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●東京に落ちる影
東京、時刻は深夜3時を回ったところ。
場末のライブハウスのバーテンダー、竜王寺・珠子(5215)はふと立ち寄った路地に広がる血だまりに、足を止めた。
暗い夜に光を投げかける、と言う役目を奪われた月が寂しげに、空に浮かんでいた。
攻撃的な明かりの下で光るのは、銀色の義手と豊かな銀髪の男。
彼の下で横たわるのは、先程出来上がったばかりであろう、新鮮な死体。
その頭を踏みつけて振りかえったギルフォード(NPCA025)は土気色の顔にニィ、と醜悪な笑みを浮かべた。
「あんた、逃げなくていーのかよ」
パッ、と駆けだした珠子、それを追うギルフォード。
「まあ、逃げても逃がさねぇけどな」
珠子の高い運動神経を以ってしても、距離が開く事は無い、付かず離れずの距離が続く。
このまま逃げ切れるとは思えない、警察にかけ込むのが筋なのかもしれないがこの男は『厄介な』臭いがしている。
――ヒュン
頬を掠め、飛来したのはナイフ、その先にいるのは客引きと思われる女性。
……足に力を入れ、女性を押し倒す事で彼女を庇うと、直ぐに体勢を立て直し、珠子は腰の刀――御神刀「九頭龍」――を抜き払った。
「(あたしってば、なんでこんな事に)」
悲鳴を上げて逃げて行った女性に、安堵とも嘆きとも取れぬため息を吐く。
だが、思考に没頭させてくれる程、相手は甘くは無かった。
ギン――
金属質な音を立てて、二つの鋼がぶつかり合う。
少しだけ、驚いたように目を細めたギルフォードは、飛んで後退するとナイフを投げる。
一つ、二つ、三つ……脚力に任せ、接近する事でナイフを交わした珠子の刀が、ギルフォードの肩を捉えた。
飛び道具を所持している相手と、近接戦にしか使えない己の刀――今更後には引けない、ただただ、攻撃して圧倒させるのみ。
血しぶきが舞う、だが、目の前の殺人鬼は愉快そうに笑い、鋭い蹴りを放つ。
横腹を蹴り飛ばされて壁に叩きつけられた珠子は、二度目の攻撃へと移るべく目の前で義手を翳すギルフォードの手を弾き、袈裟掛けに斬りつける。
「へぇ、中々やるじゃん」
「可憐な乙女に言う、言葉じゃないけどね」
「何処が可憐な乙女?間違いじゃねーの?」
その笑いは妙に、耳に残る嫌な笑いだった。
自分の血を浴びて、恍惚とした表情を浮かべるギルフォードは、肩から胸についた傷をものともせず鋭い蹴りを放つ。
刀の背で受け止めれば、受けのダメージが手を震わせるのが分かった。
「(本当は、あんまり使いたくないんだけど)」
自称一般人、である珠子としては、夜でも人通りの多い東京で『力』を発揮する事に躊躇いがある。
だが、このままではただの消耗戦――恐らく、女性である珠子の方が先に力尽きるだろう。
「(ああ、本当に、運がない!)」
珠子の心中を知ってか知らずか、ギルフォードは続けざまに五つのナイフを放つ。
カツン、カツン、カツン、三つを弾き、二つをかわし、更に接近、ほぼ側面に近づくと後ろ回し蹴りを放つ。
ギルフォードが受けに回るのを見、反撃の為に伸ばされた義手に光る爪が空を切り裂く。
――戦闘に、溺れきっていたわけではない。
体勢を低くする事で避けた珠子が、足に力を込めたまま跳躍、嵐と呼ぶにふさわしい風を纏いギルフォードの脇腹を捉えた。
相手の速度は速く、背を狙う事は失敗したがそれでも、大打撃と呼ぶにふさわしいだろう。
常人ならば、ショック死か、それとも出血死か。
だが、目の前の殺人鬼は酷く愉快そうに、嗤ったままだった。
――月は姿を隠し、にわかに雲が立ち上る。
嵐の前の静けさ、人々の喧騒は遠く、お互いがお互いの得物と命を擦り減らして戦う音。
それが、彼女と彼の空間だった。
血の流し過ぎで、目の前が暗くなる……気力で意識を保ち、如何にして相手の力を封じるべきか思考を巡らす。
「(……飛び道具、それに、足のリーチの差も不利よね)」
「ああ、こんなくだらない殺人も、いや、こうなる為の晩餐、最高じゃねーか!」
暗闇に響き渡る声、地を蹴り、身軽な動作で珠子へと迫るギルフォード、弾丸のようなその速度は視認困難!
「……っ!」
己に向けられる殺気と、そして優れた戦闘センスが咄嗟にその攻撃を受けとめる。
キリキリと鍔迫り合いが起こるが、力のみではギルフォードが優位だ。
強く押し、そして一旦後方へ飛びのいた珠子は、刀を翳し雷鳴を呼び出す。
至高の獲物、珠子をそう見なしたギルフォードは、最早『強者を狩る強者』であるべく飛び道具を自ら封印していた。
「あたしを、舐めるなぁっ!」
刀は義手の中ほどまでに食い込み、そして雷を流す、生々しい血の痕の付いたナイフが、軌道を描いて珠子の腹へ収まった。
手の痺れに、悩ましげな表情のギルフォードは、肩の部分から肉の焦げた臭いが立ち上るのも構わずに義手を振るう。
「(――片手が、使えない)」
腹に収まったナイフをどうするべきか、そのままにしておけば動きは鈍くなるが、抜いてしまえば出血は酷いだろう。
そして腹から響く痛みに、左腕が動く事を拒否していた。
右手に刀を握り、足を踏み出した……脳髄まで浸透する痛み。
だが、ギルフォードの攻撃は止まない。
「ぐっ!」
腹に鋭い蹴りを受けて、思わずその場に膝を付く。
「おいおい、この位でくたばるなよ?」
髪の毛を掴み、嗤うギルフォードの身体を下段から上段へ、斬り付けた。
歯を強く食いしばり斬り付けた先から、重ねるようにして傷を付けていく。
一つ、二つ、三つ……。
切っ先はギルフォードの首筋へ到達し、その土気色の皮膚を裂いて赤い大河を為した。
「――ははっ」
狂気に宿された男が、笑い声を上げる。
「最高、最高の夜だ――はははははっ!」
ははははははははははっ!
嗤い続ける男は、血を失い地面にひれ伏した。
時折痙攣するように身体が、唇が動いている。
――くらり、自分の身体が揺れるのが分かった。
空を駆ける古の竜。
認めた娘を抱き、その傷を緩やかに治していく。
目覚めた時、珠子は自分の部屋にいた――頭の中に響き渡る竜の言葉。
「ありがとう、助かったよ」
まだまだ、未熟だけれど……苦笑してテレビのニュースに視線を映せば。
東京××区にて、連続殺人。
――犯人は、現在も逃亡中。
鋭い刃物で切り裂かれており、目撃者無し。
戦慄する珠子、倒れた男の唇の動きを思い出す。
「……また、会おうぜ」
厄介な人間に、目を付けられた事を改めて感じ、珠子は頭を抱えるのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【5215 / 竜王寺・珠子 / 女性 / 18 / 少し貧乏なフリーター兼御神刀使い】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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竜王寺・珠子様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。
文章を拝見して、凛々しいお方!と思いながら書かせて頂きました。
傷つきながらも戦う姿は、美しいと思います。
ギルフォードに目を付けられた模様、珠子様も大変ですね!
では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
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