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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


チャペル







 池田は、何となく席を立つタイミングを逃し、右隣に座る草間武彦と共にぼんやりと人の居ない祭壇を眺めていた。
 何を考えていたかといえば、特に何も考えてなかったのだけれど、祭壇を見ている内に、今日の結婚式を進行するはずだった神父のことを思い出した。
 とりあえずあの、見るからに胡散臭そうな、思い切り日本人の、小太り中年男性の神父は反則でしたよ、とか思い、もしかしたら新郎は、あの神父が嫌で逃げ出したのではないか、とか、思った。
 そんな失礼なことを考えてふと左隣を見ると、その神父さんが座っていて、ぎょ、とした。英語の先生というよりは、確実に国語ですよね、みたいな眼鏡の男性が、じっとこちらを見ていて、これは責められているんだ、きっとそうだ、と、どういうわけか何か焦った。
「あ、ああ、すいません」
「おや、何故謝るのですか」
 とか聞かれても絶対答えられないので、「いえ、何となく」と、目線を逸らしつつも、「っていうか、そろそろ、出て行って下さい、ってことですよね」と、分かっているくせに、確認をした。
 そしたら何か、「そうですね、そろそろ出て行って下さい、ってことですね」とか何か普通に言われて、ちょっと思わず、その眼鏡の顔を見つめた。
「あのー」
「はい」
「じゃあ出て行く前にちょっと聞いていいですか」
「そろそろ出て行って下さいって面倒向かって言われたのに、貴方って見かけによらずわりと図々しいんですね」
「そうなんですよね。どういうわけか、良く言われるんです」
「じゃあ、その図々しさに免じて聞いてあげてもいいですよ。質問は何ですか」
「はいありがとうございます。じゃあ聞きますけど、こういうことって、良くあることなんですか」
「こういうこと?」
「あのー、式の開始時に新郎が居ないとかいう」
「あー」
 なるほどなるほど、と言わんばかりに神父さんは一旦頷き、はたっと思いだしたように池田を見た。
「そんな大したことない質問をわざわざ聞くなんて、益々図々しいですね、貴方」
「そうですよ、池田君は見かけによらず図々しい子なんですよ」
 それまで何を考えているか分からない、どころか、そもそも話を聞いていた様子すらなく、祭壇の方をぼんやり見つめていた草間武彦が、口を挟む。
 そんな事は、図々しいでも足りなくて、もー何か厚顔無恥! みたいな所をずっかずか行く、怪しげな興信所の所長、草間武彦だけには、言われたくない、と思った。
 思ったけれど、その怪しげで、厚顔無恥を地で行く男が所長を務める「草間興信所」でアルバイトをしている自分、に思い至り、池田はもー負けた。
「はーまー見かけによらず図々しくてすいません」
 とか何か、何で謝ってるのか全然分からないけれど、とりあえず謝る。
「まあ」
 と神父さんが、話を戻した。「長いことこの仕事やっていると、そういうことも、まあ、ありますよね」
「あ、そうなんですね」
 え、長いことこの仕事やってらっしゃるんですか、と、実はそこに驚いていたのだけれど、言ってはいけない気がしたので、「やっぱり、本当にあるんですね」とか、そっちに驚いたんですよ、みたいな顔を取り繕った。
「何回も見たいものじゃありませんけどね」
「はあ」
「新婦の方も親族の方も、お辛そうでしたよね」
 とか、神父さんは多分本気なんだろうけど、何を言っても白々しく聞こえるっていうか、嘘っぽいっていうか、胡散臭いっていうか、それはもう才能だ。
 そしたらそこで草間武彦が、「ねえねえ池田君。どうでもいいけど、チャペルとシャベルって似てるよね」とか、物凄いどうでも良いことを言った。
「それにしても、新郎の人、何で居なくなったんでしょうね。僕、確か、三十分くらい前に見た気がするんですよ」
 あんまりどうでも良いので無視して、とりあえず神父さんに、話しかける。
「ああ。確かに。式の開始前には来られてたんです。準備の段階でもいらっしゃいました。けれど、開始の時には姿を消されていた」
「ねえねえ、チャペルとチャオズとかもぎりぎりありかと思うんだけど、どうだろう、池田君」
「んーもうどうだろうって聞かれても答えないですよ」
「だからさ、新郎のことは、あれだよ。失踪したんじゃないの、何となく、嫌になって」
「何となくって」
「それよりもお二人は、お探しには行かないのですか。皆さん、ざわざわと出て行かれましたけど」
「それは、さっさと出て行けってことですよね」
「そうですね、後片付けとかもありますし。さっさと出て行けってことですよね」
「んーでも、探すねえ。それはどうだろ。結婚が嫌になって出て行ったんだとしたら、探してあげたら可哀想だと思わない?」
 とか言う草間は、立ち上がるのが面倒臭いだけ、だとか、探すのが面倒臭いだけ、みたいに見えた。
「でも、式の開始前には居たんだし」
「だから、急に思い立って嫌になったんだって。結婚。もしくは、そこでやっと新婦の本性を何か見た、とか」
「はー」
 池田は間延びした頷きを漏らし、チャペルの十字架をぼんやり眺めた。
 そして、あの新郎の身に一体何が起きたんだろう、と、考えた。



  ×  ×  ×



「なー」
 と、向かいに座った遥風・ハルカが、言った。
 上半身を仰け反らせるようにして椅子の背もたれに片腕を乗せ、残った方の手で、トントン、と白いテーブルを叩いている。「帰ろう」
 え。
 と、朱月・ヒカルは、予想外だった台詞に、思わず顔を上げた。
 そして、反射神経で振り返る犬、みたいに、傍を通る人を時々眺めたりしている、単純単細胞丸出しの相方の顔を眺めながら、こいつは時々、こういう所が良く分からない。とか、考えた。
 この男は例えば、テレビのドキュメンタリー番組では、必要以上に出てくる人達に感情移入し、ぼっろぼろ泣いたりする。
 可哀想、であるとか、淋しい、であるとか、熱心、であるとか、努力、であるとか、一生懸命、であるとか、一日も休まずに、であるとか、そういう台詞に凄い簡単に感動したり、心を打たれたり、感情移入して、何とかしてやりたい、とか、何とも出来ないくせに口にしたり、する。
 なので、困っている人を見ると放っておけない単純バカなんだろうな、と思っていたのだけれど、今、新郎に逃げられた新婦、であるとか、結婚式ドタキャン、であるとかいう、困っている人オンパレードなこの状況で全く興味を示していない。どころかわりとドライに「ふーん。あ、そうなの」くらいの平然とした顔を見せている。
 のは一体どういうわけなんだ、と、別にいいのだけれど、何だか凄い問いただしたかった。

 とか何か考えてたら、ハルカが不意にテーブルへと顔を戻して来た。
「え、なに」
 そこでやっと、じーとか見つめられてた自分、に気付いたのか、ハルカがちょっと戸惑ったように、言う。
「いや」と、ヒカルはまた目を伏せた。
 今にしてはもう切なさしか醸し出さない、結婚披露パーティの案内状、などを眺める。
「いやってアッキー。そんな思いっきりこっちガン見しといてそれは通らないよ」
「そうかな」
「いやそうでしょ。何で無意味に俺のこと見つめるのよ。好きな人でもあるまいに」
「なあ」
「なによ」
「帰るの」
「んー。だって別に俺ら居たからって関係ないじゃない」
「へー」
「へー、って何それ」
 いや。どうせお前の事だから、詳しい話とか聞く前から、もし俺のねーちゃんが同じ事されてたら! とか、全然関係ない所からの感情移入で新婦に肩入れして、逃げるなんて男として最低だ! 相手の男探し出してぶっ飛ばしてやるからな! とか、主観全開で、周りの迷惑顧みず新郎探しに猪突猛進して、しかもその先々で言動に一貫性がまるでないから、益々周りは大混乱。と、そういうことになるのだと思っていたのだ。
 とは。
 思っていても、口にするのが億劫だったので、「別に」と、短縮した。
 にも関わらず、相方は、まさに犬が如く嗅覚で、「別に」の中に短縮されていた何かを読み取ったようだ。
 曰く。「アッキーは、俺のことを誤解してるんだよね」
 でも多分、誤解するほど、理解していない。それに、この単細胞生物である相方が、俺が何をどう誤解した、と思っているのか、そもそもそこが、理解できていない。
 ただ、残念な事には、理解する必要性が全く感じられなかった。
 なのでそこはもー、「じゃあそれでいいよ」と、受け流し。
 そしたらハルカは、何かもーさっそく軽蔑したような目で、頬杖とかついてこっちをじーとか見てきた。
 そして。
「っていうかもう、俺が女だったら、絶対もーこんな男とは付き合いたいくないよね」
 奥二重の、アーモンドのような勝ち気な釣り目が、そんな事をもー言った。
 さすがは単純仕様。表情や態度と、口から出てくる言葉のスパンが、ビックリするほど、短い。
 しかもそのまま、「あ!」とか何か、良いこと思い付いちゃった的に手とか叩いた相方は、「そうだ! じゃあさ、じゃあさ。晴臣さんはさ、これまでにどんな恋愛してきたの、聞かせて聞かせて」と、意気込んできた。
 じゃあ、とその言葉で一体何を接続したのか、何がどう転んだらそういうことになるのか、まるで意味が分からなかった。
 こいつの頭はちゃんと働いているのだろーか、とか思い、働いてるならきちんと説明してみせろ、とか思い、でも、説明されても、単純仕様語は、理解出来ないかもしれない、と、結論した。
「お前さ」
 極度の眩しがりなため、いつも面倒臭そうに覇気なく細められてる目で、ヒカルはぼーっとか、ハルカを見やる。
「え、うん、なに」
「新郎とか、探しに行かないの」
「え、何で」
「いやもう、そういう面倒臭いお前の相手とかしなきゃいけないくらいなら、新郎とか、がーっ! って‥‥探しに行ってくれた方が、楽なんだけど」
「あのさ、アッキー」
 やれやれ、みたいに肩を竦めて見せたハルカは、「何で俺が探しに行かなきゃいけないわけ? それはさ、新婦さんとか新郎さんとか、当事者の人達が解決する問題でしょ。俺は関係ないじゃない」
 と、珍しくまともな判断力を、見せた。そして続けて、「他人の事なんて、興味ないよ」と。
 けれどそれに関しては、だったらあのドキュメンタリーに見せる感情移入は一体どういうことなのだ、と本当に問いたい。
 面倒臭いから、言わないのだけれど。
「だから、それはいいからさ。ほら、晴臣さんの恋愛遍歴教えて。あ、もしかしてあれでしょ、モテないんでしょ。いや、だって絶対そうだよね。こんな人がモテるはずがないんだもん」
「んーじゃー……春日、お前、お姉さん探しに行ってきたらどうだろう」
 遥風・ハルカ、本名、春日遥の姉、春日・謡子は、そもそもヒカルとハルカをここに招いた張本人だ。
 現在取り残されている新婦の友人、厳密に言えば会社の同僚、ということらしい。
 わりと弟の事が心配らしく、いやまあヒカルだって、こんな猪突猛進で馬鹿正直な単細胞の身内が居たら、いろいろと面倒な事になる前に、先回りして心配しておこう。みたいな、そういう癖がつきそうな予感がしたし、そうだとするならその気持ちはまー分からないでもない。
 けれど、彼女が心配しているのはこの、どう考えたって無防備に過ぎる、あっけらかんバカのハルカのおつむ……もとい性格などではなく、職業、ということなのだから、やっぱり血は争えないのだな、家族だから見えることもあれば、見えないこともあるのだな、と、思わずに居られない。
 秋吉晴臣と春日遥は、朱月・ヒカル、遥風・ハルカとして、ダンス系ユニット『H2』として活動していて、まだそんなには売れてはいないが、曲りなりにも芸能人だった。
 この芸能界、芸能人、という響きが、情報系の短大を卒業したのに、不況の煽りを受けて就職に失敗した、「現、派遣社員、夢は正社員」のお姉さんから見れば、どうにも胡散臭くしか見えないらしく、本当にちゃんとやっていけているのか、それは仕事としてちゃんと成立しているのか、遊んでいるのではないだろうか、と、口にこそしないけれど、わりとバカにしているところがある、と、弟は述べる。
 確かに、会社の同僚の結婚披露宴でノーギャラだけど歌ってくれない? というのは、かなり簡単に扱われている証拠なのではないか、というような予感が、ヒカルだってしていた。
 ただ、弟はこれにはわりと乗り気で、この辺りが結局肉親というか、育ってきた環境が同じの価値観というか、全然気にせずむしろ喜んでOKして、何の曲歌うー? とか張り切って。
 と、そこまで考えていた所で、「やだ」と、ポツンとハルカが言うのが、聞こえた。
 拗ねたガキ、丸出しの顔で「さっき、怒られたから」とか、ぼそぼそ、付け加える。
 さっきとはいつだ、と考えれば、そういえば、数十分前に一旦姿を消していたな、と思い出した。
「何で、怒られたわけ」
「それは……どうしても歌いたいから、新郎探してくる。新郎探して来たら歌ってもいいだろ、って言ったら、アンタ、バカね、って」
 まーそれは確かにバカね、だ。むしろ、バカね、で済むなんて、さすが長年姉をやっている女性は強い。
「ほんでやっぱり探しに行こうとしてたんじゃん、お前」
「煩いなー。だからその話はもういいんだって!」
 自分の方がよっぽど煩いハルカは、わしゃわしゃ、と髪の毛をかきまわして、「つか晴臣さんさ、さっきからマイルドに話逸らそうとしてるけど、そんなに恋愛の話が嫌なの? だったら、俺、益々聞いちゃうけど、いいよね」
 と、攻撃は最大の防御だ! みたいに話を変えてきた。
「ふーん」
 と、あ、そういうことするのね。みたいに頷いたヒカルは、「じゃあその話してもいいけど、お前こそ、人に話せる程、経験、あるわけ」と、応戦してやることにした。





 その相手に友情や好意を感じていたかどうかは、相手が困難や不幸にぶつかった時、わりと身に沁みて、分かる。
 ああ、あたし、本当にこの人のこと、どーでも良かったんだな。
 と。
 その時、春日・謡子は控室の片隅で、そんな事を実感していた。
 何せ今、目の前で、ウェディング姿の後輩が、ぼーっと放心している様を見ても、ちっとも可哀想だという気持ちが沸き上がってこない。だからといって、ざまあみろ、と思っているわけでもないのだけれど、これはいうところの、無だ。
 あー、大変な事になったよねー、これから、どうするのかなあ。とは思うけれど、それ以上の感情はどう掘り下げても沸き上がってこず、だから、一生懸命に彼女を励まそうとして寄りそったりしている他の同僚の姿とか見ると、申し訳ない気分には、なる。
 これあたしはここに居たら駄目よね、と、そんな気分は抱くのだけど、だからといってさっさと立ちあがる勇気もなく、そんなわけでとりあえず、心配して何も言えない友人、の顔を取り繕いながら、ぼーっと座っていた。
 そして改めて、男という生き物の不可解さについて、考えた。
 一体、何があったら、こんな風に式の直前に姿を消そうなどと思うのか、自分ならやると決めたからには、死体になったってやりそうだから、新郎の考えは、謡子には想像もつかない。それに、もしかしたら、何らかの事件や事故に巻き込まれている可能性だってあって、だからまだ、逃げた、と決めつけるわけにもいかないけれど。
 でも多分きっと、逃げたのだ。
 謡子の知る男とは、そういう不可解な事をしでかす生き物なのだ。
 女である自分とは、全く違う環境と概念で考え、選択する。理解や納得が出来ないのは、そもそも出発点が違うのだから、当然のことだ。
 つい先日、別れた人もそうだった。
「別れた」は、厳密に言えば、「ふられた」なのだけれど、その理由というのが「他に好きな人が出来たから」。
 まー良くある話では、ある。
 相手は、同じ職場で働く上司だったので、顔を知っていた。
 謡子より、少し年上で、少しだけ美人で、そして社長の娘で、会長の孫だった。
 それもまー良くある話だ。
 ただ、良くある話だからといって納得出来るか、というとそうでもなく、しょうがないじゃない、という理性とは違った部分で、感情の深い所が囁くのだ。
 何故なの。と。
 彼は彼女を選んだ。例えばその理由が、相性であるとか、一緒に居てより楽しいのだ、であるとか、そういう「目に見えない部分」にあったなら、謡子はむしろ、納得したのだ。
 悔しいのは、見えている物に負けた事なのだ。
 彼とは、結婚を意識して付き合っていた。
 歳が、であるとか、そんな理由で結婚に願望を持っていたのではなく、その人とずっと一緒に居たい、と思った結果の先に、結婚という選択肢もあった、ということなのだけれど、彼も同じように考えていてくれたはずだった。
 その、社長の娘から言いよられるまでは。
 どちらかといえば平凡な顔立ちの、けれど何処となくバランス感覚やセンスの良いその彼は、おっとりとした、余り人と競いあうのが嫌いなタイプで、そんな野心家だったとは聞いてない。
 けれど、結局は彼は、その彼女を選び、要するに、地位や名誉や出世を選び、謡子の事は、すっぱり、捨てた。
 むしろその潔さに、惚れ直してしまったらどうしよう、と思うくらい、あっさりと。
 それでも。大多数の人達が作りあげる、激流のような川の流れの中から、はみ出すことのできるような人が。
 流れの方向を眺め、しっかりと自分の足で立てるような人が。
 そういう人が居るはずなのだ。と。
 毎回そういうバカな夢を見ては、誰かを好きになり、結局その人は川の流れに乗って行き、謡子はわりと、取り残される。
 人々の作り出す大きな流れに、いまいち乗り切れていないのは、あたしの方らしい。
 同じペースで歩ける人だと思っていたのは、ただの錯覚だったのだ。

 と。そこまで考えて謡子はふと。
 結婚。から思い出した、目の前で放心している後輩の、これまでの姿を思い出した。
 彼女は、どうも、結婚と結婚するような勢いがあって、こりゃあ相手の人は大変そうだなあ、とか思ったものだった。
 新郎は社内の人間でもなく、紹介された事もなかったため、二人の間でどんなやりとりがあり、結婚まで至ったか、詳しい所は知らないけれど、結婚式の招待状と共に送られてきた連名の手紙には、連名であるにも関わらず、私、幸せになります! とか何か書いてあって、すっかり新郎は置いてけぼりを食らっているんじゃないか、みたいな印象があった。
 あるいはもしかしたら、その辺りに、今回の逃走の原因が潜んでいるのかも知れない。
 でも、謡子の目には今、その彼女こそが、取り残され置いてけぼりを食らっている姿が見えている。
 貴女も取り残されてしまった一人なの。
 そう思うと初めて少し、彼女が可哀想になった気がした。





「それは……あるよ。バカにすんなよ」
 と、ハルカは何か、多少ムキになった顔つきで言って、「そういう晴臣さんこそどうなわけ」と、やっぱりまた、話を返してきた。
「お前さ」
「何だよ」
「どうなわけ、ってさ。そんな漠然とした問いかけで、一体、何を聞こうとしてるわけ」
「だ、だから。そう……例えば……そう! あれだ! 好みとか!」
 と、やっと見つけた扉に飛びつきました! みたいな勢いで言い、「俺はね、俺はね」と全然聞いてないのに、もー言った。
「可愛い子がいい」
「なにが。顔が?」
「そう、顔。可愛い子がいい。胸とかは、別に、そんなに大きくなくていいよ。むしろ、こう、華奢なくらいで、俺の腕の中にすっぽり収まってくれるくらいの、小柄な感じで」
 って、何コイツ、にやける顔がバカ丸出しで見ているこっちが恥ずかしいわー……。
 とか何か思いながらも、黙って見てたら、
「え、なに、バカにしてるの、その顔」と、ハルカがさっそくもー目ざとく見つけた。
「うん春日。俺、わりといつも、こういう顔とかしてると思うんだけど」
「うん、してる」
「それでもお前は、あーどうせこういう顔されるんだから、言うのやめよー、とかは思わないんだ? 言う前にフツー考えると思うんだけど」
「なにそれまたバカにしてんだな」
「いやむしろ、それでもめげずに言っちゃうお前が、わりと凄いんじゃないか、とか、ソンケーし始めてる」
「ねえ」
「うん」
「その嫌味ってさ、女の子の前とかでもそんなんなの」
「まー……そんなんだね」
「ついてこれる人、居るの」
「さー。どっかには居るんじゃないの」
「居ないよね。だから今、彼女とかも、居ないよね、どうせ」
「むしろ今は、忙しいから要らない」
「いやいや、心配しなくても、要らないんじゃなくて、出来ないから。絶対無理。だって女の子ってさ、わりと自分の話聞いて貰いたがるじゃん。そんで、ちゃんとしたリアクとかしないと駄目じゃん。そんな何か、常に何考えてるか分かんない感じで、のらりくらりした返事され続けるとか、最悪、全然ノーリアクとかさー、絶対嫌がられるよ。むしろ、嫌がられてきたでしょ」
 確かにその指摘は、的を得ている部分もあって、何を考えているかわかんない、とか、付き合いが悪すぎる、とか、アタシの事どう思ってんの! とか、いちいち確認と返答、みたいな、そういう儀式が、女性と一緒に居るには必要で、ヒカルはそんな相手を面倒に思い、結局別れてしまう、というパターンが多かった。
 だから、嫌がられる、というよりは、嫌がる、事が多かったのが真実なのだけれど、それはわざわざ口に出す程の事でもない。
 自慢みたいに聞きとられても嫌だったし、それにそもそもこれは、何の自慢にもならないのではないか、とヒカルは密かに悩みもしているのだ。
 誰かに執着出来ない、自分。
 誰かを許し、愛しいと思う事が出来ない自分。
 それは酷く歪なのではないか。と。
「っていうかそれを言うならさ、お前だってさ。自分ばっか喋ってそーなんだけど。そういうの、嫌がられない?」
「お、俺はちゃんと、話聞くもん」
「普段はこんなに自分のいいようにしか話しないお前が、頑張って我慢して、人の話聞いてるなんて、想像すると涙出てくるわ」
「恋すると健気だからな!」
「うん威張って言うことでは、ないよ」
「だから、俺は問題ないんだよ。晴臣さんの方が、絶対問題あり、だね」
「別に。あの人達が欲しがってるのは、俺のリアク、ではなく、自分の望むリアクだから、どーにもなんないよ。俺に出来ることは何もない」
「うわ、何その冷めた意見。ねえ、大丈夫、ちゃんと恋愛出来てる?」
「うるさい」
「ねえ。ぶっちゃけ晴臣さんって、恋、出来るの? どういう人が好みなの」
 恋、出来るの。とそれが、わりとぐさ、と来る。
 この男は、何も知らない犬コロみたいな顔をして、時々、人の心をえぐるのだ。
 腹立たしい。
 そして、腹立たしくなってる自分が腹立たしい。
「好み……めんどくさくない人」
「げ。え、何それ。それが真っ先に出てくるわけ?」
「あと、女性の立場を必要以上に誇示しない人。ほら、たまに居るだろ。奢って貰って当然でしょ、私、女なんだから、みたいな」
「えー! いいじゃん、別に本当に女なんだし。可愛いなら、尚更いいよ。俺、別に全然気にならないけどな」
「で。外見は別に、どーでもいー」
「えーーー!!!」
「うん別に、どーでもいー」
「信じられない。っていうかそれ、好きじゃないんじゃないの。っていうかむしろ、相手に全く興味持ってないんじゃないの」
「なあ」
「なによ」
「お前、煩い」
「あ、なになに、それ。ん? 怒った感じ? いやあ。俺って意外と図星突いちゃう男だからなあ。才能なんだろうなあ」
「お前だってそんな、外見とか言ってる時点で、相手のことちゃんと見てない気がするけど」
「俺はね。外見から入ってるだけで、要するにちゃんと、入ってるの。分かる? 入らないわけじゃないの。ね、ここの違いよ」
「何処の違い」
「晴臣さんはさ。相手に入らない代わりに、相手に入って来られるのも、嫌がってるんだよ、きっと」
 何食わぬ顔で言った、単細胞の相方の顔を、思わず、見つめる。
 こちらはそちらに立ち入らないので、代わりにそっちも、入って、くるな。
 それは――確かに、一里、ある。
 それでもずかずか入り込んでくる、この単細胞バカみたいな奴も居るけれど、それは、まー稀だ。
 しかもこの男は、ずかずか入り込んでくる癖に、自分が入り込んできていることにすら気づかず、相手の迷惑にだって気付いてない。
 無敵だ。

 そして。
「あー、でも、こんな事でもなきゃ、晴臣さんのこんな話聞けなかったし、面白いなー、今日」
 とか何か、すっかりもー、さっさと一人で、さらっとどっかに進んでいる。
 こちらの気持ちにだけ、波を立てておいて。

 誰かに執着出来ない、自分。
 誰かを許し、愛しいと思う事が出来ない自分。
 そんな自分でもいつか、誰かに立ち入りたいと思い、誰かの侵入を許せる日が来るのだろうか。

 けれど。
 それについてはヒカルは、深く考えないことにした。







<END>








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 5548/ 遥風・ハルカ (はるかぜ・はるか)/ 男性 / 18歳 / 職業 自称マルチアーティスト】
【整理番号 5549/ 朱月・ヒカル (あきづき・ひかる)/ 男性 / 21歳 / 職業 ヴォーカリスト】
【整理番号 8508/ 春日・謡子 (かすが・ようこ)/ 女性 / 26歳 / 職業 派遣社員】