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強過ぎるものはいずれ
階段から下を見下ろすと、バタバタと走っていく生徒達の姿が見える。
そろそろ聖祭も始まるし、最後の準備なのだろう。
思えば、まだ始まってもいないのに、色んな事があったような気がする。
最後に機材を運びこんでいる生徒達を横目で見ながら、皇茉夕良はそう1人思った。
職員塔の階段を昇って行けば、人払いされているフロアに出る。理事長室だ。
茉夕良はトントンと扉を叩くと、奥から「どうぞ」といつものような穏やかな声が返って来た。
「失礼します」
「あら、いらっしゃい」
理事長の聖栞は、メガネをかけて書類に目を通していたようだが、そのメガネを外しながらこちらに対して微笑んだ。
「ちょっとお茶用意するわね。ここだったらティーパックになっちゃうけど」
「いえ。ちょっとお話を伺いに来ただけですので」
「あらそう? でも、準備は大丈夫?」
理事長室の窓からも、生徒達がバタバタと走っている姿が見える。
どこかの学科で準備が遅れているんだろうかと、他人事のようにそう思う。
「後はリハーサルまでは個人レッスンですから」
「そう。音楽科の演奏楽しみにしているわ」
「ありがとうございます」
他愛のない会話をしつつ、栞は「お座りなさいな」と席を勧めた。茉夕良は勧められたソファーにそっと腰かけると、本題を切りだした。
「あの、お伺いしたいのは、怪盗が探している最後の秘宝の事なんですが」
「ああ、あれね」
栞は少しだけ「ふう」と溜息を吐きつつ、茉夕良の向かいのソファーに腰を落とす。
「あれが厄介って言うのが気になったんですが」
「ええ、あれは他と少しだけ性質が違うから」
「違う……とおっしゃるのは?」
今までの物を思い浮かべた。
怪盗達が探し求めた、想いの強過ぎる品々。
――集めれば、人を生き返らせる事すらできる代物。
「元々盗まれていた物は、想いが募りに募って古くなって形が崩れてしまっても、尚もずっと形を保ち続けてしまうものだったわ」
「……オデット像とか、イースターエッグ……ですか?」
「ええ。いずれ壊れてしまうのが物だけれど、思念になってしまったから壊れる前の姿を保つ事ができた。でも、最後の1つだけは逆なのよ」
「逆――」
本来形が崩れてしまう位古いものが、形を変えずに残っていたのが、オデット像とか、イースターエッグ。
その反対って言う事は……。
「形を変えてしまうんですか……?」
茉夕良の問いに、栞は頷いた。
「思念そのものになってしまうから、探し出すのが難しいのよ。流石に最後の秘宝の存在は、生徒会の子達も目星をつけようと躍起になっているけれど、上手くいかないみたいねえ」
「でも……なら怪盗はどうやって見つける事ができるんですか?」
元々前から疑問だったのは、怪盗はどうやって盗む場所を的確に見つけられるのかだった。確かに栞が何かしら教えてはいるのだろうけれども、場所まで教えているのかまでは、彼女の性格を考えると考えにくい。
栞はのんびりと口を開いた。
「ああ……怪盗は聴こえているから」
「聴こえる……?」
「俗な言い方をするとしたら、霊感なのかしらね。怪盗は思念の声を聴く事ができるから。人の声は小さくすれば聴こえなくなるけれど、思念は声を抑える事はできないから、怪盗は声を頼りに探す事ができるの」
「でも……危なくはないんですか? その」
茉夕良はいつか栞からもらったルーペを、ポケットの中でまさぐりつつ訊く。
「……ルーペがないと、危険なんでしょう?」
「そうねえ。彼女が最後の秘宝の持っている想いを引き寄せてしまうのなら危ないけど、今の所はその想いに引きずられる事はないでしょうから」
「その……」
「何かしら?」
「最後の感情って何でしょうか? 多分今までのものは7つの大罪に当てはめたものだと思うんですけれど、それに引きずられてしまう人の近くでなら、それを特定する事ができるかもしれませんから」
「そうねえ……」
栞はにこにこした様子で、一言言った。
「嫉妬よ」
「ですか……」
「まあルーペが使える内は引きずられてしまわないでしょうけど、気をつけてね。
今までもそれで引きずられて騒ぎが怒ってしまっているから」
「……ありがとうございます」
それを最後に、今日の談話は終了した。
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感情に引きずられないねえ……。
今までの怪盗の事件を思い出す。
確かオデット像の時は、オデット像を巡ってコレクターが揉めていたと聞いたけど、あれは強欲かしら。イースターエッグはまんま情欲でしょうけど。
茉夕良はそう1人思いながら歩く。
でも……。
それとずっと付き合っているにも関わらず、何で怪盗はそれに引きずられないのかしら。
「まさか……」
強欲は、物欲がなければ成立しない。
情欲は、好きな相手がいなければ成立しない。
嫉妬は……本気で手に入れたいものがなければ成立しない。
でも、怪盗はそれに引きずられていない。
「まさか、怪盗は……子供?」
学園内には初等部もいれば中等部もいる。
学年が上がれば上がる程、競争は激化するが、まだ下の学年になればそんなものは関係ない。
茉夕良はそれに気付き、頭を振った。
まさか……ね。
それだけ思いつつ、嫉妬に駆られる人につくってどういう事だろうと、思考を再び開始し始めた。
<了>
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