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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.2 ■選択■

「“虚無の境界”…。あの時、突然目の前に現われた女の子…」美香はカードへと手を延ばした。「あの子がもし本当に“虚無の境界”の人間だとしたら、草間さんがあんな表情して『奴等』と言った相手の一味…?」

          ――カードを掴んで美香は念じた。


『あら、思ったより早い決断ね』不意に美香の頭の中を少女の声が響き渡る。
「え、何処にいるの…?」
『そのカードは携帯電話とでも思ってくれれば良いわ。私にもアナタの声は聞こえているもの』
「そう…」改めて美香は考えていた。当たり前の様にこんな物を扱う事なんて、昔の自分では出来なかっただろう。こうして自ら足を踏み入れる様な選択も、おそらくはしなかった筈だ。
『で、私に連絡をしてきたって事は、私達の仲間になってくれるのかしら?』
「それはまだ解らないわ…」美香が呟く。
『そう。とりあえず、アナタにはまずその街にある廃工場に来てもらおうかしら』
「廃工場…?」
『…ガルムとアナタが会った場所よ』
「な…っ!」美香が思わず声をあげた。「何でアナタがその事を知って――!」
『―悪いけど、このカードじゃ長話は出来ないのよ』クスクスと笑いながら少女が言う。『とにかく、今から来てね。待ってるわ』
「ちょ…ちょっと!」美香が声を上げるが、少女からの返答は返って来ない。「何で…知ってるの…」



 ―冥府の番人、ガルム。その名は最近も聞いた所だった。草間興信所で“IO2”からの誘いを受けた相手。彼もまた冥府の番人であるガルムの一件によって知り合った相手。美香にとっては不可思議な繋がりが生まれている事は間違いない。
 武彦と一度だけ訪れた廃工場。あの日と同じ様に真っ暗にそびえ立った工場を見つめると、美香は身震いした。やはり不気味な感は否めない。美香の足は自然と竦んでしまう。
「ちゃんと来たわね」不意に背後から声が聞こえ、美香はビクっとしながら振り返った。
「あ、昨日の失礼な子…」
「失礼な子って…」少女が呆れた様に溜息を吐く。「私の名前は百合。“柴村 百合”よ」
「百合ちゃん…ね」美香はそう言って百合を見つめた。「こんな所に呼び出して、一体どういうつもりなの?」
「あら、言った通りよ。私達はアナタの『知識』が欲しいだけ」
「嘘よ!」美香が声を上げた。「私程度の知識を持った人間なら、幾らでもいる筈…。私自身にわざわざ声をかける必要なんてないハズよ!」
「情報通り、随分と頭が回るのね。冷静に自分を客観視するのは、なかなか難しい事だわ」百合がクスクスと笑いながら言う。美香はまるで馬鹿にされている様な気分だった。
「否定、しないのね…。やっぱり何か違う目的が…?」
「そうね。今は否定も肯定もしないわ」相変わらずの余裕を浮かべて百合が美香の横を歩いていく。「ついてきて」


 百合と名乗る少女と共に、美香は工場の奥深くへと足を進めた。相変わらず魔法陣は描かれたままだ。誰かが侵入した形跡は特にない。百合も美香もお互いに口を開こうともせず建物の中を歩き続けていた。美香は黙って百合の後ろをついて歩きながら考えていた。何故自分がこんな所に連れて来られ、協力を求めているのだろうか、と。知識はせいぜい普通より多少詳しい付け焼刃程度。特殊な環境で育った経緯がある訳でもない。ただ家を飛び出て、ちょっと普通とは違う生活を歩んできた事。それ以外には特に何もないだろう。美香自身、自分を改めて客観視するが、そこに答えを見つける事は出来ずにいた。


       ――今はただ、ついていくしかない…。
              意を決した様に美香は前を見た。


 二人は工場の最深部に辿り着いた。
 狼のいた場所には魔方陣と、大量の血痕だけが一際大きな魔方陣の上に塗り潰す様に広がっている。恐らくあの日、ガルムの受けていた傷によるもの。美香はそう思いながら魔法陣の近くへと歩み寄り、足を止めた。百合がそんな美香の横を歩きながら周りを見つめて何かを調べている様な仕草をしている。
「ねぇ、何を探しているの?」美香が尋ねる。が、百合はそんな美香の言葉に何を答える訳でもなく、周りを見つめながら何かを考え込む様な仕草をしていた。
「やっぱり、アイツらに先を越されていたみたいね…」百合はそう言って舌打ちをした。
「アイツら…?」
「“IO2”。知っているでしょう?」
「…えぇ…」美香はその言葉に思わず目を逸らした。「どういう事なの?」
「冥府の番人、ガルムを召喚したのは私達の組織の人間なのよ」
「…“虚無の境界”が…?」
「そうよ。彼の力をうまく利用出来れば私達の“計画”は大幅に前進出来る。その為に、何人もの同胞達がガルムの召喚の生贄となった…」
「計画…生贄…?」
「そうね、せっかくだから教えてあげる」百合がそう言って美香を見つめる。「私達、“虚無の境界”が何を起こそうとしているのか。そして何故私達がアナタを欲しがっているのか、ね…」
「…そうね。それを聞かせてもらう為に、わざわざ来たんだから」美香はそう呟いて大きく深呼吸をして百合を見つめた。「知識が欲しいだなんて嘘に、説得力なんてないわ」
「えぇ。アナタが言う通りよ。そんなモノはただの“キッカケ”だもの」百合が冷たく笑う。「私達はアナタ以上の知識も力も持っているもの」
「一体何が目的なの!アナタ達もIO2も、一体何で私なんかに…!」
「アナタだから、よ」百合がクスっと笑いながら言葉を続けた。「IO2が何を狙っているのかなんて私も知らないわ。私達はアナタの憎しみを知っている」
「憎しみ…?」
「世界を憎み、苦しみ、恨み…。どうしてそうなってしまったのか、何故こんなにも世界は腐敗してしまっているのか…。深沢 美香、アナタも一度は感じた筈よ」
「で、でも私はもう憎んだりしていない!」
「本当にそうかしら?」百合が美香の心を揺さぶる様に問いかける。「アナタがいる特殊な業界は、人間の欲深さが浮き彫りになるわ。男はお金を払い、欲求を満たす。女は高いお金を貰い、身体を委ねる…。とてもシンプルな世界よね」
「な、何が言いたいの…?」
「人間の愚かさ、醜さ。アナタはそういう部分が見える世界を自ら選んでいる」
「違う…!私はただ、店長のお世話になったから…!」
「本当にそれだけなら、随分と気の長い恩返しね。アナタは安心したいだけ。自分よりも暗く、醜い人間を抱いて満足させる事で優越感を得たいのよ」
「違うっ!私はただ…―」
「―違わないわ」妙に優しい口調で百合が言葉を続ける。「一度たりとも、見下した事もない?欲情に染まった人間を、たったの一度たりとも?」
「そ、それは…ー」
「ー自分を騙し、利用した者は?」
「…っ!」
過る。頭の中を過った、美香を赤貧生活に叩き落とした男。美香は口を閉じた。百合がそんな美香の顔を見つめ、小さく口元を歪ませて冷笑する。
「…人は醜いわ。だからこそ、こんな苦しみを終わらせなくちゃならない。だから私達、“虚無の境界”は動き出さなくてはいけないの」
「百合…ちゃん…」
「人間は、新たな一歩を踏み出す。その為に、アナタの力が必要なのよ」



           ―そう、世界が憎い…。


       ―一度は投げ出そうとした命も、
             この世界を変える為に使うのなら…。



       ――美香は手を差し出す百合の手を握ろうとした。





「――で、何で今更“IO2”が俺の所に来たんだ?」武彦が煙草を咥えながら尋ねる。「まぁ、どうやら俺を連れ戻そうとしている訳じゃないみたいだがな」
「勿論です」シンが静かに笑う。「ディテクターの名を持ったアナタを力ずくで味方にしようとは、私も思いません」
「じゃあ一体、お前は何が目的で…――」
「――彼女は人間らしくなりましたか?」シンが言葉を遮る。「零と名付けたそうですね、草間さん」
「…お前、何処まで知った?」武彦の眼が鋭くシンを捕らえる。
「お気に障ったのならば謝ります。ですが、零を知るアナタであればお解かりになるでしょう?」
 武彦はシンの言葉に、少しの間黙って考え込んでいた。
「おい、まさか“虚無の境界”は“アレ”の実験を…?」
「…その可能性があるという事は否定出来ません」


          「“新型霊鬼兵隊”。
              虚無が動き出したと思われます」
                          Episode.2 Fin