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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


■美香の選択■


「お疲れ様〜」
 次々に同僚達が挨拶を交わし、帰路へとつく。美香もまた帰り支度を始めていた。何人かの同僚達はこの後食事をしに行こうと話しているが、美香はいそいそと職場を後にした。何の事はない、いつもの光景だった。生活してきた環境や抱えている問題が違う。そのせいか、美香はあまり周りとうまく馴染めてはいなかった。とは言え、粗悪な関係でもない。ただ、うまく付き合う事が出来ず、お互いに干渉しない関係。それが、美香と同僚達の正しい位置関係だった。


 いつも寄る家の近くのコンビニで夕食を買い、真っ直ぐ家に帰る。帰り道はいつも俯きながら早足で歩いて帰る。仕事柄、店以外の場所でお客には会いたくない。だからこそ、人混みに紛れるのは苦手だった。何処で客と会うか解らない。その為か、外界と自分を遮断するかの様に、イヤホンを耳につけ帽子を深く被っている。

「ただいま、っと…」
 誰がいる訳ではないのに美香が呟く。靴を脱ぎ、リビングにあるテーブルにコンビニの袋を置いた。生活感の全くない片付いた室内。実家に暮らしていた頃から片付けられた部屋で生活をする事が当たり前だったせいか、室内はいつも整然と片付けている。
 帰ってからはまずシャワーを浴びに行く。これもまた、美香の生活の習慣である。仕事柄、赤の他人に身体を触れられる。多少なりとも嫌悪感があるのは否めない。だからこそ、家に帰り、シャワーを浴びて洗い流す。その日一日の全てを忘れる様に…。


 シャワーを済ませた美香は、買って来たコンビニの袋からペットボトルのお茶をコップに注ぎ、そのままパソコンデスクの前にある椅子へと座った。
 パソコンが起動して、美香は慣れた様子であるサイトを開いた。『東京怪奇事件簿』。あらゆる怪奇現象を載せているサイトだ。投稿情報に、情報交換の掲示板。とは言え、だいたい決まったメンバーが書き込むのが常となっている。
「オフ会…やるんだぁ…」
 ふと美香の目についたオフ会の報せ。以前から掲示板上で話しをするメンバーばかりが参加するらしく、参加するメンバーのハンドルネームは見覚えがある。とは言え、顔も知らないメンバーが多いとなると行くか迷うのが美香の正直な所の気持ちだった。


 学生時代の友達とは、もう連絡を取っていない。家を出て自由になったとは言え、泡姫という特殊な仕事は正直引け目に感じる。もしも昔の私だったら、少なからず驚くだろう。それが美香の本音である。勿論、理解がある友人もいるかもしれないが、今は美香自身が話したくなかった。騙され、背負った借金から風俗で働く自分。そんな環境を知り合いに話せば、少なからず同情されるか嘲笑うだろう。どっちも願い下げだとすら思う美香は、コップに注がれたお茶を一口飲んで天井を見つめた。

「そういえば、こんな怪奇現象のサイトを見る様になったのも、草間さんと会ったばかりの頃だったっけ…」

 −時は遡る。
 美香が泡姫という特殊な仕事に携わり、落ち着き始めた頃。寮に住む同僚達が騒いでいた怪奇現象があった。当時の美香は、現実に目の当たりにした事がない心霊現象なんて物は信じてなかった。接客中に使う話しのネタ程度に耳を傾けていた。
「そういう事なら、ここを訪ねると良い」
 ある日接客をしていた客に、話題になっていた怪奇現象の話をしていた時だった。不意にその客はそんな事を言って、『草間興信所』の名刺を渡してきた。その時はお客さんから貰っただけで、これと言って連絡をするつもりもなかった美香はその名刺を財布にしまい込んだまま忘れ去ろうとしていた。

   ――だが、怪奇現象は遂には怪我人を出した。

 元々、異様な音や声と言った類に、多少のポルターガイスト現象程度の怪奇現象だったが、ついに被害者が現われてしまった。包丁や鋏などと言った明らかに危険な凶器になる物が人に向かって飛び始めたのだと言う。そして、真夜中に廊下を走る足音。更にはドアノブを開けようとガチャガチャと鳴らす音。基本的には美香と同じ職場の従業員である女性達しか住んでいないその寮は、変質者の防止の為に廊下に監視カメラを取り付けていたが、なにやら影が動いている様にしか見えない。
 そんな折、美香は『草間興信所』の名刺の存在を思い出した。こういった場合、何処に何を頼めば良いのかすら解らなかった美香は、藁にもすがる様に草間興信所を尋ねた。
「またお前みたいなのが来るか…」
 事情を聞いた後で、武彦は初対面の美香に向かってそう言うと、溜息を吐いた。
「…え?」
「お前、そこの壁に貼ってある紙の字、読めるよな?」
「はい…。『怪奇ノ類、禁止!!』ですよね…」
「じゃあ聞くが、お前の話は“怪奇ノ類”だとは思わないか?」
「思います…けど」
「なら解るだろうが!俺は基本的に探偵なんだよ!怪奇現象ばっかり俺の所に狙った様に集まりやがって!!」
「…紹介されたんです。あるお客さんから」突然叱られる様に武彦に問い詰められた美香は少し泣き出しそうな目をしながら膨れっ面でそう言った。
「知るか。俺には関係ない」武彦が煙草に火を点けて言い放つ。
「知るかって…」
「第一、お前の話を聞くと、それは明らかに怨霊や怪奇の類には間違いない。下手な事をすれば、危険が大きくなる可能性もある」
「…でも…、じゃあ何処を頼れば良いんですか…?このまま、何もしないで放っておくなんて出来ません…!」
「…はぁ…」武彦が煙草を咥えたまま天井を見つめた。「解ったよ。調べてやる」
「え…?」
「ただし、お前も付き合え。そこが女子寮なら尚更だ。お前を通した方が情報を集めるのも簡単だしな。引き受けてやるが、その代わり何が起きても責任は取らねぇぞ」
「…!はい!」
「さっきも言った通り、怪奇現象に対して下手な事をすればリスクは大きくなる。本来なら専門家に頼むのが一番なんだがな。今、この辺りじゃ怪奇現象が異様発生してるからな…」
「そうなんですか?」
「あぁ。連続的に事件が起きているせいで、神社や寺も手を焼いているって話しだ。詳細さえ解れば、対処も出来る。とにかく、すぐ出るぞ」


 ――今思い出しても、美香にとっての武彦の最初の印象は最低の部類に間違いなく入っていた。いきなり人を怒鳴りつけてきた上に、調査に協力してくれたは良いが、その一件から、あっちこっちに連れ回されるハメになった。それでも、美香は徐々に武彦を人として好きになっていた。ぶっきらぼうで適当。そんな人間に見えるが、決して何事も中途半端にはしない。そんな武彦に憧れを抱いていた。だからこそ、ただ連れ回されるだけの自分が嫌で、少しでも知識を得ようとオカルトや心霊現象を勉強し始めた。足手まといの様に扱われるのが悔しかった。


 なんだかんだ、美香は周囲の人間に救われてきた。武彦は美香の仕事を知っても特に気にした事もない様だったし、店長はあの日の屋上で美香を拾ってくれて、いつも美香を励ます様に声をかけてくれている。


   −だからこそ、応えなきゃいけない。美香はそう想っていた。

   −負けたくない…。強くなりたい。


 何処かに置いてきてしまった情熱に後押しされて、今の自分がある。いずれにせよ自分で踏み出さなくては何も始まらない。
 

    ――参加する方はこちら、と書かれたリンク先をクリックする。


 仕事に対する引け目もある。それでも、怪奇現象を好いている物好きな人々なら、変な価値観は持たずに自分を見てくれるかもしれない。勿論、それは美香にとっての偏見に過ぎない。だが、美香はそう自分に言い聞かせながら、必要事項を記入していった。




 ――オフ会当日。
 約束の時間は十九時。だが、美香は三十分も早く約束されていた場所に着いていた。心なしか心臓の鼓動は高鳴っている。文字の上での関係である人々と、初めて顔を合わせる事になるのだ。しばし美香は考える。こうして関わりを深める事。それは美香が家を飛び出て以来、初めてなのかもしれない。自ら断ってきた過去の繋がり。そして、これから始まるであろう新しい交流。身震いする。言い知れぬ感情が胸を圧迫し、そこから逃げ出したい衝動に駆られる。


「…あぁぁ…、緊張するなぁ…」


 美香は誰にも聞こえない様に静かに呟いた。周りには待ち合わせしている様な人が何人も立っている。応募フォームに参加者の特徴がそれぞれ自分で書いて載せていたが、それらしい人は未だいない様だ。手に汗をかく。緊張はいつまで経っても和らぐ事はなかった。
 気が付けば待ち合わせ時間の十分前になっていた。美香はそれらしい人をキョロキョロと探しながら、周りを見ていた。すると、二人組み女性がそこに立っていた。双子の姉妹で、赤いマフラーを二人で巻いている。それは、応募フォームに書かれた通りの姿だった。美香は大きく深呼吸をして、その二人に近付いた。

    ――「あのー…」


    ――自ら、新しい一歩を踏み出す瞬間。
     自らの自信になると想いながら、声をかける。

    ――「“東京怪奇事件簿”の方ですよね?」


    ――周りに応えられる“自分”へと続く一歩目。
     美香は偽りや営業も関係ない、笑顔と共に踏み出した。

                                Fin
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:6855 / 深沢 美香 / 性別:女 / 年齢:20歳 / 職業:泡姫】



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■         ライター通信          ■
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いつもお世話になっています、白神 怜司です。

美香さんの日常を書かせて頂くという事で、
何を主体に書こうかと悩んでましたが、
どうせなら、と背景や心情にとことんこだわらせて
頂きました。

気に入って頂ければ幸いです。

また機会がありましたら、是非宜しくお願い致します。
白神 怜司