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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.3 ■ 与えられたモノ ■


――「“新型霊鬼兵隊”。虚無が動き出したと思われます」
 シンの言葉に武彦は思わず絶句した。苦い思い出。武彦の脳裏を駆け巡るそれは、武彦の心をあっさりとかき乱す。
「どうなってやがる!」シンの胸倉を掴み、鬼気迫る表情で武彦がシンに詰め寄った。「あの計画は“IO2”が完全に痕跡も消した筈だ!」
「…アナタがご存知の通り、霊鬼兵計画は一度は打ち切られました。しかし、虚無はあの技術を秘密裏に入手し、研究を進めていた様です」
「…なんだと…!」
 武彦の表情は明らかに曇っていた。シンはその“理由”を知っていた。だからこそ、武彦がここまで怒りを露に詰め寄ってきたという心情も解っている様だった。
「…草間さん。一刻も早い阻止が上層部の判断です。IO2は今、虚無との本格的な戦闘に備えて各能力者にも協力を依頼している所です。既に“捜査官”が虚無の動きを調査し、“バスターズ”・“ジーンキャリア”も動き出しています」
 シンの言葉を聞いた武彦はシンの胸倉を離し、背を向けて煙草に火を点けた。
「俺も昼行灯を決め込んでいる場合じゃない、か…」





 ―百合の手を取った美香を連れ、百合は次元の扉を開いて空間を移動した。美香が連れられた場所は、随分と寂れた建物の一角であった。夜の街並みとは違い、そこはまるで戦争の爪痕が残る異国の廃墟の様にすら感じる。荒れた建物は恐らく研究施設か何かだろう。
「ここは?」美香が辺りを見回しながら百合へと尋ねた。
「世界を変える為の原点、と言った所かしら」百合がそう言って美香の手を離した。「待ち合わせをしているのよ」
「待ち合わせ?」
「あら、やっと来たのね、百合」
 暗闇からカツカツと足音を鳴らしながら一人の少女が歩いて来る。金髪に赤い瞳の少女は美香を睨み付ける様に見つめた後で百合へと更に歩み寄った。
「遅くなって悪かったわね、エヴァ」
「いいえ、問題ないわ」
「紹介するわ、美香。彼女はエヴァ・ペルマネント。私達の味方よ」
「あ、よろしくお願いします」美香が丁寧に挨拶をすると、エヴァはそんな美香の姿を見て何も言おうとはせず、ただじっと美香を見つめていた。
「ユー、人を殺せる?」
「え…?」
 エヴァの唐突な言葉に美香は言葉を失った。唐突な質問は理解する事さえ容易ではなく、何かの聞き間違いの様にすら感じる。
「人を殺せるか、聞いたのよ」エヴァは相変わらず表情を変えずに淡々と美香へ尋ねた。
「そんな事…――」
「――エヴァ、この子はあくまでも“協力者”よ」美香の言葉を遮り、百合がエヴァへと告げる。「実戦に出てもらうつもりはないわ」
「…そう」エヴァは百合の言葉を聞いても表情を変える事なく美香を見つめていた。美香は何も言う事も出来ず、ただ俯く事しか出来ずにいた。
「それよりエヴァ、他の皆が見当たらないみたいだけど?」百合が周囲を見回しながら尋ねる。「ここで落ち合う手筈よね?」
「状況が変わったわ。既にIO2のバスターズがこの近くまで来ていると報告が入っている。ユーはその子を連れて第三ポイントに連れて行って。私はバスターズを殲滅する」
「殲滅…?」美香は困惑していた。二人の言葉のやり取りから察するに、明らかに平和的解決を望む行動ではない。むしろ過激なぐらいだ。二人のそれは戦争の最中の様な言い方だった。
「さぁ、行きましょう」美香の手を引き、百合は次元の扉を開いた。「私達は必要であれば血を流す。世界を変えるには、それぐらいの覚悟が必要なのよ」
「…うん…」
 二人が次元の扉を開き、移動をしていく姿を見届けたエヴァは振り返り、大気中の霊を集め、具現化して大きな鎌を作り上げた。
「さって、と…。私を楽しませてくれる程の実力者なんているかしら…」エヴァはそう言うと楽しそうに鎌を振り回しながらIO2の刺客が待つ暗闇へと歩き出した。



―――。



「おかえりなさい、百合」
 あまりに静かな空間へ美香は百合に連れられた。そこは殺風景な廃墟でもない、何処かの屋敷の中の様な広い部屋だった。前方の壇上にある大きな椅子に腰掛けている一人の女性が美香と百合の姿を見てそう言葉を発した事すら、美香には一瞬解らず、声の主を見回して探してしまった。
「ただいま戻りました、盟主様」百合がそう言って跪くと、椅子に座った女性は立ち上がり、ゆっくりと美香の前まで歩み寄ってきた。
 妖艶。まさにその一言に尽きる女性だった。緑色の髪に赤い瞳。スラっと伸びた身長。同じ女性としても息を呑む美しさ。だが、雰囲気は何処となく異質なものを漂わせている。
「ご苦労様、百合。この子が“適合者”なのね」
「“適合者”…?」
「そうです、盟主様。彼女なら、きっと我々の大きな力となるハズです」
「ちょっと待って、一体何を言っているのか――」
「―これを受け取ってくれれば良いのよ」盟主と呼ばれる女の手から不気味に黒く輝く球体が浮かびあがり、一瞬で美香の身体へと入り込んだ。「あとはアナタの運次第…。“適合者”なら、生き残れる可能性の方が高いとは思うけど、ね…」



               ――どういう…事…?


 不気味に笑う女と百合を見つめながら、美香は深い意識の淵へと落ちていった。





「こんなモンか…」
 大きな鎌を肩にかけ、一息ついたエヴァは退屈そうに呟いた。頬には返り血を浴びているが、身体には一切の傷も見当たらない。しかし、エヴァの周りに倒れているのはIO2のバスターズが四人、ジーンキャリアが一人。無傷で彼らを倒したエヴァは鎌を空へと回転させる様に投げ飛ばし、空中で具現化を解いた。幾つもの光りの球が空へ飛散していく。
「終わったか」柱にもたれかかる様に立ちながら腕を組んだ男がエヴァへと声をかけた。ガッチリとした身体に、鋭い眼光の持ち主。
「えぇ。ユーの出番も残しておくべきだったかしら、ファング?」
「あの程度の奴らでは、戦う意味すらないな」
「相変わらずね」クスっと小さく笑いながらエヴァはファングと呼ばれる男の前で足を止めた。「それで、さっき百合が連れていた“適合者”はどう?」
「盟主が“洗礼”を執り行ったばかりだと報告が入っている」ファングが溜息混じりに呟いた。「それにしても、今更新たな同志を作り上げる必要があるのか、俺には解らんが…」
「“洗礼”によって“適合者”は能力を一時的に操る事が出来る様になる。そうすれば、数多くの能力者を戦力として保有しているIO2との戦いも楽になるわ」
「しかし、それも“適合”が無事に済んだ場合のみに、だろう?」
「“適合者”には能力を受け入れるだけの器と資質が必要になるもの」淡々とした調子でエヴァが言葉を続けた。「適合出来なければ、盟主様の能力によって魂を食い潰されるだけよ」
「フン、いずれにせよ、俺には関係のない事だな」
「IO2のジーンキャリア。ユーが興味あるのは彼だものね」エヴァは笑いながら言葉を続けた。「ユーと同じ、血に飢えた戦闘狂…」
「ヤツは俺の獲物だ。アイツと戦える日が近いのは楽しみだな…」
「えぇ、そう遠くない内に、IO2の上層部が動き出す。いずれにせよ、私達も盟主様の元へ戻りましょう」






「――…う…ん…」
 美香が目を覚ましたのは数時間も経った後の事だった。まるで大量にお酒を呑んだ翌朝の様な気だるさに襲われている様だ。寝起きの気分は最悪だった。酷いだるさと頭痛に襲われながら周囲を見回す。質素にベッドと机だけがある部屋は、さながら監獄の中にいる様な気分だ。
『目が醒めたか、宿主』
 不意に聴こえる女性の声。美香は驚いて辺りを見回すが、周囲に人の気配も姿もない。幻聴かとでも思い、美香は溜息混じりに頭を押さえた。
「…(…なんだ、気のせいかな…)」
『気のせいなどではない。私はお前の中に在るぞ』
 驚きながら身体を強張らせる。どうやら幻聴ではないらしい。聞こえて来ていると思われた声も、頭の中へ直接響き渡る様な違和感を感じる。
「だ、誰!?」
『誰か、という問いは正しくない。私はお前の中に生み出された力であり、一つの魂。私は何者でもなく、ただお前の中に在る存在』
「何を言っているの…?」
『ただそれだけの事を、ただ単純に伝えている』
 声の主の言葉は美香の理解の範疇を超えている様にすら感じる。不思議な事を言っているが、確かに彼女は自らの事を『生み出された力であり、一つの魂』と言った。美香は困惑しながらも聞いた声をもとに情報を整理してみる。
「…(私の中に在る存在。一つの魂。私自身ではない私…?)」
 美香が情報を整理していると、扉がノックされた。美香の返事を聞いた百合が部屋の中へと入って来て机と一緒に置いてあった椅子をベッドの近くへと運び、座り込んだ。
「どうやら、“適合”には成功したみたいね」百合が美香を見つめながら言葉を続けた。「“対話”は済んだかしら?」
「どういう事、なの?」美香が尋ねる。「“適合”とか“対話”とか、何が何だか…」
「無理もないわね…。まぁ、一言で言うのなら、アナタは“普通”じゃなくなった、といった所ね」


         そう言うと百合は美香の眼を見つめ、小さく微笑った。

              「ようこそ、“虚無の境界”へ」


                            Episode.3 Fin