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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.9 ■ 霊鬼兵 ■



 銃口を勇太に向ける武彦の、何処か寂しそうな瞳に映る勇太の姿はあまりに傷付いている。武彦は感情を押し殺す様に静かに銃口を降ろし、口を開いた。
「殺してくれ、なんて言うんじゃねぇ…」武彦が俯きながら呟いた。「勇太! お前は本当に死にたいなんて思ってないだろうが!」
 間合いを詰め、勇太の振り上げようとした右腕を銃の柄で殴り、勇太の胸ぐらを掴んだ。


          ―『もう…疲れた…。…母さん…』


 武彦に勇太の思念が再び流れ込む。その度に武彦の表情が歪む。何故こんなにも真っ直ぐな少年が、“能力”のせいで争いに巻き込まれなくてはならないのか。行き場のない憤りが武彦の心を蝕んでいた。
「死なせねぇ…! お前は生きたいって願ってりゃ良いんだ、勇太ぁ!」武彦の叫びと同時に、再びシルバールーク改Dからミサイルが放たれる。「なっ…! どうなってやがる!」
 勇太が武彦の腕を払おうともせず、反撃もしようとせず、シルバールーク改Dからのミサイルを再び空へと吹き飛ばし、爆発させる。武彦はその瞬間、勇太に隙が生まれる事に気が付いた。勇太が突然武彦へと振り返り、武彦の身体を念能力で吹き飛ばした。武彦の身体が吹き飛んだ瞬間、念の大きな槍を作り出し、武彦へと真っ直ぐ飛ばした。武彦は吹き飛ばされながらも態勢を立て直し、勇太の作り出した念の槍を横に避ける。
「弾けて貫け…!」念の槍が一瞬にして空中でいくつもの小さな刃へと姿を変える。不意に形を変えた勇太の攻撃が四方八方から武彦の逃げ場を失くさせる様に襲い掛かる。
「しまった―!」
 傷付きながらもなんとか致命傷を避けた武彦に構う事もなく、勇太は人の大きさ程の重力球を作り上げ、武彦へと飛ばそうと構えた。が、シルバールーク改Dの放ったミサイルが再び勇太へと背後から襲い掛かる。勇太は振り返り、重力球で飛んできたミサイルを包み込み、空中へと持ち上げた。


            ―『今だよ。殺して…』


 武彦は勇太の声を聞き、身体の痛みを耐えながら背を向けた勇太へと間合いを詰めた。一瞬の不意を突き、銃口を勇太の身体に押し当てて引鉄を引いた。
「あ…ありが…草間…さん…」頬を伝う涙を武彦は見逃さなかった。勇太が倒れ、意識を失った。
 状況を見つめていた鬼鮫がシルバールークとバスターズへの撤退命令を出した。武彦はすぐに救急隊への応援要請を出し、勇太の銃創を止血し、その場に座り込んでいた。
「これが…、これが! 能力者に与えられる運命だってのか…!」
 天を仰ぎ、武彦は辛そうに声を押し殺しながら小さく叫んだ。







―「霧絵様、A001の洗脳が解けてしまいました」勇太に洗脳をかけた少年が霧絵の元へと歩み寄り、口を開いた。「どうやらディテクターに敗戦し、もう動かなくなったみたいです」
「そう…。オリジナルを失うのは痛いけど、データは取れたかしら?」
「問題ありません。A001の脳波データ、その戦闘能力は既に入手されています」科学者らしい男の一人がパソコンに映し出されたデータを見つめながら答えた。「霧絵様、素晴らしい成果です…! この調子なら…―」
「―楽しそうね。霊鬼兵の成果は期待しているわ」霧絵が近くに立っている百合を見つめた。「アナタの能力、楽しみにしているわ」
「はい、必ずご期待に添えてみせます…」
「では、行きましょう。百合様」科学者らしい男は百合の前を先導する様に歩いて行った。霧絵に見送られながら、百合は男について行った。
「…霧絵様、彼女は“器”には向いてないかもしれません…」勇太を洗脳した少年は淡々と言葉を告げ、大きな椅子に座る霧絵を見上げた。
「そうね…。それでも、この実験は私達には必要よ」霧絵は少年の頭を撫でながら言葉を続けた。「アナタ達も、この実験が成功さえすれば、いずれは大きな力を得るのよ…」
「…はい」
 霧絵の言葉に少年はにっこりと笑顔を浮かべて走り去った。
「フフ…、A001の脳波データと、戦闘データ。必ず霊鬼兵の新たなる力の礎となるわ…。世界はやがて虚無へと還る…」霧絵がクスクスと笑みを浮かべながら呟いた。「籠の鳥、A001…。新型霊鬼兵のオリジナルとなるアナタの事は忘れないわ…」






――。





―「それで、どうなんだ?」武彦が救護班の特殊車輛の前で隊員に尋ねる。
「えぇ、ディテクターの狙い通り、仮死状態によって洗脳は解除されました。しかし、ディテクターの銃は呪物です。攻撃を受けた彼自身、ただの銃創とは違い危険な状態は続くと思われます」
「解っている…。この方法しかなかったんだ。とにかく急いでくれ」
「はっ!」
 隊員がすぐに処置に戻る。
 武彦の苦渋の選択はどうにか実を結んだ。脳に直接命令を下す能力は使役された人間の死か、或いは術者の死か命令。それらしか解呪する方法がない。武彦は戦闘中という余裕もない状況下で、勇太を仮死状態に陥れる事で解呪させるという妙案を思いついたのだった。もちろん、激戦の中で勇太の能力を相手にそんな余裕は本来なら生まれない。勇太の微かに残った、『人を助けたい』という想いがシルバールーク改Dの放つミサイルを無力化させる瞬間、一瞬の隙が生まれる。武彦は賭けに出たのだった。
「随分と思い切った判断だったな…」
「鬼鮫…」
 救護班の特別車輛から現れたのは、同じく治療を受けていた鬼鮫だった。戦況を見守っていた鬼鮫はいつになく静かで穏やかな表情を浮かべながら武彦の横に立った。
「…ディテクター、貴様の判断は甘い」
「解っている…」
「…だが、これで上の連中はあのガキを利用するという方法を延期せざるを得ないだろう。貴様の事だ、それすらも計算に入れていたのだろう?」
「…知っていたのか、お前も」
「あぁ。だが、俺はあのガキを殺すつもりだった。上からの指示に踊らされたくはないからな…」
「お前らしい、かもしれないな」武彦が煙草を咥え、火を点けた。
「上の連中は俺が黙らせてやる」
「…! どういう風の吹き回しだ?」
「勘違いするな」鬼鮫が歩き出す。「俺はあのガキともう一度戦いたいんでな。もっと強くなってもらわないと、退屈だ」
「…あぁ、アイツが目を覚ましたら、そう伝えておく」フッと小さく笑いながら武彦は笑って答えた。






 ―一週間が過ぎようとしていた。




 IO2所属の能力者によって、勇太の身体は重篤状態を脱し、傷も癒えてはいた。それでも勇太は変わりなく眠り続けていた。武彦は勇太の入院が決定した病院の院内で静かに勇太が目を覚ます時を待っていた。虚無の境界が何処から勇太の生存の情報を得るかも解らない。武彦はその危険性を踏まえた上で勇太の近くを離れようとはしなかった。
「今日も眠ったまま、か…」勇太の寝顔を見つめながら、武彦が呟いた。
 容態は決して芳しくない。勇太はなんとか一命を取り留めている状態だ。だが、当の本人は死を望む様な言葉を口にしていた。こういう場合、本人の生きる意志がなければ、回復の見込みは低くなるだろう。
「クソ…―」
 武彦が病室を後にしようとした瞬間だった。まるでガラスが徐々にヒビ割れていく様な音が室内へ響き渡った。
「あら、やっぱり生きていたのね」
「お前は…―!」
 武彦の目の前に現れたのは、柴村 百合だった。以前会った時よりも異質な雰囲気を漂わせながら、百合は勇太の目の前に忽然と現れたのだった。
「…オリジナル…」勇太の頬を触れながら、百合が呟く。「キミのおかげで、私は生まれ変わった…」
「手を離せ」武彦が銃口を百合へと向ける。「何故ここが解った!?」
「あら、無粋なおじさんね」
 瞬間、百合が武彦へと向かって手を翳すと武彦の身体が背後の壁へと叩き付けられる。武彦は突然の衝撃に思わずまともにダメージを受けてしまった。
「こ、この力は…―!」
「そう、私は生まれ変わったのよ…」百合がクスクスと笑いながら武彦へと言葉を続ける。「オリジナルの能力を基に、新型の霊鬼兵として!」
「な…、なんだと…!?」
「死ね、ディテクター!」勇太の能力を模した念の槍が武彦へと襲い掛かる。
「しまった…!」



 避けきれない。そう感じた瞬間だった。突然武彦の視界が全く違う場所へと変わり、武彦の身体を誰かが支えていた。



「はぁ、勘弁して欲しいなぁ…。寝起きっから目の前で暴れるなんて、さ」


 黒い髪に、緑色の瞳をした少年が呟く。呆れて悲観的な事を言う口調は、武彦の知っている姿だった。



「お前…!」思わず武彦は驚いて言葉を失った。



「やっぱり、力が呼応したみたいね…」百合が口を開く。



「…たっぷりお礼、させてもらうよ」



「フフ…。なら、私がキミと同じ力で壊してあげる…! 工藤 勇太!」




                          Episode.9 Fin