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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.1 ■ 土蜘蛛 ■


 武彦と共に少女の心に棲む鬼女を追い払った翌日の事だった。鬼灯はただ一人で少女の屋敷へと再び訪れていた。武彦と共に事件を解決したとは言え、あまりに気がかりな事が多い。
「これは、先日の…」家の門の前で立っていると、鬼灯に男が声をかけた。「確か、草間興信所の方と一緒に御協力頂けた方でしたね」
「おぉ、お主に会えるとはなかなかツイているのぅ」鬼灯は不敵な笑みを浮かべて歩み寄った。「確か、この家の執事だったの?」
「はい。本日はどういったご用件でしょうか?」
「なぁに、ちょいとお前さんに話しがあってのぅ。時間はあるかの?」
「…申し訳ありませんが、本日は…―」
「―なぁに、時間は取らせんよ」言葉を遮った鬼灯は男の目を真っ直ぐ見つめた。「それに、これ以上くだらぬ戯れでわしの機嫌を損ねてくれるなよ?」
「…! …どういう事でしょう?」立ち去ろうとした執事が足を止めて振り返る。
「なぁに、単純な事よ。あの母親に不審がられる事もなく、心霊現象の専門家を勧める事が出来る者。そして、武彦へと行き着く事が狙いか? いや、違うのぉ?」不敵に笑いながら執事の顔を見つめる。「あの鬼女の言い草から察するに、狙いはわしかの?」
「…フ、子供騙しなトラップで欺ける相手ではないか…」突如強い妖気が周囲を漂い始める。
「ほっ、やはりおぬしの妖気だったか。あの時屋敷を覆っていた妖気も」
「気付いていたか…。良いだろう、ついて来い」



 執事に連れられて向かった先は、あの時の廃工場だった。夕陽に染められた工場内は以前来た時の闇とは違った顔を見せている。相変わらずの不気味さを漂わせているが、鬼灯にとってはその方が心地良いぐらいだ。
「この場所に連れて来るという事は、やはり…―」
「喰えない翁だ。確かにお前の読み通り、あの黒狼は俺達の同志によって召喚された太古の魔獣。彼らを使役する狙いだったが、“ある連中”に邪魔されたがな…」
「フン、そんな事は知った事ではない。それより、そろそろ答えてくれんかのう? おぬしの目的は一体何じゃ?」
「そう急く事もなかろう、土蜘蛛…。人間に肩入れしているという噂はさほど間違いではないのだろう?」
「その噂を確かめる為の捨て駒に、鬼女と子供を捨て駒にわしを試したつもりか?」
「まぁ、そんな所だ」クックッと薄気味悪い笑いを浮かべながら男は鬼灯を見つめた。
「して、その手応えはおぬしの満足のいく結果だったかの?」余裕の笑みで鬼灯は答えた。「風の噂をわざわざ試す為にこのわしに仇名す者はごまんといる。じゃが、どうにもおぬしのやり方は気に喰わんでなぁ」
「意見が合うではないか。俺もこんな回りくどいやり方は好かん。だが、俺もまた雇われの身なのでな…。俺の独断で動く訳にはいかないのだよ」
「…成程。では力ずくで聞かせてもらうしかない様じゃな」
「まぁ待て、土蜘蛛」男が警戒すらせずに鬼灯の動きを止めた。
「何じゃ、怖気づいたかの?」挑発する鬼灯の顔は嫌味な程の笑顔だった。
「俺もそういう方法に出たいのは確かだが、今はそう命令されていない。さっきも言った通り、俺の独断で動く訳にはいかないからな。俺達の組織はお前に一つ、“提案”があるんだ」
「何を言うかと思えば…」鬼灯が呆れる。
「まぁ聞け。最近の人間の魂、俺やお前にとって昔程の美味があるか?」
「まずくなったのは確かじゃの。それだけ心が病み、充実していないと言う事かもしれぬな。とは言うても、わしも随分とヒトは喰らわんと生きてきておるからの。そこまで気にはせぬ」
「そうさ。お前が気にしていなくても、現に魂の鮮度は落ちている。世界は病み、このままではやがて救われる事もなくヒトは穢れた生き物となり、朽ちていくだろう」
「ほっ、神にでも救いを乞うか?」嘲笑う鬼灯を他所に、男は続けた。
「貧富の格差に、争い。憎しみ、恨み…。それが今のヒトというもの。そんなものが見たくて、俺やお前の様な妖魔が何百、何千という時を経て生きてきた訳ではなかろう?」
「何が言いたい?」
「救済を与えるのだ、土蜘蛛。何百、何千という時を生き、移り行くこの世界を見つめてきた我々だからこそ、その役目を果たすのだ」男の表情はさも素晴らしい事を言っているかの様な表情をしている。「さぁ、お前もこちら側へ来るんだ。我々、“虚無の境界”の元へ…」
「…おぬしらが何を企み、何をしようとわしには関係のない事よ。好きにすれば良かろう」
「なん…だと…?」
「それに、わしが肩入れしているのは“人間”でも“妖魔”でもないわ。あの坊主が気に入っておるだけの事。人の命など泡沫で退屈しのぎに過ぎぬ。が、気が変わる事もあるやもしれん。詰まる所、わしがどう動くかはその時のわしの気分じゃからのう」笑い飛ばす様に鬼灯はそう言って男を見た。
「…貴様、長年生きて牙が抜けたか…?」
「勘違いするなよ、小僧?」瞬間、鬼灯から圧倒的なまでの殺意と妖気が放出される。「わしはわしのしたい様にする。じゃが、決して丸くなった訳ではない。これ以上くだらない戯れに再び付き合わせようと言うのであれば、わしがお前をその場で喰らってくれるわ。…これ以上、わしの機嫌を損ねてくれるなよ?」
 鬼灯の殺意が過激さを増す。圧倒的な力の差は溢れ出る妖気の差が全てを物語っている。男は思わず冷や汗を垂らし、一歩後退りしてしまいそうな身体をどうにか踏み留めていた。
「…フフ…、それだ…」男の表情が突如笑顔へと変わった。「その圧倒的な迄の強さ。それこそが噂に名高い土蜘蛛…」
「ほっ、随分フザけた態度じゃの…。この場で喰ろうてやろうか?」
「それは遠慮させて頂こう」男の姿が突如鬼灯の前から消えた。「また会いに行くぞ、土蜘蛛。色好い返事を聞かせてもらえる日を楽しみにしている…」

 男の声の残響だけが静かな工場内に響き渡った。どうやら男は逃げ帰った様だが、鬼灯は気付いている。あれは諦める事を知らない、狂った心を持つ者。

「…幾年生きてきたが、どうやら随分な退屈しのぎになりそうじゃな…」


――。


「――という訳じゃが」
 突如草間興信所に訪れた鬼灯は、唖然とした表情のまま口を開けた武彦に淡々と説明をしてみせた。
「…あぁ……?」
「ほっほっほ、無理もない。理解し、考えさせる為に伝えている訳ではないからの」零が出してきたお茶を啜りながら、鬼灯が言葉を続けた。「恐らく、彼奴は諦める事なく、わしを執拗に狙うじゃろう。わしを利用する為に、おぬしの事を狙うやもしれん。それを伝えておく為にこうして来ただけ」
「ちょ、ちょっと待て…」武彦が落ち着こうと煙草に火を吐け、深く深呼吸する。「って言う事は、俺もお前に巻き込まれるって事か…?」
「可能性の話しじゃ」
「…勘弁してくれ…。それに、さっきお前が言っていた“虚無の境界”…。奴らの事は俺も多少は知っているが、正直言ってヤバい連中だ。そんなのと関わり合うのは御免なんだが…」
「ほう? 知っておるのか?」
「あぁ…。数々の世界終末論が飛び交った古い時代の産物を盲目的に崇拝してるヤバい連中だ。世界を破滅させる事こそが救いだと思い、盟主と呼ばれる人物を筆頭にテロ行為を行っている…。聞いた話じゃ、随分と組織も強大らしい」武彦が紫煙を吐きながらそう言うと、深く溜息を吐いた。
「随分と詳しいではないか」鬼灯は相変わらず茶を啜っている。「では、その盟主という長に会うのが一番手っ取り早いかもしれぬのう」
「そりゃそうだが…、何するってんだ…?」



          ―「退屈しのぎになるか否か、確かめようと思うての」


 そう言うと、鬼灯は静かに笑った。艶美な笑顔を浮かべる鬼灯を見た武彦は、覚悟を決める事もなく深く溜息を吐いた…――。


                             Episode.1 Fin