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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


【呼子の鳴る丘】

●オープニング
 RE:やばかった!

 HN:通りん坊さん   XX年XX月XX日
 うわ、怖っ! 今度近く行ったときは気を付けよう(笑)
 うちの田舎にも行ってはいけない場所がありますよ〜。
 “呼子ヶ丘(よぶこがおか)”っていう雑草だらけの丘なんですが、
 “しぶき雨の晩”には行ってはいけないんです。

 “しぶき雨の晩”に丘に行くとね、ピーッという音が聞こえるんですよ。
 呼子の音とか、鳥の断末魔とかそれ系の。
 そこで昔、かなり偉い侍が殺されたんですけど、そのときに侍が呼子を吹いたらしいんです。
 その後、侍が殺された“しぶき雨の晩”になると
 侍の霊が呼子の音と共に出てくるようになったとか……。

 興味があるなら行ってみては?

 >3さん
   俺は呼子の音なら聞いたことありますが、
   行ったことないんで本当かどうかはわかりません。
   詳しく知りたいなら調べますよ。

 >6さん
   聞いてきました。地元の年配の人はみんな知ってる話らしいです。
   とりあえず、呼子の音を聞いた人は帰ってこないことだけ確認。


「その件、承りましたわ。但し、報酬は高く付きましてよ?」
 墨を曳いたような暗闇でその声はひびいていた。否、一点の薄緑色をした光がある。光に照らし出された横顔は細く気高い。青い大きな瞳をひとつ瞬かせて、アレーヌ・ルシフェルは高飛車な声を絞った。
「それで、呼子の音を聞いた人は帰ってこない、というのは本当ですの?」
 はい、と電話の向こうで低い男の声が答えた。今回の依頼人である。サーカスの花形として活躍するアレーヌはそのサーベル捌きを見こまれて退魔の仕事を引き受けることが少なくなかった。今回、幽霊退治に乗り出すことにしたのも、ゴーストネットOFFというサイトへ書き込みをした、という人物から電話を受けてのことである。
 もう何人も消えているんです、と電話の主は言った。
 なんでもあの書き込みをしてから何人もの自称・退魔師がやってきては次々と行方不明になっているらしい。みずから危険に飛び込んでいったのだから自業自得という言い方もできないこともなかったが、中にはまだ年端もいかない少女を連れた自称・霊能力者もいたというから、これ以上これを放置しておくことは危険を増やすことと同義であった。
 問題の侍の霊は相変わらず呼子の音と共に現れるらしい。だが、呼子ではないかもしれない、と依頼人は語った。書き込んだときの“鳥の断末魔”の音のほうが当たっているのではないか、と。


 呼子ヶ丘は雨だった。
 昏れる太陽は見えず、かわりに黒い雲が見渡すかぎりの空を覆っている。
 しぶき雨、という言葉の意味をようやく察してアレーヌは濡れた頬を拳でぬぐった。視界もきかないほどの雨が地面を穿って降り続いていた。呼子ヶ丘は雑草の生い茂る小さな丘だと聞いたが、その青臭いにおいすら鼻に届かない。強すぎる雨はすべてを洗い落としてなお激しく降り続いている。
 このままではらちが明かない。
 アレーヌは頭をひとつ振って金の髪を伝う滴を振り払うと丘の中心部を目指して歩き始めた。


 いくらもいかないうちに草のなぎ倒された広場が現れた。ちょうど丘の中心、雑草が生い茂って周囲の家々を隠してしまうあたりである。
 靭い雨はバラバラと音をたてて雑草とぶつかり、アレーヌから聴覚すら奪おうとしていた。
「さあ! 出てらっしゃいな!」
 張り上げた声すら雨に呑まれる。そのあまりの静けさに肌を泡立てた時、ピイィィィッという鳥の鳴き声のような音が周囲に鳴り響いた。言われてみれば呼子の音に聞こえないでもない。
 瞬間、アレーヌはボンナリエール――飛び退って身をかわした。
 一瞬前まで彼女がいた場所を鳥の羽音が駆けぬける。
「逃がしませんわ!」
 叫んで、アレーヌは灼炎のレイピアを鳥の残影めがけて突きこんだ。鳥はすばしこく空中回転し、それを避けてしまった。灼炎のレイピアの上に雨がしたたって、じゅうという音とともに水蒸気がアレーヌの視界を奪った。そこへまた羽音。
「ここ!」
 真正面を突いたレイピアは見事に鳥を貫いた。砂の崩れるように鳥は消え、その跡を煙るレイピアと雨が押し包む。しかし、戦いはこれからだ。舌打ちしたい気分でアレーヌはレイピアを見やった。
 豪雨に打たれたレイピアはその炎をほとんど消そうとしている。今やしょぼしょぼと水蒸気をあげるのみになったそれを心細く見つめ、しかし、アレーヌは自らを奮い立たせた。
 誰かが侍の霊を倒さねばならない。でなければ、罪もない人々や好奇心に駆られただけの人々が消えてしまう。
 アレーヌは灼炎のレイピアを握りなおすと、雨を払って正面を睨んだ。
 目の前にぼんやりとした人影が現れたのはその時だった。


 目の前に現れたのはずぶ濡れの侍だった。
 和食好きとはいえフランス生まれのアレーヌには、金糸の縫い取りがされたきらびやかな衣につややかな布地の袴を着けたそれが、時代錯誤はなはだしい着物姿であることしかわからない。ただ、それがただの侍ではなく、何らかの栄誉あるものを持った侍であることだけはわかった。
 アレーヌは雨を滴らせる髪を少し絞ると、礼儀正しくサリュー――一礼した。
「さあ、わたくしが相手ですわ」
 侍は眼窩のない眼でじっとアレーヌを見つめているようだったが、やおら刀を抜くと正眼に構えた。そのままじりじりと距離を詰めてくる。足裏をべったりと地面につけるその足運びはアレーヌには見慣れぬものだ。うっかり気を取られた隙に初太刀が来た。あやうく避けてアレーヌはレイピアを構えなおす。
 今の一撃ではっきりとわかった。この侍はアレーヌを殺すつもりだ。それが彼にとって何の利益になるのかならないのか、ならないと知ってなお為しているのすらわからない。だが、はっきりしていることは一つ、これまでに消えた人々はこの刃にかかって死んだのだ。
 血を吸った刃独特の、重苦しい沈黙をもって刃はひたりとアレーヌの眼前につきつけられていた。
 こうなれば、一瞬のファンデヴ――突きにかけるしかない。

 アレーヌはアンガルド――構えの形を正確にとって侍に相対した。
 侍はじりりと退がり、刀の切っ先を掲げる。そのままゆっくりとアレーヌの周りを廻り――
(来ますわ!)
 瞳の中に光が走ったと思うと同時、気づいたときにはアレーヌは灼炎のレイピアを突きだしていた。その切っ先は正確に侍の胸を貫いている。対する侍の刃はアレーヌをとらえ損ね、周囲の雑草をなぎ払っていた。わずかに外周を拡げた広場に、そんなものができた理由を知る。
「これで――」
 レイピアを引き抜くと、アレーヌは再度侍に向けてその切っ先を掲げた。
「最後ですわ!」
 それはあやまたず侍の刀と胴に突き刺さり――その体を強い炎で焦がした。


 肩で息しながらアレーヌは侍が残した焦げ跡を見つめていた。
 戦いが終わったとたんに雨はあがり雲は消え、あとにはほの白い月だけが輝いている。
「相応の最期でしたわね」
 呟くとアレーヌは焦げ跡に背を向けて、携帯電話を取り出した。
「ボンソワール、ムシュウ。アレーヌですわ。約束の報酬ですけれど――」
 立ち去るアレーヌの姿を月だけが静かに見つめていた。


<おわり>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6813 / アレーヌ・ルシフェル / 女性 / 17歳 / サーカスの団員・退魔剣士〔?〕】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、アレーヌ様。ご依頼ありがとうございます。
今回は侍と鳥の霊との戦いとなりましたが、
いかがでしたでしょうか。
また機会がございましたら、ご用命くださいませ。