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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.12 ■ それぞれの思惑 



「…こ、これは…!」勇太が病室へ戻ると、そこには随分と立派な桐の箱に入ったメロンが置いてあった。
「お、美味そうなメロンじゃねぇか」武彦が背後から箱を見てそう言うと、勇太は深い溜息を吐いた。
「草間さん、いります? 俺メロン好きじゃないし」
「お、もらって良いならもらうぞ」武彦は上機嫌にそう言ってメロンを忘れない様に自分の荷物と一緒に机へと置いた。

 あの壮絶な戦いの日々から一週間。勇太はIO2の紹介と医療費の負担を受けながら、IO2専用の医療機関で入院生活を送っていた。これと言って身体に異変はないのだが、慎重に治療を受ける様に武彦に言われた為、勇太は渋々それを承諾していた。

「それにしても、随分久しぶりの平穏って感じだなぁ」勇太がベッドから窓を見つめる。「あれから未だ一週間しか経ってないのに、随分と昔の出来事みたいだよ」
「そうだな…。まぁ激動の日々だったからな」武彦が煙草に火を点ける。
「草間さん、病室って基本的に禁煙じゃ…」
「あぁ、ここはあくまでも医療機関だ。煙草吸ったって大事にもなんねぇんだよ」武彦がそう言って紫煙を天井へと吐きだした。「それにしても、IO2への勧誘断ったらしいじゃねぇか」
「ん、まぁね…」勇太がポリポリと頭を掻きながら言葉を続けた。
「あぁ。お前を訪ねてきたエージェントが肩を落としてたぞ。考える素振りもなく『嫌だ』って言われたのは初めてだ、とさ」笑いながら武彦がそう言う。
「ん〜〜、なんとなく嫌だったんだ…。草間さんは違うけど、他の人達は…さ」
「へぇ…、お前洗脳されてた時の記憶はないんだろ?」
「うん。でも、嫌な“想い”は感じてたから。冷たくて、嫌な感情っていうか…」
「…フ、動物みたいだな」
「あー! バカにしただろ!」
 二人の談笑は暫く続いていた。武彦にとって、勇太にとって。お互いの関係は信頼を築いている。武彦は勇太の仕草が以前とは違う柔らかさを持っている事に気付いていた。少年らしい、年相応の態度。武彦にとっては微笑ましい姿だった。
「…うん、良かったよ」武彦が急に穏やかな表情を浮かべて言葉を続けた。「年相応の顔する様になったな、お前」
「…へ?」
「お前と最初に会った頃、お前は暗く沈んだ所にいる様な気がした。今みたいに笑う事も、感情もなく、な」
「…草間さん…」
「ま、どっちにしてもお前は今みたいに笑える方が良いかもしれないな」
「な、なんだよ…、それ…」勇太がボフっと勢い良くベッドへと倒れ込んで背を向けた。「…でも、さ。アイツは、今もそんなトコにいるのかな?」
「…柴村 百合か?」武彦が煙草を咥えたまま天井を見つめた。
「うん…。アイツの精神の中に入った時、見たんだ。IO2の人間が、虚無の境界を押さえる為に、アイツの家族とも呼べる人達を次々と殺していった」
「…悲しい事かもしれないが、IO2と虚無の戦争はずっと続いている。お互いがお互いを殺し合う事に、疑問すら持たないのかもしれない」
「…それって、おかしいよ…」
「…戦争は、少なからず人をおかしくしていく。お前もその渦中に飛び込まされたら、何かが変わる事だってあるかもしれない」
「それでも!」勇太が起き上がって武彦を見つめる。「殺し合って憎しみ合うなんておかしいよ…。俺と年も近いのに、アイツは俺にとっての…アンタみたいな人がいないなんて…」
「…違う形で、アイツを少なからず救ってくれてるのかもしれない」武彦は勇太を見つめた。「どんな形になっても、それぞれが自分の中に“支え”を持つんだ」
「…草間さんにとっての“支え”って、何?」
「…さぁな…。俺はこれから、そいつを探そうと思ってる」
「どっか行っちゃうのか?」勇太が思わず武彦へと詰め寄る。
「…いや、俺はそれほどの自由は許されてる立場じゃないからな」武彦は笑ってそう言うと、詰め寄った勇太の頭をポンと叩いた。「なぁ、勇太」
「…?」
「お前はこれからも、IO2と虚無の境界に監視され続けるだろう…。だが、お前は変わらずにいられるか?」武彦の顔は真剣そのものだった。
「…解らないよ」勇太が言葉を続けた。「俺はただフツーでいたいだけ。それを邪魔するっていうなら、戦うよ」
「…そうか」武彦が呟いた。「んじゃ、俺はとりあえずIO2に用事があるんでな。コイツはもらっていくぞ」
「ん。メロン嫌いだから良いよ」
 勇太の部屋を後にした武彦は、ある想いを胸に抱きながら病院内を歩いていると、すれ違う様に鬼鮫が歩いてきていた。
「よう。お前も通院命令か?」武彦が声をかける。
「…フン。貴様に関係ないだろう、ディテクター」鬼鮫がそう言うと、武彦の手に持っていた桐の箱に目を移した。「見舞いか?」
「あぁ、そんなトコだ」
「…見舞いとして、良い品を選ぶセンスはある様だな」鬼鮫がそう言って武彦の横を通り過ぎていく。
「…? なんだ、鬼鮫のヤツ。このメロン知ってやがったのか?」





――。




 一か月が過ぎた。勇太はようやく病院での生活を終え、再び寮と学校を行き来する生活に戻ってきた。学校を転々とするのはこりごりだった。せっかく武彦と出会い、これからの生活を楽しめる様になったのに、これを失う訳にはいかない。勇太はそんな事を思いながら心機一転、新しい生活を送ろうとしていた。
「あ、工藤クン。これ、休んでた間の授業の進行状況…」
 久々に学校へと顔を出した勇太に、クラスメイトの一人の女の子が声をかけた。そんな女の子を不憫そうに見つめる周囲の目に、勇太は気付いていた。今までの勇太だったら、たった一言で済ませていたかもしれない。だが、武彦との出会いが勇太を少しだけ変えていた。
「…わざわざありがとな」
「…え? う、うん!」
 ぎこちなくも、勇太は笑顔を作って対応してみた。効果はあった様だ。ノートを渡してくれた少女は顔をぱっと明るくし、ノートを見る勇太の向かいにある椅子へと座った。
「この教科はここのページまでで…―」
「―うへぇ…、随分進んだなぁ…」勇太の反応が今までとは違う事に、クラスメイト達も気付き、近くへ寄ってきた。
「心配しなくても、解らない事とかあったら教えるから」
「そうそう。勉強しようよ、皆で集まってさ! テストももうすぐだし!」他の生徒達が次々と声をかける。
 悪くない。そんな事を思いながら勇太は周りに一歩だけ近付いてみようと思ってみた。ただ牽制するだけじゃなく、自分からの一歩。勇太はほんの少しだけ、大人になった様なそんな気がしていた。


 その日の放課後、勇太はいつものファミレスに姿を現した。武彦に呼び出されたのだった。
「よう、わざわざ悪かったな」武彦が喫煙席で煙草を吸いながらそう言った。
「ううん、どうしたのさ? IO2の監視はもう終わったんじゃ…」
「まぁそう言うなよ」武彦はそう言ってメニューを渡した。
「良いけどさ…。あ、俺エビフライ!」
「だと思った」武彦が店員を呼び、メニューのオーダーを伝えていた。
 勇太は気になっていた。武彦が以前病室で言っていた、探すという言葉。
「俺はこれから、IO2から離れるつもりだ」店員にメニューを伝えて一息ついた所で、突如武彦が口を開いた。「もう許可は取ってある」
「…! やっぱりな…」勇太はそう言って武彦を真っ直ぐ見つめた。「何するのさ?」
「探偵、でもやるかな」武彦は笑ってそう言った。「お前の能力も何かと役に立つから、これから何か依頼がある時は手伝ってくれないか?」
「…え?」
「お前の力を貸して欲しいって言ったんだ」
「…しょ、しょうがないなぁ…」勇太は面倒臭そうに言っているフリをしていたが、口元は喜びで釣り上っている。武彦はそれに気付かないフリをして、紫煙を吐いた。
「それにしても、草間さんってIO2じゃかなり上の人間なんでしょ? よく許してもらえたね」
「あぁ。ある条件を提示されているがな」
「条件?」
「そうだ。虚無の盟主が言っていた、五年後。その戦闘に戻って来る事だ」武彦は言葉を続けた。「虚無はおそらく、これから色々な手を尽くしてくるだろう。お前に対しても、俺に対してもな」
「…うん」
「俺はそれまでに多くの能力者と非公式な形で面識を募るつもりだ。情報もその筋の方が集まり易いからな」
「成程…」
「お前や俺と一緒に虚無と戦えるIO2以外の人間は貴重になってくるだろう。探偵をやりながら、そう言った条件に合う仲間を探すつもりだ」
 武彦がそう言った所で、二人が頼んだ食べ物が運ばれてきた。勇太は早速エビフライにかじりつき、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「良いか、勇太。これから俺達は大きな戦いに巻き込まれる形になる。その時までに、俺は俺で動く。お前はどうするつもりだ?」
「…俺、やるよ」勇太が武彦を見つめて強く呟いた。「俺はもう、フツーを邪魔させない」
「そうか…」



 2007年。草間興信所はこうして設立した。数々の事件を扱いながら、勇太はアルバイトの形を続け、武彦と共に準備を始めた。2012年の災厄と戦う日へ――。

                                 Episode.12 Fin