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<東京怪談ノベル(シングル)>


総力戦【丁沖】大地讃頌

 アメリカ、ワシントンD.C.から望む港湾に、ずらりと艦隊が並ぶ光景は一種、異様に映った。巨大な艦隊は多少の波では揺らいだりせず、ただ静かに浮かんでいるようにすら見える。
 それを遠目に見ながら、それで、と三島・玲奈(みしま・れいな)は確かめた。

「パパ、本当なの?」
「うむ」

 玲奈にパパと呼ばれ、鷹揚に頷いた相手は人間ではなかった。ころり族。そう呼ばれる、狐と狼と狸の特徴を兼ね備えた合成獣が、椅子に座って真剣な眼差しを向けてくる玲奈に、やはり向かい合って座り、こっくりと頷きを返しているのだ。
 一見すれば、不思議な――異様と言ってもいささか過言ではない、光景。けれどもこのころり族は、実のところ玲奈の養い親だった。
 もう1人の養い親、今は敵味方に別れてしまった養母とはまた違う、けれども確かに玲奈を育ててくれた相手。だからこそ、玲奈が向ける信頼の眼差しが深いことを、見て取った鍵屋・智子(かぎや・さとこ)は小さく鼻を鳴らして、また眼差しを港湾に浮かぶ艦隊へと巡らせた。
 かの艦隊を、率いているのは智子だ。敵は――姑獲鳥と、彼らの陣営に組みしてしまった玲奈の養母は、これまでに太平洋艦隊を叩き潰し、地中海艦隊を撃沈させた。となれば次はここ、大西洋――その守護を担う大西洋艦隊を狙ってくる、と考えるのは自然な発想と言える。
 出来ればそろそろ先手を打って、攻勢に転じたいところだが、未だに指名手配中の彼女たちの行方は掴めていなかった。ならば、敵の標的である可能性が高い大西洋艦隊を餌に誘き出し、迎撃するのが上策と言える。
 だからこそ、ここで艦隊を率いて敵の出方を伺っていた玲奈と智子を、訪ねてきたのがこの、玲奈の養い親であるころり族だった。

「姑獲鳥の目的は賽の河原の児童解放だ。地の底から地獄を抉り出して丸ごと昇天させる。その為には邪魔なキリスト教国を潰す。既に某国は壊滅した。次は‥‥」
「ここ、ってわけ?」
「読みがばっちりで助かるじゃない」

 養父の言葉を先取りした玲奈に、智子が肩をすくめて相づちを打った。そうだ、と頷いた養父の顔を、じっと見上げる。
 養父達ころり族は、実のところ姑獲鳥とは敵対関係にある。というよりはいっそ、天敵であると言ってしまうのが正しい。
 その養父が言うならば、それは確かな情報なのだろう。玲奈はそう信じたし、智子もまたそれに疑いを差し挟む気はないようだった。
 ねぇパパ、と玲奈はだから、養父を見上げて呼びかける。なんだ、と眼差しだけで養父が応える。

「パパ、協力してくれる?」
「もちろんだ、玲奈。我らころりは疫病の化身だ。猛者が病に臥す光景は愉快だ」

 そうして告げられた養娘の言葉に、当たり前にころり族たる養父は頷いた。その口調は、言葉通りいっそ楽しげですらある。
 彼らころり族が姑獲鳥の天敵たりうる、その理由が彼自身も告げた、身の内に友のように飼う数多の疫病の存在だった。それは彼らの意志一つで、あっと言う間に姑獲鳥へと魔手を伸ばし、感染させ、死に至らしめるだろう。
 助かるわね、と智子が唇の端を吊り上げる。あまり認めたくはない事実だが、玲奈の養母が敵方に寝返って以降、IO2は一方的な負けが些か混みすぎている。ここらで体勢を立て直さないと、本当に人類の滅亡なんて洒落にならない事態になりそうだ。

「あんたも良いわね」
「うん。ありがとう、パパ。――頑張ってお母さんを助けなきゃ」

 ギュッ、と両手を握り締めて決意のように呟いた玲奈に、智子が肩を竦める。竦めたのを、玲奈も見ていたけれども何も言わない。
 目的が、完全に一致している必要はないのだ。玲奈と養父ですらきっと、それは違う。けれども――ほんのわずかでも共に歩める場所があるのなら、何としてでも力を借りて、姑獲鳥の侵攻を食い止めなければならない。

(地の底から地獄を抉り出す、って‥‥)

 一体どんな事になるのか、玲奈には想像も付かなかった。嫌な予感だけがひしひしとして、なんとしてもそれを止めなければならない。
 大西洋艦隊。その姿に模して玲奈号が生み出した、そっくりの偽艦隊に乗り込んで行くころり族達を見つめながら――玲奈は強く、唇を噛み締めたのだった。





 そこには、数え切れないほどの姑獲鳥が集っていた。恐らくは辺り一帯、すべての――もしかしたら世界中に散らばっていた姑獲鳥達が、この場に一堂に会したのかもしれない、と思うほど。
 この場――ロングアイランド東端に位置する、モントーク基地跡。米軍が所有していたこの基地は、とある極秘実験に用いられ、そして廃棄されたのだ。
 タイムトンネル掘削という、眉唾どころかただ聞いただけなら一笑に伏してしまうに違いない、科学とオカルトの境界すら怪しかったそれを、人の手で作り出そうという実験が、かつてこの場で行われていた。ごくごく真面目に、軍事力と科学力、そして少なからぬ国家予算を投入して行われていたその実験は、けれども、日の目を見ぬまま闇に葬られ。

「とはいえ、ここにはその『場』が残ってる」

 集う姑獲鳥達の中心に立つ、ミニのブラックドレスを靡かせた女が、歌うように呟いた。それに、姑獲鳥達と、それからこの場には居ない虚無の司祭が呼応する。
 ふふん、と鼻を鳴らして女は、虚無の境界の女幹部は打ち捨てられた基地を見回した。
 実際に実験が成ったか、それは問題ではないのだ。ここに未だに残っている、タイムトンネルを創り出してみせると数多の人間が妄執のように信じた、その思念があれば姑獲鳥達は、そして虚無はそれを『真実に仕立て上げる』のだから。
 さっ、と女幹部が手を挙げると、上空に音もなく不可思議な飛行物体が現れた。強いて言うなら丸鋸の先だけがふよふよと、地と円盤を水平にして頼りなく宙を舞っている、そんな姿を持つ飛行物体。
 とはいえそれが、丸鋸などでない事は確かめるまでもなく明らかだった。何よりまず大きさが違いすぎる。ちょっとした飛空挺ほどもある丸鋸など、存在はしないしそもそも、存在したとしても切るモノがない。
 けれども女幹部は満足そうに、その丸鋸型円盤を見上げた。眼差しに応えるようにゆっくりと内蔵されていた刃を伸ばし、勢いよく回転し始めた円盤に、笑い声を上げる。
 この場に残留していた思念は、すでに時空の歪みと言えるまでに存在力が高まった。その時空を、地球ごとこの丸鋸型円盤で切り裂く。そうして無理矢理時空をねじ曲げ、本来ならば存在しない時空に存在する地底をこじ開けて、地獄をこの世に取り出すのだ。

「おやり!」

 ブンッ!
 勢いよく降りおろした女幹部の号令に、合わせて丸鋸型円盤はひょいと縦になり、ゆっくりと時空の歪みに、その先の地球に刃を立て始めた。耳を覆うばかりの凄まじい轟音が、廃墟となった基地にいっぱいに響きわたる。
 ゆっくり、ゆっくりと大地が裂け始めた。そうして次第に地の端がめくれ、盛り上がり、避けた大地の隙間から地獄の光景が垣間見え始める。
 集った姑獲鳥達から、怒号の如き歓声が上がった。けたたましく笑うモノ、期待のあまり意味のない言葉を叫び続けるモノ、中には感極まって泣き出すモノもいる。
 女幹部もまた、ブラックドレスの裾をはためかせ続ける丸鋸型円盤の風圧の中、喉をのけぞらせて哄笑した。高く、禍々しく――
 ふいにその笑いを切り裂く、鋭い叫び声が上がった。

「させないわ!」
「来たね、馬鹿娘」

 叫ぶや否や身を隠していた廃屋から駆け出した玲奈に、女幹部が落ち着き払った様子でちらり、眼差しをくれた。その温度はひどく冷たく、かつての、玲奈を可愛がってくれた養母のそれとは似ても似つかない。
 憎しみに彩られた冷たい眼差し、冷たい声色。ゆらり、轟音の中で女幹部は玲奈に向き直り、ニィ、と唇を禍々しく吊り上げた。

「今度こそ殺すよ、馬鹿娘」
『援護しましょう』

 どこからともなく、女幹部の声にハウリングのように被る声があった。ロングアイランド沖にあるプラム島――そこにある、虚無の境界が所有する動物実験施設から、不思議な力で女司祭が語りかけてきているのだ。
 女司祭の声がふわり、宙に広がったかと思うと、次の瞬間には怪しい姿のケモノが現れた。嘴を持つ四足の獣。そんなものがこの世界に、現実に存在するわけがない――不思議の技で生み出されたのか、或いは遺伝子操作で人為的に生成されたのか。
 プラム島にある施設を脳内で振り返り、後者だろう、と玲奈はあたりをつける。

『モントークモンスター‥‥その娘を引き裂いておしまいなさい』
「行きな!」

 2つの声に促され、モントークモンスターと呼ばれた異形の獣は玲奈目掛け、太い四肢で地を蹴った。後から、後から。何頭も獣が現れ、玲奈に向かって鋭い嘴を、爪を突き立てようとする。
 キッ、と眼差しに力を込めて睨みつけた。眼力光線。それは向かってくる獣を貫き、その向こうにいる虚無の女幹部目掛けて迸り。

「見切ってると言ったろう!」

 ひらり、舞いでも舞うような身軽さでそれを避けた女幹部は、玲奈には目にも留まらぬ速さで取り出した魔弓をきりりと引き絞った。次の瞬間、漆黒に輝いて生まれた闇の矢を、女幹部は高笑いと共にひょうと放す。
 ドー‥‥ンッ!!
 ロングアイランド沿岸に浮かんだ、大西洋艦隊から爆発音が響き渡った。幾つも、幾つも、女幹部が魔弓を引き絞り、闇の矢を放つたびにそれらの矢が艦隊へと吸い込まれ、爆発音と爆炎が上がる。
 ――けれども。

「玲奈号の力、甘く見ないで」
「は!? 何を‥‥」

 ニッ、と強気に笑った玲奈の言葉を、鼻で笑い飛ばしかけた女幹部はふいに、目を見張った。たった今、彼女が沈めたはずの大西洋艦隊――それが次々と復活してきているではないか。
 愕然とした表情。だが次の瞬間、キッ、と気付いて睨み付けてきた女幹部を、強気の眼差しで玲奈は睨み返した。
 そう、あの大西洋艦隊は玲奈号の力によって生み出されたものだ。ならば、玲奈号が墜ちない限り次々と、艦隊は生産されるのである。

「油断大敵、ってね!」
「な!」

 さらに笑った玲奈の言葉に合わせるように、モントークモンスターがバタバタと斃れ始めた。玲奈号に潜んでいたころり族が撒き散らした、病に罹り始めたのだ。
 女幹部の顔に、焦燥が走った。その間にも次々と獣たちが病に斃れ、姑獲鳥たちが騒ぎ始める。次々と生み出され続ける艦隊が、それらに向かって集中砲火を浴びせ始めた。
 それに煽られるようにうろたえ始めた女幹部は、ついにギリッと唇を噛み締め、玲奈を忌々しげに睨み付ける。

「ええい、猿知恵娘め! 覚えておいで!」
「逃がさないよ!」

 玲奈は叫び、さらに眼力光線を放とうとした。だが、光の速度を超える力を手に入れた女幹部は、逃げ足もまた速く、あっという間に女幹部の姿は砲火に紛れて見えなくなる。
 一体、どこへ‥‥激しく続く砲撃の中、視線を巡らせた玲奈の視界に、巨大な影が移った。
 ゴゴゴゴゴ‥‥
 轟音が響き、地が揺れる。ぐらり、咄嗟に体制を崩した玲奈はくるりと受身を取り、揺れる大地にしゃがむように身体を支えながら、その影を睨み付けた。
 ロングアイランドには、上空から見ると横たわった鰐の咢に似た地形が存在する。それを不思議な力で超巨大な鰐に変形させ、巨大ワームと化して飛び立たせたのだと、ようやく見えたフォルムで理解した。
 けれどもその頃には、大西洋艦隊から激しく打ち出される集中砲火もものともせず、巨大ワームは空を泳いで逃げていく。その姿を、斃れたモントークモンスター達の屍の中に立ち、玲奈はギリ、と睨み付けた。
 その眼差しの中、巨大ワームはどんどん、どんどん小さくなっていく。――まだ、戦いは終わらないようだ。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢  /       職業        】
 7134   / 三島・玲奈 / 女  /  16  / メイドサーバント:戦闘純文学者

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
たびたび、ご発注者様にはお手数をお掛けいたしております‥‥orz

以前に仰っておられました、ここからが反撃の始まり、なのでしょうか?
お嬢様に養父さんが居たことに、地味に驚きなのです――いえ、考えてみると当たり前なのかもしれないですが;

ご発注者様のイメージ通りの、反撃の狼煙を告げるノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と