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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


へい! らっしゃい!!

1.
「頼むよ、草間さん! そこを何とか!!」
 ハゲ頭のオヤジが草間興信所所長・草間武彦に頭を下げている。
 それを見守る零は困った顔で武彦を見た。
 うだるような暑さの所内。
 だらだらと汗が流れる所内には『節約』の二文字があちこちに貼ってある。
 ここまでハゲのオヤジに頭を下げさせる用件とは一体なんなのか?

「頼むよ、町内の祭りの屋台を引き受けてくれないか!?」

「…いや、俺ね、ハードボイルドが売りの探偵でね…」
「でも、町内会長さんにはお世話になってますし…」
 零がそう口を挟む。
 どうやらハゲのオヤジは町内会長を務めている人物のようだ。
「売り上げの60%はそっちの取り分で良いからさ。人助けと思って!」
 ここのところの興信所の家計を考えればこれは天の啓示にも似たお誘いであった。

「こんにちはー…」
 
 赤星鈴人(あかぼし・すずと)はその日、部活の帰りに草間興信所を訪れた。
 しかし、草間興信所の中は涼みに来たにはあまりにも暖かく、そして何より先客がいたのが鈴人の計算外だった。
「彼はここのアルバイトか何かですか?」
 ハゲ頭の町内会長はパッと顔を明るくしていった。
「いや、俺は…」
 と、否定する間もあればこそ。
 町内会長は鈴人の体をバシバシと叩きながら「結構結構!」と笑った。
「こんな素晴らしい若者がいるんなら屋台も万全! じゃ、お願いしましたよ!」
 町内会長はそう言いながら、草間興信所を去っていった。
「…ってことなんだけどさ、手伝ってくれるか?」
 半分しか理解できていない鈴人に、草間は苦笑いでそういった。
「俺ですか? いいですよ。特に予定もなかったし、ここにいるより涼しいんじゃないかって気もするし」
「…嫌味か?」
「いやいや」

 そんな軽いやりとりで鈴人は、草間の申し出を受けた。


2.
 サッカーチームのレプリカユニフォームにジーンズといったラフな格好。
 祭りの夕方、草間たちが屋台の準備をしていると鈴人はそんな出で立ちでふらりと現れた。
「おう、悪いな。…部活の帰りだったか?」
「祭りに似合いそうな服装がなかったから、それらしく見繕っただけですよ」
 にこりと笑った鈴人に「そうか」と草間は納得したようだった。
 祭り会場は思ったほど広くない公園だった。
 屋台も草間たちを入れて5件。
 どれも町内が管理している出店のようで、店主達がわいわいと和やかに談笑していた。
「あ、赤星さん」
 ひょっこりと屋台袖から出てきた零は、鮮やかな浴衣姿だった。
「零さん、似合いますね」
「…そ、そうですか? ありがとうございます」
 恥らいながらそういう零は、大和撫子そのもののようだった。
「さて、俺も手伝いますよ。何すればいいですか?」
「そうだな、材料は零が切ったから、炒め始めてくれるか」
 草間がそういってクイッと顎で屋台の中を指示した。
 中には山盛りに詰まれた麺とキャベツ、そして豚肉があった。
「焼きそばの屋台ですか…いいですね。腕が鳴りますよ」
 そうして、大きな鉄板の前に鈴人は陣取った。
 油をひいて鉄板を熱する。
 するとじわじわと額に汗が浮かんでくるのが自分でもわかった。
「熱そうだな。これ使え!」
 草間は鈴人へと白い物体を投げた。
 受け取ると、それは白い手ぬぐいであった。
「ありがとうございます」
 鈴人は礼を言うと手ぬぐいを頭に巻きつけた。
 とび職の人のような頭になったが、そこはモデルの顔の甘さもあってワイルドな格好よさになった。
 鈴人は改めて鉄板と向き合った。

 油は充分に熱せられていた。
 まずはキャベツをドサッと炒める。
 キャベツを程よくしんなりさせたところで豚肉を投入。
 こちらはしっかりと火を通し、それらを鉄片のスミへと移動させた。
 そして麺の炒めに入る。
 この時、しっかりと水分を飛ばし焦げ目をつけるくらいに焼くのがコツだ。
 そうしてキャベツ・豚肉と合流させて、ソースを混ぜる。

「…手際いいな、鈴人」
 自分の作業もほったらかしに見入っていた草間が感心した。


3.
 大量の焼きそばを炒めるのは苦労したが、なかなかおもしろい経験になった。
 いつの間にか宵闇に包まれた公園には人が集まりだしていた。
「焼きそばくださーい」
 少しずつお客が入り始め、鈴人は焼きそばをパックに入れる作業に取り掛かった。
「400円です」
 零が金銭のやり取りをし、鈴人が商品を渡す。
 草間は…というと、後ろでせっせと次の仕込をやっていた。
「そんなに売れるんですか?」
「売れてもらわなきゃ困る」
 必死だ。

「きゃー! 赤星鈴人だぁー!!」
 黄色い声が上がったのは、順調に売れ出した矢先のことだった。
「赤星さんですよね? モデルの!? あたし、大ファンなんです!」
 見覚えのない少女達が屋台に群がる。
 そして、焼きそばを購入しようとしていたお客を追い出してしまった。
「こんなところで遭えるなんて凄いラッキー! 握手してもらっていいですかあ?」
「今日の赤星さん、ワイルドで素敵です!」
「これって運命的だよね〜!」
「やだぁ〜!!」
「ていうか、あのオッサンに無理強いされてるんですか?」
 少女達に占拠された屋台は完全に開店休業状態。
「…焼きそば買いたいのに、何この店…」
 一番前に取り残された焼きそばのお客はぽつりと文句を言った。

「あのね、今日はモデルとしてのお仕事じゃないんだ」
 少女達に向かい、鈴人は口火を切った。
 顔には柔和な笑顔。
「今日は知り合いのお手伝い、焼きそば屋の店員。今日の俺はモデルの俺とは違うんだよ」
 そういうと、今度はお客の方に向き直った。
「申し訳ありません。焼きそばひとつでよろしかったですか? あ、お詫びに代金はサービスで」
 にっこりと笑った鈴人に、お客は気を取り直したようだった。
「そ、そう。ひとつください」
 思わずにっこりと笑い返して注文した。
「ごめんね君たち。今度はちゃんとモデルの俺で会いに行くから」
「わ、私達こそ邪魔してごめんなさい…赤星さん」
 ポット顔を赤らめて去っていく少女達を、鈴人は手を振って見送った。

「プロですね…赤星さん」
 ポツリと少し頬を染めた零が呟いた。
 鈴人はにこりと笑うだけだった。


4.
 町内会の祭りのしめは花火だ。
 しかし、打ち上げ花火ではなく家庭用の手持ち花火を来場者に分けて持ち帰ってもらうというなんとも小規模なしめだった。
 寂しいが都会のど真ん中で打ち上げ花火をやるには場所が狭すぎる、というのが理由だった。
「草間さん、今日はありがとうね〜!」
 町内会長が手持ち花火を携えて屋台へと顔を出した。
「売れ行きをまずまずですよ。売れ残りはどうすればいいですかね?」
「…これくらいの量なら町内会の実行委員に振舞ってやってちょうだい。喜ぶと思いますから」
 それじゃ、と言って町内会長は姿を消した。
「じゃあこれを後はパックにつめて実行委員のとこに持って行けばいいわけですね?」
 鈴人がそう訊くと、草間はあぁと答えた。
 手早くパックに小分けにして全ての焼きそばを詰め込む。
 この短時間でだいぶ焼きそば屋台の仕事が身についていた。
「じゃ、ちょっと渡してきますね」

「戻りました…?」
 屋台に戻ると裏手でなにやら草間と零がモゾモゾとしていた。
「何やってるんですか?」
 ひょいっと鈴人が覗き込むと、零と草間は先ほど貰った手持ち花火をちゃっかりとやっていた。
「お前もどうだ?」
 草間は鈴人の前に火の付いていない花火を差し出した。
 鈴人の今日の予定は特に何もなく、家に帰るだけだった。
 多分恐ろしい程蒸し風呂状態になっているのではないだろうか…そう考えるだけでため息が出そうだった。
「いいですよ。やりましょう」
 微笑んだ鈴人に「そうこなくっちゃ」っと草間も笑った。

 色とりどりの色に変わる花火は万華鏡のようだった。
 その内消えてしまっても、強烈な色彩は数分は目に残った。
「こっちもどうだ?」
 草間がニヤニヤと鈴人に缶チューハイを差し出した。
「お、いいですねぇ」
 喉はからからだった。
 ぷしゅっと開けて喉に流し込むと、なんとも甘美なアルコールの味がした。
「…こういう夏の過ごし方もあったんですね」
「子供時代に戻った気分だな」
 鈴人と草間が会話している横で、零が1人でキャッキャと花火で楽しんでいる。
「兄さん、赤星さん! 綺麗ですよ〜!」
 不思議と汗はかかなかった。
 花火が夏の暑さを忘れさせているようだった。

「…またこういう依頼あったら手伝いますよ」
「おう。頼りにしてる」

 草間の笑顔が、祭りを心から楽しんだことを物語っていた。
 鈴人は少し酔った顔で、にっこりと微笑んだ。


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■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2199 / 赤星・鈴人 (あかぼし・すずと) / 男 / 20歳 / 大学生


■□     ライター通信      □■
  赤星鈴人 様

 こんにちは、三咲都李です。この度は「へい! らっしゃい!!」へのご参加ありがとうございました。
 完全個別ノベルとなってしまいましたが、いかがだったでしょうか?
 柔和で笑顔の素敵な赤星様。とても素敵な設定で楽しかったです。
 ナルシストにならない程度に照れくさい台詞を天然で…上手く出来てるといいんですが…。
 それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。