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<東京怪談ノベル(シングル)>


血と葡萄
MTS作

1.神々の謀略

ワインを造るには材料の葡萄を潰さなくてはならない。
何かの例え話ではなく、事実だ。
昔は乙女に踏ませて葡萄を潰すという長閑な事をやっていた時代もあった。
今では機械任せにするのが普通だろう。
だが、それが未来になると一周回って、また葡萄を踏み潰してワインの材料にしていたりもする。
ある未来の神々の国では、彼らは葡萄を専用のゴーレムに踏ませてワインにする事を嗜みとしていたのだが…
「おい、どうする。ゴーレム壊れてるぞ」
「壊れたもんは仕方無いだろう。何か別の奴に踏ませるしか…」
「うむー、それならやっぱり乙女を連れて来て踏ませよう」
「だが、神々の葡萄は大きいぞ?」
「それなら乙女も大きくすれば良いだろう」
今年は酒好きの神々が無責任に話あっていた。呑龍と呼ばれる竜神の一種である。
すでに酔っ払っているとしか思えない無責任な話し合いは、いつ果てるとも無く続いた。
彼らの問題は乙女を大きく出来るかどうか。そこである。
神々は近所の魔道士に相談に行った。
「出来ますとも!この宇宙は何処へ行っても、例えば1mは1mです。
自然には度量衡を保つ仕組みがある。
それをお望みの場所で遮蔽すればよいのです。可能です」
魔道士は表情一つ変えずに答える。
答えを聞いた神々は、ひそひそと話す。
「最後の4文字しかよくわからなかったんだが、可能って事なんだよな?」
「う、うむ、多分」
さすが神々の知能は、魔道士の話を理解したようである。
神々や魔道士なんて、そんなものだ。
それから時代は遥か昔…つまり現代まで遡る。
藤田・あやこは自らのオフィスを歩いていた。
黒髪に黒い目と典型的な日本人風だが、背が高かった。
カツカツ。
ヒールの踵がフロアを叩く音が響く。
…おかしいな。なんでだろ?
あやこは納得出来なかった。
通りすがりの男性社員に目をやる。男性社員は即座に目を逸らした。
…私が大きいからなの? 会長だから遠慮してるの?
自分の素行や人格に問題があるとは、あやこは考えない。
…そうか、アピールが足りないのよ。
あやこはおもむろに足を止めた。
ポーチに手をやり、中から黄色い植物の皮を取り出す。
バナナ…
世間一般では、そう呼ばれている果物の一種だ。
よく掃除が行き届いた自分のオフィスのフロアに、あやこはバナナの皮を置いた。
彼女は迷わず、それを踏みつけ、そのまま、滑る様にして地面に尻餅を付く。
鈍い音がフロアに響いた。
「…てへ、転んじゃった」
舌を出して笑顔を見せるあやこ。
一瞬、フロアを歩く社員たちの目線があやこに集まり、次の瞬間、皆、あわてて目を逸らした。
少し時間が過ぎると、笑みを凍らせて尻餅をついたままのあやこだけがフロアに残っていた。
「おかしいな。こんなにドジっ娘なのに…」
あやこは、真剣に悩む。
確かに身長は高いが、十分に細身だから、モデルのような体型でデメリットでは無いはず。
さらに、こんなにドジっ娘でエロ可愛いのに…
あやこは、自分の素行に問題があるとは、決して考えない。
(お、おい、大丈夫なのか、あの女)
(う、うむ、だが魔道的に巨大化の素養を持ち、尚且つ乙女と言うと全ての時代で…)
「…ん?
 誰か何か言った?」
どこかで何かが聞こえた気がして、あやこはキョロキョロした。
(い、いや、何でも無い)
(要するにお前、男が欲しいんだな)
「うん。かわいい男の子欲しい。ちやほやされたい」
どこかの何かに向かって、あやこは答えて頷く。
また一瞬、周囲の視線があやこに注がれ、皆、あわてて目を逸らした。
(じゃあ、ちょっと来てくれないか?)
(男を紹介してやるから、一緒に踊って欲しいんだ)
「かわいい子?」
(う、うむ、多分)
「じゃあいいよ!」
迷わずあやこは答えた。
次の瞬間…
何かの手品のように、あやこの姿は消えうせた。

2.ダンス

遥か未来の神々の国に、あやこは居た。
ロウソクの灯りに照らされた、ダンスホールである。踊るには良いムードだ。
雰囲気に合わせた、露出が多いエルフ風の衣装をまとったあやこが居る。
その足元を見ると、小さな蛇のような姿が複数あった。
(ふっふっふ、上手くいった)
蛇のようにみえるのは呑龍…神々であった。
全長数十メートルの長さを誇る巨大な龍神達だが、目の前にそびえ立つハイヒールは、彼らを踏み潰すのに十分な大きさだった。
「あのー、龍神さん…?」
声は龍神達の上から響き、巨大な彼らの体を吹き飛ばしそうになる。
龍神達より遥かに大きな巨人あやこが龍神達を見下ろし、不信感を表すように目を細めていた。
「何で私、巨人になってるの?
 あと、何か床が柔らかいし…」
膝に手をついて中腰になって龍神達を見下ろすあやこの姿は、神々ですら恐怖を感じる程の大きさである。
「そ、それはもちろん、相手の男も巨人だからだ。釣り合う相手が居なくて可愛そうなんじゃよ」
変な事を言ったら踏み潰されるかもしれない。冷や汗をかきながら龍神の一匹が答えた。
「そっかー。それ、よくわかるよ…」
何故か、あやこは納得した。
ロウソクの向こうから、あやこと同じ大きさをした巨人の男が歩いてきた。無表情だがエルフ風の衣装を着た良い男だ。
何も言わずに彼はあやこの手を取る。あやこも何も言わずに身を任せる。
そうして、巨人達のダンスが始まった。
どちらかと言えば情熱的なステップを踏むダンスだった。あやこは身を任せながら、床を踏む。
「ねえ…
 …どうして貴方の体はそんなに冷たいの?
 …貴方の唇は硬いの?」
あやこの問いに、男は答えない。
「…ていうか、貴方、人じゃないわよね?」
流石のあやこも、体を重ねた感触が、どう考えても石である事には気づいた。
というか、顔を見ても石像のようにしか見えない。
カツン!
思わず床を強く踏み、つまづくあやこ。
次の瞬間、フロアに張られていたシートが破れ、踏み抜かれてしまう。
床が巨人の体重を支えきれなくなったようだ。
あやこの足が、赤く染まっていた。
血…ではなく、葡萄だ。
何も言わず、あやこの目が足元の呑龍達に注がれた。
「…騙したわね?」
目の前には石のゴーレム。
足元には巨大な葡萄。
ワインも嗜むあやこには、何となく理解出来た。
何も言わずに、彼女のハイヒールが呑龍達の頭上へと動いた。
全長数十メートルの龍神数匹の頭上が、ハイヒールの影で覆われる。
「じゃ、じゃあ、もう帰っていいよ。おつかれ!」
呑龍のか細い声。
どーん!
あやこはバナナの皮を踏むような勢いで、ハイヒールを踏み下ろした。
…蛇ってぬるぬるしてるし、滑っちゃうかな。
などと一瞬思ったが、意外と地面は硬かった。
四角い箱のような物を、あやこは踏み抜いていた。
10階建て…30メートル程の高さのビルだった。
巨人の姿のまま、あやこは東京に戻された。

3.葡萄を踏むように

長身の女の子にエルフ衣装というのはミスマッチだが、さらにハイヒールまで履かせてみると、絵にならなくもない。
大事な事は開き直る事。中途半端にしない事だ。
…うわぁん。もう嫌。変な蛇にまで騙されるなんて!
演技ではなく半泣きのあやこの表情も、同情したくなる程だ。
…が、彼女の足元には東京のビル群が並んでいる。
全長数百メートルの、エルフ…っぽい姿をした女巨人を見て、人々は同情するより逃げ惑った。
「もー、大きくて何が悪いの!」
あやこが怒鳴って地団駄を踏むと、地下に通路が走る東京の地面を踏み抜いてしまった。
地下に穴が開いた東京の地面は、百メートルに迫る大きさの巨人のハイヒールを受け止めるには、脆かった。
落とし穴に足を踏み入れたかのように、あやこの足元でコンクリートの地面は崩れ去ってしまう。
「私が悪いんじゃないもん。小さい方が悪いんだもん!」
あやこは口を尖らせる。
…あ、でもちょっと気持ち良いな。
思いっきり踏んづけて物を壊す感触は、少しあやこを楽しませた。
あやこがビルを踏みつけると、鉄骨は折れ曲がり、窓ガラスが飛び散る。あやこのハイヒールは、そのまま地下街まで踏み下ろされるのだ。
ちょっと笑みを浮かべて、あやこは歩く。
彼女の視界に入るのは、小さな東京の町並み。
小さな箱が並ぶつまらない景色だが、目に入ったのは赤い円錐状の建物だった。東京タワーと呼ばれる建物である。
摘み上げるには少々大きいが、跨ぐ分には問題が無い程度の建物だ。
その最上階の展望室に、あやこは目を留めた。
…カップルだ。
小さな男と女が、女巨人を見上げて抱き合っている。
窓の外いっぱいに、巨人の顔が広がっていた。抱き合って震えるしかなかった。
「何見てんのよ! 恋人が居ないのが、そんなに珍しい!」
だが、あやこは怒鳴りながら、東京タワーの鉄骨に手をかける。
「ばーか、ばーか、悔しかったら逃げてみなさいよーだ!」
あやこはカップルを罵倒する。
数百メートルの巨人から逃げる事は、多分不可能だろう。
あやこが鉄骨の先端付近を両手で鷲づかみにして揺すると、300メートルを超える高さの鉄塔は、彼女が思ったより揺れた。
…うふふ、引っこ抜いちゃえ。
力を込めると、意外とあっさり東京タワーは根元の支柱から抜けてしまう。
「あはは、槍みたいね」
根元付近を持って振り回してみると、赤い槍を持ったエルフの騎士にでもなった気分だ。
あやこは自分の大きさと力に、段々と慣れてきた。
やりたい放題出来る。
足元を歩く虫達に、私を止める事なんて出来るはずが無いのだ。
地面に屈み込み、開いている左手でビルを鷲づかみにする。
「そーれ、ちゃぶ台返し! 
 …なんちゃって」
軽く力を入れるだけで、10階建て程度のビルなら片手で根元からひっくり返す事が出来た。
轟音と煙、ガラスやコンクリートの破片を撒き散らしながら、数十メートルの建築物が空を舞った。
何やら紙飛行機みたいなものが飛んできたので、東京タワーの槍で吹っ飛ばしたりもしてみた。
多分戦闘機だったのだろう。
「どーだ!
 大きいって凄いでしょ! こんなに強いんだもん」
手にした東京タワーの槍は、あやこの力に耐えられず折れ曲がってきた。
だが、女巨人あやこは構わずに東京を歩いた。
東京を守る多くの兵器や異能力者があやこを攻撃していたが、あやこの足は、ほとんど気づく事さえ無いままに踏み潰していった。
あやこの足が、赤く染まっていた。
血…ではなく、葡萄だ。
あやこは満足だった。

(完)