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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.6 ■ 対話 ■


 訓練を終えた美香は疲労も色濃く、新たに用意された自室にあるベッドへと倒れた。先日の部屋とは違い、しっかりとした家具もあり、バスルームも用意されている様だ。それでも“能力の使役”は想像していた以上に精神力を削る。思考は鈍り、意識は曖昧になり、やがては身体からも力が抜けていく事を肌で感じていたせいか、部屋の中を見回る程の余裕もなかった。
「…うぅ〜、初日から飛ばし過ぎたかなぁ…」
『ま、無理もないわね。相性が良いとは言っても、私の力を使う事にアンタはまだ不慣れだしね。慣れるまでは時間がかかるわ』
「サラッと酷い事言わないでよ〜…」美香が嘆く様に呟く。「武器も決めなきゃだし、あなたの名前も考えなきゃだし、決める事もいっぱいあるなぁ…」
『まだ名前に拘ってるの?』声が呆れたかの様に言葉を続ける。『どうとでもしないさいな。とは言っても、“めけんこ”は勘弁して欲しいけど…』
「…もう、そうやってすぐ馬鹿に…する…――」
 言葉を中途半端に途切れさせながら美香は眠りに就いた。声はそれに気付き、反論を止め、静かに考えていた。
『…美香。アンタは気付いてないかもしれないけど、能力の使役をここまで一朝一夕で実戦訓練を併用出来る人間なんてそうはいないわ…。やっぱりアンタには何かがあるのかもね…。常人では計り知れない何かが…――』







「―とまぁ、深沢 美香の能力は未だ開花していません」
 玉座とも呼べる仰々しい椅子に座り、肘をついている霧絵へと百合は報告を済ませていた。「能力は“速度操作”。使いようによってはある程度の戦力にはなるでしょうが、能力者自身である深沢 美香に戦闘力がありません」
「…そう…。解ったわ」霧絵が嘲笑する様に笑う。「武器が必要だと言っていたわね。あなたは何を使わせるつもりなの?」
「…彼女に刀剣や銃器の扱いはほぼ無理だと考えた方が無難かと思われます。一般的な殺傷能力の高い装備は彼女自身も使う事に抵抗を感じる事でしょう」
「フフ、あどけない少女…。まるで彼女を年下の幼い子供の様に言うのね、百合」
「戦闘という特殊な環境においては、経験のない者は子供と何ら変わりはありません。私はそう認識しています」
「…解ったわ。彼女に合う武器がないか、科学者達に聞きなさい」
「はい」
「それと、IO2の動きはどうなの?」
「…現在IO2はディテクターを再び引き入れるべく動いている様です。深沢 美香という関係者を狙ったのは正解だった様ですね」
「フフ、彼がどう動くのかだけは注意してね」楽しそうに霧絵はそう言って百合を見つめた。「引き続き我々の動きはこまめに連絡しておいてね、百合。二重スパイという立場は面倒かもしれないけれど、ね」
「…はい」





 翌朝。美香は起きて間もなく百合に連れられて再び戦闘訓練用の広間へと訪れていた。美香の分の朝食を手に持ちながら百合は美香の前に座った。手に持っているのはパン三つとコップに入った飲み物。それに、コンビニで売っているであろうサラダだった。
「美香、全部落ちる前に拾って」
「え?」
 百合が美香の朝食を放る。美香は能力を使い自らの身体の速度を上げ、全て地面に着く前に受け取った。
「へぇ、なかなか良い反応してるのね」百合が笑顔で美香の動きを見て感心していた。
「もう、いきなりだからビックリしたよ…」美香が溜息混じりにそう言った。「でも不思議。昨日よりも身体がスムーズに動いたかも」
『私の力がアンタに定着してきている証拠よ。身体や手を動かす様に、自然に能力を使いこなせる様になればもっと実用出来る様になるわ』
「そういうモノなんだ…」美香は他人事の様に納得していた。「いっただきまーす」
「どんな会話をしているか聞こえないのも歯痒いわね」百合が呟く。
「全部通訳します?」美香がパンを頬張りながら尋ねる。
「いらないわ。必要な時だけで大丈夫」
「ふぁい」美香は口に入っていたパンを飲み込み、飲み物を一口流し込んだ。「そうだ、私の中にいる彼女の名前! 何か良い名前あります?」
「え? 名前?」
『アンタまた…。別に良いじゃない』呆れ口調で声が諭すが美香は一切聞こえないフリをしている。
「だって、名前がないと呼ぶ時に困るじゃないー」声に言う様なセリフを美香は百合へと投げかけた。
「んー、名前ねぇ…。呼び易い名前があれば良いと思うけど…?」
「…めけ―」
『―却下だ』
「…反応早いよね…」
「…そうね。名前といわれても、私はアナタの様に能力を与えられた側ではないから解らないけど、確かに名前がないと不便かもしれないわね」百合は少し考え込んだ。「自分の中にいる“他者”と会話が出来る。境界を保つ意味でも名前は意外と重要かもしれないわね。本人は何て言ってるの?」
「要らないって。名前なんて必要ないって言うから考えてもくれないの」
『言っているだろう。名前など好きに呼べば良い』
「めけ―」
『―解ってて言っているだろう?』
「…ちぇ…」
「…まぁ戯れもその辺りにして、今日は午前中しか訓練しないから早くやるわよ」百合が呆れる様に言う。「午後にはアナタの武器も幾つか試作品が出来る。私はそれを見に行くから、アナタはしっかり“対話”しなさい」






――。





 
 午前中の訓練を終えた美香は自室へと戻っていた。
「いたたたぁ…、身体が軋んでるみたいだよ〜…」
『無理もない。速度を調節する代償に、筋肉は本来以上の伝達速度で身体を使役する。身体にかかる負担も多少なりとも通常より大きいハズだ』
「え!? って事は筋肉ムキムキになったりするの!?」
『…それはどうかは解らないが、少なくとも筋力は今まで以上には発達するだろうな』
「…はぁ、マッチョになったら私今の仕事出来なくなるかな…」
『今までの生活がどんなモノなのかは知らんが、元より戻れる保障もないだろう』
「そっか…」
 少しばかり美香は甘く見ていた。ただ単純に、世界を広げようと足を踏み入れた場所が、少なくとも“日常”からかけ離れた場所にある事。生活がここまで一変するとは思っていなかったが、これから自分がどうなるのか、今の美香には全く解らなかった。
『元の生活に戻りたいと、そう願う?』
「…解らない…。少なくとも、好きでやってる訳じゃなかった仕事だったし、特別拘りがある生活だった訳じゃないもの。だけど…」美香は自分の手を見つめた。「もし戻れなくなるのなら、しっかりとお世話になった人達にもお礼を言いたかったな…」
『…そうか』
「…でも、私は帰るよ。どうなるとしても、ちゃんと挨拶する。じゃないと、新しい旅立ちなんて出来ないから」美香は少し吹っ切れた様な表情を浮かべて言ってみせる。「一つずつ、出来る事からやっていくって決めたもの。だから、まずはアナタの名前からだからね!」
『…やれやれ、ウジウジと悩んでみたり吹っ切れてみたり、忙しい奴だな…』笑う様に声が言った。『…私の名、アンタに任せるよ』
「え?」
『勿論、ダメな名前だったら却下だ。でも、アンタがつける名前ってのも悪くはない。そう思うからな』
「…えへへ」
『な、何を笑ってる…』
「ううん、なんかやっと認めてくれたのかなって」笑顔を浮かべながら美香はそう言った。「だったら、もっとちゃんと考えなきゃね」
『…暗に真剣に考えてはいなかった様な言葉だな…?』
「そそそそ、そんな事ないよ? アハハハ…」







「百合様、“適合者”の試作品ですが、一応三種類程は既に完成しております」科学者の一人が百合を連れながら説明をする。
「説明してくれる?」
「はい。まずは一つめですが、百合様の仰っていた通り、打撃を有効化させる為のガントレットタイプ。これは本人の意志に共鳴する事で電力の強さを調節出来る呪物です。使用者の脳の電気信号を受信し、電力を調整させる事が出来ます」
「なかなか扱い易そうね。続けてもらえる?」
「はい。二つ目は“トンファー”です。“速度”を調節出来るという点では回転力をそのまま破壊力に変換出来る代物としては有効です。私が考案した武器になります。特殊な合金を使っているので刀剣相手でも充分に渡り合える硬度を持っています」
「…扱い鳴れるには確かに時間がかかりそうね。武器を相手に戦うには良いかもしれないけど、ね…」
「そうですね。確かに一朝一夕には扱いきれないでしょうが、非力な力でも強さは得られると考えられます」
「…それで、その最後の一つは?」
「これはまだ試作段階ですが、ガントレットタイプの二号機です。一定以上の速度で振る事で特殊な空気振動を生み出し、衝撃波を放ちます」
「…随分面白そうな武器ね」
「えぇ。ですが、一般人には到底扱う事は出来ません。どれだけ強靭な肉体でも、衝撃波を産む必要速度は出せないのが難点ですので…」
「…有難う。全部使うか、一つに絞るか。どれも使わないか…。決めるのは彼女になるけど、他にも有効な武器があったら教えてね」
「はっ」





   ――「時間がない…。ディテクター、アナタに会わなくては…」





 百合はそう呟きながら、武彦の元へと“空間接続《コネクト》”を開始した。
 



                              Episode.6 Fin