|
祭りの後に残ったものは
もう聖祭も無事終了したせいか、放課後の学園内は閑散とした雰囲気があった。
最近は怪盗の姿もすっかりなりを潜め、ずっと学園内をふわふわと浮き足立たせていた雰囲気は一層してしまっていた。
そっちの方が普通だったんだけれどね。
そう皇茉夕良は思う。
全部本当に終わったんだろうか。
結局怪盗が最近姿を見せなくなったのは、回収しないといけないものを全部回収し終えてしまったからなんだろうか。
茜副会長は結局どうなったんだろうか。
疑問ばかりが尽きる事もなく出てくるが、今は疑問を1つでも潰しに行こう。
そう思って足を運んだのは、生徒会室だった。
/*/
コンコンと扉を叩くと、低い声で短く「どうぞ」とだけ返って来た。
「失礼します」
「どうぞ……君か」
相変わらず青桐幹人生徒会長は、書類束と格闘を繰り広げていた。
紙をぱらぱらめくっては、判子を押し、判子を押したものを積み上げ、判子を押していないものはまた隣の山へと積み上げる。判子を押していない山はまた目を通し、何かを書き込んでいく。
茉夕良の方へと顔を上げたのは、書類束を素早い手で捌き終えた後だった。
「……お疲れ様です」
「いや、すまない。今ようやく終わった所だ。……何か用があったんじゃないのか?」
「はい……。あの、茜副会長は大丈夫ですか?」
「…………」
メガネ越しで青桐の目の色は分からなかったが、眉間の皺だけはまた深くなったように見えた。
もしかして……怪盗に何かを盗まれた後でも、変わらなかったんだろうか……?
茉夕良はそう不安に思った時、青桐がようやく口を開いた。
「……正直、自分でもよく分からない」
「? 分からないと言うのは……?」
「茜君は、憑き物が落ちたように元に戻ったが……、彼女自身もよく覚えていないらしい。あれだけ荒んでいた経緯を」
「あ……」
最後の感情は、ちゃんと怪盗が回収し終えたのか。
そこにだけは、茉夕良はほっとした。
でも、何故この人は浮かない顔をしたままなのだろう?
「よろしかったんじゃないですか? 副会長が無事で安心しました」
「ああ、こちらもそれでよかったと思うが……」
「まだあるんですか?」
「…………」
青桐は眉間に皺を寄せたまま考え込んでいる。
もう織也さんもおかしな事はしていないはずだから、これで全部解決したと思っていたのだけれど……。
「茜君は」
「はい?」
「先日の後夜祭の事の経緯を話したら、やけに機嫌が悪くなっていた。もう前程荒れてはいないようだったが……」
「はい……?」
あれ? 既に「嫉妬」の感情は怪盗が回収したと思っていたけれど、違ったのかしら?
……ん?
そこでようやく茉夕良は気が付いた。
そもそも、何故副会長は嫉妬に駆られたんだろう?
怪盗に対して敵意を剥き出しだったのは、多分会長が怪盗を追いかけているのが面白くなかったんだと思うけれど。後夜祭と言うと、自警団は怪盗を探して塔全部を巡回していた所で、会長は怪盗とは接触していない。じゃあ機嫌が悪かった理由って言うのは……。
「……あのう、つかぬ事をお聞きしますが」
「何だ?」
「怪盗が立ち去った後、副会長とどのような話をされたのですか……?」
「……普通に怪盗の事を知っている女子生徒と一緒に、こちらで怪盗が何かを盗むのを待っていたと……」
「…………」
何でこう。
何でこうも、人の想いと言うものは厄介なものなんだろう。
茉夕良は思わずこめかみを押さえてしまった。
怪盗に関わって以来、何度も何度も感情と感情がぶつかって、捻じれてしまった事件に関わってきたが、まさか全部終わった後でも関わるなんて思いもよらなかった。
「……それは多分、私が答えるべき問題ではないと思います」
「? それはどう言う意味だ?」
「それは、会長が副会長に直接お聞きした方がいいです」
「……分かった。考えておく」
「それでは、失礼します」
茉夕良は頭をペコリと下げると、そのまま生徒会室を後にした。
/*/
人の想いと言うものは、厄介なものだ。
茉夕良はそう思いながら、うっすらとピンク色になった空の下を歩く。
「巻き込まれさえしなければ、可愛いものなんだけどねえ。巻き込まれてしまったら厄介以外の何物でもないものねえ……」
茉夕良はそう思いながら空を眺め、目を細めた。
まさか、副会長に嫉妬されるなんて思ってもいなかった。
たった数回話しただけなのに。
そう思いながら、茉夕良はそろそろ帰ろうと校門を大きく踏み出した。
<了>
|
|
|