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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.8 ■ 真意



「ユリカ!」
 昨日の重い空気から一変、翌朝美香は目を醒まして開口一番で唐突に叫んだ。
『…何?』
「寝てて思いついた! 百合ちゃんの花の名前〜花の名前〜…って念じてたら!」
 寝起きで何処かテンションの安定しない美香は普段よりも大きめな声でそう言った。
『…だから、それが?』
「もうっ、鈍いよ! 貴方の名前だよ! な〜ま〜えっ!」
『それで決定?』
「へ!? リアクション薄いよね!? 良い名前だよ!?」
『アンタのテンションがおかしいのよ…。名前はそれで良いけど、随分と不思議な感じがするわ…』
「…?」
『昨日、百合って子が言っていた事態。IO2とやらと、虚無の境界。本来なら相対する二つの大きな勢力が、裏で繋がっている…。それはアンタ達にとって只事じゃないでしょう?』
「うん、そうだね…」
『なのに、アンタと来たら起きていきなり叫ぶし、テンションもおかしいし…。私にとっては訳の解らない事だらけって事』溜息混じりの言葉が美香の脳へと響き渡る。
「うん、私も実は何でこんなに元気なのかはよく解らないんだ」タハハと美香は笑いながら答えた。「でもね、ユリカ。私には大きすぎて解らない問題だから、出来る事をしていくしかないの。そこに迷いは要らない。昨日百合ちゃんにも言ったけど、戦うって決めたんだ」
『戦う?』
「そう。世界に対する不満だとか、改革の為の行動とか、私とは何処か違う場所だと思う。私にとって大事なのはやっぱり色々な事もあるけど、他愛ない“日常”…。かけ離れた世界に飛び込んじゃったのは私が決めた事だけど、私は“日常”を守りたい。ずるずる続けてきてる仕事だって、私にとってはやっぱり“日常”だったから…」
 美香の中にいるからか、ユリカにはその美香の決意が伝わっていた。彼女には彼女の思惑があり、それでも今はただの小さな決意だ。ユリカはそんな形でも、美香の意志を感じ取る事が出来る歓びを小さく感じていた。
『深沢 美香。それがアンタの答えなの?』
「…うん。逃げたり流されたり、そういうのはもうしない…。私は私の意志を貫いてみる」
『…そう。なら、強くなりなさい』ユリカが小さく呟いた。『アンタは守る為に強くなりなさい。その為に、私の能力を使いこなして、大事なモノを守れる様に…。何にも流されない様に…』
「…うん!」






――。





「裏は取れたみたいね」
 草間興信所へ再び訪れていた百合は、眉間に皺を寄せている武彦の表情を見つめてそう言った。武彦は相変わらずの煙草を咥え、いつもよりも無愛想に顔を歪めていた。
「…裏が取れてしまった事が、俺にとってはかえって厄介なんだがな…」溜息混じりの紫煙が宙を舞う。「…どうやら思っていた以上に大きな問題になるって事か」
「えぇ…」百合が静かに口を開いた。「二重スパイという立場を利用していく内に、不可解にも物事が重なる様な事態があった。私もそれに気付くまでは時間がかかったわ。半信半疑のまま、私は二重スパイを続けていた…。でも、あのファイルを開いてしまった時、全てに気付かされた」
「…だが、IO2と虚無の境界は敵だ。何のメリットがあって世界を滅ぼす手伝いをIO2が行う必要があるってんだ?」
「…死海文書…」
「…なん…だと?」武彦は思わず聞き返した。「あらゆる言葉が綴られた過去の遺物…。まさか、それに則って世界を動かすつもりか!?」
「私もそれを真実だとは思わない。死海文書には数多くの宗教や文化が入り組んでしまっている。研究も終えていない代物…。でも、虚無の境界とIO2は“何か”に則って動いているわ。それが死海文書とは限らなくても、何か大成を成す為に秘密裏に協力している…」
 沈黙が重くのしかかる。ゆらゆらと宙を漂う紫煙を見つめながら、武彦は再び溜息を吐いた。
「…お前はそれをどうするつもりだ?」
「潰すわ」百合が即答した。「虚無の境界もIO2も、私をスパイとして信頼している。だからこそ、私もリスクを負いながら手の内を露呈しつつ情報を得てきた…。今の私自身の本意はどちらの機関にも肩入れはしていない…。どちらも手を組むというなら、私にとってはどちらも害でしかないわ」
「しかし、両方とも強大な力を持っているんだぞ?」
「だからこそ、アナタの協力をこうして請うんじゃない」百合は言葉を続けた。「アナタの近くにいた人間を、虚無の境界に目をつけさせたのも私。深沢 美香に力を与えさせる為。伏兵を生み出すチャンスを作る為に、虚無の境界に連れて行ったのも私よ」
「…全て、計算していたのか?」
「勿論、アナタに接点を生む為でもあったわ。私が彼女を連れ去る事で、実質的にアナタ自身にIO2からの接触が再び生まれる。そして、虚無の境界に連れられた彼女を管理しているのが私。これら全ての道理を結び付ける為に、私は両方の指示に従いながら両方の組織を欺いてきた」
「…なんてヤツだ、お前…」武彦が思わず息を呑む。
「これで漸く、アナタにも解ったでしょう? 何故IO2のスパイが潜入捜査をしているにも関わらず、何故スパイ自らが虚無の境界に人を連れて行くのか…。私はずっと、この機会を窺ってきた」
「…信用出来そうだが、あの二大勢力を相手に美香を含めて三人ってのも随分と心許無いな…」
「それは大丈夫よ」
「…アテがあるのか?」
「…“彼ら”が協力さえしてくれれば、事態は大きく変わる…」






――。






『良い? アンタの戦闘能力じゃ戦闘専門じゃない能力者である百合にも勝てないわ。勝つ為には能力の使役率を上げて、オリジナルの攻撃を生むしかないわ』
 戦闘訓練用の部屋の中で美香はガントレットを着けてユリカと訓練を開始していた。
「どうすれば良い?」
『百合の説明を借りれば、“補助”の能力にあたる私の能力から打撃の直接的な破壊力を生む事は難しいかもしれない。でも、速度は破壊力を生み出す。鉄砲が良い例ね』
「火薬の爆発によって鉛を飛ばす…。そっか、速度が生めるなら、そういう扱い方も出来るもんね!」
『そうよ。アンタの動きや重心の移動は確かに常人よりも安定している。さすがは武術経験者といった所だけど、それだけでは勝てないわ』ユリカは淡々と言葉を続けた。『今のままの能力の使い方じゃ足りない。攻撃のパターンを増やしながら、私の能力を自分のモノにする事が必要よ』
「解った。動きの練習だね…」美香は深呼吸して目を閉じた。
 腕の動きや身体の動き、一挙一動を能力によって速度を調整する。自己の意思に呼応するかの様にユリカの能力は応えてくれる。美香の動きは初日に比べて随分と自然に動く様になってきている。それはユリカも美香自身も感じていた。
『そうよ、しっかりとイメージを重ねながら身体を扱いなさい』動きに応じてユリカが話す。
 美香は合気道における型の動きを速度調整によって次々にこなす。常人から見れば動きを目で追うのも難しいだろう。だが、戦闘におけるプロフェッショナルには未だ遠く及ばない。気付かない内に、美香の心にも焦りが生まれている。
「…っ」
『止まって』
 動きが雑になった瞬間、ユリカが美香の動きを制止した。美香が息を整えている。
「…はぁ、はぁ…」
『動きが雑になっているせいで、私の能力との連動がズレているわ。どうしたの?』
 ユリカが静かに尋ねると、美香は息を整えて静かに自分の手を見つめていた。
「…多分、私焦っているんだと思うの…」美香が静かに言葉を口にした。「今のままじゃ、充分に戦えない。だけど、戦う事が好きな訳じゃない…。私はただ、守る為に戦いたいだけ。貴方と出会って、私は守られるだけじゃなくて、守る事が出来る様になった…。なのに、まだ足りない…」
『…アンタ、何か勘違いしているんじゃない?』
「…え?」
『アンタはここに来てまだ数日程度しか経っていないのに、ここまで来ている。この前の組手で、百合に一撃を当てるまでに至った。それはアンタ自身が驚くべきスピードで成長している証拠じゃないの』ユリカは呆れた様に言い放つ。『戦闘を当たり前のモノとして生きてきた彼らとアンタ、経験や実力の差があるのは当たり前でしょ』
「…うん、そっか…」
『それにしても、随分と殊勝な心がけね。普通なら、常人より強い自分に多少は慢心するモノだけどね』
「へっ?」美香がキョトンとした表情で声を出した。「そういうモノ?」
『アンタはそのままでいなさい。決して戦う事や争う事を好んではいけない…』
「…ユリカ?」
『…忘れないで、美香。私はアンタの身体の中にいるわ。だからこそ、アンタは戦闘に染まっちゃダメよ。アンタが戦闘に染まってしまえば、私の能力はアンタという枷を失くして暴走するかもしれない…』
「…フフ、心配してくれてるのね」
『なっ、何よ?』
「ううん、別に〜」美香は少し笑いながら言葉を続けた。「ユリカが心配してくれて、嬉しいだけ」
『変な事言ってないで、練習再開しなさいよ』照れ隠しに若干不機嫌そうにユリカが言った。
「ユリカ、私は大丈夫だよ」美香が静かに呟いた。「私は、そんな人間にならないから」
『…そう…』
「じゃ、再開するよ」
 美香が再び能力の使役の訓練を開始する。



――。



「…そろそろ、来る頃だろうな」一人の青年がそう呟く。
『うむ。世間の魑魅魍魎共が騒ぎ立てておるわ』
「柴村 百合。あの女の片棒を担ぐってのも気に食わないが…」
『否、あの小娘の為だけではあるまい』
 


 それぞれの思惑や策略を胸に、舞台は大きく動き出そうとしていた…―。


                             Episode.8 Fin


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いつもご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

ついに“ユリカ”で命名させて頂きました。
なんだかんだ“めけんこ”の下りから続いていましたが、
結局良い名前でおさまりましたね(笑)

そして、遂に百合の真意と行動を明かす時が来ました。

ここを早く書きたかったとか…(笑)

布石だらけのストーリーですが、いずれは色々繋げて
書かせて頂きます。

それでは、有難う御座いました。

白神 怜司