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<東京怪談・PCゲームノベル>


――懺悔に教会――




 気付けば春日・謡子は、白い壁の教会の中に居た。
 何時の間に自分がそんな場所に入り込んでしまったのか、まるで記憶がなかった。
 確か。と、自らの記憶を探ってみる。
 確か。そう。あたしは、待ち合わせ場所に向かっていたはずなのだ。
 そのために地下鉄の電車に乗っていた。目的の駅で降りて、それから、地下道を歩いて、と、そこまで思い出して、記憶は、ふと、そこで途切れる。
 人の姿のない、汚れたタイルの張られた地下道を歩いていたはずだった。
 けれど、その後にあるはずの地上の景色を、どういうわけか、全く思い出せない。
 記憶にあるのは、蛍光灯の生ぬるい光と、煙草の吸殻の落ちた灰色のコンクリートの上の、自分の影ばかりだ。
 一体あたしはどうしてしまったんだろう。
 どうして、こんな場所に来てしまったんだろう。
 と、そのことを考えようとしているのにも関わらず、思考は、「どうせ、行きたくなかったのだ」であるとか、「仲の良い二人の姿なんて見たくなかったのだ」であるとか、全く関係のない事ばかりを考え、ふわふわと定まってくれず、まるで他人の頭であるかのようだ。
 挙句、遠い昔の記憶を思い出している。
 あれは確か、中学生くらいの時の事だから、もう十年以上昔の事だったのだけれど、甦ったそれは妙に鮮明で、謡子は戸惑った。

 あなた、いつもそうじゃない。
 と、気がつけば自分が、自分に向かい、囁いている。
 そうだ。あたしは、いつも、そうだった。
 と、気がつけばまた、自分が自分に向かい、返事をしている。



×× 幼き日の一幕 ××



「佐藤くんち行くの、付き合ってくれない」
 と、戸口に突然現れた、友人のレイコは言った。
 え、と謡子は戸惑い、「え、今?」と、思わず、聞き返した。
「そう」と、彼女が、当然のことのように首肯する。「今。これから」
「えーっと」
 と、謡子は、部屋の中を振り返り、また、レイコを見た。
 彼女とは、共通の友人を介して何度か喋った事があったものの、きちんと話すようになったのは、この春の、三年生のクラス替えの際に一緒になってからで、だからもちろん、親友、というほど仲が良いわけでもなく、お互い普段、一緒に行動する友人は、別に居た。
 そんな彼女が突然訪ねて来たので、驚いた。それから、迷惑だな、とちょっと思った。
 学校での付き合いならば、それなりにしたっていいけれど、プライベートな時間まで邪魔されるのは、ちょっとな、というのが、正直な気分だった。
 何せ、忙しい。
 弟の遥と共に夕食は食べ終わったものの、その後片づけだってしなければならないし、風呂に入る弟の面倒も見てやらないといけないし、洗濯物だって回しておかなければならないし、自分の明日の用意だってある。
 仕事で忙しい両親に変わり、弟の面倒や、ある程度の部分の家事をこなしている謡子としては、部活も終わって、自宅に帰ってからの平日の夜は、出来るだけ、学校とは切り離した時間を送りたい。
 そんな事情を知る友人は、謡子は凄いね、器用なんだね、などと言うけれど、それは多分、逆なのだろう、と自分では思っていた。
 器用ではないから。
 不器用だから、切り離すことしか、出来ないのだ、と。
 そうして、忘れてしまわなければ、好き放題遊ぶ友人を羨んだり、そうして遊べない自分の状況を腹立たしく思ったり、悔んだりしそうで。
 でも羨んだり、腹立たしく思ったり、悔んだりしたところで、何も変わらない事も分かっていたりして。
 だから、くしゃっと丸めてポイ、みたいに、とりあえず一旦忘れてしまっちゃえ。と。
 そんな風に頑張ってる所に、こうして訪ねて来られるのは、とても、良くない。

 とか、そんな事、全然気づいてないレイコは、「この近所だよね、佐藤くんち」とか何か、早速もー、言った。
「ふうん、そうなんだ」
 知っているにも関わらず、謡子は、答えた。
「謡子、知らないんだ?」
「どうして?」
「いや、私もあんまりはっきり、分からないから」
「そうなんだ」
 って、言ってしまってから、気の利かない返事だったかな、とちょっと、思った。
 レイコが、「そっか」とか何か、小さくしょげてしまったように、俯いている。「謡子も、知らなかったんだ」
 でも、謡子は、佐藤の家を知っている。
 野球部の部員である彼とは、この春のクラス替えで同じクラスになる前から、同じグラウンドを使用する陸上部の部員として、何度か話したことがあったりした。更には登下校の時間が練習の関係上、一緒になることも多かったり、弟と共に近所の自動販売機にジュースを買いに行った際に遭遇したりで、別に親しく喋ったりすることはなったけれど、「家、この近所なんだ」とか何かそんな軽い会話の乗りで、家の場所は、知っていた。
「ちなみに聞くけど、どうして佐藤の家に、行きたいの」
「んー。私、佐藤に、告白しようと、思って」
「え?」
「だから、告白だよ、告白」
「告白って……好き、って言いに行くってこと?」
「うん」
「あ……そうなんだ」
「うん」
「レイコってそんなに、佐藤と仲、良かったんだっけ」
「ううん」
「え?」
「本当は、そうでもないんだよね」
「え、そうでも、ないの?」
 そんな状態で、どうして告白しようなどと思い立ったのか、まるで理解が出来ず、謡子は、思わず、レイコの顔をきょとんと見つめてしまう。
 もっと言えば、そもそも何故、良く知りもしない人の事を好きになる事が出来るのかも、理解できなかった。
「でも、謡子はさ、佐藤君と仲、良いんじゃないの。私さ、実はこの間見たんだよね。二人が、喋ってるの」
「喋ってたからといって、仲が良いとは限らないけど」
「協力、して貰えないかな」
「協力?」
「家を探すのだけでも手伝ってよ。お願い。確かに、謡子とは、そんなにちゃんと喋った事ないし……突然で非常識だと思ってるかも知れない、けどさ」
 ってそんなしょげた顔して言われたら、そうだ、確かに非常識だ、なんてもー言えない。
「いやまあ、そんな事はないけど」
「じゃあお願い! ついて来てよ」
「え、んー……」



 どうしてそこではっきり嫌だ、と言わなかったのか。
 戸口に現れた佐藤は、「あれ、何、どうしたの」と、戸惑っていたのかも知れないけれど、それが余り伝わってこない従容とした様子で、外へと出て来た。
 どうしたの、と言えば、この子が告白すると言っていたのだ、と謡子は、レイコの顔を見た。
「いやほら、謡子の家、この近所だからさ」
 慌てたように、彼女は、答える。「そういえば、佐藤の家もこの近所だよね、って話になって。ちょっと喋ろうかなって。ね?」
 でもそんな、ね、とか言ってこっちを見られても、困る。話が全然違うじゃない、とも、思った。
 だったらあの告白のくだりはどーなったんだろーとか、思って、怖気づいたのかな、とも思って、でも怖気づいたなら、言ってあげたら可哀想かな、とも思って、「んー、まー」とか何か、曖昧に頷いた。
「ふうん」
 と、佐藤が二人の顔を見比べる。
 だけどそもそも、二人のどちらかが、多少、佐藤の事を気にかけていないと、家の話も出たりしないんじゃないか、という予感がした。むしろ、佐藤がそういう事を勘ぐってそーな顔をしている気がした。
 どうしてさっき、はっきりと、嫌だ、忙しい、と断らなかったのか、と、謡子はまた後悔した。家で、ゲームをしながら待っている弟の事も気にかかった。
 でも、ついて来てしまったからには、レイコが無事、告白を終えるのを見届けてあげたい、という使命感や責任感のようなものもあり、「ねーねー、あっちの公園で喋ろうよ」と、言ったレイコに、仕方なく、付き合う事にした。
 佐藤も、何だか良く分からないけど、まーはー、みたいな感じで、歩きだしている。
 レイコの喋る話は、他愛もない内容ばかりだった。
 勉強の事、部活の事、クラスの友人の噂話、教師の悪口。
 謡子は、彼女がいつ、告白の事を切り出すのか、と、一応付き添いの身としては、そんな気配が見えたら、しっかりバックアップしなければ、と、そればかりが気になって、おろそかな返事ばかりを返してしまう。
 切り出すなら早くして欲しいな、どれくらいの時間が経ったんだろうな、弟は大丈夫だろうか、とそんな事を考えながらぼんやりしていると、レイコが「じゃあ私、そろそろ帰ろうかな」とか何か言い出したので、驚いた。
「え」と思わずその顔を振り返る。「帰るの?」
「え、帰らないの」
「いや……だって」
 告白するんじゃなかったっけ? とか思ったのだけど。
「え、帰らないの」
 っていやそんな引き攣った必死の顔で言われたら、もー何も言えない。
「あー、じゃあ……」
 渋々立ち上がりながら、これもしかして継続なんて事になるのかしら、と、考え、もしそんな事になったら面倒臭いな、と思った。
 と。そこで不意に。
 それまでぼーっと事の成り行きを見守っていた佐藤が、唐突に「そういえば春日さ」とか何か、言ってきたので、ぎょっとする。何より、自分が名指しされた事に、奇妙な緊張を感じていた。
「えっと、なに」
 とか何か、緊張を押し隠しながら、返事をする。
「弟、居るだろ」
「え」
「弟だよ、弟」
「え、うん」
「名前さ、何てゆーの」
「は?」
「名前だよ、名前。こないだ、一緒にジュース買ってただろ」
「いや、買いはしてたけど」
 どうしてこんな所で突然に、弟の名前を答えなければならないのか、まるで分からない。ただ、それって何よ、どういう話? みたいに見てくるレイコが面倒臭かったので、「えーっと、弟の名前は、遥よ、遥」と、乱暴に口早に、答えた。
「ふうん」と、帰るのくだりを聞いてなかったかのように、のんびりと佐藤は頷き、「それってもしかして謡子の謡の字と、似た漢字なんじゃないの。はるかって」とか何か、言ってきた。
「あーうん、まあ、そうなんだけど」
 確かに、遥の名前を決める際、自分の「謡」と同じ部分がある漢字を見つけて、これがいいと主張した覚えがあって、それで弟はこの名前になったのよ、と母から聞いた事があった。
 でも。と謡子は、何を考えてるか分からない、佐藤の顔を、一瞬、見やる。
 でも、私の名前の漢字なんて、知ってたんだっけ。
 けれどそれを口に出して問いかける事は、何故か、出来なかった。



 それから、謡子の危惧していた通り、レイコは、週に2、3度くらい、夕食後の時間に訪ねてくるようになった。
 弟に留守番を頼み、佐藤の家に訪ねて行くようになり、くだらない話を三人でして帰る、という事が暫く、続いた。
 自分はどうしてこんなことをしてるんだろう、と思う一方で、実は少し、楽しい、とも感じていた。
 そして今日もまた弟に、「お姉ちゃん、ちょっと出てくるから」と、いつものように声をかけている。
 弟は、拗ねたような表情で、「んー」と、答えた。
 最近は、いつもそうだ。
 恐らくは、淋しいのだろう、と、その心中は何となく、感じていた。
 けれど。
 少しくらいなら。と、謡子は、思っていた。
 少しくらいなら、いいじゃない、と。
 家事も弟の面倒も、両親が忙しいのだから、あたしがやるべきなのは、分かっている。それに、文句や不平を言うつもりもない。
 けれど。
 どうして私だけ我慢しなければならないのだ、という気持ちも、きっといつも、あったのだ。
「じゃあ。行ってくるからね」
 弟の様子が、いつもより更に深刻そうだったので、念を押すように、言う。
 テレビを見ていた小さな背中が、観念したようにゆっくりと、振り返った。
「あのさ」
「うん」
「すぐ、帰ってくるでしょ」
 くるんとした瞳が、じっと謡子を見つめてくる。
 可愛い、と思っていた弟の顔が、今日はやけに、鬱陶しく、感じる。
「そうだね」
 顔を背けながら答え、そのまま玄関へと向かうと、その背中に、おずおずと自分を追ってくる弟の気配を感じた。
 本当ならば愛しいはずのその行動を、腹立たしいくらい邪魔に感じている自分に、戸惑っていた。



「じゃあ、行こうか」
 表へ出ると、さっさと歩きだしながら、謡子は言った。
 その手を、ぐい、とレイコが引き止める。
「ちょっと、待って。今日はさ、私、一緒に行かないからさ」
「え」
 と驚いて振り返る。「行かないって、どういう事?」
「何ていうか。こんな事ばっかりも続けてられないじゃない」
「まー、そう、なのかな」
「だから、佐藤の気持ち、聞いて来て欲しいんだよね」
「聞いてくる?」
「告白する勇気ないから、その……何ていうか。佐藤に、代わりに謡子が言ってくれないかなって」
 暫く呆けたように級友の顔を見つめ、内容がやっと脳に浸透して来て、少し、戸惑った。
「あー」
 とうとう来たか、と、そんな気分にもなる。
「やっぱり、駄目、かな」
「いや、まー」
「協力してくれる、って言ったよね」
「それは、言ったけどさ」
「お願い。これが最後だから」
 必死な様子でレイコが、手を合わせる。
「えー、んー」
 謡子は暫し、困惑顔で、俯いていた。


「と、いうことらしいんだけど」
 そして結局、謡子は、佐藤に、レイコの言うはずだった告白を、打ち明けていた。
「あ、そう」
 隣のブランコに腰掛けた佐藤は、そう言ったきり、暫し、黙った。
 夜の公園に、気まずい沈黙が、流れる。
 遠く、車が通り過ぎて行くようなエンジン音が聞こえた。

「春日が告白すると思ってたんだけどな」
 暫くして、ポツン、と佐藤が言った。
「え」
「最初の時から、ずっとそう、思ってた。お前、何か様子が変だったし……でも、そうか。あいつの方か」
 ぎいぎい、と彼のこぎ出したブランコから、鉄の擦れるような音がする。
 謡子は、思わず隣の様子をそっと、窺った。

 私が、告白したとして。
 それでどう答えるつもりだったの。

「そんなわけ、ないじゃない」
 気付けば口から、言葉が、漏れていた。
「私には、恋をしてる余裕なんて、ないんだって」

「ふうん」
 ぎいぎい、とブランコが速度を増す。
「そっか」
 佐藤は暫くの間、そのままブランコをこいでいたけれど、やがて気が済んだのか、ぴょん、と飛び跳ね、地面へと降り立った。
「じゃあ、付き合ってみようかな」
 振り向きざまに、言う。
「え?」
「付き合ってみる、って答えておいてよ、彼女に」
 今度ははっきりと、彼の声が、聞こえた。
「そう」
 と謡子は一瞬俯き。
「分かった。言っておくね」と、しっかりした口調で、返事を返した。



 家に帰ると、弟の遥は、テレビを見ながら大人しく留守番をしていた。
 その背中が、ぼーっと突っ立ってる謡子に気付き、振り返る。
「あ、姉ちゃん! お帰り!」
 ぱあ、と瞬間的に、柔らかく顔がほころんだ。
「ん。ただいま」
「どうしたの」
「何が?」
 素っ気なく言い返して、ソファに座った。
 そんな謡子の顔色を窺うようにして、そろそろ、と弟が近づいてくる。小さな手が、それでも、男の子だと分かる骨ばった手が、そっと太股に、触れた。
「姉ちゃん」
「ん?」
「一緒にお風呂、入ろう」
「まだだったっけ」
 ぽんぽん、と頭を撫でてやれば、
「うん、まだだった」
 すりすり、とお腹に顔をうずめてくる。
 じんわりとした温もりが、そこにあり。
「姉ちゃんって意気地無しなのかな」
 不意にそんな言葉を、呟いていた。

「姉ちゃんは、凄いよ」
 じーっと、様子を窺うように、こちらの顔を眺めていた遥だったけれど、やがて、間違えてはならない問いを言われたかのように緊張した面持ちで、言った。
「そっか。姉ちゃんは、凄いか」
「うん。凄いよ、俺、大好きだよ」
 その必死な様子がおかしくて、謡子は、少し、唇をつりあげた。



××



 目覚めると謡子は、走行中の電車の中に居た。
 窓の外を、余り見慣れない景色が、走っている。
 ぼんやりとそれを眺めながら、つい今しがたまで自分が眠ってしまっていたことを、遅れて、認識した。
 夢を見ていた気がする、と、思った。
 その夢の中には、教会と、それからとても懐かしい日の事が出て来たような……。
 けれどそれが、一体どういう内容だったのかを思い出そうとすれば、途端に頭の中が、ぼやけてしまう。
 地下道を歩いた記憶もあったけれど、それは、果たして夢の中での出来事だったのか。
 何となく、夢と現実の判断がつかず、軽い混乱状態で、謡子はもう一度、目を閉じた。
 そして、あ。と今日の約束の事を思い出した。
 これから自分が何処に行くべきだったかも。
 でもこれは、乗り過ごしてしまった感じよね。
 謡子はもう一度目を開き、窓の外の景色を眺める。
 暫くそれをぼんやりと眺め、今日くらいは。と、不意に、思った。
 今日くらいは、良い人ぶるのはやめてみようかな。と。
 ついこの間まで、謡子には好きな男性が居た。派遣企業先に、業者として出入りしている人で、けれど、友人もその男性を好きだった。
 自分も好きなくせに、どういうわけか、気付けばその友人に協力していて、二人は付き合い出すようになった。
 そんな二人と、今日は会う約束をしていて、謡子は、また、笑顔で友人を励ます、良い人のフリをしに行くはずだった。
 でも、本当は、行きたくなんて、無かったのだ。
 田んぼや畑の中に点在する住宅の屋根が、どんどんと窓の外を流れて行く。

 次の駅で降りたら。
 弟でも誘って、ご飯でも食べに行こうかな。

 ふと、そんな事を考えた。





    END






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 8508/ 春日・謡子 (かすが・ようこ) / 女性 / 26歳 / 職業:派遣社員】
【整理番号 5548/ 遥風・ハルカ (はるかぜ・はるか) / 男性 / 18歳 / 職業:自称マルチアーティスト】