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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.7 決意と波乱



「お久しぶり、ディテクター」空間転移による移動で百合は武彦の眼前へと現れた。
「…柴村 百合、だな。IO2のスパイとして潜入していた筈だが…」武彦の表情が強張る。
「警戒しないで。美香の無事を伝えに来たのよ」百合が静かに言葉を続けた。「特殊な能力を得た彼女を、私はこれから鍛えるわ」
「…そうか。アイツが戦いの中に身を投じるとは思わなかったが…」武彦の身体から緊張が解ける。「だが、報告ならわざわざ俺の元へ現れる必要はない筈だが?」
「…ディテクターと呼ばれた噂に違わぬ洞察力、と言った所かしら。この話しだけは、IO2ではなく、アナタに直接伝えなくちゃならないのよ」
「―どういう事だ…?」
「…単刀直入に言うわ…―」




――。





 自室で相変わらず美香は声との対話を続けていた。
「百合ちゃんが花の名前で可愛らしいから、アナタも花の名前にしようか!」突如美香がベッドから起き上がり、声をあげた。
『花の名前、ね。悪くないかもしれないわね』
「じゃあ花子!」
『…本気で言っているの?』
「…あ…、ハハハ…? 嫌だなぁ、冗談に決まってるじゃない…。ハハハ…ハ…」
『…やっぱりアンタ、ネーミングセンスないわね…』
「うっ、やっぱりそんな事言う…」
「さすがに花子はないと思うわよ…」百合が部屋の扉を開けてそう言う。
「ゆ、百合ちゃん…。聞いてたの?」
「部屋の前に着いたと思ったら、いきなり花子なんて叫ぶから聞こえてたわよ…。まだ名前決めれないの?」
「あ…ははは…」美香が困った様に笑う。「百合ちゃんの名前みたいに、花の名前って良いかなって思ったんだけどなぁ」
「花、ね…。悪くないと思うわよ。花なら色々な名前もあるし、それに変な名前もないでしょ」
「じゃあ花子…」
「花の名前ですらないけど、魂はどう言っているの?」
『それが良いなら構わないけど、なんとなく不快かもね…』
「あんまり気に入ってないみたい…」美香がガックリ肩を落として呟く。「コスモス、パンジー、水連? 蓮華とか綺麗な名前だよねぇ…」
「とにかく、名前は自分で決めた方が良いわよ。自分のパートナーなんだから、名前を付ける事も信頼関係を築く上で大事な要素になるわ」百合はそう言って部屋の扉を開けた。「昨日話したアナタ用の武器の開発はある程度落ち着きを見せているわ。明日には武器選びと扱う練習を始めるから、今日はゆっくり休みなさい」
「ん、解った…。おやすみ、百合ちゃん」
 百合が出て行った部屋の中で美香は一人、天井を見つめていた。
「…私の武器…。…戦うんだよね、もしかしたら…」







――。






 翌朝、美香は百合に起こされる前に訓練室へ一足先に着いていた。
「…はぁ…」
『随分元気ないのね、美香』
「うん…、名前も決まらないし…」
『意外と優柔不断ね…』
「そう言われてもぉ…」美香はそう言うと再び溜息を吐いた。「それに、今までは貴方の能力を使う事を考えて来るだけで良かったのに、武器ってなると、ね…」
『…アンタが決める事よ』
「…え?」
『私の名前はともかく、戦うかどうか。何の為に戦うのか…。何かを守ろうとするのか、変えようとするのか、それは貴方が決める事』
「私が…決める事?」
「随分早かったのね」百合が声をかける。「何か話していたみたいだけど、時間がないわ。早速だけど武器の説明からさせてもらうわよ」
 百合が美香に向かって武器の説明を行う。スタンガン的な役割をする呪物のガントレットに、特殊合金によって作られたトンファ。そして、一定のスピード以上の速さで振る事で衝撃波を生み出すガントレット。三つの現物を目の前に並べ、百合が説明を終えると、美香は再び考え込む様にしゃがみ込んだ。
「…このスタンガンタイプの武器なら、人を殺さなくても気絶させられる、よね…」
「えぇ、出力は使用者の意思によって変化させられるわ。慣れるまで時間はかかるかもしれないけど、アナタにはこれが一番合ってるかもしれないわね…」
 百合の言葉に美香は強く頷き、ガントレットを腕にハメてみる。一瞬違和感を感じるが、すぐにその違和感は消え、腕にガントレットがついている感覚ですら忘れそうになる。
「不思議…。見た目は結構大きいのに、重さもあまり感じない…」
「それが呪物なの。アナタの中の声と同じく、呪物は身体に装着させ、“憑依”させると考えてくれると解り易いかもしれないわ」
 百合がそう言いながら美香との距離を置き、腰を落とし構えた。
「…早速?」
「えぇ。能力と武器、条件は揃ったわ。早速その力に慣れてもらわなくちゃならないの。アナタに残されている時間は残り少ないのよ」
「残されている時間…?」
「既にディテクターには伝えたわ。表面ではなく、真実の部分をアナタにも見てもらわなくちゃいけない。細かい話は、実戦レベルで戦える段階へ進んだ時に話すわ」
「…解った」美香は百合と同じ様に腰を落とす。「いくよ、百合ちゃん」
 能力を解放する。初日に比べ、随分と美香は能力を自分の身体に馴染ませている。美香のスピードが今までとは違う。百合はすぐに空間を繋ぎ、距離を取る様に離れた位置へと飛ぶ。その瞬間、美香は身体の速度を解き、ゆっくりと振り返る。百合が構えようとした瞬間、眼前に美香が一瞬で詰め寄る。
「…っ! 緩急をつける様になったのね…!」
「はぁ!」美香が百合の服を掴み、足を払う。バランスを崩した百合の腹部へと打撃を与えようとする。瞬間、美香は背後から衝撃を受ける。
「良い感じだけど、まだ甘いわ」百合の能力によって美香の腕そのものが美香の真後ろへと空間を接続されていた。
 美香の打撃は自身の背中を捕らえ、その瞬間には百合が美香から離れた位置へと移動していた。
「…いったた…。百合ちゃんの能力ズルいなぁ…」
『今のはアンタの詰めが甘いのよ』背中をさすりながら美香へと声が告げた。『アンタの攻撃が単調で読まれてしまった。今の相手が百合じゃなかったら、今の一撃から追撃を喰らっていた筈よ』
「うっ…。じゃあ、これ使ってみるよ…!」ガントレットをつけた右腕に念じる。
 美香の思いに反応したかの様に、バチバチと右腕のガントレットが音を立てる。もしもさっきと同じ様な状態になれば、自らの意識すら飛ばしてしまうかもしれない。美香はそのリスクを頭から拭いきれず、攻め手に迷っていた。
「…怖がっていても、それはアナタの武器。来ないならこっちから行くわよ」
「もう、怖がらないよ」
 静かに呟いた。美香は一瞬で百合の背後へと周り込み、百合の身体へと触れた。能力が解放され、百合の身体は動きを鈍くする。帯電させた拳を百合の腹部へとねじ込む。
身体が離され、美香の能力が解けた百合はそのまま吹き飛ばされ、腹部を押さえたまま蹲る。
「…やるわね」
「…ごめん、百合ちゃん。私、甘かった…」美香が百合を真っ直ぐ見つめた。「もう迷わない。怖がったりもしない。戦うって、決めたから…」
「…そう」百合の口元が静かに小さく上がる。「なら、話しておくわ」
「…?」






――。





 草間興信所。
 武彦はパソコンの画面を見つめながら舌打ちをした。気持ちを落ち着かせる様に煙草を咥え、火を点けて深く吸い込んで溜息を吐く。紫煙がゆらゆらと天井へと立ち上る。
「…どうやら、あの娘が言っていた内容は事実の様だな…」武彦が頭をポリポリと掻く。嫌な物を見てしまったかの様に顔をしかめ、武彦は再びパソコンへと眼を移した。
 ディテクターという立場上、IO2のある一定の情報にはアクセスする為のIDとパスを持っていた筈の武彦から、その権限が奪われている。武彦は百合に言われた“ある話”の裏づけを調べるべく、あらゆる情報を調べていたのだ。
「…これはデカい事件、だな…」
 武彦は再び百合の言っていた“ある話”を思い出していた。




    ――「…単刀直入に言うわ…。IO2上層部と虚無の境界は、手を組んでいる」



 IO2のデータバンクに入り込んだ武彦の前に映っていた文字と日付は、未来に通じる内容だった。虚無の境界の動きも細かく書かれ、IO2が取るべき行動もまた記されている。
「…これによると、時間はあまり残されていない様だな…」
 武彦は再び顔を歪め、天井へと立ち上る紫煙を見つめていた。



         ――「想定外の存在が、これに打ち克つ唯一の手段なのよ」



「…柴村 百合…。美香を使って、一体何をしでかそうとしている…?」
 去り際に百合が言った一言を思い出しながら、武彦はパソコンの電源を切った。





                                 Episode.7 Fin