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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.1 〜接触〜

 当たり前の日常。そんな些細な日々にも、多少の変化は生まれる。僅かでも確実に変わっていく生活。美香はそれに気付かずに日々を過ごしていた。
「それじゃ、お疲れ様でした」
 店長に挨拶を済ませて店を後にする。一般的な仕事に比べて仕事そのものはそこまで拘束時間が多い訳ではない。美香はとりあえず家へと真っ直ぐ帰り、いつも通りにインターネットでチャットを楽しもうと思いながら帰路へついた。
 途中、立ち寄ったコンビニでいつも通りに夕食とペットボトルのお茶を買う。店員とは何も話す事はないが、お互いに見知った顔である事は何も話さずとも解っている。


    だが、何気ない一日は、唐突に終わりを迎える。


 家に帰り、郵便受けを見ると、そこには一枚の封筒が入っていた。差出人不明の封筒。
「…まさか、お客さんにバレたのかな…?」美香の頭に最初に過ぎった差出人は、仕事の客であった。
 部屋に入り、羽織っていたコートをハンガーにかける。そのまま美香は早速シャワーを済ませに行った。いつもの日常に、いつもはない封筒。それだけが非日常であり、その存在を美香は気にしていた。
シャワーを済ませてグラスにお茶を注ぎ込む。ローテーブルにローソファ。美香はソファに座り込み、早速封筒を開けた。


『深沢 美香 様』


 封筒をあけた美香の目に最初に飛び込んできたのは、そう書かれたもう一枚の封筒だった。どうやらお客ではないらしい。客には美紀と言う名前を使っている。本名を知っている筈もない。美香はそう思いながら更に封筒を開ける。
「…何かな、これ…?」入っていた一枚のカードに触れ、美香が呟いた。真っ黒なカードが一枚。そこには何か魔法陣の様な模様が刻まれていた。不思議に思いながら裏面を見つめた所でカードが光を放った。
「――あら、カードに触れたみたいね」
 突然発した光の中から少女が現われ、美香の前に立っていた。少女は高校生ぐらいの年齢だろうか?どちらかと言えば幼い表情をしている。真っ赤な髪に真っ赤な瞳。
「…アナタ、誰?何処から…――」
「――深沢 美香」少女が美香の問いかけに答える事もなくそう言って美香の言葉を遮った。「令嬢生活を脱却後、詐欺によって多額の借金を負う。当時始めた仕事で泡姫という特殊な職につき、現在は借金も返済するが、その仕事は今も継続中…」
「…何で、私の事…」美香はあまりの驚きに目を見開く。しかし少女はそんな美香に小さくクスっと笑うだけで、また言葉を続ける。
「――その後、草間興信所と関わり、色々な怪奇事件に遭遇する。元々勤勉であった性格から、怪奇・オカルト等といった情報、知識力は豊富に蓄えられている」少女はそう言って美香の目を真っ直ぐ見つめた。
「誰なの?一体、何が目的なの!?」
「騒がないで。私…。いいえ、私達はアナタのその知識力を買っているわ。私は貴方をスカウトしに来たのよ」少女が淡々と喋る。
「スカウト…?」
「そう、私達は今、この世界を正しい方向へ導こうとしている。超常の力や、その力を使って」
「どういう、事?」
 少し前、武彦に出会う前の美香ならば、動転して話しを聞く事も出来なかっただろう。美香自身そんな事を考えてすらいた。自分が思っている以上に冷静に物事を見ている。
「アナタの知識を、この世界を変える為に使わせて欲しいのよ。危険な事は何もないわ。アナタは安全な所から、私達にその知恵を貸してくれるだけでいい」
「何者なの?」



      ――美香の言葉に、少女は優しい笑みを浮かべてこう言った。
             「私達は、“虚無の境界”」





「――おい、聞いてるのか?」
「…あ…、すいません…」
「ったく、人の説明聞いてろ」武彦が呆れた様に煙草の紫煙を吐きながらそう言った。


 美香は草間興信所を訪れていた。それは、“虚無の境界”と名乗る少女が美香の前に現われた翌日の事だった。突如武彦から電話がかかってきて呼び出された。

「――あの狼の事件を依頼してきた依頼人から、コンタクトがあった」


「あの時の、冥府の番人“ガルム”の…」
「そうだ」武彦が煙草を灰皿に押し付ける。「是非俺とお前に協力して欲しい、との事でな。特にお前の知識をアテにしたいらしいみたいだが」
「私の…知識…」
『――アナタの知識を、この世界を変える為に使わせて欲しいのよ』そう言っていた昨夜の少女の言葉が美香の頭の中を過る。
「あぁ。いずれにしても、これから来るらしい」
「そう、ですか…」
「どうした?随分暗い表情をしているみたいだが…」
「いえ、何でもないです…」
 美香は困惑を隠せずにいた。武彦はそんな美香の違和感に気付いてはいるものの、その事に対して深く聞き出そうとはしなかった。
「お兄さん、お客様がいらっしゃいましたよ」零がそう言って中へ連れて来たのは、狼の事件の依頼をしてきた張本人である男だった。
「よう、待ってたぞ」
「こんにちは」美香は軽く会釈をして男を見た。
 相変わらずと言うべきか、中性的な顔立ちをした若い男。日本人ではないであろう、銀髪に碧眼。
「お時間を取らせてしまう形になって申し訳ありません」
「いや、あの一件はどうにも心残りな点が多かったからな。とにかく座ってくれ」武彦がそう言って近くにあった椅子を寄せ、座り直す。「謎を残したままあの場で別れた俺としても、その後どうなったのか、何が起こっているのかが気になっているのも正直な所だ」
「ガルムさん、助かったんですか?」
「…とにかく、順を追って説明しましょう。まず、先日は名乗りもせずに申し訳ありません。私の名前は“シン”。とある機関に所属して、超常現象の類を調べています」
「…とある機関ってのは?」
「…International OccultCriminal Investigator Organization…。通称、“IO2”です」意を決した様にシンがそう言って武彦を見つめた。「ご存知ですよね?」
「…チッ」苦々しい表情で武彦が舌打ちする。
「あの、その“IO2”って…?」美香が口を開く。
「知らなくても無理はありません。怪奇現象や超常能力者が民間に影響を及ぼさないように監視し、事件が起ころうとしているならばそれを未然に防ぐ超国家的組織…。それがIO2です。詰まる所、政府の抱えた超常現象専門の警察、とでも言いましょうか」
「確かに、そう言えば聞こえも収まりも良いかもしれないな」
「超常現象専門の警察…」
「はい。我々は最近、東京で連続して発生している超常現象に関する事象の共通点を調査し、背後に立っていると思しき黒幕の存在を調べています。調査された対象の中は、あの“虚無の境界”も含まれています」
「…奴らが動き出した可能性があるのか?」武彦が煙草に火を点け、真剣な表情でシンを見て尋ねた。
「まだ確証は得られませんが、おそらくは。その調査の為に、こうして話しをさせて頂いているのです」
「…“虚無の境界”…」美香が呟く。
「知っているのか?」
「え…、いえ…。知りません」唐突な武彦の言葉に、思わず美香は嘘を吐いてしまった。先日美香の目の前に唐突に現われた少女が口にしていた組織名。美香が知らない筈はなかった。それに、武彦の明らかに不快そうな態度。美香はそんな武彦の表情を見た事はなかった。
「とにかく、彼らが動いているのであれば、あらゆる可能性を模索する必要性があると上層部が判断し、急遽戦力と成り得る方に協力を要請する様にとの通達がありました。今後は“IO2”との協力体制を取り、もしもの場合は召集に応じて頂く必要があります」
「願い下げだな」武彦が紫煙を吐いてそう言う。「“IO2”も人としてやってはいけない領域に手を出している筈だ。俺はそんな連中と手を組みたいとは思わない」
「やはり、と言いますか…。アナタはそう答えると思っていました」シンがクスっと笑い、言葉を続けた。「一度よく話し合って下さい。いずれ、“虚無の境界”もアナタ方二人に目をつけるでしょう。そうなった時、後ろ盾がいなければどうなるのか、を…」



 家に帰った美香は一人、頭の中で情報を整理していた。と言うのも、シンが去った後、武彦は何も細かい話をしようともせず、会話にならないまま美香は家へと帰るハメになった。不足している情報を一生懸命に整理する事しか出来ない。

「“IO2”は政府公認の超常現象に対する組織で、“虚無の境界”はこの世界を救おうとしている…かぁ。私には想像もつかないけど…」溜息混じりにベッドに寝転がり天井を見つめながら美香は呟いた。「そんな特殊な能力も力もない私を、何で両方が欲しがるのかな…」



――「私達は“虚無の境界”」
 美香は昨夜の出来事を思い返していた。
「虚無の…境界?」
「えぇ。言ってみれば、レジスタンスに近いかもしれないわね」少女はそう言って美香の向かいに座り込んだ。「もしも興味があれば、このカードを掴んで念じて。私に聞こえるから。今唐突に話をしても、理解出来ないでしょう?」
「それは確かにそうだけど…!」
「だったら、興味が沸いたら呼んで頂戴。私達はアナタに強制を強いるつもりはないわ」
「ちょ、ちょっと待って――!」
 美香の言葉が空を切る。言い切る前に少女はその場から姿を消していた。



「…悩んでいても、しょうがないよね…」美香はそう呟き、携帯電話とカードを机に並べた。「まずは、こっち…――!」



 ――この時の美香の選択が、その後の美香の人生を大きく変える事など、美香には知る由もなかった…――。

Episode.1 Fin




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:6855 / 深沢 美香 / 女 / 20歳 / 職業:泡姫】


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■         ライター通信          ■
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異界へのご参加有難う御座います、白神 怜司です。

両方から接触されるという形にさせて頂き、
どちらに加担するかを選んで頂こうと思い、
こういう形で書かせて頂きました。

また今後とも、是非宜しくお願い致します。
白神 怜司