コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.2 ■ 重なる想い ■

「――ダメだ、痕跡はやはり残っていない」冥月が閉じていた瞳を開き、呟いた。
「その手紙しか手がかりはない。どうにも以前の一件から後手に回っているな」武彦が煙草に火を点けながら呟いた。「俺はまだしも、冥月でさえ気付く事も出来ずに侵入を許すなんて、只者ではなさそうだ」
「確かに、どうやら相手もそれなりの手練れみたいだ」冥月は苦々しい表情を浮かべながら言葉を続けた。「油断していたとは言え、易々と背後を取られるとは…!」
「お前程の術者が気付けないって事はないだろう? 過剰評価を抜きにしても、お前の能力範囲内に対する“一般的な手法”による介入はほぼ不可能なハズだ」
「あぁ、私もそれを考えていた所だ」冥月がソファに腰を降ろし、考え込む様に顎に手を当てたまま言葉を続ける。「私同様、空間を物理的に干渉しない移動方法か、あるいは精神を汚染する類の錯乱か…。私も異質な能力者は知っているが、いずれにせよ、あまりにもリードされ過ぎている」
「状況は一切よろしくない上に、おあつらえ向きに手紙での指示。どうにも今は静観して従う以外に手段はなさそうだな」
 武彦の言葉に、冥月は深く溜息を吐いて考え込んだ。
 冥月が幼い頃、自分よりも幼い能力者を組織で育てていた時は面倒を見る為に寝食を共にした事は幾度もあったが、当時の冥月は『任務』という括りに私情は一切持とうとしなかった。どうにも細かくは記憶していない。しかし、先の少女は冥月を知っているかの様な言動を取っていた。

――「あら、私の事を憶えていないの?」

 安い挑発とも取れない少女の言葉。少女が口にした“意外だ”と言わんばかりの口調を裏付けするには相応の何かが冥月と少女の間にあったと考えるのが妥当だと言える。が、当の冥月にはそこまで鮮明な印象も、見覚えすらない。
「――冥月、どうした?」武彦が冥月の顔を覗き込む様に見つめながら声をかけた。
「い、いや、何でもない」不意に近付いてきた武彦の顔に驚き、冥月は少し顔を赤くしながら俯き、手紙を封筒から取り出し、目を通した。「…っ!なるほど、やはり私は彼女を知っているかもしれないな」
「何が書いてあった?」
「私がいた組織が活動の隠れ家として使っていた場所の住所だ。これを知る以上、組織の関係者に間違いはない様だな…」
「…行くのか?」武彦の表情が真剣味を帯びる。
「情報がないままに向かうのは劣勢に陥り易くなってしまう上に、不測の事態に対応も出来ない…。そんな悪条件は解ってはいるんだがな…」
「何しろ情報の収集が大事な所だが、敵はまだ見えていない、か…」武彦が紫煙を吐きながら天井を見つめる。「やれやれ、なんとも動きにくい状況だ…」
「とにかく、今日はもう考えるのを辞めよう。私は私で一度ホテルに戻って今後の行動を考える」
「あぁ、明日の朝にでも連絡をくれ」
「解った」




 ――影の能力を使い、冥月はホテルの自室へと戻った。シャワーを身体に浴びながら、冥月は考えていた。油断していたとは言え、あっさりと背後に現われた少女の実力から察するに、恐らく相手も一筋縄で対抗出来る様な甘い相手ではない。しかも、それだけ強大な相手の誘いに乗らなくてはならないこんな状況で、勝機は見えてくるのか。
「…私に、武彦が守れるのか…」
 離れた場所に武彦を残し自ら一人で動いたとしても、組織が相手ならば武彦を放っておく訳がない。であれば、離れた場所より近くにいてくれた方が安心出来る。しかし、あれほどの手練れがいる相手を前に、自分の力で武彦を守りきれる自信はない。冥月は見つめていた手を握り締め、冥月が呟く。武彦の存在が冥月の中で大きくなる程、冥月の中では恐怖が生まれていく。左腕を右手で抱き締めながら、冥月はギュっと強く目を閉じた。
「…もう、失う訳にはいかない…」




――。


 翌朝、冥月は草間興信所を訪れていた。
「武彦、今回の件なんだが、やはり――」
「――自分一人で行く、とでも言うつもりか?」武彦が煙草を咥えながら言葉を遮った。冥月の顔を見ればその通りだったというのは一目瞭然だ。「やっぱりな…」
「…どうして解った?」
「お前の性格ぐらい、ある程度は解っているつもりだ。迷惑をかけたくないだとか、自分で全て背負おうとする」
「でも、今回の事件は私を狙って行われている!今回の事件はいつもの小さな怪事件とは訳が違うんだ!手練れが多すぎる!お前まで危険な目に合うかもしれないんだぞ!」
「だったらどうしたって言うんだ?」
「え…?」
「お前は“探偵助手”として、いつも俺の仕事を手伝ってくれている。そこに事件の大きさや危険性が関係するのか?」
「それは…――」
「――それに、そんな危険な場所なら、お前を一人で行かせる訳にはいかない」
「――え?」
「お前一人じゃどうにも出来ない状況だったとしても、二人ならどうにかなるかもしれない。確かにお前程の実力はないかもしれないが、俺だってただの一介の探偵とは違う」
「…武彦…」
「まぁ、それでも足手まといだの迷惑だのと思うなら、話は別だがな」笑いながら武彦は紫煙を吐いて冥月を見つめた。
「そんな事、思う訳ない…」冥月が俯いて呟いた。「ズルいよ…」
「あ?」
「…いつもそうやって、私の心を揺さぶる…」
「何て言った?」
「煩い!」
「ハイ…」
「向こうに行ったら私の傍から離れないで。もしも危なくなったら、影に引き込む!あと…それに、もし離れ離れになって危険な状態になったら、影を三回叩いて合図して。すぐに駆け付けるから!」顔を紅くしながら冥月が力任せに突然大きな声でそう言って背を向けた。
「ハハハ、心配し過ぎだ。それに、口調もおかしいぞ?」
「う、うるさい!」
 冥月は自分でも顔が紅くなっている事に気付いていた。顔が熱い。泣きそうだった。



      ――『そんな危険な場所なら、お前を一人で行かせる訳にはいかない』
          それは、“彼”が昔言った台詞と全く一緒だった…。


「で、何処にあるんだ?その隠れ家ってのは」
「あぁ、太平洋上の日本から南にある小さな島だ。組織が日本で活動する際の武器や情報を調達する為の拠点にしている私有地の島で、地図にも表記されていない」冥月は取り乱した気持ちを整理する様に深呼吸してからそう言って武彦を見つめた。
「スケールの大きい話しだな…」
「日本という国はなかなかに狭く警備も厳重な国だからな。そういう方法を取らずに物資を調達出来る程、甘くはなかったな」
「それにしたってどうやって行くんだ?」
「組織にいた頃は専用の船を持っていたんだが、今はどうなっているか見当もつかないからな…。私の能力でも容易に行ける距離ではない」
「手詰まり、か。まぁ南の島でのバカンスとはいかないか」
「…バカンス…」突然冥月が顔を紅らめながら俯いた。
「ん、どうかしたか?」
「…うん、船を買おう」
「は?」武彦が思わず口から咥えていた煙草を落とし、急いでそれを拾い上げた。
「いつかバカンスにも使えるなら持っていても損はないハズ…。うん、悪くない」
「ちょ、ちょっと待て! そんな唐突な…」
「ん?何か変な事言ったか?」冥月がきょとんとした表情で武彦へと尋ねた。
「船なんてそんなモン、衝動的に買う必要ないだろうが!」
「バカを言うな、衝動的ではないぞ? いずれはバカンスに使う事も…」



――。


 結局、武彦は冥月のその“計算された有意義な買い物”を止める事は出来ず、冥月に連れられて冥月に言われるがままに所有者として契約をさせられるハメになった。
 海上を冥月がクルーザーを走らせていると、武彦がブツブツとボヤき始めた。
「だいたい、何で俺の名義に…」
「私は一応まだ中国国籍だからな。お前の名義の方が都合が良いんだ」
「お前が使ってる時に何かあったりしたらどうするんだ?」呆れる様に武彦が尋ねた。
「…た、武彦と一緒にしか乗る気は…」
「あ?」
「何でもない!とにかく大丈夫なの!」
「…急に怒ったり女らしい口調になったり、忙しい奴だな…」
「うるさいなぁ!」


 緊張感のないまま、二人は目的地である島へと到着しようとしていた。



                             Episode.2 Fin