は涙目。だが玲奈は……。
「……乗り込むわよ」
「え?」
 低く告げられた言葉に雫が問い返す。
「運営会社に乗り込むわよ」
 玲奈は目が座っている。しかも全身からドス黒いオーラが出ている気すらする。
「こら〜乙女の夢返せ〜」
 怒りに震える玲奈は雫の首根っこを掴むとそのままネットカフェから大股でずかずかと立ち去った。

 ――それから暫くして。
「……ここが運営会社ね」
 玲奈はとあるマンション一室の前へと立っていた。引きずり回されたと思しき雫は汗まみれでその場にへたりこんでいるが、まあ良い。
 先ほどの電話攻勢(というより玲奈の徹底攻撃)を鑑みるに、恐らく相手は居留守を決め込むだろう。
 ならば普通にノックをしても、出ては――
「頼もぉぉぉぉッ!!!」
 ――解説する間もあらば、玲奈がドアへと蹴りをぶち込んだ! 吹っ飛ぶ扉! そして数名の人々が扉をぶちあけた玲奈をぽかんと見つめている。
「あなたたち! 海星金貨を返しなさい!」
 びしっと指を突きつける玲奈。
「今、海星金貨返して貰っても運営終了しちゃったら意味が無いんだけれど……」
 雫が遠慮がちにつげる。
「前言撤回! 日本円で即座に返しなさい!!」
「……え、ええと。お客様……ですか?」
「それ以外の何に見えるの!?」
 おずおずと問われた言葉に玲奈はちょいキレ気味だ。
「……強盗とか」
「ちがーうっ!!」
 状況を説明し、中の人達――社員にも漸く理解が訪れる。だがそう簡単に海星金貨を返して貰えるわけでは無かった。
 というのも。
「いえ、お客様の情報が照会できないものでして」
 照会出来ないと返金できません、と社員。
「……それは、あたしたちの言っている信用できない、と……?」
「そ、そういうわけでは……」
 玲奈が指をぽきぽきならすと社員は怯えたようにそう告げた。
「……実は、顧客情報のデータが無くなっていまして」
「「はぁ!??」」
 玲奈と雫がすっとんきょうな声をあげる。
「同時にうちの社長も所在が知れない状況になっていまして……もしかしたら社長が持っていったのかも知れませんが……」
 ふと、玲奈はそのマンションの中をぐるりと見回す。社員の行動を示すスケジュールボード。その社長の欄に、小さくこう書かれていた。
「娘、ブラウニーのキャンプ」
 ……その日程は二泊三日ほどのものであったが、日付は何日か前のものだ。社員から聞き出した失踪の日程とあわせて考えると、どうもこのキャンプとやらが絡んでいる気がする。
 社長の女性はもしかしたら娘と情報を取引せねばならない事態となったのかも知れない、と推測。
「雫、キャンプ地に行ってみよう」
「え? で、でも……」
「事件の臭いがするのよ」
 玲奈は再び雫の首根っこを掴んで引きずり出す。再び炎天下に出る2人を、ゲーム会社の社員達は唖然として見送った。

 キャンプ地は海の近くであった。時折潮の打ち寄せる音が聞えてくるくらいだ。
 しかし――キャンプ地は異常事態が発生していた。
 周囲をうろつく黒い犬。
「玲奈ちゃん、あの犬……」
「しっ! 絶対声かけちゃ駄目よ!」
 玲奈はうろつく犬たちの正体を見抜いた。話しかけたモノを殺す犬。ブラック・ドッグだ。
 だが、話しかけずともある程度の範囲内に入り込めば犬たちは襲いかかってくるだろう。
 そして、もう一つ、彼女には思い当たるものがあった。
(「名簿の持出しに、ブラック・ドッグ……さては姑獲鳥の仕業ね」)
 怪異が関わってきた事で、彼女としても予測がついた。それはさておき、目前の黒犬だ。
 玲奈は妖精を大量に呼び出す。妖精達は「私、貴方」としか喋らないものだ。
「どうするの?」
 雫が不安そうにつげる。彼女の目にも妖精はお世辞にも強そうには見えなかったのだろう。
 だが、妖精達はブラックドッグ達へと向かっていく。犬たちが妖精に向かい駆ける。だが妖精は死なない。ただ「私、貴方」と言い続け、犬たちをどこかへと導いていく。
「玲奈ちゃん凄ーい」
「人外は死なないもの」
 雫の言葉に玲奈は胸を張ってみせた。

「これでどうか娘は……」
 キャンプ地にあった建造物に入り込んだ玲奈達が見たものは頭を下げる女性の姿。恐らく、ゲーム会社の社長だろう。
 その前に居るのは鳥を思わせる姿をした女――姑獲鳥だ。
 姑獲鳥は社長の差し出した書類とデータを受け取ろうとし――。
「まちなさいっっ!!」
 そこに玲奈が割って入る。彼女の放ったレーザーが姑獲鳥の翼を僅かに灼いた。
 あきらかな怒気を含んだ玲奈の姿にさしもの姑獲鳥も毒気を抜かれたのだろう。
「ま、待ってくれ。私も被害者なんだ!」
 姑獲鳥はそう訴える。
「……どういう事よ?」
 低気圧な声を出す玲奈に姑獲鳥は何があったのかを説明しはじめた。
 姑獲鳥はどうやら、野望の為に大量に個人名の載った名簿が必要だったらしい。
 そんな時目に入ったのがこのガールスカウト「ブラウニー」だった。
 妖精のブラウニーの女生徒が集まっているなら、人質に取り名簿を要求すればブラウニー達は家々に入り込んででも名簿を集めてくる事だろう。卒業名簿や周辺校の生徒名など芋蔓式に手に出来る……そう企んだわけだ。
 しかし、実際は人間のキャンプでアテが外れた、というわけだ。
「そうは言うがなぁ」
 姑獲鳥の説明が終わった途端、どこからともなく声がした。
「わしらだって大変なんじゃ」
 そう訴え姿を現わしたのはホンモノのブラウニー。
「呪縛され、大勢の人に奉仕せねばならん」
 ブラウニーは呪縛され、人々に奉仕をしなければならない。
 ……なら、解決方法は?
 黙考する玲奈の耳に渚の漣の音が聞えた。

「奥の手を使うわ」
 玲奈がぽつりと告げる。
 ブラウニーを屋敷から追い出すには着衣を一式捧げるといい、という伝承がある。
 たとえ呪縛されていても、この効果はあるはずだ。
 玲奈は纏っていた着衣を脱ぎ捨てる。その下から現れたのは――ビキニ。
 彼女が着衣をブラウニーに捧げると、彼らは礼を告げつつその場から消えた。
 そして軽く姑獲鳥を締め上げ二度とこんな事をしないようにと命じ、解放。
 女社長とその娘もようやく再開を果たせたようだ。
「それにしても……これからどうする?」
 万事収まった所で雫が玲奈へと問う。
「とりあえず……」
 玲奈が視線を海へと向ける。透明な海水が波打ち、そして渚を洗っていく。
「気温もいいし泳ごうか」
 ビキニ姿の玲奈は笑顔で雫へと手を差し伸べる。
 折角の海辺。そして、折角の夏。
 偶然遭遇したものとはいえ、事件を解決したのだ。その余禄として綺麗な海を楽しんだって良いはずだ。
 玲奈は雫と共に青空と碧海の狭間へと楽しそうに駆けていくのであった。