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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.5 ■ 特訓 ■



 百合に導かれるまま、美香は広い大きな部屋へと案内された。周りには何もなく、何か大きな戦闘のあった形跡が多少残っている。
「ここは?」美香が周囲を見回しながら尋ねた。
「戦闘訓練用の大広間よ。私達がそれぞれの“能力”を磨き、理解し、使いこなす。その為には、基礎訓練・実践訓練を繰り返していくしかないわ。アナタが能力を使える様になったら、私が対人訓練に付き合うわ」
「訓練…」美香は不安な気持ちを押し殺す様にギュっと目を閉じた。
『大丈夫。アンタは私の“器”。能力を駆使するには適している証拠よ』
「うん…、ありがと」
「…深沢 美香。アナタの能力は?」百合が尋ねる。
「え…? えっと、自分自身と触れてる対象物の“時間”を操る事…?」
『速度よ。実質的には時間を遅らせている様な気がするかもしれないけど、完全なる停止は範疇外よ』声がすかさず訂正をした。
「あ、そっか。“速度”を操る事が出来るって」美香が言い直すと、百合は暫く考え込む様に顎に手を当てた。
「…成程、それなら非力なアナタでも戦闘からは逃げれそうね」
「…え?」
「戦闘能力が長けているとは思えないもの。そういう方向で考えているんじゃないの?」百合は唖然とした姿の美香を見つめて尋ねた。
「そういえばそうだった…。私、攻撃の事ばかり考えていたかもしれない…」
「呆れた。思ったより好戦的な性格してるのね」笑いながら百合は美香を見てそう言った。「簡単に能力の説明をしようと思うんだけど、メモとかいる?」
「ううん、記憶力は良い方だから大丈夫」
『私も興味あるわね、能力の種類』美香に続けて声もまたそう言って静まった。
「じゃ、説明するわ」百合が腰を降ろす。美香も一緒になってその場で腰を落とし、正座で座り込んだ。「まず、一番基礎中の基礎。世の中には先天的に能力を持って生まれる先天性の能力者と、アナタみたいに『誰かによって与えられた能力』を保有する』後天性タイプがいるの」
『先天的って、元々魂が共有されているって事?』
「――って聞いてるけど?」さながら通訳の様に美香が言葉を挟む。
「それは証明されてないから何とも言えないわ。先天性の能力者はどちらかと言えば特殊な境遇の中で生まれている。ほんの一握りだけどね」
「解ったわ、だって」
「じゃあ続けるわ。能力者にも多種多様の能力が生まれている。その能力が一緒だという事例は今迄に確認出来てないわ。大まかに分かれる分野では、“前衛系”・“中衛・後衛系”・“補助・支援系”と大きく分かれる所ね」
「なかなか難しいね…。とりあえずは解るけど…」
「頭の隅に入れてくれれば良いわ。アナタの能力の場合、“補助”に当たると考えて。ちなみに私も“補助系統”に入るわ」
「そういえば、百合さんはどんな能力を持ってるんですか?」
「あ、説明してなかったわね。私の能力は、『空間接続≪コネクト≫』。空間と空間を繋いで距離を失くすといった所ね」
「全然違うのね…」美香はそう言って呟いた。「他の能力の系統は?」
「そうね、“前衛系”は主に武具の具現化や力を増幅させる系統。“中衛・後衛系”は放出系の能力を持っていたり、距離を問わず攻撃を出来たり、そういった違いがあるぐらいね」
「そう考えると多種多様って言葉が一番合うわね…」
「他についてはちょっとずつ教えていくわ。まずは能力を使う事になれる事ね」
「うん、やってみる…!」







――。







「―そこまで」
 美香が能力を使って練習していたのはボール投げだった。ただ単調に壁にボールを投げ、能力によって速度を調節する事。かれこれ二時間近くはそれを繰り返していた所に、百合が声をかけたのだった。
「どう? 能力の扱いは慣れてきた?」
「うん、多少は…かな。一定の動きに対してなら調節出来る様になってきたから、この調子なら思ったより早かったかもしれない」単調な作業だったにも関わらず色濃く出る疲労に額を拭いながら美香が答えた。
『そうね。やっぱり相性が良いみたい。私の力に拒絶反応が生まれなくて良かったわ』
「そう。それなら良かったわ。アナタには、なるべく早く強くなって貰わないと困るのよ。人間的に、ね…」
「…?」
「何でもないわ。せっかくだから私と組手してみない? 私は攻撃力もないし、最初は手加減するから」
「でも、私合気道やってたし、そう言われても―」
「―自惚れないで。能力者との対峙は素人のそれとは違うわ。そういう事は、私に一撃でも入れれたら言いなさい」百合が静かに身体を構える。
 瞬間、美香は感じた。合気道の組み手とは違う気迫。これは“試合”ではなく、“死合”だと言わんばかりの殺意。思わず美香の身体も強張る。緊張が身体を重くし、冷静さを欠かせる。
「アナタはこの殺意に気付いている。そこは今まで相手にしてきた数々の事態がアナタを成長させたという事よ」百合が静かに口を開いた。「でも、アナタはもっと前へ進まなくてはいけない。この“殺気”を掻い潜り、恐怖を克服しなくては、実戦なんて程遠いわ」
「恐怖を克服…?」美香の頬を一筋の嫌な汗が漂う。
「そうよ。今私が放っている殺気を前に、アナタは蛇に睨まれた蛙の様に強張ってしまっている。いくらアナタの頭が人より早く回っても、今のアナタじゃ何も出来ないわ」
『あの娘の言う通り、ね。今のアンタじゃ命のやり取りなんて到底無理よ』声が静かに美香を諭した。『あの子、良い殺気を放ってる。その殺気を感じ取れる所にいるアンタも普通よりも随分良い線いってるけど、殺気を前に怖気づいてしまっているわ。心が暗く染まってしまえば、アンタは私の能力に喰われてしまう』
 百合の冷静な分析は、美香にとっても痛い言葉だった。追い打ちをかける声の正論が美香の心に突き刺さる。
「じゃ、そろそろ行くわよ…―!」




――。





「―以上が我々の諜報員が仕入れた現行の虚無の動きだ」
 IO2本部で美香の消息を知った武彦は安堵の溜息を吐いた。美香は幸いにもIO2の諜報員である百合と共に行動している様だ。それが解っただけでも、武彦にとっては有意義な情報だった。
「それにしても、何で諜報員自身が美香…いや、深沢を攫ったんだ?」
「簡単な事だ、ディテクター」武彦を指差して男は言った。「深沢 美香はお前と接している。善くも悪くも、虚無も我々も“お前”の動向はチェックしている」
「…ったく、買い被り過ぎだ。それに、IO2は俺にはもう―」
「―関係がない、とでも言うつもりか?」男が言葉を遮る。「お前はそうして昼行灯を決め込んでいるつもりかもしれないが、虚無はお前に近しいから深沢を狙ったのだ。それは諜報員からの報告にもあった、紛れも無い真実だ」
 男の言葉は武彦の心に重くのしかかった。その可能性を武彦が考えなかった訳ではない。しかし、心の何処かでは関係がないままであって欲しい。そう願っていた本心を見抜かれた様な気分だ。武彦は不機嫌そうに煙草を咥え、火を点けた。
「あらら、ヘソを曲げちゃいましたか…」背後で様子を見ていたシンが溜息を吐きながら言葉を続ける。「草間 武彦さん、お解り頂けましたか?」
「……」
「…我々も虚無も、貴方を放っておくわけにはいかないんです。深沢 美香という一人の女性を救う為だと思って、今一度IO2へ帰って来て頂けませんか?」
「…断ったら、どうするつもりだ?」
「…最悪、完全に虚無に堕ちる前に、深沢 美香は始末させます」シンの言葉から感情が消える。
「な、なんだと―!?」
「―彼女には“IO2”と“虚無の境界”の説明を簡単ではありますが、行った筈です。つまり、彼女は“虚無の境界”に対して少なからず共感を得ている。諜報員である柴村の報告通り、彼女が“異能”に目覚めているのだとすれば、彼女もまた現状では“虚無の境界”の一員であるとIO2は考えます」シンの口から淡々とした言葉が並べられる。「しかし、これはあくまでも貴方自身が動かなければ、という仮定での話です」
「…チッ…」






――。




「―ダメ……」倒れたまま天井を仰ぎ、乱れた息を整えながら美香は呟いた。
『あの子の能力、冷静な空間把握能力と計算能力がなきゃ使えないわ…。たいしたものよ』声が驚きながら呟く。
「言った筈よ。私の能力は『空間接続≪コネクト≫』。直線的な動きばかりでは私を捕えようとしても無理よ。向かって来る敵なんていくらでも何処にでも飛ばせるわ」
 百合の言う通りだった。“速度”を操り、自分のスピードを上げて間合いを詰めようと足を踏み出した瞬間、既に百合は美香の背後に立っていた。空間を繋ぐ能力のせいで、向かっていくままに壁の目の前に繋げられて身体をぶつけたり、正直な所、特訓とも呼べない内容のまま美香が倒れ込んだのだった。
「とにかく、今日はここまでにしましょ」百合が溜息を吐きながらそう言って美香に手を差し伸べた。美香はその手を掴み、立ち上がる。息もようやく落ち着き始めていた。
「…まだ、まだやれる!」
「あら、元気なのは良い事だけど、トレーニングは今日から嫌になるまで続くわ。それまでに、アナタに合う武器を見つけたい所なんだけど…」
「武器?」美香が唖然としたまま尋ね返す。
「力を強化する様な相手には武器がないと致命傷も与えられないわ。今日はここまでにするから、明日迄に私からも提案をまとめとくから自分でも考えなさい」百合はそう言って美香を置いたまま部屋を後にした。



「武器…って、何にすれば良いのよ〜…」



 その場に再び座り込んだ美香は、百合を怨む様に静かに呟いた。



                              Episode.5 Fin