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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ある占いある逃避






------<オープニング>--------------------------------------



 買い物から帰ると、草間がソファの上で眠っていた。
 しかもほぼ全裸っていうか、ボクサーパンツ一丁の姿で、興信所内に置かれたやっすいソファーの上に、だらーっとか、伸びていた。
 痩身に見えてわりと細マッチョだとか、別に何でもいいのだけれど、クソ暑い外から戻ってきた瞬間にその姿を見たら、どういうわけか軽く苛っとした。なので、内浦は、買って来た袋の中から紅茶の缶を取り出して、別に誰も見てないからその小芝居必要ないんだけど、一応「あ、手が滑った」とか何か言って、その腹の上にボトン、とか、落とした。
 ドツッ、とかわりと痛そうな鈍い音が鳴って、ぐ、と草間の体が降り曲がった。
 紅茶の缶はすぐ隣に置かれてあったテーブルにぶつかり、ガツ、と地面に落ちる。
「ちょ、え、なに」
 とか何か、寝ぼけたような声が草間の口から、漏れた。「いった何これ」
 ぶつかった胸の辺りをさすりながら、薄目を開いた。それから、「えー」なんて呻きながら、上半身をゆっくりと起こす。若干パーマのかかった、頬くらいの長さのふわふわとした黒髪をぐちゃぐちゃ、とかき回した。
 テーブルの上にあった太めのフレームの黒縁眼鏡を、顔にはめる。床に落ちた紅茶の缶を見た。
 それから、ソファの横に佇んでいた内浦を見上げた。
「ねえ」
「うん」
「ぶつけたの」
「いや」
 とか何か、一旦はとりあえず、小首を傾げて誤魔化しておくことにした。「何か手が滑って」
「ねえ、内浦君」
「うん」
「さっき君、ちょっと笑ってたしね、薄っすら」
 寝起きのせいか、いつもはすっきりと切れ長の目が、今は少し、腫れている。そのまさしく今起きました感満開の、寝起き感満載の顔が、やっぱり凄い苛っとした。
「うんじゃあ、何か、ごめんね」
「あ、認めちゃうんだ」
「何か苛っとしたから、ごめんね」
「ねえ何。何なの。俺寝てただけじゃない。どういうこと。全然わかんない。どういうことなの」
「いやだから、何かちょっと苛っとして。今もしてるけど」
「苛っとしたからって、紅茶の缶ぶつけていいの。ねえ。寝てる人にそんなことしていいの」
「いや草間君になら、いいかなって。っていうか、あんまり顔こっち向けないでくれる、凄い何か、寝起きの顔が苛っとする」
「ちょっと、ちょちょ、座って。ねえ、ここ、座って、ねえ座って」
 がし、とか腕を掴まれた。かと思うと、ソファに引っ張られ、すとん、と座らされる。
「内浦君」
「うんなに」
「こんな缶とか、落としてさ」
 地面に落ちた缶を拾い上げ、ポン、と太股の上に投げてくる。
「うん」
「なにこれ、君あれなんでしょ。俺のこと、好きなんでしょ」
 とか言った草間の顔を、何か暫くちょっと眺めた。
「草間君」
「うん何だろう内浦君」
「あのー残念なことに、違うね」
「俺のこと、構いたいんでしょ。好きだから」
「違うって」
「分かってるのよ。こういうのって全部、好意の裏返しなのよ」
「違う」
「もうほんとこういうの困るのよね。いくら俺が好きだからって、ひねくれてないで、正直にさ、言って欲しいわけ。受け入れる準備は出来てるんだからさ」
「うんもう何でもいいけど、とりあえずずっと、後ろでお客さんが見てるしね」
「え」
 と、間の抜けた声を発した草間が、「え、なに」とか何か言いながら、後ろを振り返る。
 興信所の薄っぺらいドアから、体半分出した青年と目が合い、ちょっと固まった。
「あのー」
 暫くして、青年が、言った。
「草間興信所って、ここですよね」
「そうですが、何か」
 草間は、どう考えてもボクサーパンツ姿一丁とか明らか不審なのは自分の方のくせに、じろじろ、と不審者を見る目で、青年のことを見た。
「いや、相談があって来たんですけど」
 とか、この状況でそれを言ったのが驚きっていうか、良く言ったって感じだったけれど、とにかくそう彼が言っているにも関わらず、まだ暫く草間は何コイツみたいな目で青年のことを眺めて、内浦も、別に草間君が見てるならじゃあみたいな感じでぼーっとして、興信所内が凄い何か、シーンとかなった。
「あれ」
 と、青年が短く言った。
「ああ、何でしたっけ、依頼ですか」
 そこで今やっとスイッチ入りました、みたいに草間が話を促した。
「あ、はいそうなんです」
 焦らされ過ぎて、ちょっと力入っちゃいました、みたいに青年が若干前のめりになりながら、頷く。「いや何か、普通の興信所とかではちょっと、相談しにくい内容というか、ここなら、いろいろ変な悩みも聞いて貰えるって噂を聞きまして」
「だって、内浦君」
「じゃあ、とりあえず入りませんか」
「あ、否定はしないんだね」
「所長のこの草間武彦とかいう人が変だから、大抵の変なことは驚かずに聞きますよ」
 と、内浦が説明すると、「そうですか」ってこんな胡散臭そうな場所に入ってくるんだ驚きー、とか漠然と考えてる間にも、青年はすっかりソファに座っている。
「占い師を調べて欲しいんですよ」
 彼はそこに収まるなり、そう切り出した。
「あー、占い師を」
「駄目ですか」
「いやもうちょっと話を聞いてみないことには何とも」
 とか、草間が頭をかきまぜながら、言う。
 その横顔を、服着ないのかなあとか思ってちょっと見て、また、青年に目を向ける。黙って話を聞くことにした。
「僕の名前は、笹波といいまして」
「はー、笹波さん。涼しそうな名前ですね」
 とか言った草間の言葉は思いっきり無視して「あのー、その、僕の友人がですね」と、彼は話を続ける。
「はー」
「ある占い師のことを、めちゃくちゃ信じてましてね」
「はー」
「何かこれまでにも、いろいろと当てられてたことがあるらしくて。それで、今度は、その占い師の言われた通りの場所で、運命の人と出会ったから、結婚する、とか言ってんですよ」
「はー、いいじゃないですか」
 思いっきり興味とかないんですよね、くらいの勢いで打った草間の相槌に、青年が、すごいちょっと停止した。じーとか凄い見てから、「いや、良くないですよね」と、若干非常識を責めるかのように、言った。
「え、良くないですか」
「いやだって、絶対駄目ですよそんなの。だって明らかそんなの運命じゃないじゃないですか」
「いやどうだろう、分からないですけど」
「何かあるんじゃないかなあ。だいたい、良く当たる占い、なんて、そこからして嘘臭いじゃないですか」
「嘘臭いかなあ、どう内浦君」
「いやあ、どうだろう」
「僕はちゃんと見たことないですけど。これがそいつに聞いた占い師の情報です」
 青年がテーブルの上に写真を滑らせた。
「はー、年齢不詳な感じの女性ですね。いやあこれは明らかに占い師っぽい風貌ですよ」
「もう見るからに占い師だなんて、おかしいですよね」
「いや、おかしくないんじゃないですか」
「だいたい、本当にそんなよく当たるんなら、評判とかになってそうじゃないですか。でも別に有名な占い師ってわけでもなさそうだし。得体が知れないですよ。気味悪いんですよ。調べて下さいよ、この占い師のこと。絶対何かありますよ」
「何か、とは?」
「例えば、仕組まれてたり、とかですね」
「仕組むとは?」
「何か、こう運命だと錯覚させた、みたいな」
「えー、たかが結婚でそんなに手間かけるかなあ」
「そいつ、凄い金持ちなんです」
「はー」
「だから、そういうことがないか、ちゃんと調べてあげてほしいんです。それでこの占い師が本物なら、僕は、ちゃんと友人を、その、祝福、するので」
「はー」
 と、覇気なく頷いた草間が、内浦をちら、と見やる。
 何でこの人こんな必死なの、とその目が言っていた。




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 買って来たコンビニ弁当の蓋を外し、箸を割ったところで、同じくコンビニで買って来た雑誌を読んでいる洋輔の姿が、ふと、視界に入った。
 雪森・雛太は唐揚げを摘みながら、開いているページを盗み見する。
 そこに掲載されていたのは、良くある星占いのページで、それを見ていたら不意に、遠い昔の記憶が呼び起され、脳裏をよぎった。
「なー」
 とか何か、唐揚げを咀嚼しながら雛太は言った。
 そしたら、洋輔が雑誌のページを繰りながら、「んー?」とか何か、答えた。
「何かさ、ちょっと思い出したんだけどさ」
「んー」
「あれ何か俺が高校生くらいん時かなあ」
「んー」
「家庭教師がさ、何か、占いにはまっててさ」
「ふーん」
「ってお前それ今、絶対聞いてないよね」
「んーそうね、どっちかっていうとわりと聞いてないよね」
「いやマイルドに言うなよ、聞けよ」
 とか言うと、洋輔が「じゃあさ」とか何か言って、やっと顔を上げた。雛太の顔をじっと眺めてくる。
「何だよ」
「聞いて欲しいんです、って、ちょっと可愛く、言え」
「いや言わねえし。ほんで何でちょっと上から言われてんのかも分からないし」
 と、弁当の中の、ピンク色した漬物を突く。「そもそもその、ちょっと可愛くって指定がもう意味分かんないから」
「あ、分かった。じゃあさ、こうしよう」
「しえねよ。つか、じゃあって何のじゃあなんだよそれ。何を接続したんだよお前今」
「あらまー雛ちゃん相変わらず、顔は可愛いのに口悪ィ」
 からかうように笑いながら、洋輔がまた雑誌に目を落とす。
「顔可愛いとかは、余計。いや、可愛いだろうけど」
「で? その家庭教師の占いの話は、何か、面白いの」
「いや別にどうなんだろ。何か思いだしただけだから」
「ふうん」
「何か」
 と雛太は、つけあわせのしょぼいポテトサラダを口に運びながら、言う。「あれ俺が高校二年くらいの時の話なんだけどね」




 × ×




 薄っすらと赤く染まった液体が、透明なグラスの中で揺れていた。
 雛太は書籍に目を落としたままで、カップを手に取り、口に運ぶ。
 そこで、不意に、「あれ」と頭上から声がした。顔を上げると、つい一か月前まで家庭教師だった小野山の顔がある。
「雪森くんじゃないか。こんなところで奇遇だね」
 と、柔らかい笑みを浮かべる相手の顔を、雛太はぼんやり、眺めた。それから、「まあこの店、好きですし」とか何か、素っ気ない口調で、答える。
 驚きより何より、煩わしさが先にあった。
 相手の動向は全く意に介さず、ハーブティを口に運ぶ。それから、右側の窓の方を見やった。木枠のアンティークな窓にかけられた、質素なカーテンが、風にふわり、と揺れる。
 何処となく幻想的なインストゥルメンタルのメロディが、やけに空間を静かに感じさせた。
 暫くして、「なるほどね」と、小野山は言った。
「優等生が読書にふけるには、おあつらえ向きだね」
 無自覚なのだろうけれど、酷く嫌味めいて感じられた。だいたい、優等生と形容されるなんて、薄気味悪く、居心地も悪く、違和感がある。というかむしろ、違和感しか、ない。なのに大体の人は雛太のことをそう呼びたがった。そしてそれで片づけられるのだと、思っている。
 そんな簡単ではないはずなのに、そう簡単に形容され、カテゴライズされてしまうと、何より自分自身が自分自身を、酷く退屈な小さな枠に収まる人間のように認めてしまいそうになるのが、不思議だった。
 とりあえず、「はー」とか何か頷いて、雛太はまた、読書に戻った。
 そしたら、何故か小野山が向かいの席に座っている。
「あのー」
「うん」
「何で座ってんすか。他にも席、空いてますよね」
「うん言うと思った」
 平然と小野山は言い、やってきた品の良さそうなオジサン風のマスターに、ハーブティを注文する。「でももう、座っちゃったから、いいよね」
「いや、良くないす」
「俺今、占い師にさ」
「え」
「いやだから、占い師にね」
「何でもいいですけど、占いとか、信じてんすか」
「というか、信じようと思って」
「信じてる、じゃなくて、信じよう、ですか」
「そう。信じよう」
「何すかそれ。何かあるんすか」
「何かあるとは?」
「だって普通、迷いとか悩みとかないと、占いに興味とか持たなくないですか。何か、落ちた時に、ちょっと参考にしたくなるっつーか、引っ掛かっちゃうつーか。モチベーション上がってる時って別に、わりと気にしないすよね何にも」
「君、若いくせに、中々鋭いよね」
「何かその上から目線、苛っとするんで辞めて貰っていいすかね」
「俺、友人の笹波って奴のこと、好きなの」
「つかとりあえずそのやたら涼しそうな名前の笹波、誰ですか」
「知らないでしょ」
「はい」
「知らないから、言ってるんだよ。君とは今別に何の関係もないから、言ってんの」
「あ、そすか」
 文庫本をとりあえず机の上に置いて、椅子の背もたれにぐたりと寄り掛かる。手元を見つめながら、「でもまあちょっと分かるかな」とか何か、言った。
「雪森ってさ」
「はー」
「冷たいように見えて、優しい所があるよね」
「優しそうな可愛い顔して冷たいって、良く、言われるすけど」
「好きな子とか、いないの」
「いないっすねえ。つか、別に居ても言わないっすねえ」
「俺は笹波のこと、だいぶ、わりと好きなんだけどさ」
「だいぶなのかわりとなのか、どっちなんすか」
「でも、諦めるべきだよなあ、とか思ってんだよね」
「あ、ふられた感じすか」
「まだ、言ってない」
「それで諦めるんすか」
「それで悩んでて、ふと見て貰った占い師にね。やっぱり今の恋は諦めた方がいいって、それより新たな出会いがあるから、って。次に出会うのが運命の女性だ、ってさ。じゃあそれ一回聞いてみようかな、とか思って。そしたらほんとに暫くして、ある女の人と出会ってね。まあじゃあこれが運命なのかな、とかさ」
「運命って、そんなもんなんすかね」
「さー運命なんて、そんなもんなんじゃないの」
「ざっくりすね。つか凄いいい加減すよね。むしろ、やけっぱちみたいな匂いしか全然しないんすけど」
「まー8割、やけっぱちかもね」
「うわひど、ほぼじゃないすか」
「俺多分、めちゃくちゃ笹波のこと、好きなんだよね」
「ああやっぱりだいぶの方だったんすね」
「それ許したらさ。怖いんだよね、自分が」
「もしかしてわりと、束縛とかきついとか、ストーカーになっちゃうとか、そういうタイプですか」
「それは、そうなんだけど」
「あ、そうなんだ」
「でも、相手の自由を奪いそうな自分が怖い、なんて言いながらさ、本当は何よりその執着で自分の自由が奪われてしまうことを恐れてる気がする」
「自分の自由?」
「そういうことって、ない?」
「いやどうだろ。ちょっと分かんないすね」
「だから気持ちから逃げようと思って」
「はー」
「俺なんかどうせ、暇だから。くっだらない所に落ちちゃう予感がするんだよね、このままいくと。相手を束縛しようと努力する時間なんて、いくらでも、あるんだし」
「あー確かに。そこ落ちると、面倒臭そうすね」
「だから、今日にでも笹波に言おうかなって。ちょっと誇張して、自分に言い聞かすためにも」
「もってくみたいな」
「そう、もってく、みたいな」
「ふうん」
 雛太は、何の感情も込めず頷き、それから、ちょっと皮肉っぽい笑みを浮かべる。「ま何つーか。それはそれで、面倒臭そうすけどね」
「知ってる」
「そうすか」
 じゃあいいです、みたいに、雛太はライトに頷くと、また、文庫本に手を伸ばした。
 そこにちょうど、小野山が注文した分のハーブティが運ばれてくる。
 あのオジサンは話を聞いていたのではないか、というような、ベストタイミングだった。




 × ×




 買い物から帰ると、草間がソファの上で眠っていた。
 しかもほぼ全裸っていうか、ボクサーパンツ一丁の姿で、興信所内に置かれたやっすいソファーの上に、だらーっとか、伸びていた。
 痩身に見えてわりと細マッチョだとか、別に何でもいいのだけれど、クソ暑い外から戻ってきた瞬間にその姿を見たら、どういうわけか軽く苛っとした。なので、内浦は、買って来た袋の中から紅茶の缶を取り出して、別に誰も見てないからその小芝居必要ないんだけど、一応「あ、手が滑った」とか何か言って、その腹の上にボトン、とか、落とした。
 ドツッ、とかわりと痛そうな鈍い音が鳴って、ぐ、と草間の体が降り曲がった。
 紅茶の缶はすぐ隣に置かれてあったテーブルにぶつかり、ガツ、と地面に落ちる。
「ちょ、え、なに」
 とか何か、寝ぼけたような声が草間の口から、漏れた。「いった何これ」
 ぶつかった胸の辺りをさすりながら、薄目を開いた。それから、「えー」なんて呻きながら、上半身をゆっくりと起こす。若干パーマのかかった、頬くらいの長さのふわふわとした黒髪をぐちゃぐちゃ、とかき回した。
 テーブルの上にあった太めのフレームの黒縁眼鏡を、顔にはめる。床に落ちた紅茶の缶を見た。
 それから、ソファの横に佇んでいた内浦を見上げた。
「ねえ」
「うん」
「ぶつけたの」
「いや」
 とか何か、一旦はとりあえず、小首を傾げて誤魔化しておくことにした。「何か手が滑って」
「ねえ、内浦君」
「うん」
「さっき君、ちょっと笑ってたしね、薄っすら」
 寝起きのせいか、いつもはすっきりと切れ長の目が、今は少し、腫れている。そのまさしく今起きました感満開の、寝起き感満載の顔が、やっぱり凄い苛っとした。
「うんじゃあ、何か、ごめんね」
「あ、認めちゃうんだ」
「何か苛っとしたから、ごめんね」
「ねえ何。何なの。俺寝てただけじゃない。どういうこと。全然わかんない。どういうことなの」
「いやだから、何かちょっと苛っとして。今もしてるけど」
「苛っとしたからって、紅茶の缶ぶつけていいの。ねえ。寝てる人にそんなことしていいの」
「いや草間君になら、いいかなって。っていうか、あんまり顔こっち向けないでくれる、凄い何か、寝起きの顔が苛っとする」
「ちょっと、ちょちょ、座って。ねえ、ここ、座って、ねえ座って」
 がし、とか腕を掴まれた。かと思うと、ソファに引っ張られ、すとん、と座らされる。
「内浦君」
「うんなに」
「こんな缶とか、落としてさ」
 地面に落ちた缶を拾い上げ、ポン、と太股の上に投げてくる。
「うん」
「なにこれ、君あれなんでしょ。俺のこと、好きなんでしょ」
 とか言った草間の顔を、何か暫くちょっと眺めた。
「草間君」
「うん何だろう内浦君」
「あのー残念なことに、違うね」
「俺のこと、構いたいんでしょ。好きだから」
「違うって」
「分かってるのよ。こういうのって全部、好意の裏返しなのよ」
「違う」
「もうほんとこういうの困るのよね。いくら俺が好きだからって、ひねくれてないで、正直にさ、言って欲しいわけ。受け入れる準備は出来てるんだからさ」
「うんもう何でもいいけど、とりあえずずっと、後ろでお客さんが見てるしね」
「え」
 と、間の抜けた声を発した草間が、「え、なに」とか何か言いながら、後ろを振り返る。
 興信所の薄っぺらいドアから、体半分出した青年と目が合い、ちょっと固まった。
「あのー」
 暫くして、青年が、言った。
「草間興信所って、ここですよね」
「そうですが、何か」
 草間は、どう考えてもボクサーパンツ姿一丁とか明らか不審なのは自分の方のくせに、じろじろ、と不審者を見る目で、青年のことを見た。
「いや、相談があって来たんですけど」
 とか、この状況でそれを言ったのが驚きっていうか、良く言ったって感じだったけれど、とにかくそう彼が言っているにも関わらず、まだ暫く草間は何コイツみたいな目で青年のことを眺めて、内浦も、別に草間君が見てるならじゃあみたいな感じでぼーっとして、興信所内が凄い何か、シーンとかなった。
「あれ」
 と、青年が短く言った。
「ああ、何でしたっけ、依頼ですか」
 そこで今やっとスイッチ入りました、みたいに草間が話を促した。
「あ、はいそうなんです」
 焦らされ過ぎて、ちょっと力入っちゃいました、みたいに青年が若干前のめりになりながら、頷く。「いや何か、普通の興信所とかではちょっと、相談しにくい内容というか、ここなら、いろいろ変な悩みも聞いて貰えるって噂を聞きまして」
「だって、内浦君」
「じゃあ、とりあえず入りませんか」
「あ、否定はしないんだね」
「所長のこの草間武彦とかいう人が変だから、大抵の変なことは驚かずに聞きますよ」
 と、内浦が説明すると、「そうですか」ってこんな胡散臭そうな場所に入ってくるんだ驚きー、とか漠然と考えてる間にも、青年はすっかりソファに座っている。
「占い師を調べて欲しいんですよ」
 彼はそこに収まるなり、そう切り出した。
「あー、占い師を」
「駄目ですか」
「いやもうちょっと話を聞いてみないことには何とも」
 とか、草間が頭をかきまぜながら、言う。
 その横顔を、服着ないのかなあとか思ってちょっと見て、また、青年に目を向ける。黙って話を聞くことにした。
「僕の名前は、笹波といいまして」
「はー、笹波さん。涼しそうな名前ですね」
 とか言った草間の言葉は思いっきり無視して「あのー、その、僕の友人がですね」と、彼は話を続ける。
「はー」
「ある占い師のことを、めちゃくちゃ信じてましてね」
「はー」
「何かこれまでにも、いろいろと当てられてたことがあるらしくて。それで、今度は、その占い師の言われた通りの場所で、運命の人と出会ったから、結婚する、とか言ってんですよ」
「はー、いいじゃないですか」
 思いっきり興味とかないんですよね、くらいの勢いで打った草間の相槌に、青年が、すごいちょっと停止した。じーとか凄い見てから、「いや、良くないですよね」と、若干非常識を責めるかのように、言った。
「え、良くないですか」
「いやだって、絶対駄目ですよそんなの。だって明らかそんなの運命じゃないじゃないですか」
「いやどうだろう、分からないですけど」
「何かあるんじゃないかなあ。だいたい、良く当たる占い、なんて、そこからして嘘臭いじゃないですか」
「嘘臭いかなあ、どう内浦君」
「いやあ、どうだろう」
「僕はちゃんと見たことないですけど。これがそいつに聞いた占い師の情報です」
 青年がテーブルの上に写真を滑らせた。
「はー、年齢不詳な感じの女性ですね。いやあこれは明らかに占い師っぽい風貌ですよ」
「もう見るからに占い師だなんて、おかしいですよね」
「いや、おかしくないんじゃないですか」
「だいたい、本当にそんなよく当たるんなら、評判とかになってそうじゃないですか。でも別に有名な占い師ってわけでもなさそうだし。得体が知れないですよ。気味悪いんですよ。調べて下さいよ、この占い師のこと。絶対何かありますよ」
「何か、とは?」
「例えば、仕組まれてたり、とかですね」
「仕組むとは?」
「何か、こう運命だと錯覚させた、みたいな」
「えー、たかが結婚でそんなに手間かけるかなあ」
「そいつ、凄い金持ちなんです」
「はー」
「だから、そういうことがないか、ちゃんと調べてあげてほしいんです。それでこの占い師が本物なら、僕は、ちゃんと友人を、その、祝福、するので」
「はー」
 と、覇気なく頷いた草間が、内浦をちら、と見やる。
 何でこの人こんな必死なの、とその目が言っていた。




 × ×




「で? それから、どうなったの」
 と、わりと食い気味で聞いてくる洋輔を、面倒臭そうな目で眺め、雛太は言った。
「いや、知らない」
「えー」
 とか何か絶叫して、洋輔が、ベッドの上に転がる。
「んーだよそれ、何もなしかよー」
「だから言ったじゃん。何か思いだしただけだって」
「もういいわもー。しょーもな。雛ちゃんしょーもな」
「いや何かそれ、俺がしょーもない人間みたいな言い方するのだけは、やめてくんないかな」
 とか何か言っても、それきりぱたり、と洋輔は喋るのをやめてしまい、「んだーよおめーがしょもーねーわ」とか何か文句を言いながら、雛は食事を再開する。
 唐揚げを口に運び、飯を口に運んで咀嚼しているところで、いきなり「あ!」とか洋輔がはね起き、背後から抱きついて来た。
 突然のことに、受け身が取れず、口の中で咀嚼していた米粒が飛ぶ。
「ちょ! おま、何だよ、いきなり!」
「ねえねえ俺さ、昔さ、草間興信所でバイトしてたことあったじゃん」
「んーだよ。知らねえよ、うざいし、ちょ離れろって」
「いやいやいや知らねえわけねえだろ、一緒にやってたのに、何でいきなり記憶喪失なんだよ」
「つかもー、いきなり抱きついてくんなよ、つかいきなり抱きついてきてそんなくっだらねーこと言うなよ」
「だから、バイトしてただろ、俺ら」
「はいはい、あったね。なつかしーね。だから離れて下さいお願いします」
「でも、あっこすっげえ暇だったからさー。俺何か、過去の調査報告書とか、がんがん読んでたの」
「確かに、がんがん読めるくらい暇そうだったよね」
 ってもう離れろって言い続けるのも面倒臭いので、そのままにして、雛太は残りのオカズを食べることに集中することにする。
「それで見た気がする、笹波って名前!」
「えー」
「いやほんと、涼しそうな名前だわーとか思ったもん俺も」
「えー」
「何その嫌そうな声」
「何より、お前と一緒の発想だってことがもう、嫌だ」
「つかさ、つかさ、その笹波が、家庭教師の言ってた笹波だったら、その後の展開とか分かっちゃったりするんじゃないの」
「えー。どーかなー」
「分かった」
 と、洋輔はやっと雛太を開放し、手を叩いた。
「じゃあ確かめるためにもさ。久しぶりに草間んとことか、顔出してみる?」
 そして試すように、唇を釣り上げた。





    END










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 2254/ 雪森・雛太 (ゆきもり・ひなた) / 男性 / 23歳 / 職業:大学生】